本当のキラキラ

るの

文字の大きさ
2 / 3

2

しおりを挟む
「別れよう」

1か月ぶりに会った彼氏の第一声。美琴はぽかんと口を開け、持っていたスマホを落とした。

「え…?なに急に…」

「もう疲れた。お前といるの」

「どうして…?」

「いっつも気張ってるっていうかさ。わたしがんばってますアピールすごいし。テーブルに鬱陶しい雑誌これ見よがしに置かれてるのもうんざりなんだよ。俺そういうつもりないって言わなかったっけ?」

「それはその…」

「そんなに結婚したいなら他のやつとしたら?」

「ちょ、ちょっと待ってそんな言い方しなくても…」

美琴は必死に説得した。別れたくない、これからは変わるから、あなたの望む女性になってみせるから、と涙を堪えて言葉を並べる。それを聞いても彼氏は辟易した表情を浮かべるだけだった。数十分は美琴の言葉を聞き流していたが、とうとう耐え切れなくなった彼氏がバッと立ち上がりスマホを見せた。壁紙には、知らない女性と彼氏のツーショット。今まで美琴が見たことがない、彼氏の満面の笑顔に言葉を失った。

「なに…これ…。え、誰この人…」

「俺の彼女」

「え…?浮気してたの…?」

「ああ。お前が浮気相手な」

「え…」

「こっちが俺の彼女」

「そんなの…知らなかった…。うそでしょ…」

「うそじゃないから。俺、こいつに浮気バレて別れろって言われたんだよ。俺こいつと別れたくないし。だから別れて」

彼はそう言って、泣き崩れている美琴を放って彼女の家を出て行った。

失恋をしても、心に深い傷を負っても平日はやってくる。プライベートを仕事に持ち込むなんて三十路のすることではない。美琴は腫れた目を化粧で隠し、いつも通り出社した。

「せんぱーい!今日こそランチ行きましょうよー!!」

昼休み、懲りずに後輩が美琴に声をかけた。美琴はクスっと笑い、タイピングの手を止め彼女を見る。

「いつも断ってるのに、どうして私を誘ってくれるの?」

「あーごめんなさい!もうクセになってるっていうかー!先輩に断られてから他の子に声かけるのがルーティンになっちゃっててー!!すみません手を止めさせちゃって!じゃ、私ランチ行ってきますねー!」

美琴は咄嗟に、返事を待たずに引き返そうとした後輩の手を掴んだ。後輩は驚いた様子で彼女を見る。美琴はもじもじしながら、小さな声で呟いた。

「…行こっかな。ランチ」

「えーーーーー!!??」

「な、なによ。誘ってくれたのはあなたじゃない」

「だ、だだだだって!今まで誘ってきてくれたことなかったじゃないですかー!!ダ、ダイエットはいいんですかー?!」

「うん…。もういいの」

目を伏せ、震えた声で答える美琴の様子に後輩は事情を察したようだった。

「…先輩。もしかして彼氏さんと…」

「うん。フラれちゃった」

「えーーー!なにそれえええ!!」

「シー!!声がでかい」

「あっ…すみません…。と、とりあえずカフェ行きましょ!!」

「そうね。行きましょっか」

美琴は財布を取り出そうと鞄に手を差し込んだ。カサカサと音がして中を見ると、白いビニール袋の中に入ったサラダチキンが目に入る。それを鞄の奥に押し込み、美琴は後輩とカフェへ向かった。

彼氏と別れた経緯を話すと、後輩はおしぼりを引きちぎりそうな勢いで怒り狂っていた。

「なにそれぇ~!!最悪じゃないですかー!!きも!!きもー!!」

「あはは…」

「先輩どうして平気そうなんですか?!最低なことされたのにー!!」

「私にはそのくらいの価値しかなかったってことなのよ」

「ちがぁぁぁう!」

後輩はそれから彼氏がいかに最低かを熱弁した。言いたいだけ言ってやっと落ち着いた彼女に、美琴はぼそりと呟く。

「…はぁ。食べたいもの我慢してダイエットして、好みじゃない服を着て、興味のないテレビ見てた自分がバカみたい」

「先輩!これからは自分のしたいように生きましょ!先輩のだいすきなチーズケーキをブクブクに太るまで食べて!白ワインをグビグビ飲んで!ムダ毛処理なんてせずにだらだら休日を過ごして!メイクを落とさずに寝るんです!!」

「ええ…なにそれ…。人として終わってる…」

「そんなことないですよー!!むしろ昨日までの先輩の方が人じゃないみたいでしたよ!完璧すぎて、食事もとらないし、機械みたいでしたもん!…あ、これは言いすぎましたすみません…」

「……」

「お、怒りましたかぁ…?」

黙り込んだ美琴に震えあがり、後輩はおそるおそる尋ねた。だが美琴はプッと吹き出し大笑いをする。

「あはは!!確かにそうね。そっかあ。これからは、私のしたいようにしていいのかあ」

「そうですよ先輩!先輩の人生は先輩のものなんですから、好きに生きればいいんです!私はブスでデブですけど、とってもしあわせですよ!」

確かに後輩はぽっちゃりしていて化粧っ気もない。それでも人に好かれているのは、明るい性格とかわいらしい笑顔によるところだと美琴は思っていた。美琴は微笑み、立ち上がる。

「そろそろ仕事に戻りましょう。今日は楽しかった。ありがとう」

「わたしも楽しかったです!!またランチ行きましょうね!!」

「ええ。仕事帰りにお酒も飲みたいわ」

「いいですねー!!なんなら今日行っちゃいます?!行っちゃいますー?!」

「行けるわよ。予定もないし」

「やったー!じゃあ私がんばって仕事終わらせちゃおー!」

その夜美琴は後輩と、日付が変わるまで酒を飲んだ。久しぶりに摂った晩食と酒に翌日腹を下し、疲れ果ててメイクしたまま寝てしまった肌はカピカピだったが、美琴にとってこんなに楽しい日はここ数年で初めてだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

なほ
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模るな子。新入社員として入った会社でるなを待ち受ける運命とは....。

処理中です...