田沼さんは陰キャわいい。

春待ち木陰

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03 田沼さんのフラグ回収。(1/2)

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 授業中。隣の席の碇矢一郎がこそこそとスマホを操作していた。

 田沼さんはその様子を横目でちらちらとうかがっていた。

(ゲームかな? 漫画かな? 動画を見てるにしては触りまくってるし。)

 友達とメッセージの遣り取りをしているとは思えない田沼さんであった。

 友達が居ない田沼さんの中にその選択肢が無いだけで碇矢一郎はぼっちではない。

 背が高くて口数は少なく、いつも怒っているような顔はしているが同性の男友達は多いようだと田沼さんの目には映っていた。

 今は英語の授業中だ。田沼さんの記憶が正しければ前回の英語の授業中にも碇矢一郎はスマホをいじっていて先生に注意されていた。

「今度、授業中にスマホを触っていたら没収しますからね!」

 とかなり強めに言われていたのに。

(大丈夫かなあ。)

 はらはらしつつも、

(とか私が気にしてるとそれがフラグになっちゃうかな。なんて。)

 田沼さんはほんの一瞬だけにやっと微笑んでしまった。

 その直後、

「あ」

 碇矢一郎は手を滑らせて――がちゃんッ! とスマホを床に落としてしまった。

「何ですか?」と黒板に向かっていた先生が振り返る。

 この後の流れは「誰ですか? 何か落としたみたいですが。スマホですか。誰のスマホですか? え? また碇矢君ですか。全く。前に言いましたよね? 今度、授業中にスマホを触っていたら没収しますよと。仕方がありませんね。はい。このスマホは先生が預かります」となってしまうとしか田沼さんには思えなかった。

 そう。このままでは……。

 わわわと小刻みに震えながら田沼さんは、

(思ったそばからフラグが回収されてしまった!?)

 自分のせいで碇矢一郎がスマホを落としてしまったと直感的に判断してしまい、

「ご、ごめんなさいっ!」

 落とされたスマホとの因果関係は全く無いはずなのに大きな声で謝ってしまった。

「田沼さんでしたか」

 先生はふうと小さく息を吐いた。

「授業中ですよ。集中してください」

 やれやれといった口調で話を終わらせた先生は再び黒板に向き直ってくれた。

 田沼さんは先生方の覚えめでたい優等生でこそなかったが普段から問題を起こしているようなタイプでは全くなかった為、「たまの失態」であった今回は大目に見てもらえたようだった。

 黒板に向き直った先生がこちらに背中を向けているうちにだ、碇矢一郎はささっと身を屈めて床に落としてしまったスマホを拾う。その際にちらりと田沼さんのことを見はしたものの当の田沼さんが「ひぃ」とばかりに目を逸してしまったせいか、それとも単純に授業中だったからか碇矢一郎は何の言葉も口にはしなかった。

 英語の授業が終わって次の時間は選択科目だ。

 音楽・美術・書道の三科目から田沼さんが選んでいたものは書道だった。

 経験も無いし興味も薄かったが人前で歌を歌う音楽や描いたものを他人に見られる美術よりはまだ書道の方がマシだという消去法で選ばれていた。

 書道も書いたものを他人に見られはするだろうが、表現の幅の差というかセンスの表れ具合というのか同じ見られるにしても「絵」に比べれば「字」の方が多少は気が楽だった。田沼さんの個人的感覚だ。

 休み時間のうちに田沼さんは書道の用具を持って書道室に移動する。

(……あれ?)

 教室の中を歩いているときはまだ偶然だと思えた。だが、

(え? え? え?)

 田沼さんが廊下に出てしばらくがしてもまだ、

(気のせい? だよね? 自意識過剰? だと思うよね。)

 田沼さんの背後――正確に言えば左斜め後ろに碇矢一郎がくっついてきていた。

 碇矢一郎の気配を背中でびんびんに感じるというわけではなくて歩いていて曲がる際などで視界の端に碇矢一郎の姿が毎度映り込むのだ。

 田沼さんが立ち止まれば立ち止まり、早足で歩けば大股でついてくる。

(一定の距離を保たれ続けている。大人気ボクシング漫画でいうところの「ボルトで固定された状態」だ。これはプレッシャーがすごい。地味に怖いが続いてる感じ。)

 同じ「漫画」でもギャグ漫画なら、田沼さんが振り返ると同時に碇矢一郎も後ろを向くだろうからその隙を突いて逃げてしまえるかもしれないが、

(私が振り向いたところで碇矢君は後ろを向いてくれなそう。下手に私が振り向こうものなら「あ? 何見てんだよ」て怒られそうで振り向けません。ごめんなさい。)

 失敗した場合のリスクが大きすぎて試してみる勇気は持てなかった。

 碇矢一郎が選択科目で何を選んでいるのかは知らないが少なくとも田沼さんと同じ書道は選んでいなかったはずだ。田沼さんは書道の授業で碇矢一郎の姿を見た覚えがなかった。

 碇矢一郎と田沼さんの行き先が同じ書道室だから必然的に同じ道を歩いているわけではないのだ。

 田沼さんは考える。

(これがただの自意識過剰だったらいいんだけど。多分、碇矢君は私に用があるんだよね。なのに延々と後ろをついてくるだけで声はかけてこない。どうして? きっと人目があるからだ。人目があるところでは出来ない用ってなんだろう……。)

 数秒ほど悩んだ田沼さんが出した結論は、

(……私、殺される?)

 であった。

(いやいやいや。世界目線で見ればだよ、碇矢君のスマホが床に落ちた原因は「私がフラグを立てたから」かもしれないけど。碇矢君には私がフラグを立てたか立ててないかなんて知る由もな……あ。私が謝ったからか?)

 確かに碇矢一郎は「ごめんなさいってことは自分の非を認めるんだな? お前が悪いんだな? お前のせいで俺はスマホを床に落としたんだな?」とか言い出しそうな「顔」はしていた。

(今はまだ他の生徒も周りにたくさん居るけど。このまま廊下を進んでいって碇矢君と二人きりになった瞬間、私は……。)

 ごくりを唾を飲み込んだ田沼さんは人目がまだある今のうちにとなけなしの勇気を振り絞って、

「あのッ」

 と振り返った。田沼さんと碇矢一郎の目が合う。

 事前に思っていた通り、碇矢一郎は田沼さんの真似をして「『あの』?」と後ろを振り返ったりはしなかった。

 どうやらギャグ漫画展開にはなってくれないらしい。

「わ、わた、私になに、なにかよう、ようじ、用事があり、ありますか?」

 声を震わせながらも田沼さんは頑張った。碇矢一郎からの返答は、

「別に」

 の一言のみだった。

 同じ「別に」でも、頬を赤らめた碇矢一郎が顔を背けながらもちらちらと横目で田沼さんの様子をうかがいながらぼそぼそと呟いた等であったならば、田沼さんにも次の一手が打てたかもしれないが。

 真っ直ぐに目を見据えられながらはっきりとした口調で「別に」と切り捨てられてしまったらもう田沼さんにはそれ以上何も言えない。追求は出来ない。

 その理由は簡単だ。

「そ、そうですか。はは、は」

 田沼さんは陰キャで。

「…………」

 碇矢一郎は顔が怖かった。


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