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サンドウィッチ
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出張先は信じられないほど田舎だった。スーパーもなけりゃあコンビニもない。居酒屋どころかスナックさえない。仕事終わり、俺は飢え死にそうなほどの空腹に耐えながら見慣れぬ道を歩いていた。
「ん?こんな店あったか?」
出勤時には見落としていたのだろうか。そこには「サンドウィッチ」と怪しげに光る看板が立っていた。サンドウィッチだと。昼に食うものだがこの際なんでもよい。なにか食べるものを。そう思い俺は店の中に入った。
「いらっしゃい」
俺を迎えたのは妖艶ということばがぴったりの女性だった。そして店には千を超える小さなショーケースが並んでいた。どうやらサンドウィッチは売ってなさそうだ。あんな看板を掲げてややこしい、詐欺だ、出て行ってやる。空腹で苛立ちやすくなっていた俺はそう思い早々に店を出ようとした。
「あらもう行かれるの?せっかく入ったのだし、商品を見ていってくださいな」
恥ずかしながら美人に弱い俺は、おなかをさすりながら「じゃあ少しだけ」とチラッとショーケースを見た。中には何もない。
「何も入ってませんよ?」
「やだお客さん。ちゃんと見てよ」
目を凝らすとその中には一粒の砂だけが入っていた。
「砂?」
「ええ。世界中の砂を取り揃えてあってよ」
「あー、砂は…いいです」
「この砂なんてどう?今のお客さんにぴったりであってよ」
興覚めした顔の俺に気にも留めず、美人はある砂を一粒俺に見せた。見たところ先ほど見た砂と変わらない。というか砂なんてほとんど全部一緒じゃないか?
「これを舌に乗せてごらんなさい」
「砂を食うんすか?」
「食べるんじゃないの、舌に乗せるのよ。飴のように」
しぶしぶ俺は砂を舌の上に乗せた。すると全ての味覚が暴れだしたような感覚に襲われた。酒とカレーと唐揚げとパフェとつまみを一緒に食べたような。
「どう?」
「なんすかこれ」
「砂」
「そりゃあ分かってますがね。舌が壊れるかと思いましたよ」
「でも一度にたくさん食べた気持ちになって空腹もおさまったでしょう」
「たしかに…」
さきほどの砂のおかげで脳が馬鹿になったのか、空腹感どころか胃に満足感すらあった。
「しかしどうして俺が腹減ってるって思ったんすか」
「そんな顔していたからよ。看板につられて迷い込んできた子ネズミさん」
「子ネズっ…」
三十路過ぎてから美人に子ネズミと呼ばれても、なぜか気分は悪くなかった。
「さてお客さん。ほかにお求めの砂はあって?」
「砂っつってもなあ」
「まだお分かりでない?ここにならんでいるのはただの砂ではなくってよ」
「もしかしてあれっすか、白い粉っすかこの店」
そう言うと美人は声を出して笑った。
「あんな人間が作ったまがいものとは違うくてよ。あれはこの砂にあこがれた人ががんばって作った失敗作」
「?」
「優柔不断なお客さんに代わって私が探してあげましょう」
この美女、勝手にどんどん話を進めていくな。それに商売上手だ。俺も見習わなくては。
「あなた、毎日が楽しくないのね。ストレスで脳みそが馬鹿みたいになっているわよ」
口が悪いがその通りだ。
「仕事がきつくてね」
「じゃあこの砂を嗅いでごらんなさい」
店主は砂を3粒手のひらに乗せ、俺の顔に近づけた。俺は言われるがまま砂を嗅いだ。すると次は脳がギチギチと動き出したような感覚がした。
「はじめはぎこちないけれど、しばらくすると柔らかくなるわ」
彼女がはじめて優しい声をだした。まるで母にあやされる赤子になった気分になりながら、美女の手に乗せられた砂の香りを嗅ぎ続けた。するとだんだん脳がぽよん、ぽよん、と動いている感覚になる。
「さあもういいわね。どうかしら、リラックスしたんじゃなくて?」
「本当ですね。頭が軽いです」
「あなた、お仕事と自分どちらが大事なのかしら。こんなに疲れるまでお仕事をして。生きるために働いているの?働くために生きているの?」
「どうなんすかね…それすら分からないくらいやることが多いっす」
「私には分からないわ」
彼女は後ろを向いて次の砂を取り出した。
「さてこれは最後の砂よ。今のあなたにはこれが一番必要なもの。これを飲んでちょうだい」
「これの効能は?」
「効能?ふふ、ここは薬屋じゃなくてよ」
はぐらかされた俺はおとなしく渡された砂を飲んだ。するとすぐに睡魔が襲ってくる。
「今のあなたに必要なのは睡眠。そしてこの店をみつけたことを忘れることよ」
これが俺の聞いた最後の言葉だった。朝起きると昨晩のことは何も覚えていないままベッドの中で横たわっていた。
「なにか不思議な夢を見たような」
俺は今日も仕事に行く。少し軽くなった体で。次にあの店を見つけても、俺は初めて見つけたように入るのだろう。
「ん?こんな店あったか?」
出勤時には見落としていたのだろうか。そこには「サンドウィッチ」と怪しげに光る看板が立っていた。サンドウィッチだと。昼に食うものだがこの際なんでもよい。なにか食べるものを。そう思い俺は店の中に入った。
「いらっしゃい」
俺を迎えたのは妖艶ということばがぴったりの女性だった。そして店には千を超える小さなショーケースが並んでいた。どうやらサンドウィッチは売ってなさそうだ。あんな看板を掲げてややこしい、詐欺だ、出て行ってやる。空腹で苛立ちやすくなっていた俺はそう思い早々に店を出ようとした。
「あらもう行かれるの?せっかく入ったのだし、商品を見ていってくださいな」
恥ずかしながら美人に弱い俺は、おなかをさすりながら「じゃあ少しだけ」とチラッとショーケースを見た。中には何もない。
「何も入ってませんよ?」
「やだお客さん。ちゃんと見てよ」
目を凝らすとその中には一粒の砂だけが入っていた。
「砂?」
「ええ。世界中の砂を取り揃えてあってよ」
「あー、砂は…いいです」
「この砂なんてどう?今のお客さんにぴったりであってよ」
興覚めした顔の俺に気にも留めず、美人はある砂を一粒俺に見せた。見たところ先ほど見た砂と変わらない。というか砂なんてほとんど全部一緒じゃないか?
「これを舌に乗せてごらんなさい」
「砂を食うんすか?」
「食べるんじゃないの、舌に乗せるのよ。飴のように」
しぶしぶ俺は砂を舌の上に乗せた。すると全ての味覚が暴れだしたような感覚に襲われた。酒とカレーと唐揚げとパフェとつまみを一緒に食べたような。
「どう?」
「なんすかこれ」
「砂」
「そりゃあ分かってますがね。舌が壊れるかと思いましたよ」
「でも一度にたくさん食べた気持ちになって空腹もおさまったでしょう」
「たしかに…」
さきほどの砂のおかげで脳が馬鹿になったのか、空腹感どころか胃に満足感すらあった。
「しかしどうして俺が腹減ってるって思ったんすか」
「そんな顔していたからよ。看板につられて迷い込んできた子ネズミさん」
「子ネズっ…」
三十路過ぎてから美人に子ネズミと呼ばれても、なぜか気分は悪くなかった。
「さてお客さん。ほかにお求めの砂はあって?」
「砂っつってもなあ」
「まだお分かりでない?ここにならんでいるのはただの砂ではなくってよ」
「もしかしてあれっすか、白い粉っすかこの店」
そう言うと美人は声を出して笑った。
「あんな人間が作ったまがいものとは違うくてよ。あれはこの砂にあこがれた人ががんばって作った失敗作」
「?」
「優柔不断なお客さんに代わって私が探してあげましょう」
この美女、勝手にどんどん話を進めていくな。それに商売上手だ。俺も見習わなくては。
「あなた、毎日が楽しくないのね。ストレスで脳みそが馬鹿みたいになっているわよ」
口が悪いがその通りだ。
「仕事がきつくてね」
「じゃあこの砂を嗅いでごらんなさい」
店主は砂を3粒手のひらに乗せ、俺の顔に近づけた。俺は言われるがまま砂を嗅いだ。すると次は脳がギチギチと動き出したような感覚がした。
「はじめはぎこちないけれど、しばらくすると柔らかくなるわ」
彼女がはじめて優しい声をだした。まるで母にあやされる赤子になった気分になりながら、美女の手に乗せられた砂の香りを嗅ぎ続けた。するとだんだん脳がぽよん、ぽよん、と動いている感覚になる。
「さあもういいわね。どうかしら、リラックスしたんじゃなくて?」
「本当ですね。頭が軽いです」
「あなた、お仕事と自分どちらが大事なのかしら。こんなに疲れるまでお仕事をして。生きるために働いているの?働くために生きているの?」
「どうなんすかね…それすら分からないくらいやることが多いっす」
「私には分からないわ」
彼女は後ろを向いて次の砂を取り出した。
「さてこれは最後の砂よ。今のあなたにはこれが一番必要なもの。これを飲んでちょうだい」
「これの効能は?」
「効能?ふふ、ここは薬屋じゃなくてよ」
はぐらかされた俺はおとなしく渡された砂を飲んだ。するとすぐに睡魔が襲ってくる。
「今のあなたに必要なのは睡眠。そしてこの店をみつけたことを忘れることよ」
これが俺の聞いた最後の言葉だった。朝起きると昨晩のことは何も覚えていないままベッドの中で横たわっていた。
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俺は今日も仕事に行く。少し軽くなった体で。次にあの店を見つけても、俺は初めて見つけたように入るのだろう。
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