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20「魔法使い隊!」

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「――さて」

 テイン先生が少しだけ大きな声を出した。

 テルマ、クラウディウス、ホラティオ、クランツ、スターンの五人が一斉にテイン先生の事を見た。

「ここ『中の上』ランクでは例年、個人個人で学んでもらっていましたが。どうやら今年は皆で仲良く出来そうですのでこの五名を一つのグループとしましょうか。皆で一丸となって楽しく魔力について学んでいきましょう」

 フォーブラス・テインは穏やかに微笑みながら穏やかな口調で、わりと乱暴な事を言っていた。本来、魔力は形の無いもので精神に近かった。筋力を鍛える事や適切な動作を覚える事で上達を図る武術やスポーツとは根本的に違うのだ。別の人間が同じように教わって、同じように鍛錬を重ねてもその結果はまるで異なってしまう。その「異なる」とは「A」のヒトは「+5」だが「B」のヒトは「+1」にしかならないといったものではなく。「A」が「3歩前に進んだ」のと同じ事をしたのに「B」は「その場でふくらんだ」くらいに結果は「異なる」のだ。そのヒトそのヒトに合った方法で鍛錬をしなければ意味が無いどころか害になる可能性すらおおいにあった。

 魔力とは人間の心と同じで繊細なものなのだ。その鍛錬は何処に危険が潜んでいるのか分からない。最新の注意を払いながら、また払われながら、行われなければならない。その為の少人数制授業であったのに。

「……それは流石に無茶が過ぎるのではありませんか?」

 呆れ顔で異議を唱えたテルマの斜め後ろで、クランツとスターンの二人が小刻みに何度も何度も頷いていた。

「……まあ。それで成長できるなら別に良いけど……。……意味があるのか……?」

 ホラティオは独り言のように呟いていた。

「魔力の鍛錬」というものを過去に一度もした経験が無かったクラウディウスだけは事の重大さが全く分からずに「……?」とその頭上にハテナを出していた。

「おや。反対が三名で賛成が三名ときれいに別れてしまいましたね」

 事も無げにテイン先生はおっしゃった。五人の生徒と先生自身で合計六名か……。

「……百歩譲って先生の一票を認めたとしましても。クラウディウスは白票なのではありませんか?」

「そうでしょうかねえ。どうでしょうか。クラウディウス様。一人ずつ別れて授業を受けるよりも皆で一緒に授業を受けたいとは思いませんか?」

 テルマからの抗議をテイン先生はクラウディウスへと受け流す。

 クラウディウスは、

「え? えっと。あの……一緒に居られるなら……その……一緒の方が……」

 ちらちらとテルマの方を見ながら答える。……わかってる。テルマとしては当然、クラウディウスとならば一緒に居たいところだったが、ここでいう「一緒」は「五人セット」だった。クラウディウスの他に三人も要らない人間が付いてきてしまう。

「……ホラティオさんは本当によろしいんですの? 五人で一つのグループなんて」

 テルマは軽く首だけで振り返って、背後の位置に居たホラティオに話し掛ける――がテルマの目に映ったホラティオは、

「はえ……? ……なんだ。いまなにかいったか……?」

 真っ赤な顔をしてふらふらと体を揺らしていた。

「……あなた、御自慢の火の魔力が暴走しかかっていらっしゃいませんか?」

 蔑むような目でホラティオを見ながらテルマは立ち位置を微妙に変える。万が一に備えてテルマはホラティオとクラウディウスを結んだ線上に移動していた。……盾になる所存だった。真面目な話、魔力治療が出来る「聖女」が健在ならば自分を含めた他の人間が幾ら怪我をしても治せる――可能性は高い。

 この国の貴族の一人として、口に出しては決して言えないが「命」の優先順位は、王族よりも「聖女」の方が高いかもしれない。

「テイン先生」

 真っ赤な顔のホラティオからは目を離さずにテルマは言った。

「不要なリスクは回避すべきだと思いますわよ」

「ホラティオ様の『そちら』は魔力の暴走ではないと思いますが。テルマェイチ様がそこまでお嫌でしたら」

「ええ。そうしてくださると助かりますわ」

「とりあえず一ヶ月間だけグループで行動してみて問題があれば解散としましょう」

「……はい?」とテルマは自分の耳を疑ってしまった。……テイン先生ってこんなに強情な方だったかしら。何でそこまでグループでの鍛錬にこだわるのかしら……。

 テルマは眉間にしわを寄せて訝しむ。他人の気配に敏感な兄弟が「ひぃッ」と息を呑んでいた。

 フォーブラス・テインが「皆で一丸」などと言い出した遠因はクラウディウス達が受けた今年の実技のクラス分け試験にあった。その判定係を務めた若いやる気に満ちている教師からの伝言で「クラウディウス・アムレートとホラティオ・レイショホーを一緒に鍛錬させれば魔力の向上を期待する事が出来る」と彼は聞かされていた。

 しかし。それには危険が伴うと老教師は長年の経験から判断していた。

 魔力の向上を期待した結果、取り返しのつかない事態となってしまったらどうするのか。責任問題云々の話ではない。大事な生徒達の命にすら関わる問題なのだ。

 枯れかけていた老教師が思うに「魔力の向上なんて無理にさせなくて良い」のだ。魔力は成長させる事ではなくて安定させる事を第一に考えて安全に取り扱うものだ。

 フォーブラス・テインは生徒をグループにまとめるなどするつもりはなかった。

 ……だがテインはその目で見てしまった。その肌で感じてしまった。

 一人ずつ鍛錬をしていた去年は無茶なんて一つもしなかった優等生のテルマェイチ・アムレートが最大限の魔力をピンポイントで操作してみせた。

 その魔力に当てられて今日のところは再起不能かと思われた一年生のホラティオ・レイショホーは自力で立ち上がった。

 ……魔力の「向上」とは何も「大きさ」や「強さ」だけの話ではなかった。

 操作や防御力や回復力といった部分も高まるのだ。

 複数人の生徒を一つにまとめる事でそういった部分を「向上」させる事が出来るのならば――と老教師は考えを改めてしまった。

 いままでは今の「安全」に重きを置いてきたが、今後の「より安全」の為を思えば教師の目が届いている今のうちに魔力を「向上」させておいてもらった方が良い。

 グループ化は生徒達を思っての荒療治みたいなものだった。

「話を最初に戻しましょうか」

 テインが言った。

「最初?」と皆が首を傾げる。

「実技の授業では魔力の顕現化しかしないと先生が言った時にホラティオ様が気落ちされていた理由が分からないとクラウディウス様はおっしゃっていましたね?」

「え? あ、はい。そういえば。そうです。わたしにはわかりませんでした」

 クラウディウスは素直に応えた。……何で今更、急にそんな話をしだしたのかとかさっきの五人ひとまとめの話は決定済みなんですかとか、テルマだったら気になってしまって返事どころではなくなりそうだけれども。

「ホラティオ様はもっと先の事を学びたかったのでしょう」

「……ぐうたら師匠には『学院に行けばもっと強くなれる』と聞かされていたので」

 いつの間にか顔の熱が引いてきていたホラティオが口を挟んだ。

「そうでしたか。ですが顕現化に慣れるという事も大切な事なのですよ。このランクまで来られている皆さんなので更なる上を目指したくなる気持ちも分かりますが」

 テイン先生の表情がすっと引き締まる。

「本来は無理に上など目指さなくて良いのです。魔力など弱くて良い。……無いなら無い方が良い。しかし魔力の無い人間など居ませんね。そうなると恐れるべきは暴走なのです。魔力の暴走は周囲に多大なダメージを与えます。魔力が大きいあなた方の暴走は甚大な被害を生むでしょう。魔力の暴走は絶対にさせてはならない。その為に必要な手綱の強化として顕現化の鍛錬は重要なのです」

 テイン先生の熱弁を「…………」とホラティオは黙って聞いていた。

「ただ、皆さんが一つのグループとなって切磋琢磨したのなら自然と魔力の次の段階――顕現化させた魔力に質量を持たせた『魔法』を扱う事が出来るようになるかも、しれませんね」

「本当ですかっ」

「『かも』ですよ」

 ホラティオとテイン先生の言葉が重なる。喜んだホラティオが一瞬だけ落ち込むも「……カモで十分。俺はやるッ」とまたすぐに復活していた。

 またそれとは別に「あのぅ……」とクラウディウスが小さく手を挙げていた。

「……『魔法』って本当にあるんですか? 昔話の中だけじゃなくて……?」

 驚いていたクラウディウスにテルマも驚いてしまう。

「魔法」が存在している事に対してではない。「魔法」の存在を知らなかったらしいクラウディウスに対してだ。

 そういえば以前、クラウディウスから得意の魔力治療と「治癒魔法」は別物だとの説明を受けたときに「良く分かってはいない」とは言っていたが。魔力治療と「治癒魔法」の違いが良く分かっていない等の意味かと思っていたら「魔法」の存在自体を知らなかったのか。それでは「良く分かってはいない」にもなるだろう。……自分の得意なモノと存在していないと思っていたモノを比べるとか意味が分からない。頭がこんがらがりそうだ。

「ありますよ」

 テイン先生は簡潔に答えた。

「魔力を顕現化しただけでは物質に対して物理的な影響は与えられません」

 先程にテルマが降らせた「雨」もホラティオの精神にこそ影響は及ぼしたが、彼の着ていた服やその下の地面などを濡らしたりはしていなかった。

「『魔法』で作られた水ならば汚れを流したりも出来ますし火ならば熱を持ちます。風の『魔法』を使えば、触らずに物を動かしたりも出来ますよ」

「……すごいです」とクラウディウスは小さな子どもみたいに目を丸くしていた。

「ただ、聖属性の『魔法』は他の属性の『魔法』よりも難易度が高いのですよ」

 テイン先生は申し訳なさそうに目を細めた。その表情から……テイン先生はクラウディウスの属性が聖だと知っているのか。反射的にテルマは警戒を強めてしまったが――実技の担当教師なら知っていて当然かとテルマは張り詰め過ぎた緊張を緩める。

「そうなんですか……?」とクラウディウスは寂しがるみたいな顔をした。

「まず、聖属性の象徴は光ですね。そして聖属性の『魔法』といえば『治癒魔法』を想像されるでしょうが本来の光に治癒の効果はありません。流れる水や熱を帯びた火などと違って『ただの光』を再現しても『治癒魔法』にはならないのです」

 聖属性の「治癒魔法」に関しては、実のところ「治癒」ではなくて「再生」や「成長」の促進なのではないかと研究者達には考察されていた。太陽の光を浴びた植物が大きく育つように「太陽の光」を更に凝縮したような「光」で「再生」や「成長」を強く促しているのではないかという説だ。

 そうなるとただ「光」を再現させただけでは意味が無い。「治癒魔法」を操るには水属性でいうところの「氷」を作ったりや火属性でいうところの「爆発」をさせたりといった、もう一段階も二段階も上のレベルの魔力が必要であった。

「『聖女』への道は険しいのですよ」

 フォーブラス・テインの言葉にテルマはどきりとしてしまった。

 それは聖属性の女性が良く言われる決まり文句のようなものだったが、

「はいっ。いつか『治癒魔法』が出来ますように。がんばりますっ」

 そんな「決まり文句」など知らない様子のクラウディウスは実に素直に激励として受け取ってしまっているようだった。

 ……頑張らなくて良い。お願いだから頑張らないで……。

 テルマはこっそりと深く頭を抱えるのであった。


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