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07 田沼さんの自己肯定?(2/2)
しおりを挟む田沼さんを置いてけぼりにして随分と先に教室へとやってきていた香川遥香は、
「見て見て見て」
と友達やクラスメイト達にスマホの画面を見せて回っていた。
その画面に映し出されているものは、まるで別人のように加工されている田沼さんとその頭の上に乗っかっている大きなカマキリであった。
「カワイイでしょ」
頭の上のカマキリは両手の鎌をカメラに向けて、いかにも「カマキリでござい」といった格好をしていた。
その下の田沼さんもカメラに目は向けていない俯き加減ながら、両手を胸の前に掲げて、なるほど、頭の上のカマキリを真似ているかのようなポーズをとっていた。
写真を見せられた皆の反応は、
「えー、かわいいー」
「いや、虫が無理。カマキリがリアルでキモいって」
「てかこのコが誰よ? カワイイけど。加工した香川じゃねーっしょ?」
一部を除いて概ね好評だった。
「でしょー」と気分を良くした香川遥香は、
「さっき偶然みかけてさー。あ。写ってるのは私じゃないよ。田沼さんだよ」
うっかりと口を滑らせてしまった。
「は?」
「え?」
「田沼さん?」
「田沼さんの写真!?」
「化粧してるし、ちょーキレイじゃね?」
「バカ。アプリで加工されてるんだよ」
「でも田沼さんは田沼さんだろ?」
さっきの「好評」の倍くらいの熱量でクラスメイト達は大騒ぎを始めてしまった。
香川遥香は慌てて、
「ち、違う。ウソ。田沼さんじゃない」
と取り繕おうとしたがもう遅かった。
「香川チャン。その『カマキリの写真』、私も欲しいなあ。送ってくれない?」
「あ、私も」
「そうだな。良い『カマキリの写真』だ。送ってくれるなら俺も」
皆の目の色が変わっていた。
確かに。田沼素子の写真はレアであった。
田沼さんには気軽にカメラを向けてくるような友達が居ない。
田沼さんの居る方にカメラを向けると(邪魔になっちゃう。)と田沼さんはすぐに何処かへと行ってしまう。なので背景の一部として偶然、田沼さんが映り込んでいるというような事もまず無かった。
そして当然の事ながら盗撮は許されない。
別人のように加工されているとはいえ田沼さんがワンショットで写っているなど、貴重も良いところだ。レア度で言えばSRの上のSSRだ。
いや。ただ棒立ちで写っているわけではなく、可愛らしいポーズまで決めている。
この写真のレア度はSSRをも凌ぐURではなかろうか。
「加工していたって田沼さんは田沼さんだろ」とさっきも誰かが言っていた。
「別人のような化粧」はリアルでも多くの女性がしている事だ。それをアプリで代用したから「田沼さんじゃない」とは言えない。
その画面に映されている少女は紛れもなく「田沼素子」だった。
なお「カマキリ」は撮影備品扱いなので「カマキリと田沼さんのツーショット」ではなく、あくまでも「カマキリを頭に置いた田沼さんのワンショット」である。
「香川」
「香川さん」
「チャン香川」
いまのところ、UR「田沼さん」を唯一所持している香川遥香に大勢のクラスメイト達が詰め寄っていた。
皆、口々に「カマキリの写真」を自分のスマホに送れと言っている。
その中にはさっき「虫が無理」だと言っていた女子も混ざっていた。
「だ、ダメだよ! これは! 人道的に拡散不可!」
香川遥香は頑張るも、
「人道的って。ははは」
「ただの『カマキリの写真』じゃないか。ねえ?」
更に詰め寄るクラスメイト達。
「でも。でも。これは」と恐らくはあと数歩のところまで追い込まれてしまっていたといったところに――音も無く声も無く田沼さんが教室に入ってきた。
(((御本人降臨――!?)))
すわ一大事だと皆の動きが一瞬、止まった。
その様子に田沼さんは、
(なんだろう?)
と少しだけ違和感を覚えたが、
(何にせよ私には関係ないか。忘れないうちに「台風一過」を調べよう。)
傾げた小首を元に戻して自分の席に付いた。
鞄の中からポケット版の国語辞典を取り出して(た、たあ、たー、たい……。)と調べ始めた田沼さんの耳には入っていなかったが、その向こうで、
「わーった。送ってはもう言わないから。ちょいとスマホ貸してみ」
「ちょ。沢田。なにするき? え、ダメだよ。田沼さんは虫が苦手なんだって」
「そうなん? そしたら写真を拡大して。カマキリは見えないようにすれば、これでいいっしょ」
こそこそと騒ぎは再燃していた。
「いや、でも。あッ、沢田!」
香川遥香が止めるのも聞かずに、
「おっはよーん、田沼さん。ねえねえねえ、ちょっとこの写真、見てみて」
沢田恵は持ち前のギャルマインドでもって突っ走る。
「え? あ、お、おはようございます」
不意に降り掛かった突然の状況にまだ頭が追い付いていないながら田沼さんは、
「え。写真?」
国語辞典から上げた目を差し出されていた沢田恵の手元に向ける。
「あ」
沢田恵が手に持っていたスマホの画面には記憶に新しい画像が映し出されていた。
(さっき香川さんに撮ってもらった写真。)
別人のように加工された自分の写真を見せられて田沼さんが思ったことは、
(香川さん早速SNSにあげたんだ。意外……ていうほど二人の事は知らないけど、沢田さんと香川さんてSNSで繋がってたんだな。ああ、そっか。クラスのグループチャットに画像を上げたのかも。私は参加してないからよく分からないけど漫画では定番だから多分このクラスでもグループはあるんだと思う。)
だった。その写真自体にはもう特に何も感じていなかった。
だから、
「かわいくない?」
と沢田恵に言われた田沼さんは、
「えッ?」
とても驚いてしまった。
(かわいい? その画面に映っているのは私だけれど。私とは分からないくらいに加工されてるから。かわいくない私が、かわいい別人になってるということか。それが自分だとわかっているから私には何とも思えないけれど。何も知らない人が客観的に見ればかわいいのだろうか。かわいくなる為の加工なんだからかわいくて当然というかかわいくならない加工は加工の意味が無いのかもしれないけれど。でも。だって。元の素材は私なのに。)
田沼さんがぐるぐると考えている間中、沢田恵を含めたクラスの皆は息を潜めて見守るモードに入っていた。
(この写真を見せられても私は何も思えない。自分の事だから。けれど。「かわいくない?」と見せられた写真に対して「別に」とか「いや。全然」とか「自分はそうは思いません!」とか言ってわざわざそれを否定するのもどうなのかと思うから。)
「えっと。その」
(でも。それは私なのに。自分で自分をカワイイとか。たとえば沢田さんなら自分のことをカワイイと言ってもゆるされるというか沢田さんにはむしろそうあってほしいくらいだけれど。私が? 私は私なのに。)
言い淀む田沼さんに、
「んー。かわいくないかな? 私はカワイイと思ったんだけど」
沢田恵が呼び水を差した。田沼さんは沢田恵に誘われるまま、
「え。あ。あの。か、かわいい……と思います。私も」
ついには発言してしまう。これには、
(田沼さんが田沼さんをカワイイって言った!?)
(これは、これこそが最高にレアな瞬間だ。URすらも超えるLRだ!)
(そうか。そうか。あの写真は私のお宝フォルダに収める為じゃなくて、こうやって使う為の写真だったんだ。田沼さんから「かわいいと思います」を引き出す為の!)
固唾を呑んで注視していた沢田恵以外のクラスメイト全員が各々の心の中で大いに湧いた。
「だよねー」
沢田恵は嬉しそうに笑った。それから、
「サンキュー。香川。スマホ返すわ」
香川遥香にスマホを手渡した。
「えッ!?」と田沼さんはそのスマホの行方に目を向ける。
「か、香川さん……?」
(いま私がスマホのあの写真を見て「かわいい」とか言っちゃったことを香川さんも聞いていた!? あの写真を撮った当人である香川さんはあの写真の人物の加工前を知っている。あれが私だって知っている。香川さんは私が自分の写真を「かわいい」だなんて言っちゃったことを聞いていた……?)
あわわ。顔を真っ赤に染め上げた田沼さんは何か言いたげに、でも何と言ったら良いのかわからずにただただ香川遥香を見詰めてしまっていた。
対する香川遥香も声には出さずに(ごめんね。)と口をパクパクと動かしていた。が田沼さんには香川遥香が何を言っているのか分かっていなかった。
また一方で香川遥香を除いたクラスメイトの皆は、
(((陰キャわいいなあ。田沼さんは。)))
真っ赤な顔の田沼さんを眺めながらほくほくと温かな気持ちになっていた。
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