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第5章 遠征試験編
第九十話 「お別れ」
しおりを挟む夕方。
グロッソの街の東門付近にある魔車乗り場にて。
僕とクロリアは旅の準備を整えて、ロメとシャルムさんの二人と顔を見合わせていた。
ごとごとと魔車に荷物を運び入れる喧噪や、がらがらと車輪が回る音。
それらを背に、夕日に照らされた彼女たちを見つめていると、不意に頭上から寂しそうな鳴き声が聞こえてきた。
別れを惜しんだライムだ。
僕は頭の上の相棒を優しく撫でてから、赤髪の受付嬢さんに挨拶をする。
「それではシャルムさん、よろしくお願いします」
すると彼女は、隣に立っているロメの頭に手を乗せて、頼もしい笑みを浮かべた。
「あぁ、必ず冒険者になったこの子を、無事に君たちのもとに送り届けてみせよう」
「あ、あはは……」
後半はともかく、前半は決してシャルムさんが言うことではないのだけれど。
妙に自信満々なその返しに、僕は苦笑いを零す。
一方で、冗談にも聞こえるその台詞に、拭い切れなかった緊張感がすっかりとほぐれた。
僕たちは今から、テイマーズストリート行きの魔車に乗ってこの街を旅立つ。
いよいよその時が目前まで迫ると、やはり街に置いていくことになるロメが心配になってしまった。
そんな僕の気持ちに反して、彼女は不安な様子を一切見せないけど。
まあ、それはきっと、隣にいる頼りがいのあるお姉さんのおかげかな。
それと、僕たちが買ってあげた、新しい衣装の効果もあるかもしれない。
そうと信じて、僕はようやく旅立つ決心をつける。
その頃クロリアは、ロメと視線を合わせるように屈んで、笑顔でエールを送っていた。
「頑張ってください。ロメちゃんならきっと、一発合格できますから。でも、あんまり無茶はしないでくださいね」
「うん。冒険者になったら、一緒にクエスト行こうね」
「はい」
最後に彼女たちは軽くハイタッチを交わし、別れを終える。
僕もロメに「頑張ってね」と一声掛けると、彼女は大きく頷いてくれた。
それから僕たちは魔車に乗り込む。
小さな窓から二人して顔を覗かせて、控えめに手を振った。
がらがらと車輪が回る音と共に、ロメとシャルムさんの二人が次第に離れていく。
グロッソの街を東に出て、そのままテイマーズストリート方面にフローラフォレストを突っ切っていくと、すっかり二人の姿は見えなくなっていた。
それでも僕はまだ、窓の外から目を離すことができない。
そんな僕の様子を見て、クロリアが声を掛けてくれた。
「やっぱり、心配ですか?」
「う、うん。でもまあ、シャルムさんといるんだから、僕たちといるよりかは安全なんだろうけど」
そう言って窓から視線を外し、僕は魔車の中に座り込む。
いまだ窓に視線が釘付けのライムは、しばらく落ち着くことができないだろう。
クロリアはライムのその姿を見て、再び問いかけてきた。
「やっぱりお守り代わりに、分裂ライムちゃんかミュウを渡しておけばよかったですかね?」
「さすがにそれは過保護すぎるって怒られたじゃん」
分裂したライムかミュウをロメに渡しておけば、相棒を介して彼女の動向を知ることができる。
しかしそれはあまりにも過保護ということで、提案は却下された。
まあ僕も、さすがにそれはやりすぎだと思ったけど。
それに冒険者の従魔が、分裂体とはいえ同行しているのが知られたら、試験中に不正を疑われてしまう。
加えて、分裂中は本体の動きが僅かに落ちるので、それを危惧したロメが強く反対してきた。
これ以上迷惑は掛けられないし、自分一人で頑張ってみたいと考えているのだろう。
となれば、僕たちにできることはたった一つしかない。
僕と同じ結論に至ったクロリアが、寂しさを感じないような、元気な声音で言った。
「では、信じて待つことにしましょうか」
「……うん」
僕たちはテイマーズストリートに向けて、グロッソの街を旅立った。
△△△
猪型の従魔に引かれた魔車の背を、私はずっと眺め続けていた。
森の奥の方に進んで見えなくなっても、ルゥたちの影を追うように視線を注いでいる。
やがてシャルムがぽんぽんと頭を撫でてくれて、私は顔を動かすことができた。
気が付けば辺りは暗くなり、街の至るところから灯りが漏れ始めている。
ルゥたちには見栄を張って、堂々とした表情を貫いていたけど、いざこうして一人になるととても寂しい。
と考えている私に、一人じゃないと言うようにシャルムは手を引いてくれた。
お姉さんの温かい手に引かれて連れられたのは、冒険者ギルドだった。
朝昼よりもさらにうるさくなったその場所で、私は少し気持ちを落ち着かせる。
たくさんの冒険者とその従魔。
私もこの中に仲間入りして、困っている人たちをたくさん助けるのだ。
そう思うと不安は一気に期待へと変わり、自然と頬が緩んでくる。
それを見たシャルムが、続いて連れて行ってくれたのは、受付窓口の中だった。
彼女が担当しているカウンターの裏で、待っているようにと言われる。
小さな机と椅子、お菓子まで用意してもらって、とても悪い気がした。
ただでさえ面倒を見てもらうのだから、ここは大人しく待っていようと決めた矢先、私は目を輝かせることになる。
シャルムの仕事っぷりがすごい!
どうすごいのかは上手く表現できないけれど、なんというか動きに無駄がない。
受付をテキパキとこなし、時間が空けば受付カウンターや待合席のテーブルを拭きに行く。
酔っ払い相手だって問題ない。クールな姿勢であっさりとあしらうと、再び彼女は仕事に戻った。
時折、「迷子の子ですか?」と私に指を差して聞いてくる人もいたけど、そんな人たちに対しても当たり障りのない返答をする。
一応、私のことは秘密になっているらしい。
しばし感嘆しながらシャルムの様子を窺っていると、不意に彼女がこちらを振り向き、悪戯な笑みを浮かべた。
「冒険者よりも受付の方に興味が湧いてきたか?」
「……う、ううん」
慌ててかぶりを振る。
そういうわけにはいかない。
私には冒険者になるという立派な目標があるのだから。
というか、私が受付をやったところであんな風にできるはずもない。
なんて考えていると、再びシャルムが口を開いた。
「さて、もうそろそろ終業時間だ。そうすれば君を預かる宿舎まで案内しよう」
「は、はい」
彼女の仕事っぷりに目を奪われていたせいで、気が付けばすっかり真夜中になっていた。
心なし目もぼんやりとしている。
うとうとしている中、また手を引かれて連れて行ってもらった場所は、ギルド職員たちが暮らす宿舎だった。
試験の日まで、ここで私を預かってくれるそうだ。
話は通してあると頼もしいことを言ってくれたシャルム。
しかしどういうわけか、私を連れたシャルムが女性用宿舎に入ると、所々から驚きの声が上がった。
「えっ、うそ? 子供っ!? あのシャルムさんが!?」
とか、
「か、彼氏はどこの誰!?」
とか、
「もしやあのお気に入りのスライムテイマー君!?」
とかとか。
驚愕の視線を向ける人が大半だったけど、中には羨望の眼差しで見つめる人や、心底落ち込んだ様子を見せる人もいた。
それはともかくとして、とりあえず騒がしい。
その意味がさっぱりわからずに隣のシャルムを見上げてみると、目の錯覚か、赤い長髪が逆立っているように見えた。
途端に押し黙る宿舎の職員たち。
私も密かに、彼女に握られた手を震わせる。
すると赤髪のお姉さんは、なんでもないようにこちらを向いて、美しい微笑をたたえた。
いつものクールなシャルムだった。
そんなこんなあって、騒がしい初日になったけれど、いよいよ私の宿舎での生活が始まった。
冒険者試験まで残り六日。
これといってやることは決まってなく、貸し与えられた部屋で大人しくしていることしかできない。
けれど試験目前で何かしなければと思った私は、次の日からさっそく行動を開始した。
ギルドの受付に遊びに行ったり、ギルドで冒険者の様子を観察したり、これまでの冒険者試験の概要をまとめた資料を読ませてもらったり。
たまには宿舎でのんびりもした。
一度、遊び半分で宿舎から抜け出し、街に買い物に行った時もあったけど、そのときはシャルムに超速攻で見つかり、涙目にされるくらいの勢いで怒られてしまった。
この私が涙を浮かべることになるとは。
もう勝手な真似はしないと、固く心に誓う。
などなど様々な日々を送り、私は試験が始まる日を心待ちにした。
そしてあっという間に時は過ぎ、冒険者試験当日となった。
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