本当のキラキラ

るの

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日が沈み空気がほんのりと肌寒くなる。今晩も残業。美琴はかかとに血が滲んだ足で満員電車に乗り込んだ。淀んだ空気と汗と酒の匂いがマスクの中に充満し吐き気を催す。中年男性に舌打ちをされながら、ドアに挟まらないよう車内の奥へ進む。電車が発車し、大きく揺れる前に吊革を握った。終電に間に合い美琴は安堵のため息を漏らす。約45分、だんだんと減っていく乗客を眺めながら電車に揺られ、誰も待っていない家へ帰る。

最寄駅から徒歩20分の場所にある築35年のマンションの1階。そこが美琴の暮らしている場所だった。ドアの鍵を開け、真っ暗な玄関に鞄を置く。「ただいま」なんて言わない。待ってくれている人なんていないのだから。
美琴は靴に消臭剤を振りまき、ジャケットを脱ぎ捨てて冷蔵庫からコラーゲンが入っているらしいグレープフルーツ味のドリンクを取り出し一気飲みした。今日の晩食はそれで終わり。深夜にこれ以上のものを食べるとすぐに顔と腹に肉がついてしまう。

疲労で体が重い。充分な食事を摂っていないので余計疲れる。今すぐベッドに飛び込みたい気持ちを必死に抑え、美琴は洗面台でメイクを落とした。素顔になった彼女はまるで別人だ。くっきり二重が一重になり、クマが浮き出て顔色が悪い。メイクを落とすとすっきりするが、素顔の自分はだいきらいだ。

「わたしにしあわせなんてくるのかな」

美琴はただしあわせになりたいだけだった。キラキラした人生を送りたいだけだった。いま付き合っている彼氏が好む体型を維持し、女性らしく振舞い、給料の大半を美容に費やし、食べたいものを我慢してスタイルを維持していた。彼女のまわりには綺麗な友人がたくさんいて、熱心に仕事をするので職場でも慕われていた。だがそれだけだった。三十路を過ぎても彼氏はプロポーズをしてくれない。こっそり結婚雑誌をテーブルの上に置いていても知らんふりをされた。結婚式へ呼ばれる機会もだんだんと少なくなり、友人のSNSには子どもの写真が大量に投稿されている中、美琴は自分のネイルやお気に入りの服の写真を投稿するばかり。最近はそれが恥ずかしくなり投稿する頻度も落ちた。

彼氏は今日も電話に出ない。マナーモードを切って洗面所にスマホを置きシャワーを浴びるが、スマホは静かなままだった。

「先輩!ランチ行きませんかー?」

「あー、ごめん。今ダイエット中なんだー」

平日の昼休み、美琴を慕う後輩が声をかけた。美琴がタイピングを続けながら不愛想に断ると、後輩は呆れたようにため息をついた。

「先輩いっつもダイエットしてるじゃないですか。充分細いのに!」

「彼氏がもっと痩せろって言うのよ…。脚が太くて隣で歩かれるの恥ずかしいらしい」

「いつも思いますけどその彼氏さんやばくないですか?!」

「そう?」

「はい!たまには甘いの食べたーいとかならないんですか?」

「そんなの毎日よ。あー、ケーキ食べたい」

「だったらいきましょうよランチ!今日はわたしのおごりです!」

「うーんごめんねえ。すごく嬉しいんだけどやっぱり…」

何度口説いてもなびかない美琴に、後輩はげんなりした様子で踵を返した。

「わかりましたよー。これからもダイエットがんばってくださいねー」

(怒らせちゃったかな…)

美琴はちらりと後輩を盗み見た。彼女はもう別の相手を見つけて財布を片手にオフィスを出て行った。美琴はホッと溜息をつき、サラダチキンをかじりながら仕事を続ける。

(わたしだってランチいきたい…。でも太ったらきらわれちゃうし…。ごめんね)

眉間にしわを寄せ、口をへの字に曲げ、味のしないチキンをかじり、後輩の素敵な誘いを断る自分。有能で美人だといわれる彼女自身はそんな自分が惨めで仕方がなかった。

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