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3巻

3-1

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 呪われた一族


 1


(私は、いつも一人だ)

 どことも知れぬ森林の奥で、少女はふとそう思う。
 周囲にはただ静かにこちらを見下ろす樹木たちが立っているのみで、人っ子一人いない。
 時折ときおり、風にられて葉音がざわめき、さみしさをまぎらわせてくれるのが救いだった。
 とぼとぼと行く当てもなく森を歩きながら、彼女はその音に耳をます。
 思い出すのは故郷の村の近くにある、小さくて静かな森。
 そこにいたときも、彼女はずっと一人ぼっちだった。

「……」

 寂しさには慣れていたつもりだったが、村のことを思い出すと、胸をつかまれる気持ちになってしまう。
 別に、一人ぼっちだったことを気にんでいるわけではない。
 元々、愛想あいそはない方。性格も良いとは言えないので、友達がいなかったのは仕方ないと、大いに納得している。
 それでも、もやもやとした気持ちが否応いやおうなくいてきてしまう。
 少女は小さく息を吐き、心を落ち着かせるようにつつましい胸元に手を当てた。

「おい、あのガキはどこに行った!?」
「まだその辺にいるはずだ!」
「急いで探し出せ!」

 静かな森に、男たちの粗野そやな声が響く。
 ――まったく、こんなときくらいは静かにしておいてほしい。
 人知れずふくれっつらを浮かべると、少女はすかさず走り出した。
 森にうっすら線を引くようにできた獣道けものみちをひたすらに進んでいくと、前方に黒いおおかみの背中をとらえた。
 マッドウルフだ。
 まだ子供なのだろう、仲間を探しているのか、小さな体をせわしなく動かしてすんすんと地面をいでいる。
 好戦的な野生モンスターなので、油断は禁物きんもつだ。
 しかし、少女が走る勢いをゆるめることはなかった。
 彼女はおさない声でつぶやく。

「……あの子なら」

 やがて少女に気づいた黒狼はきばき出し、つめを立てて突進する構えを取った。
 それでも躊躇ためらわずに突っ込んでいく少女は、別に怖いもの知らずでもなければ、冒険者顔負けの実力者というわけでもない。
 ただの幼い――従魔じゅうまさずかる歳にも満たない普通の女の子だ。そう、ある一点を除いては……

「グルァ!」

 咆哮ほうこうとともに地面からび上がる黒狼。
 少女はわずかに体をらし、飛びついてくる黒狼を寸前でかわす。
 さらにその黒い影を横目で追いながら、彼女はマッドウルフの体に右手で軽く触れた。
 性格はともかく、運動神経と反射神経は割と良いと自負している彼女にとっては、そこまで難しいことではない。
 一瞬の交錯こうさくが終わり、両者は獣道の中心で背中を向け合う。
 少女が恐る恐るマッドウルフの方をうかがってみると、黒狼も同じタイミングで振り返った。
 しかし、どこか先ほどとは様子が違う。
 口を閉じ、剥き出しになっていた牙は隠れてしまい、はりのように逆立っていた黒い毛もすっかりしおれている。しまいには、少女の目の前で姿勢正しく座り、まるで従魔のような忠実さまで見せた。
 少女はほっと安堵あんどの息を吐き、眼前のマッドウルフの頭を数回でる。次いで黒狼を立たせると、少々頼りない背中に静かにまたがった。
 まだ子供の狼だが、少女の小さな体を支えるくらいは容易よういなようだ。
 そして少女がぽんぽんと黒い背中を叩くと、黒狼は勢いよく獣道をけ出した。
 自分で走るより何倍も強い風に髪をあおられながら、少女はふと、右手の甲に目を落とす。


 種族:マッドウルフ
 ランク:D
 Lv:13
 スキル:【威嚇ハウル】【獣覚鋭敏ビーストセンス


 目に入ったそれを見て、少女は再びこう思う。
 ――やっぱり私は一人ぼっちだ。


 ********


 朝。
 東の空から差す日の光に当てられて、今日も街は元気に目を覚ました。
 大通りには人とモンスターがりなす喧騒けんそうが響き、テイマーズストリートらしい活気があふれている。
 そんな中、僕――ルゥ・シオンは、パーティーメンバーのクロリアと一緒に大通りからわきれた薄暗い小道を歩いていた。
 僕たちがそれぞれの胸に抱いているのは、自分の相棒あいぼうであるスライムのライムと、ハピネススライムのミュウだ。
 活気に満ちたメインストリートとは違って人がほとんど寄り付かず、日の光が入りづらいため、まだ朝靄あさもやの晴れていない細道は肌寒はだざむい。
 ようやく目的地の小屋の前にたどり着くと、僕は一拍いっぱく間を置くように白い息を吐いてから、年季の入ったとびらに手を掛けた。

「こ、こんにちは」

 緊張のにじむ頼りない声とともに扉を開くと、部屋の奥から椅子いすに座ったままの女性が顔をのぞかせた。

「はい、いらっしゃ――おっ、ルゥ君とおさげちゃんじゃん」

 僕の顔を見るなり、彼女はすくっと席から立ち上がった。
 猫耳のおもちゃを載せたクリーム色の長髪と、同色のドレスエプロンを揺らしながら、散らかっている部屋をかろやかな身のこなしで通り抜けてくる。
 テイマーズストリート唯一の魔石鑑定士であるペルシャ・アイボリーさんだ。

怪我けがはもう大丈夫なのかな?」

 目の前で立ち止まった彼女は、僕の体をあちこち見回して心配そうに問いかけた。

「あっ、はい。なんとか」
「そっか、それなら良かった」

 非道なモンスター研究を進める集団『モンスタークライム』との一戦から二日。
 約束していた次の日になってしまったが、僕は冒険者ギルドのシャルムさんから預かった魔石の鑑定結果を受け取りに来ていた。
 本当だったら昨日のお昼にここに来るはずだったんだけど、僕が寝込んでいたせいでそれは叶わなかった。
 正確に言うと、僕らが戦ったのはモンスタークライムの下部組織『虫群の翅音インセクターズ』だ。
 結果的に無事だったけど、僕が反省すべき点はたくさんあって、色々と予定変更を余儀よぎなくされた。
 というわけで、今日は僕たちがここに来た当初の目的である魔石鑑定の依頼を遅ればせながら達成しようというわけだ。

「色々、大変だったね」
「い、いえ」

 すでに事件の情報を聞いているらしく、ペルシャさんはねぎらいの言葉を掛けてくれた。
 しかし僕は謙遜けんそんや遠慮ではなく、本心から首を横に振る。
 大変だったのは事実だけど、それは全部勝手に突っ走った自分のせいだから。
 不意にペルシャさんは僕の頭の上に手を置いた。
 心なしか、その表情は悲しげだ。

「ペ、ペルシャさん?」
「……ごめんね、あたしのせいで。『不正な通り道ローグパス』のこととか、あの組織のこととか、中途半端ちゅうとはんぱに教えちゃったから」

 確かに僕らは、野生モンスターのレベル変動事件のかぎとなった危険なアイテム『不正な通り道ローグパス』や、あの組織――モンスタークライムの存在について、彼女から教えてもらった。
 組織の名前とか具体的な活動内容については話してもらえなかったけど、僕は、奴らの危険性を理解できずに無謀むぼうにもそのアジトに乗り込んでしまった。
 僕はペルシャさんの憂鬱ゆううつを払うようにふっと微笑ほほえんでみせた。

「ペルシャさんのせいじゃないですよ。僕が悪いんです。何も考えずに、一人で勝手に突っ走っちゃったから」

 すると突然……

「キュルキュル!」

 と、眼下から相棒の鳴き声が聞こえ、僕とペルシャさんは同時に目を丸くした。
 腕の中のライムに目を落としてみると、何やら不満げな顔で見上げている。
〝一人で〟というところがお気にさなかったのかな。
 僕はごめんとあやまるようにライムに笑いかけてから、あわててペルシャさんに視線を戻す。

「と、とにかく、ペルシャさんは悪くありません。全部、僕のせいです。もし仮に、ペルシャさんが組織のことを何一つ教えてくれなかったとしても、きっと自分たちで調べて、同じ目にっていたと思います。だからそんなに気にしないでください」
「……ルゥ君」

 精一杯せいいっぱいの笑みをペルシャさんに向けると、彼女は申し訳なさそうにドレスエプロンの胸元をぎゅっと握りしめた。

「そ、それに……あの戦いで、見えたものもありますから」

 ダメ押しとばかりに続けると、なぜかペルシャさんではなく、後ろのクロリアがはっと息をんだ。
 僕はクロリアに目配めくばせして、小さくうなずいた。
 あの戦いで、僕はいくつも間違いを犯してしまった。けど、得られたものだって相応にある。
 僕はこれからの戦い方と、目標を見出みいだすことができた。
 僕はもっと強くなる。もう誰も失わないように。
 その様子から何かを察したのだろうか、ペルシャさんは優しく微笑んで頷いてくれた。

「……そっか」

 彼女は穏やかな顔で僕たちを部屋の奥へと招き、席を勧めた。

「二人とも座ってて。すぐに鑑定結果を書いた紙と、預かった魔石を持ってくるから。……それと、せっかくだからちょっとお茶してかない?」

 テーブルの上にあった白いポットを持ち上げて、お姉さんは僕たちを甘く誘惑した。


 香り高い湯気ゆげに包まれた小部屋の中。
 僕たち三人は自分の従魔をひざに乗せ、部屋の真ん中に置かれたテーブルについている。
 卓上にはそれぞれのティーカップと甘いお茶菓子。各々おのおのそれを口に運びつつ、時々従魔にも分け与えながら楽しい会話に花を咲かせていた。

「ルゥ君はどんな食べ物がお好きなのかな?」

 ペルシャさんはニコニコしながらお茶会には欠かせない、何気なにげない話題を振ってくる。

「食べ物ならなんでも好きですよ。でもいて挙げるなら、お野菜ですかね」

 僕は甘いお菓子を頬張ほおばりながら答える。
 するとペルシャさんは、僕の細い腕を凝視ぎょうしして、少し意地悪にニヤリと口元をゆがめた。

「はぁ~ん、なるほどね。だからそんなに細っちいわけだ」
「そ、そんなに細くはないですよ。身長だってまだ伸びてますし」

 僕は腕を隠すように身をよじる。
 確かに他の人と比べると、少々肉付きが悪く思えるが、これでもまだ身長は伸びている。それに、最近は体を動かすことが多かったから、筋肉だってついてきた。
 まあ、野生モンスターと一対一でやりあうにはまだまだ不十分だけど。

「で、おさげちゃんは?」
「えっ!?」

 話を振られるとは思っていなかったのか、黒髪おさげのクロリアは、びくっと肩を揺らす。
 なぜか彼女は僕と同じように身をよじり、頬を赤らめながら答えた。

「わ、私は……お肉、ですかね?」

 そこでペルシャさんの目が猫のようにギラリと光り、熱い視線を〝ある一点〟に集中させた。

「ははぁ~ん、どうりでねぇ」
「……」

 ペルシャさんにられて、僕もクロリアの胸元を見てしまう。
 だが、クロリアはすかさず僕の方をにらみつけたので、瞬時に顔をそむけた。
 そういえばクロリアはいつもたくさん食べるなぁ――と、無理やりに思考を逸らそうとしている間にも、後ろからペルシャさんの声が聞こえてくる。

「お姉さんはそんなに恵まれてないからねぇ。あたしもお肉食べようかなぁ」
「……」

 早く話題を変えなければ、と思ったのはクロリアも同じだったようで、彼女は軽く咳払せきばらいして空気を変えた。

「こほん。と、ところで……」
「んっ?」
「こうしてわざわざお茶会を開いたということは、私たちに何か話したいことでもあったんじゃないですか?」
「えっ? ただ二人とおしゃべりしたかっただけだよ」
「そ、そうなんですか?」
「うん!」

 ペルシャさんは屈託くったくのない笑みを浮かべて大きく頷いた。
 やっぱり……
 これまでの言動を見ていれば、彼女はそういう人物だと分かる。
 特に深い理由がなくても僕たちをお茶に誘ってくれる人だ。

「あっ、でも、ちょっと二人に伝えておくべきことがあるのも事実かな」

 彼女はそう言って突然、何かを思い出したように真顔に戻った。

「えっ? それって……」

 ペルシャさんは緊張感をやわらげるために膝の上に寝かせた猫の従魔――シロちゃんを数回撫でてから、おもむろに口を開いた。

「『不正な通り道ローグパス』について」
「――っ!?」

 僕もクロリアも、思わず言葉をなくして固まってしまった。
不正な通り道ローグパス』――使うだけでモンスターのレベルを上げられる夢のアイテムとうたわれているが、実際は副作用満載で猛毒と言ってもつかえない代物しろものだ。
 僕たちにとっては、因縁いんねん深いアイテムである。
 ペルシャさんによれば、その実態はいまだ解明に至っておらず、対策にも手をこまねいているという話だったけど。
 彼女は、楽しいお茶会の空気に水を差してしまったことを申し訳なく思ったのか、改めて問いかけてくる。

「この話、聞く?」

 言い知れぬ不安を払うために膝上の相棒に手をれる。
 顔を見合わせてクロリアの意思を確認した僕は、ペルシャさんに頷き返した。

「お願いします」

 ペルシャさんは〝うん〟と小さく頷くと、活発な普段の様子からは考えられない優美な手つきでカップを手に取る。
 そしてお茶を一口含んで、のど湿しめらせてから話を始めた。

「モンスタークライムの『虫群の翅音インセクターズ』が牢獄ろうごく送りになったことは知ってるよね?」
「は、はい」
「そのうちの一人が、あの『不正な通り道ローグパス』を持ってたらしいんだよ」

 そういえば僕とライムが奴らのアジトに踏み込んだとき、奴らはちょうど『不正な通り道ローグパス』の実験中だったはず。
 結果的に僕らは、小鹿型モンスターのベビールージュにそれが投与されるのを防いだ。
虫群の翅音インセクターズ』のリーダーのビィは『不正な通り道ローグパス』を持ったまま捕まったのか。

「事前に判明していた情報のとおり、『不正な通り道ローグパス』は魔石加工品の一つらしいんだよね。形は小さな球状。どんな魔石が使われているかは、『虫群の翅音インセクターズ』の連中も知らないみたい」

 途中で卓上の小皿からお茶菓子を一つつまんでシロちゃんにあげながら、ペルシャさんは話を続けた。

「モンスターに与えるだけでレベルが上昇する。それ以外のことは何も知らされていないし、調べようとも思わなかったみたい。だから奴らから何かを聞いて、『不正な通り道ローグパス』の治療薬ちりょうやくを作るのは不可能だってさ。……この街で二人が暴走を止めたっていう獣種のミークベア、覚えてる?」
「は、はい」
「あの子も『不正な通り道ローグパス』を投与されたせいで、今は暴走状態にある。治療薬も作れないから、しばらくは預り所の鉄格子てつごうしの中に入れておくってさ」
「……」

 僕は主人と引き離され、鉄格子の中で苦しそうに――あるいは悲しそうにえ続けるミークベアを思い、くちびるんだ。
 ペルシャさんはそんな僕になぐさめの言葉を掛けてくれた。

「別に、ルゥ君が気にすることはないよ。『不正な通り道ローグパス』は投与された後だったわけだし、ミークベアを最小限の被害で止められたのは君たちのおかげなんだから。あの場に居合わせた人たちはみんな、スライムテイマーなのに本当にすごい、よく頑張ってくれたってめてたらしいよ」
「い、いえ……」
「それにね……。ルゥ君たちがそこから、『虫群の翅音インセクターズ』の尻尾しっぽを掴んで、捕まえてくれたおかげで、モンスタークライムの内部構成もある程度明らかになった。これは本当に大手柄てがらさ」
「「えっ!?」」

 その知らせには僕のみならず、クロリアも驚きの声を上げた。
 モンスタークライムの内部構成まで判明しただなんて、あの戦いには自分でも思った以上の成果があったみたいだ。

「どうも奴らは同種のモンスターを持つ者同士で固まる傾向が強いみたいね。昆虫こんちゅう種の従魔を従えているテイマーで構成された、『虫群の翅音インセクターズ』。他にも、獣種の従魔持ちが集まった『獣列の闊歩ビーストライド』。爬虫はちゅう種の『双蛇の威嚇サーペントデュオ』なんてパーティーもあるらしい。他にもまだたくさんあるって話さ」
「他にも、たくさん……」

 これには絶句せざるを得なかった。
 クロリアも同様の衝撃を受けたのだろうか、一度つばを呑み込んでから質問を投げかけた。

「そんなに、モンスタークライムという組織は大きいんですか?」
「うん、だろうね。奴らはパーティーごとに独自に行動する傾向があるみたいだから、組織の全体像は掴みづらい。最悪の場合、モンスターの種族の数だけ、そういうパーティーがあると考えた方がいいかも」

 背筋が凍りつきそうな予想を口にしたペルシャさんは、再びティーカップに口を付けた。
 僕もクロリアと同様に疑問を口にする。

「どうして奴らは、同種で集まるようなことをしているんでしょうか?」
「さあ? でもまあ、同種のモンスター同士なら互いに手の内が分かる分、連携れんけいが取りやすいし、何より技がはまれば強力だからね。そういう意味もあって団体行動をとってるんじゃないかな」

 ペルシャさんの説は、なかなか説得力があった。
 ビィは仲間と連携するなんて考えをまるで持ってはいなかったけど、それは僕とライムを軽視していたからかもしれない。
 あの恐ろしい敵との戦いを思い出し、僕はひそかに敗北の味を噛みしめる。
 その微妙な空気の変化を察したのだろうか、ペルシャさんがにこやかな様子で言った。

「それに……同じ種のモンスターっていうのは引かれやすい。その主人たちも同様に、気が合うみたいだよ」

 ペルシャさんは僕とクロリア両方を左右の手で指差した。
 彼女はその指を次第に近づけていき、意味ありげにピタリとくっつけた。
 実際、初めて僕たちが会ったときに、僕がライムを抱えていたからこそ、クロリアは話しかけてきてくれたんだと今でも思っている。
 そういう意味では僕もその説には同意なんだけど……なんだかペルシャさんの言い方には別の意味が込められていそう。
 本当にこの人は、僕たちをからかうのが上手じょうずだと、改めて実感した。
 この恥ずかしい空気にえかねたのか、クロリアが僕から目を逸らしたまま素早く立ち上がる。

「そ、その……お茶、とっても美味おいしかったです! ご馳走様ちそうさまでした! わ、私とミュウは先に出て外で待ってます!」

 そう言い残し、黒髪おさげの少女はぴゅーっと飛ぶような勢いで魔石鑑定所ペルシャスタジオを後にした。
 ペルシャさんはそんなクロリアの様子を見て〝にゃははは〟と愉快ゆかいそうに笑う。
 本当なら僕も早急にこの場から逃げ出したいくらいなのだけど、そうもいかない。
 僕は気まずい思いをしながらペルシャさんの笑いが収まるのを待った。
 ほどなくしてペルシャさんは表情を戻し、話を終わらせる。

「あたしが事件後に聞いた話はこれくらいだよ。ちょっとばかり情報が少なくてごめんね」
「い、いえ。とても参考になりました」

 手を合わせて申し訳なさそうにウィンクするお姉さんに、僕はかぶりを振って応える。
 情報が少ないなんてとんでもない。むしろこの人は、いったいどういう情報網じょうほうもうを持っているのか、そちらの疑問の方が大きくなっていくばかりである。
 彼女は、〝少し待っててね〟と言って立ち上がると、部屋の奥へと姿を消してしまう。
 すぐにテーブルに戻ってきた彼女の手には、大きなふくろが下げられていた。

「ほい、ご依頼の鑑定、きちんと完了いたしました」
「えっ……? あっ、はい、ありがとうございます」

 なかば本来の目的を忘れかけていた僕は、一瞬戸惑とまどってから慌ててそれを受け取る。
 鑑定依頼を出していた、グロッソ周辺の魔石だ。
 かなり重たいその袋の中には鑑定結果を書いた紙も入っていて、これで彼女への依頼は完了ということになる。
 僕はギルドから預かった鑑定料を支払った。

「まいど!」
「あ、お茶とお菓子、とっても美味しかったです」

 僕がそう付け加えると、ペルシャさんはうれしそうに顔をほころばせて、お姉さんらしい眼差まなざしを向けた。

「にゃはは、そりゃどうも。『虫群の翅音インセクターズ』のリーダーが捕まったとはいえ、くれぐれも、モンスタークライムには気を付けてね」

 ペルシャさんは改めてそう忠告してくれた。

「はい」

 僕は魔石入りの袋を背中のカバンに仕舞しまいながら、真剣な表情で頷いた。
 話をしてくれたペルシャさんに迷惑を掛けないためにも、モンスタークライムには気を付けるつもりだ。


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