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第6章 肝試し大会編
第百十一話 「思わぬ決心」
しおりを挟むなんやかんやあり、ペルシア・スタジオにお泊りすることになった後。
私とルゥ君は、ペルシア・スタジオの一角にあった、小さな部屋に繋がる扉へと案内されました。
度々ここを訪れてはいましたが、まさか魔石鑑定所の隅にこんな部屋があるとはついぞ知りませんでした。
用途不明の道具が散らかるメインルームとは違い、シンプルでさっぱりとした小部屋。
長方形に伸びるその空間は、真ん中にソファとテーブルが置かれていて、一番奥にはベッドがあります。
入口近くには小さなキッチンも設置されていて、ここで彼女がお茶などを淹れていたことを考えると不思議と笑みが零れてしまいますね。
どうやらここはペルシャさんにとっての生活スペースらしいのです。
日のほとんどをペルシア・スタジオの工房――つまり私たちがいつもお茶会をしているメインルームで過ごしているため、寝て起きて着替えてご飯を作るためだけの場所だと彼女は言っていました。
それだけでも充分ありがたいです。
泊まっている間はここを自由に使っていいそうなので、肝試し大会とやらで賞金を獲得するまでお言葉に甘えさせていただこうと思います。
まあ、無事に大会で優勝できるかはわかりませんが。
……と、というか、ホントに”出る”んでしょうか?
私たちが大会に”出る”、というのも疑問の一つではありますが、一番気になっているのは死霊種のモンスターが”出る”、という点についてです。
私、ホントに死霊種のモンスター苦手なんですけど。
大会が開催されるエリアで死霊種のモンスターが出るという情報を聞いてから、すでに私は乗り気ではありません。
しかし出場して賞金を獲得しなければ、とても借金の返済はできません。
現実は理不尽です。
そんなこんなの相談をするべく、現在私はルゥ君と一緒にソファに腰掛けています。
普段ペルシャさんが一人で過ごしている小部屋なので、家具も小さめのものとなっています。
二人ではやや手狭……というか時折肩が触れます。
そんな状況に狼狽えながらも、ちらりと横に目をやると、彼はそれを気にも留めず、膝上できょろきょろと目を泳がすライムちゃんを撫でていました。
「ペルシャさん、まだお仕事残ってるんだね」
「えっ? あぁ、そう……みたいですね」
「それなのに僕たちとお茶の時間作ってくれて、おまけに部屋まで貸してもらって、なんか悪い気がするよね」
「は、はぁ……」
唐突に話を振られたせいで、鈍い反応になってしまいます。
それでもなんとか返しながら、私は部屋の入口に目を向けました。
先ほどペルシャさんは、私たちに部屋を貸した後、仕事が残ってるからと言って作業机に戻ってしまいました。
ホワイトキャットのシロちゃんもそのあとについて行ってしまったので、現在は私とミュウ、ルゥ君とライムちゃんの四人しかいません。
確かにルゥ君の言うとおり、至れり尽くせりで心なしか罪悪感が湧いてきます。
しまいには「晩ご飯も作ってあげるよ」と言ってもらい、彼女の優しさはとどまることを知りません。
同じことを思い出したのでしょうか、不意にルゥ君がにやけました。
「あぁ、でも、正直晩ご飯は楽しみだなぁ。ペルシャさん、お茶淹れるの上手だし」
……むむ。
なぜか眉にぴくりと来た私は、投げやりな様子で言いました。
「よかったですね。今晩はペルシャさんの手作り料理を頬張れる上に、デザートとして添い寝まで付いてくる贅沢コースなんですから」
「いやだから、それは冗談だって言ったじゃん」
ジト目を向ける私に対し、ルゥ君は呆れた顔で返してきます。
ペルシャさんからの添い寝の提案を、あろうことか二つ返事で了承した時は、『いったい何を考えているのだこのエロガキ』と思わざるを得ませんでした。
その後すぐに冗談だという弁明を受けましたが、いまだに疑いは晴れません。
今晩はルゥ君を厳重に警戒しなければ。
などと考えながら終始ジト目を向け続けていると、不思議とあちらもじっと私のことを見つめていました。
……見つめられる覚えはないのですが。
「な、なんですか?」
「いやそのぉ……気付いたんだけど、僕たちって出会った最初は仲良かったけど、一緒にいて段々と仲悪くなってるよね」
「えっ?」
唐突に何を言っているのでしょうか?
と、一瞬疑問に思ってしまいますが、やがて私は納得します。
言われてみれば、まあ確かに。
最初は喧嘩らしい喧嘩をすることもなく、終始笑顔を向けあって仲良しさんでした。
しかし最近は私が甘めの毒を吐き、ルゥ君がそれに呆れた反応をするという、なんとも言い難い関係が築かれています。
これは……仲が悪くなったんでしょうか?
良いとも言える気がしません。
そんな私の脳裏に、『喧嘩するほど……』という言葉がちらつきますが、何かの間違いということにしておきましょう。
私は少し頬を膨らませて答えます。
「別に、仲が悪くてもいいんじゃないですか? 従魔同士の関係は良好なわけですし。それにずっと仲良しの方がおかしいと思います」
「ま、まあ、そうかもね」
「……」
なんでそこで”そうかもね”なんですか。
”そんなことないんじゃない”って言うべきじゃないですか。
私も怒りっぽくなってはいますが、ルゥ君も少しずつ変わっている気がします。
なんだか私がわがままを言って、それを軽くあしらっているような。
いえ、別になんでもいいんですけど。
ちなみにこれは自論です。
人は初めに、他人の悪いところから探します。
そうして第一印象を決めた後、良いところを見つけていって、次第に仲良くなっていくのが当然なのですが。
ルゥ君の場合は悪いところがありませんでした。
見つからなかった、と言う方が適切ですね。
逆に良いところばかり発見した後、それがむしろ悪い方向に働いているのを理解して、次第に仲が悪くなっているのだと私は思います。
ロメちゃんの事件の時がいい例ですね。一人でなんでも解決しようとして、それは一見良いところに見えますが、深く触れるとそれは悪いところなのだと思い知る。
それについてガミガミ言う私が怒りっぽく映っているだけで、実際に悪いのはルゥ君なんですから。
ということを長々と説明するのは面倒に感じて、私は口を閉じます。
だんまりを続ける私を見て、ルゥ君は言いづらそうに本題を振ってきました。
「あっ、それで、肝試し大会のことなんだけど……」
「は、はい」
「参加しても、大丈夫そうかな?」
「えっと……それは……」
私は鈍い反応を見せます。
隣に腰掛けたルゥ君を見ず、ただ膝上のミュウに目を落とし続けました。
そんな私の様子に、彼は優しい言葉を掛けてくれます。
「今までそんな素振り見せてくれたことなかったし、無理そうなら僕とライムだけで行くから」
「い、いえ、元はと言えば私のせいでお金が必要になったんですから、当然私とミュウも行きます。心配ご無用です」
「ほ、本当に大丈夫? 何か特別な理由でオバケが怖いとか、昔オバケにひどい目に遭わされたとか、そういうんじゃ……」
「女の子がオバ……じゃなくて、死霊種のモンスターを怖がるのに理由がいりますか? て、ていうか、いるわけないじゃないですか、そんなの」
危うく手が震えそうになり、膝上のミュウにすがります。
肝試し大会に出るのかどうか。その話をするだけでも背筋が冷えてくる感じがします。
そこまで苦手意識を抱いている死霊種のモンスターですが、急遽大金が必要になったのは私のせいなので、当然出なくてはなりません。
そうとわかっていても、やはり拒否反応が……
「まあ、ペルシャさんも言ってたことだけど、三日間あるしゆっくり考えればいいよ。それでも行くって決めたなら、僕は止めないから」
「は、はぁ……」
気遣いに溢れた台詞を掛けてもらい、私は少々戸惑ってしまいます。
元はと言えば私のせいなんですが。
もしこれが肝試し大会ではなく普通のエリア探索なら、どれだけよかったでしょうか。
こうしてルゥ君とライムちゃんに頼らず、ミュウと二人で借金返済に注力できていたと思うのですが。
しかしそれは現実逃避というものですね。
ペルシャさんとルゥ君の言うとおり、この三日のうちに充分な心構えをしておきましょう。
そういうことで話は落ち着き、肝試し大会への参加は『今のところ見送り』という形になりました。
はてさてこれからどうなることやら……
不意にルゥ君が立ち上がります。
「にしても、改めて見るとなんだか秘密基地みたいな部屋だよねぇ。ペルシャさんのことだし、なんか変な機能とか付いてそう」
「さ、さすがにそれは……」
話がひと段落したせいでしょうか、ルゥ君が部屋のあちこちを歩き回り始めました。
キッチンやクローゼットや本棚を順に見て回り、物凄く興味津々といったご様子です。
ですけどここは、貸してもらったとはいえペルシャさんご本人のお部屋。あまり男の子のルゥ君がかき回すのは褒められることではない気がするのですが。
と思っていたら、彼の相棒のライムちゃんも、実に楽しそうにお部屋を跳ね回っていました。
新しいお部屋にテンションが上がっている、のでしょうか?
主人と従魔は性格が似るものですね。
「あっ、ちょ、ライム……そこはペルシャさんのベッドだから……」
どうやらライムちゃんが、ペルシャさんのベッドへと侵入したようでした。
さすがにルゥ君もそこばかりは”いけない”のだとセーブしているようです。
しかしライムちゃんは、ペルシャさんやシロちゃんの匂いがするのが面白いのでしょうか、どんどん中へと入っていってしまいます。
しまいには……
「キュルキュルゥ!」
バサッと毛布から飛び出し、掛け布団を大きくめくってしまいました。
やれやれといった感じで見守るご主人のルゥ君。
傍らでその二人の光景を微笑ましく見つめる私。
しかし、途端に私たちはフリーズすることになります。
『……えっ?』
まるで獣種のモンスターが持つスキル――【威嚇】を食らってしまったかのようです。
むしろそれよりも強い完全硬直だと、そのときの私は思いました。
なぜなら二人の視線の先には、見間違えようがないほど”綺麗な逆三角形”が……おそらく、ペルシャさんの”下着”だと思われるものが、無造作に置いてあったのですから。
よくよく見れば他にも、脱ぎ散らかした衣服が掛け布団の下に……。
先に硬直を解いたのはルゥ君でした。
次第に顔をかぁーっと赤くさせていき、何食わぬ顔でベッドに座るライムちゃんに、狼狽えながら声を掛けました。
「なっ!? ちょ!? えっ!? ラ、ライム、それ…………パ、パン……!」
「は、早く目を逸らしてください!」
遅れて立ち上がった私は、すぐにルゥ君の目を両手で塞ぎました。
ミュウも手を貸してくれて、ライムちゃんがひっくり返した掛け布団を元に戻してくれます。
部屋を貸してくれる前、ペルシャさんは「ちょいと部屋を片付けるから待っててね」って言ってました。
一見何もないように見えて安心したのですが、まさかここにまとめて突っ込んでいたなんて。
ペルシャさんらしいと言えばペルシャさんらしいですけど。
こんなに隙が大きい女性が近くにいたら、ルゥ君がいけない方向に突き進んでしまう。
それだけはダメです。なんとしても阻止しなくては。
そのためにも早々に、この生活を終わらせなければなりません。
以上のトラブルを経て、私は肝試し大会への参加を『見送り』から『絶対参加』へとシフトさせました。
オバケよりもルゥ君がいけない道に進む方が、断然怖いです。
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