上手なお口で結べたら

春待ち木陰

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 俺の舌をツリ目の舌が舐め続けていた。俺の舌をツリ目の舌が擦る。撫でる。なぞる。押す。突く。俺の舌。俺の口の中。ツリ目の舌。唾液。ぐにぐにとやわらかい。力強い。開いている、開けていた、開けられていた俺の口の端から、だらだらと俺のよだれが溢れ出てあごに伝わる。ああ……「不快」だ。これは俺のよだれじゃない。ツリ目のよだれか。わからない。もう。

「ふう。んふう」と一層、鼻息を荒くしながら俺は舌をそっと伸ばしてみた。

 力強くも荒々しくはなかったツリ目の舌に応えられるほど、俺は自分の舌を器用に動かす事は出来ないが少しだけ……応えられはしないまでも応えようとはしてみた。頑張って舌を上下に動かしてみる。

「ほぁッ……」と俺の鼻から息が抜けた。

 俺が舌を上に持ち上げると空いたその下側にツリ目の舌が入り込む。触られた事の無い場所を他人の舌が舐め回しているのだ――その事実が実際の感触を更に強める。感じてしまう。キモチが良いとか悪いではなく、ただただ「感じてしまう」のだ。

 ぶるりと俺の体が勝手に震えた。

 ツリ目の舌は俺の舌のカタチを覚えようとしているみたいにその表面を撫でなぞり続けていた。俺は……ゼンゼン上手に返せない。思うようには全く舌を動かせない。

「スッ」「スッ」「スッ」と俺は鼻をすする。強くすする。

 悔しい。もどかしい。申し訳ない。そんな俺の舌をまるでアザワラウみたいにツリ目の舌は元気に自由に楽しそうに動き続けていた。ツリ目自身にそんな思いは無いと分かってはいるけれど。でも……この感じ、俺はふとツリ目とのバドミントンや卓球を思い出す。運動が苦手なツリ目とはバドミントンや卓球やバレーボールのラリーが全く続かないのだ。勝負ではない遊びが出来ない。空振りや明後日の方向にボールを飛ばすツリ目は短パンやまつ毛に笑われたり、リンゴに励まされたりしながらいつもこんな悔しい、もどかしい、申し訳ない気持ちになっていたのだろうか。

 リンゴの励ましは勿論、短パンやまつ毛の笑いにも悪意なんかは無いとツリ目には分かっていただろうがそれでも……こんな想いをしていたのだろうか。

「んッ。……はあ」

 ねちゃねちゃとまるでこれまでの仕返しのようだった。

 身もココロも疲れてしまってもうただの上下にも満足に動かせなくなっていた俺の舌をナジルみたいに、いつまでもいつまでもじゅるじゅると舐め撫で続けるツリ目の舌から、もう逃げ出してしまいたいと俺はツリ目の両肩に手を置いて、ぐっと自身の腕を伸ばした。突き放す。

 ようやく離れた俺とツリ目の口と口を、二人分の唾液が銀色の糸となってわずかに繋いでいたのも数瞬、そんなものは重力に負けてすぐに切れた。

 不意に遊んでいたオモチャを取り上げられてしまった気弱な子供みたいな「え?」という顔を見せたツリ目に俺は言って聞かせるみたいに分かり易く「ぷはッ」と息を吐き出してやった。

「降参」

 と告げる。

「もう無理――」

「――苦しい、息が続かない」と言うよりも先にツリ目が哀しそうな顔を見せる。

 俺は慌てて、

「違う」

 と伝える。

「そういう意味じゃないぞ。ツリ目はマジでキスが上手かったから。俺には出来ない動きだったし」

「そうか」と呟いたツリ目だったが。納得はいっていないように見えた。俺の説明が言い訳に聞こえてしまったようだった。俺は、

「超きもちかったし」

 早口で言った。今のツリ目には言ってやらないといけない言葉だとは思いつつも、はっきりと「気持ち良かった」とは言いづらかった。恥ずかしかった。

「嘘」の励ましだったらすんなりと言えたのだろうが事実だっただけに。

「それは……キスの通常効果なんじゃないのか」

 ツリ目が粘る。本当に不安なんだなと何故だか俺の方こそ哀しいみたいな気持ちになってしまう。あのツリ目が。こんなにも打ちひしがれているなんて。

 俺は、

「分からん。知らん。キスは今、ツリ目としかした事がないからな」

 正直にしか答えられない。

「でも。通常は分からんけど。今のツリ目とのキスが超きもちかったのはマジだ」

 顔が熱い。きっと真っ赤になっているんだろう。けれども、ツリ目は俺の赤い顔を笑う事なく、見る事すらもなく、

「そうか」

 と軽く俯いた。俯いた先にツリ目はその「ツリ目」で何を見てしまったのか。

 とんでもない事を言い出した。

「……ゴリ。フェラチオって知ってるか?」

「……は? いや、知ってはいるけど。ツリ目、おま……まさか」

「キスは初めてで通常との違いが分からなかったからな。フェラチオだったら自分でするより気持ち良いか良くないか分かるだろう?」

「待てまてまてまてま。俺は自分で自分のちんこをくわえた事なんかねえぞ」

「オナニーはしてるだろ、普通に。それよりも俺のフェラチオが気持ち良いかどうか判定してくれって話だ」

 もう一度、言おう。ツリ目はとんでもない事を言い出していた。

「いや。お前、それはさすがに」と身を反らした俺にツリ目は、

「頼む」

 とシンプルな言葉を吐き出した。

 顔を合わせて、話をして、キスなんかして、全快ではないまでも幾らかは俺の知る「ツリ目」を取り戻したかと思ったのに、またそんな顔をするのか。まだそんな顔をするのか。ツリ目。ツリ目。ツリ目。どうしたんだ。ツリ目。

「ぐうううううううぅぅぅぅぅぅぅぅ……」と俺は腹を壊した時みたいにぐねぐねと身をよじった後、

「わ……かった」

 言ってしまった。

 言ってしまった次の瞬間にはもう後悔が始まっていて、

「いや、やっぱり」

 と口にしたのだが――もう遅かった。

「……あれ? ツリ目?」

 俺の目の前にあったはずのツリ目の姿は消えていて、いつの間にかしゃがみ込んでいたツリ目は睨めっこでもしているかのように俺の股ぐらと見詰め合っていた。かと思えばツリ目は「…………」と固く唇を結んだまま、いそいそと俺のズボンを脱がしにかかる。ぼろん。止める間もなく俺の「俺」が御出座しになった。

「こんにちは」どころではない。ツリ目とのキスで、バッキバキにイキり勃っていた俺のちんこは、

「押忍ッ!!!!!」

 といった感じで外界に姿を現したのだ。……「押忍」というか「♂」というか。

 俺側の臨戦態勢は整っていた。そんなちんこを前にしたツリ目は、

「――はむッ」

 一瞬の躊躇も無く、深々と一気に根本までパックリとそれをくわえ込んだ。

「ほあ――ッ!?」

 と俺は物理的にも心理的にも大きな衝撃を受けて、膝から崩れ落ちる。そしてそのまま仰向けに倒れ込んでしまった俺の腰を追い掛けるようにしてツリ目もぴったりと付いてくる。その口にはしっかりと俺のちんこをくわえたままだ。

 

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