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最終章
第百三十二話 「紅蓮のドラゴン」
しおりを挟む「ここが、鳴き声の聞こえてきた場所?」
「キュルキュル」
裏路地を縫うように進んで数分。
埃を被った建物たちに囲まれたそこには、他とは明らかに違う木造りの大きな建物があった。
扉の代わりに大きな穴が開いており、そこに繋がるように裏路地の建物たちが道をあけている。
一見すると何か大きなものを運び入れる倉庫のようにも見えてくる。
ペルシア・スタジオを初めて見た時も、そのあまりのおどろおどろしい様につい萎縮してしまったものだが、ここも引けを取らないくらい恐ろしい。
何より人がいなくて、終始モンスターの鳴き声が微かに聞こえてくるのが鳥肌ものだ。
早いうちにこの疑念を解消して、ファナの元に向かおう。
そう思って建物の入口に近づいていくと……
「んっ?」
中にはますます訝しい光景が広がっていた。
地面に開いた巨大な穴。
その先は滑り台のようになっていて、まるで倉庫に運び入れたものを地下に落とす仕組みのように見える。
本当にここはなんなんだ?
もしかして僕って今、絶対に見ちゃいけないものでも見てるんじゃ……
「キュル!」
「えっ?」
萎縮しながら大穴を覗き込んでいると……
その隙にライムが、なぜか嬉しそうに穴に飛び込んでしまった。
水色の果実が面白いように坂を転がっていく。
コロコロコロ……
「えっ……えっ……えぇぇぇぇぇ!?」
僕は慌ててライムの後を追った。
何してんのさライム!?
なんで怪しい穴に自分から飛び込んでいくんだよ!?
絶対にやばいってここ!
ていうかそもそも、僕らはこんなことしてる場合じゃないんだよ!
早くライムを連れ戻さないと!
そう思って水色の背中を追いかけて滑り台を下りていると、やがてランプらしき灯りが見えてきた。
そのタイミングで僕はライムをがしっと掴む。
次いで二人して同時に、光が漏れる大穴に放り出された。
その先にあったのは……
「あいたっ! くぅぅ、お尻打ったぁ…………って、ここどこだろう?」
「キュルル?」
盛大に尻餅をついた僕は、ライムを抱きかかえながら視線を持ち上げた。
暗いところからいきなり明るい場所に放り出されて、目が慣れるのにしばし時間がかかる。
やがて視界が鮮明になってくると、すぐ目の前に大きな影があることに気が付いた。
僕とライムは同時にその影に焦点を合わせる。
「えっ?」「キュル?」
そこにいたのは……
真っ赤な鱗と翼、そして鋭い爪と牙を備えた、伝説上の怪物”ドラゴン”だった。
「えっ……えっ……えぇぇぇぇぇ!?」
ここに来て早くも二度目の驚愕。
僕は大きく目を見開いて後退りする。
しかし一方でライムは、やはりなぜか嬉しそうに笑顔を咲かせて、目の前のドラゴンに近づいていこうとした。
なんでこんなところにドラゴンが?
さっきの鳴き声はこのドラゴンが発していたものなのか?
ていうかライムの奴、どうしてこんなに嬉しそうに……?
と、そこで僕は、ふと違和感を覚えることになる。
勘違いかとも思っていたのだが、どこか聞き覚えのある鳴き声。
そして見覚えのあるドラゴンの姿。
「お、お前、もしかして……」
「グルル……」
反射的にドラゴンに声を掛けると、その瞬間、ドラゴンの後方から女性の声が上がった。
「えっ、ちょ、何してるんスかそんなところで!? 早く逃げるッスよ!」
「えっ?」
遠方を窺うと、そこにはつば付きの帽子を被った、エメラルドグリーンの長髪が特徴の活発そうな女の人がいた。
汚れた作業着を着ていて、何か魔石道具の整備でもしている人みたいだ。
と、呑気に観察している場合ではなく、遅まきながら僕は気付くことになる。
女の人が立っているのは、何本もの鉄の棒を埋め込まれて作られた”格子”の向こう。
そして僕とライムがいるのは、格子の外……ではなく、おそらく中。
たぶんだけど、ドラゴンが収容されていた鉄格子の中に、僕たちは入ってしまったのだ。
「グルル、ガアァァァァァ!!!」
「うっ――」
絶望的な結論を導き出したその瞬間、赤いドラゴンが怒れるように大口を開けて咆哮した。
それをこちらに向け、喉の奥からチラチラと赤い光が漏れ出てくる。
と、次の瞬間――
確かな熱を持った豪炎が、ドラゴンの口から放出された。
僕は咄嗟に横に飛ぶ。
間一髪で回避すると、先ほどまで僕とライムがいた場所は、真っ黒に焦げてプスプスと音と煙を立てていた。
そのあまりの恐怖に、僕は詰まっていた息を吐き出す。
「……っぶなぁ! あとちょっとで焼け死ぬところだったぁ!」
「ちょ、少年! まだ終わってないッスよ!」
「えっ?」
見るとドラゴンは、再びこちらに開けた口を向けていた。
先刻と同様、チラチラと赤い光が垣間見える。
「は、早く逃げるッスーーー!!!」
という女性の声を聞いて、僕はすかさず相棒を腕の中から解放した。
「ライム!」
「キュルル!」
ライムは素早くドラゴンの頭上まで跳ね上がる。
こちらの意思を察して迅速な行動に出てくれた相棒に、僕はドラゴンの炎すら破るような鋭いオーダーを響かせた。
「【超重硬化】!」
「キュルルルゥ!!!」
瞬間、ライムの水色の体が鋼色に輝く。
するとその影響で、緩い勢いで跳ね上がっていたライムが、突如真下に急降下した。
加重と硬化を同時に行うスキル、【超重硬化】。
それにより、火を吹こうとしていたドラゴンの頭に、重い音を立てて丸い鋼が落ちていった。
炎の息吹はそれで中断され、ドラゴンはくらくらと怯み状態に陥る。
攻撃が上手くいったことに喜んでいると、すかさず女性が声を上げた。
「い、今のうちッス! 早くここから出るッスよ!」
鉄格子の扉を開けて、僕とライムを格子の外へ脱出させてくれる。
ドラゴンが怯んでいる隙に急いで扉を閉めると、叱りつけるように僕たちに言ってきた。
「な、なんであんな危ない場所にいたんスか!? そんなに死にたかったんスか!?」
「い、いえ、そうではなくてですね……」
ライムの後を追って穴に入ったらいきなりドラゴンだったんですけど。
なんて言えるはずもなく、僕はもにょもにょと言い淀む。
ていうかそれよりも、今もなお格子の中ではドラゴンが騒いでいた。
「グルル、グラァァァァァ!!!」
「あ、あの、いいんですか? ドラゴンそのままにしておいて……」
「えっ? あぁ、呑気に話してる場合じゃなかったッスね。ちょっと待ってるッスよ」
鉄格子の中にいるとはいえ、相手はドラゴン。
放っておけばすぐにでもこれを破壊してこちらを襲ってくるだろう。
それを心配して緑髪のお姉さんにそう言ってみたのだけれど、僕の緊張感に反して彼女は至って冷静だった。
するとお姉さんは、懐に隠していた何かを取り出して、それに声を掛けた。
「ピク、【青色音色】ッス」
「ピィィ!」
それは小さな人間だった。
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どこかで聞いた覚えがある。確かこういった特徴を持つモンスターを、妖精種と呼ぶはずだ。
とても希少なモンスターで、従魔にしている人がいるとはかなり驚きだ。
と、人知れず感心していると、彼女の手に乗った妖精が小さな唇を動かし始めた。
そこから透き通るような音色が流れてくる。
基本的にモンスターは喋れないので、歌ではなく音だけの音色になっているが、それでも僕の心には美しく響いた。
――って、あれ? なんか急に眠く……
「さてと、これで大丈……って、あっ! いけないッスいけないッス! すっかり伝え忘れていたッス! この子の歌声を聞くと、意識が……」
と、お姉さんの慌てた声を聞きながら、僕は力なく地面に倒れた。
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