「ん」「ちゅ」

春待ち木陰

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 富野スズ。高校一年生。十五歳。

 彼女の事を知る人間は彼女の事を「キス魔」と言うが、彼女の事を良く知っている人間は彼女の事を「キスねだり魔」と言う。

 スズは好きだと思う女の子に「ん」とキスをよくねだる。

 が自分から「よいではないか」とばかりにキスを迫る事は無かった。スズの方から相手の唇を奪おうとした事はただの一度もなかった。

 おしゃべりの最中、並んで歩いている途中、カラオケの間奏中などなど唐突にスズは「ん」と唇を求める。

「えーっ」と照れられたりや「あははは」と笑って誤魔化されたりしてキスをもらえなかった場合もスズは「しょぼーん」と大袈裟に落ち込んでみたりや「んっ」とあと一歩だけ踏み込んでみたりして結局は「ちゅ」を獲得するのだった。

 スズがキスをねだる対象は全て同年代の同性だった。具体的に言えばクラスメイトの女子達だ。男子を相手にはキスをせがまない。それはスズが同性愛者だからではなくて、むしろ相手との恋愛関係を望んでいないからであった。

 恋人同士になりたいわけじゃない。恋愛をしたいわけでもない。

 だから男子とはキスをしない。

 スズは女友達とキスをする。

 好きでもない子とはキスをしない。ましてや嫌いな子となんてキスしたくない。

 スズは好きな子としかキスをしない。だけど。それはいわゆる「恋愛の好き」じゃない「好き」だった。

 スズはクラスメイトの女子全員が「好き」だった。

 同じクラスになって三ヶ月強。スズが感じるにクラスの女子は全員が良い子だ。

 悪い子は居ない。嫌な子も居ない。

 同じ中学校出身の子、この高校に入ってから知り合った子、話した事はなかったけれど中学生の時に同じ塾に通っていて顔だけは互いに知っていたなんて子も居た。

 みんな良い子でみんな好き。

 クラスに女子は19人。スズを除けば18人。同じクラスになってから今日までの三ヶ月強の間でスズはクラスの女子全員にキスをねだっていた。

「ん」である。そして、

「ちゅ」

 と17人からはお応え頂けていた。

 ただ一人、伊藤京子とだけはまだキスが出来ていなかった。

「恋愛の好き」じゃない「好き」だと思える男子もクラスには居た。

 クラスで良い子なのは女子だけじゃない。男子にも良い子は居る。スズは良い子が好きだった。

 でもその男子とはキスをしない。

 キスをねだらない。

 そんな事をしてしまったら相手の男子に勘違いされてしまう。周囲の子達にも。

 それくらいの分別は流石にスズも持っていた。

「あたまがわるい」を自覚していて自称していて他の子達から否定もされないスズにだって分かる。

「恋愛の好き」でもない男子とキスをする事は「こうじょりょうぞく」に反する行為だ。法律違反じゃあないかもしれないけれどもダメな行為だ。

 スズは恋愛がしたいわけではなかった。だから恋愛に発展してしまいそうな行動は意識して控えていた。つもりだった。同性の女子を相手にはキスもねだるし「好き」と言葉にもする。けれども男子を相手にはキスもせがまないし「好き」だなんて単語を口にした事もなかった。はずだ。

「富野。好きだ。俺と付き合ってくれ」

 なのにスズは告られた。当然、

「ゴメンナサイ」

 秒で断った。

 相手はクラスメイトの男子だった。良い子ではあったが特別に仲の良かった子ではなかった。

 彼の名前は川田君。ファーストネームは日向だがスズは知らない。

 川田日向は桧山優花の幼馴染だった。

 つい先日、京子とスズと一緒に図書室で放課後勉強会を開いたあの優花だ。

 優花と川田の関係性もまたスズは知らなかった。

 でも。仮に知っていたとして。それでスズの対応は変わっただろうか。いや。何も変わらなかったと思う。それでもきっとスズは川田からの告白を秒で断っていた。

 次の日の教室。

「おはよー」と言ったスズに優花は「おはよう」と返してくれた。

「ん?」とスズは目を見張る。じっと優花の事を見た。まばたきを二度、三度。それからスズは優花の周りに居た他のクラスメイト達の顔を見た。

「うん」

 昨日までと同じ。他のクラスメイト達に変化はなかった。

 違っているのは優花だけ。優花にだけスズは違和感を覚えた。

 スズはファミレスのキッズメニューに載っているような間違い探しが得意だった。

「何か違う」に敏感なスズはこのクラスで一番に多く、

「髪切った?」

 と口にしていた。正答率も十割ではないものの随分と高かった。

「何か違う」のはすぐに分かった。でも優花の「何が違う」のかや「何で違う」のかまでは分からない。

 分かっているのに。分からない。

 こんなときにスズは思うのだ。

「あたまがわるいなあ。わたし。わかってるのに。わからない。へんなあたまだ」

 一時間目の授業が終わって、

「シャーペンの芯、無くなっちゃった。優花ちゃん。一本、もらって良い?」

「いいよ。一本で良いの? はい」

「ありがとー」

「いいえ。どういたしまして」

 優花はふふふと微笑んでいた。

 二時間目の授業が終わって、

「次、英語? やばい。予習、忘れてた。優花ちゃーん」

「写すのは駄目よ。教えてはあげるから。頑張って」

 優花はにっこりと目を細めていた。

 三時間目の授業が終わって、

「たすけて。優花ちゃん。京子ちゃんにおそわれる」

「人聞きの悪い事を言わない。私はただ優花に甘えるなって言ってるの」

「きょ、京子ちゃんには関係な痛い痛いたいたいたい」

「鬱陶しいのよ。すぐ目の前でガチャガチャと。休み時間になるたびに遠くの席から飛んできて。もう」

 優花はあらあらと困り顔をしていた。

 四時間目の授業が終わって、

「おまたせー。優花ちゃん、京子ちゃん。ごはん、食べよー」

「別に待ってないわよ」

「わ。もう食べてる。待ちきれないくらいおなかが空いてたの? 京子ちゃん」

「違うわよ」

「朝ごはん食べてきた? 朝抜きダイエットは逆効果だって誰かが言ってたよ?」

「食べてきたわよ。ダイエットなんてしてないわよ。誰かって誰よ」

「あ。優花ちゃんも今日はパンなんだ」

「人の話を聞きなさい」

「そっか。優花ちゃんも『一度くらいパンにしてみようかな』って言ってたもんね。前に一緒に食べたとき」

「私の話も聞きなさい」

 スズは半ば強引に優花とそのすぐ近くの席の京子と一緒にこの日の昼食を取った。

 いつも一緒に食べているわけではなかった。事前に口約束もしていなかった。

 先日の放課後勉強会もそうだ。スズが甘やかしてくれる優花を頼った現場に京子も居たから流れでそのまま、その三人で勉強をしただけだった。

 スズと優花と京子は別に仲良し三人組ではなかった。

 単なるクラスメイト同士だ。優花と京子は席が近いという事もあるか。

 スズにとっては優花も京子も、クラスで一番に仲が良いとか、一番に好きだというわけでもなかった。

 スズの中では自分と男子を除いた18人の女子全員がキレイに横並びしていた。

 スズはクラスの女子全員と仲が良かった。全員が好きだった。

 全員を尊敬していた。

 上に見ていた。すごいと思っていた。憧れていた。

 自分もその並びに入りたくて日々、背伸びしたりやジャンプしたりをしている感じだった。


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