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06 田沼さんの自己肯定?(1/2)
しおりを挟む朝の通学路。
すぐ背後から「見てアレ」と小さな声が聞こえてきた。
女子の声だ。女子が多分二人でクスクスと囁き合っていた。
(私のことかな。また何か笑われてる。)
田沼さんは溜め息も吐かずに歩き続ける。
背後の女子が言った。
「かわいくない?」
田沼さんは思った。
(なんだ。良かった。私のことじゃなかった。)
過敏に反応してしまった自分の自意識過剰を恥じていると、
「えー。キモくない?」
先程とは別の女子が言った。田沼さんは思う。
(やっぱり私のことだ。)
被害妄想と言わば言え。
直接の被害や明らかな悪意がなくとも痛みを感じるトリガーにはなるのだ。
犬で言う「ハンドシャイ」だ。
(相手は悪くない。相手を悪いとも思わない。ただ私が勝手に傷付くだけ。ううん。前に傷付いたことを思い出すだけ。私が痛がりなだけだ。私の頭がオカシイだけ。)
朝から憂鬱な気分に陥る田沼さんだったが、
(これも一種の自己防衛なのかしらん。先に自分から痛がっておけば、それは自分で付けた傷だから、相手を過剰に恨まなくて済むっていうか。相手の悪意を感じなくて済む。みたいな。)
その憂鬱は前向きな憂鬱であった。田沼さんの気持ちの上では。
「おっはよーございまーす!」
不意に大きな声が聞こえた。背後で囁き合っていた二人とは別の声だった。
その声は斜め後ろから来て、横を通り過ぎると、田沼さんの目の前にまで回った。
朝の挨拶をしながら結構なスピードで駆けてきたのは、
「か、香川さん? お、おはようございます……」
田沼さんと同じクラスの香川遥香だった。
香川遥香は田沼さんの顔を認めると、
「あ、田沼さんだったんだ」
と呟いた。
「す、すいません」
田沼さんは反射的に謝ってしまう。
誰か別の人と見間違えたのだろうか。
言われてみればそうだ。
香川遥香は確かに田沼さんのクラスメイトではあるが当然、田沼さんと香川遥香は友達ではない。
朝の通学路で擦れ違ったことが過去にもあるかどうかは定かではないが少なくとも「おっはよーございまーす!」と田沼さんが香川遥香に声をかけられたことは今までに一度もなかった。
(でも。私と見間違えられるなんて。遠目に見た後ろ姿だけでも似てるとか似てないとか、その人に悪い。)
などと考えて俯きの角度を深くしていた田沼さんに、
「ねえねえ」
香川遥香が楽しそうか嬉しそうに言った。
「田沼さんて虫は好き? 平気? それとも嫌い?」
香川遥香の目は輝いていた。
「え……と」
香川遥香の明るい声色が逆に怖かった。
意図の伝わってこない唐突な質問だった。ここで「嫌い」と答えたら小学生男子のようなイジワルで枝の先に乗せた毛虫を突き出されたりするような気もする。
でも「好き」だと嘘をつくのは怖い。
それに「好きならあげる」と言われて大きなバッタでも手渡されたら恐怖の余りに握り潰してしまうかもしれない。
(せっかくのプレゼントを目の前で握り潰しちゃうなんてダメだ。されるかどうかもわからないイタズラを避けようとして、相手の厚意を無下にするかもしれない選択はできない。よね。)
田沼さんは、
「虫……に、苦手。な方。です」
と正直に答えた。香川遥香は間髪を容れずに、
「そっかー。じゃあ一枚、写真、撮らせて?」
などと返してきた。何が「じゃあ」なのかさっぱり分からない。
「え? あ。写真?」と戸惑う田沼さんを全く意に介さず、香川遥香は続ける。
「はい。ポーズ。えっとね、招き猫っぽい感じで。両手で招き猫」
その勢いに押されて田沼さんは、
「え、は、えっと。こう、ですか?」
香川遥香に言われた通り、両手を胸の前に掲げる。
「おっけー」
――カシャリ。香川遥香はいつの間にか手に持っていたスマホで田沼さんを撮る。
「ちゃんと顔は加工して誰だか分からないようにするから安心してね」
香川遥香はそう言ったが、それはつまりその写真を不特定多数が見られるSNSに投稿するという事だろうか。
「あ。あの」と不安がる田沼さんに、
「今ちゃっとやっちゃうね。ちょちょいのちょいと。ほら。これなら拡大してみても田沼さんだって分からないでしょ」
香川遥香はスマホの画面を見せてよこした。
画面の中の少女はその目も鼻も輪郭も田沼さんとは違っていた。何よりもバッチリと化粧がされていて撮られた田沼さん本人が見ても「誰?」といった感じだった。
(確かに。この写真から私に辿り着くのは無理だよね。これならネットに載せられて不特定多数に見られても私に実害は無いかもしれない。ちょっと恥ずかしいけど。)
田沼さんは納得させられてしまった。香川遥香は、
「写真撮影、よくできました。田沼さんはエライ。頭を撫でてあげます」
背伸びをしながら「届かない。しゃがんで」と田沼さんの頭に手を伸ばしてきた。
「え、いえ。そんな」と遠慮する田沼さんの言葉を無視するように、
「しゃがんでー。しゃがんでー」
香川遥香は騒ぎ続ける。
根負けした田沼さんが、
「は、はい」
とその身を屈めると、
「イイコ、イイコ」
香川遥香はササッと田沼さんの頭を払うように撫でた。それからすぐに、
「じゃーねー」
用事は済んだと言わんばかりに走り去っていってしまった。
「さ、さようなら」と遠くなる香川遥香の背中を見送りながら田沼さんは囁いた。
まるで嵐のようなクラスメイトだった。
気が付けば背後の小さな声は聞こえなくなっていた。すっかりと鳴り止んでいた。
(こういうの「台風一過」っていうんだっけ……? ……ちょっと違うかも。あとで辞書を引いてみよう。これを機会にちゃんと覚え直そう。)
何事も前向きに。経験の蓄積は悪い事ばかりじゃない。田沼さんは考えていた。
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