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「別れよう」
1か月ぶりに会った彼氏の第一声。美琴はぽかんと口を開け、持っていたスマホを落とした。
「え…?なに急に…」
「もう疲れた。お前といるの」
「どうして…?」
「いっつも気張ってるっていうかさ。わたしがんばってますアピールすごいし。テーブルに鬱陶しい雑誌これ見よがしに置かれてるのもうんざりなんだよ。俺そういうつもりないって言わなかったっけ?」
「それはその…」
「そんなに結婚したいなら他のやつとしたら?」
「ちょ、ちょっと待ってそんな言い方しなくても…」
美琴は必死に説得した。別れたくない、これからは変わるから、あなたの望む女性になってみせるから、と涙を堪えて言葉を並べる。それを聞いても彼氏は辟易した表情を浮かべるだけだった。数十分は美琴の言葉を聞き流していたが、とうとう耐え切れなくなった彼氏がバッと立ち上がりスマホを見せた。壁紙には、知らない女性と彼氏のツーショット。今まで美琴が見たことがない、彼氏の満面の笑顔に言葉を失った。
「なに…これ…。え、誰この人…」
「俺の彼女」
「え…?浮気してたの…?」
「ああ。お前が浮気相手な」
「え…」
「こっちが俺の彼女」
「そんなの…知らなかった…。うそでしょ…」
「うそじゃないから。俺、こいつに浮気バレて別れろって言われたんだよ。俺こいつと別れたくないし。だから別れて」
彼はそう言って、泣き崩れている美琴を放って彼女の家を出て行った。
失恋をしても、心に深い傷を負っても平日はやってくる。プライベートを仕事に持ち込むなんて三十路のすることではない。美琴は腫れた目を化粧で隠し、いつも通り出社した。
「せんぱーい!今日こそランチ行きましょうよー!!」
昼休み、懲りずに後輩が美琴に声をかけた。美琴はクスっと笑い、タイピングの手を止め彼女を見る。
「いつも断ってるのに、どうして私を誘ってくれるの?」
「あーごめんなさい!もうクセになってるっていうかー!先輩に断られてから他の子に声かけるのがルーティンになっちゃっててー!!すみません手を止めさせちゃって!じゃ、私ランチ行ってきますねー!」
美琴は咄嗟に、返事を待たずに引き返そうとした後輩の手を掴んだ。後輩は驚いた様子で彼女を見る。美琴はもじもじしながら、小さな声で呟いた。
「…行こっかな。ランチ」
「えーーーーー!!??」
「な、なによ。誘ってくれたのはあなたじゃない」
「だ、だだだだって!今まで誘ってきてくれたことなかったじゃないですかー!!ダ、ダイエットはいいんですかー?!」
「うん…。もういいの」
目を伏せ、震えた声で答える美琴の様子に後輩は事情を察したようだった。
「…先輩。もしかして彼氏さんと…」
「うん。フラれちゃった」
「えーーー!なにそれえええ!!」
「シー!!声がでかい」
「あっ…すみません…。と、とりあえずカフェ行きましょ!!」
「そうね。行きましょっか」
美琴は財布を取り出そうと鞄に手を差し込んだ。カサカサと音がして中を見ると、白いビニール袋の中に入ったサラダチキンが目に入る。それを鞄の奥に押し込み、美琴は後輩とカフェへ向かった。
彼氏と別れた経緯を話すと、後輩はおしぼりを引きちぎりそうな勢いで怒り狂っていた。
「なにそれぇ~!!最悪じゃないですかー!!きも!!きもー!!」
「あはは…」
「先輩どうして平気そうなんですか?!最低なことされたのにー!!」
「私にはそのくらいの価値しかなかったってことなのよ」
「ちがぁぁぁう!」
後輩はそれから彼氏がいかに最低かを熱弁した。言いたいだけ言ってやっと落ち着いた彼女に、美琴はぼそりと呟く。
「…はぁ。食べたいもの我慢してダイエットして、好みじゃない服を着て、興味のないテレビ見てた自分がバカみたい」
「先輩!これからは自分のしたいように生きましょ!先輩のだいすきなチーズケーキをブクブクに太るまで食べて!白ワインをグビグビ飲んで!ムダ毛処理なんてせずにだらだら休日を過ごして!メイクを落とさずに寝るんです!!」
「ええ…なにそれ…。人として終わってる…」
「そんなことないですよー!!むしろ昨日までの先輩の方が人じゃないみたいでしたよ!完璧すぎて、食事もとらないし、機械みたいでしたもん!…あ、これは言いすぎましたすみません…」
「……」
「お、怒りましたかぁ…?」
黙り込んだ美琴に震えあがり、後輩はおそるおそる尋ねた。だが美琴はプッと吹き出し大笑いをする。
「あはは!!確かにそうね。そっかあ。これからは、私のしたいようにしていいのかあ」
「そうですよ先輩!先輩の人生は先輩のものなんですから、好きに生きればいいんです!私はブスでデブですけど、とってもしあわせですよ!」
確かに後輩はぽっちゃりしていて化粧っ気もない。それでも人に好かれているのは、明るい性格とかわいらしい笑顔によるところだと美琴は思っていた。美琴は微笑み、立ち上がる。
「そろそろ仕事に戻りましょう。今日は楽しかった。ありがとう」
「わたしも楽しかったです!!またランチ行きましょうね!!」
「ええ。仕事帰りにお酒も飲みたいわ」
「いいですねー!!なんなら今日行っちゃいます?!行っちゃいますー?!」
「行けるわよ。予定もないし」
「やったー!じゃあ私がんばって仕事終わらせちゃおー!」
その夜美琴は後輩と、日付が変わるまで酒を飲んだ。久しぶりに摂った晩食と酒に翌日腹を下し、疲れ果ててメイクしたまま寝てしまった肌はカピカピだったが、美琴にとってこんなに楽しい日はここ数年で初めてだった。
1か月ぶりに会った彼氏の第一声。美琴はぽかんと口を開け、持っていたスマホを落とした。
「え…?なに急に…」
「もう疲れた。お前といるの」
「どうして…?」
「いっつも気張ってるっていうかさ。わたしがんばってますアピールすごいし。テーブルに鬱陶しい雑誌これ見よがしに置かれてるのもうんざりなんだよ。俺そういうつもりないって言わなかったっけ?」
「それはその…」
「そんなに結婚したいなら他のやつとしたら?」
「ちょ、ちょっと待ってそんな言い方しなくても…」
美琴は必死に説得した。別れたくない、これからは変わるから、あなたの望む女性になってみせるから、と涙を堪えて言葉を並べる。それを聞いても彼氏は辟易した表情を浮かべるだけだった。数十分は美琴の言葉を聞き流していたが、とうとう耐え切れなくなった彼氏がバッと立ち上がりスマホを見せた。壁紙には、知らない女性と彼氏のツーショット。今まで美琴が見たことがない、彼氏の満面の笑顔に言葉を失った。
「なに…これ…。え、誰この人…」
「俺の彼女」
「え…?浮気してたの…?」
「ああ。お前が浮気相手な」
「え…」
「こっちが俺の彼女」
「そんなの…知らなかった…。うそでしょ…」
「うそじゃないから。俺、こいつに浮気バレて別れろって言われたんだよ。俺こいつと別れたくないし。だから別れて」
彼はそう言って、泣き崩れている美琴を放って彼女の家を出て行った。
失恋をしても、心に深い傷を負っても平日はやってくる。プライベートを仕事に持ち込むなんて三十路のすることではない。美琴は腫れた目を化粧で隠し、いつも通り出社した。
「せんぱーい!今日こそランチ行きましょうよー!!」
昼休み、懲りずに後輩が美琴に声をかけた。美琴はクスっと笑い、タイピングの手を止め彼女を見る。
「いつも断ってるのに、どうして私を誘ってくれるの?」
「あーごめんなさい!もうクセになってるっていうかー!先輩に断られてから他の子に声かけるのがルーティンになっちゃっててー!!すみません手を止めさせちゃって!じゃ、私ランチ行ってきますねー!」
美琴は咄嗟に、返事を待たずに引き返そうとした後輩の手を掴んだ。後輩は驚いた様子で彼女を見る。美琴はもじもじしながら、小さな声で呟いた。
「…行こっかな。ランチ」
「えーーーーー!!??」
「な、なによ。誘ってくれたのはあなたじゃない」
「だ、だだだだって!今まで誘ってきてくれたことなかったじゃないですかー!!ダ、ダイエットはいいんですかー?!」
「うん…。もういいの」
目を伏せ、震えた声で答える美琴の様子に後輩は事情を察したようだった。
「…先輩。もしかして彼氏さんと…」
「うん。フラれちゃった」
「えーーー!なにそれえええ!!」
「シー!!声がでかい」
「あっ…すみません…。と、とりあえずカフェ行きましょ!!」
「そうね。行きましょっか」
美琴は財布を取り出そうと鞄に手を差し込んだ。カサカサと音がして中を見ると、白いビニール袋の中に入ったサラダチキンが目に入る。それを鞄の奥に押し込み、美琴は後輩とカフェへ向かった。
彼氏と別れた経緯を話すと、後輩はおしぼりを引きちぎりそうな勢いで怒り狂っていた。
「なにそれぇ~!!最悪じゃないですかー!!きも!!きもー!!」
「あはは…」
「先輩どうして平気そうなんですか?!最低なことされたのにー!!」
「私にはそのくらいの価値しかなかったってことなのよ」
「ちがぁぁぁう!」
後輩はそれから彼氏がいかに最低かを熱弁した。言いたいだけ言ってやっと落ち着いた彼女に、美琴はぼそりと呟く。
「…はぁ。食べたいもの我慢してダイエットして、好みじゃない服を着て、興味のないテレビ見てた自分がバカみたい」
「先輩!これからは自分のしたいように生きましょ!先輩のだいすきなチーズケーキをブクブクに太るまで食べて!白ワインをグビグビ飲んで!ムダ毛処理なんてせずにだらだら休日を過ごして!メイクを落とさずに寝るんです!!」
「ええ…なにそれ…。人として終わってる…」
「そんなことないですよー!!むしろ昨日までの先輩の方が人じゃないみたいでしたよ!完璧すぎて、食事もとらないし、機械みたいでしたもん!…あ、これは言いすぎましたすみません…」
「……」
「お、怒りましたかぁ…?」
黙り込んだ美琴に震えあがり、後輩はおそるおそる尋ねた。だが美琴はプッと吹き出し大笑いをする。
「あはは!!確かにそうね。そっかあ。これからは、私のしたいようにしていいのかあ」
「そうですよ先輩!先輩の人生は先輩のものなんですから、好きに生きればいいんです!私はブスでデブですけど、とってもしあわせですよ!」
確かに後輩はぽっちゃりしていて化粧っ気もない。それでも人に好かれているのは、明るい性格とかわいらしい笑顔によるところだと美琴は思っていた。美琴は微笑み、立ち上がる。
「そろそろ仕事に戻りましょう。今日は楽しかった。ありがとう」
「わたしも楽しかったです!!またランチ行きましょうね!!」
「ええ。仕事帰りにお酒も飲みたいわ」
「いいですねー!!なんなら今日行っちゃいます?!行っちゃいますー?!」
「行けるわよ。予定もないし」
「やったー!じゃあ私がんばって仕事終わらせちゃおー!」
その夜美琴は後輩と、日付が変わるまで酒を飲んだ。久しぶりに摂った晩食と酒に翌日腹を下し、疲れ果ててメイクしたまま寝てしまった肌はカピカピだったが、美琴にとってこんなに楽しい日はここ数年で初めてだった。
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