暗闇の記憶~90年代実録恐怖短編集~

MITT

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第六話「東海道の闇」①

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 それは……とある冬の出来事だった。

「……はるばる来たぜ! 箱根離宮……さすがにこの時間帯だと、人っ子一人いないな!」

「うひゃあ、めっちゃ寒い! あ、雪残ってるーっ! やたっ!」

 須磨さんが楽しそうに、駐車場を走り回って、木陰で溶け残ってたガチガチに凍りついた雪の塊と格闘してる。

 まぁ、雪を見るとテンションが上がるのは、あまりに雪と縁がない東京民の習性のようなものだと思う。

 雪国の人には大変申し訳無いのだが。
 
 東京ってのは、はっきり言って雪なんてまず降らない。
 
 いつも一月くらいに、小雪がパラ付く程度で、たまに春先になる頃にドサッと降る年があるものの、全く降らないということも珍しくない。

 そんな雪と縁がない所に住んでいると、雪と言うものに特別な意味を見出すようになるものなのだ。

 そして、雪景色になるほど、雪が積もるとなると……それは、もはやイベント以外何モノでもない。

 台風が来て、妙にテンション上がるのと似たよう感覚だろう。

 ましてや、俺は恐らく日本でも有数の雪の降らない岡山南部出身。
 
 東京に引っ越してきて、茶色くならない雪だるまが作れたことで感動した……なんて逸話がある程度には、雪には縁が無い。

 そもそも東京で雪が積もると言っても、重さで家が潰れるとか、雪かきしないと家から出れなくなるとか、そんなのとは程遠い。
 
 まとめて降ると言っても、二月の初旬あたりから三月下旬にかけてと、暖かくなり始める時期に限って大雪が降ると言うのが常なので、翌日には日陰を除いて溶けてしまって、スタッドレスタイヤもタイヤチェーンもスキーやスノボを趣味にでもしていない限り、まず出番はない……そんな土地柄なのだ。

 東京でも、八王子や青梅、奥多摩ともなると、それなりに雪が降るのだけど。
 町田や相模原ともなると、雪が積もる事自体が稀だった。

 なので、真冬に雪を見たいというだけの理由で、山中湖や箱根付近に遠征するというのは、今回が初めてではなかった。

 思わず、須磨さんと一緒に残雪をかき集めて、小さな雪だるまを作ったり、大はしゃぎ中。

 なのだけど……雪と言っても、どうも数日前に降ってそれっきりのようで、思ったより残ってなかった。

 ちと、物足りないんだが……残ってるところには、ごっそり残ってたりもするので、小さな雪だるまくらいはなんとか作れそうだった。

「須磨さん、それに見延くんも夜なんだからあんまり騒ぐなよ。けどまぁ、見延君も相変わらず、思い切りが良いね。箱根なんて、本来、雪でも見に行くかなんて、軽い気持ちで深夜ドライブで来るような所じゃないだろ……ああ、寒い。こりゃ軽く氷点下行ってるねぇ……。来る途中も所々、道凍ってたよね……」

 灰峰姉さんが呆れたようにつぶやく。

 まぁ、確かに町田から距離にしておよそ70km。
 昼間の下道なんかで行ったら、一号線の渋滞にハマって、軽く三、四時間くらいはかかるのだけど。

 深夜ともなれば、下道でも二時間もあれば着く程度の距離だった。
 小田厚と箱根新道の有料道路コースなら、一時間ちょっとで着く。
 
 往復してもガソリン半分も減らない程度の距離なのだから、どうと言う事はない距離だと言える。

 俺としては、そんな程度の認識だった。

 この辺の距離感覚については、仲間達からもちょっとおかしいとよく言われるのだけど。

 いかんせん、我が家では岡山、東京往復を年に何度もやったり、朝から群馬の高崎行って、峠道走って午後には日光東照宮にお参りして、日帰りで帰ってくるとか平然とやってたくらいなので、その辺の感覚は普通じゃなかった。

 感覚的には、およそ200km圏内は日帰り圏内という感覚だな。
 
 ちなみに、東京から200km圏内となると、北は那須高原や群馬水上あたり、西は焼津くらいがその範囲内となる。

 長野方面だと、松本とか下呂温泉とかもその範囲に入ってくるし、伊豆半島も河津や下田あたりも日帰り圏内だな。

 なお、いずれも日帰りドライブで制覇してるし、親父様のドライブでそこら辺に日帰りで行った覚えがあるからな。

 もっとも、流石に日本海や名古屋ともなると、ちとキツイ距離だとは思う。
 この辺になると、飛行機でひとっ飛びとか電車で優雅にって思わなくもない。

 なお、一般的な東京民の感覚としては、箱根や富士五湖なんてのは、泊まりで行くような小旅行先であり、日帰り観光とか普通にありえないらしい。
 
 確かに、小学校の移動教室とか富士五湖の山中湖だったしなぁ。
 日光なんて考えてみれば、奈良、京都と並んで修学旅行の定番……。

 芦ノ湖も考えてみれば、小田急線の果ての果て……。
 さすがに、ちょっと遠くに来たって気がするのだけど、箱根ってまだまだ神奈川県内。

 山中湖も道志みちと言う津久井と山中湖で一本道で直結してる一般道があるので、そこ通れば津久井から早いと一時間半くらいで着ける。

 なかなかタイトな山道なので、のんびり走ってると、2-3時間はかかるのだけど。
 慣れると1時間くらいで抜けれるようになる……もっとも、同乗者には車酔い耐性を要求することにはなるんだがね。

 まぁ、軽いドライブ先には丁度いいってのが正直なところではあった。

「……そろそろ、慣れようぜ? こんなの大したもんじゃないでしょ。実際、すぐ着いたじゃん」

「まぁね。こんな時間だと渋滞もしないし、一号線もあっという間だったしね。けど、こんな所でなにするつもりなんだい? こんな時間じゃ、コンビニやってるくらいだし、今の時期は禁漁だから、朝になっても釣りも出来ない……。出来れば、こんな真冬じゃなくて、春先に来たかったよ……今の時期だと、ワカサギくらいかなぁ……」

 ……出たよ。
 何でもかんでも釣り基準のフィッシング脳。

 ちなみに、彼女がいつも俺の車に乗るときに持ってくる米軍払い下げ品のカーキのミリタリーリュックには、振り出し竿とリールと、厳選ルアーセットが入ってるって俺は知ってる。

 出先でチャンスがあれば、釣りしてやろうと思ってるらしく、いつも必ず持ってきてる。

「そうさねぇ……。須磨さん、どうしようか。このまま帰るってのもなんだし、そこら辺軽く散歩してみない? そこの旧東海道とか、なかなか雰囲気あるし、ちょっとした観光名所になってるみたいだよ」

 なにか面白いところはないかと見ていた案内板には、旧東海道の入り口がすぐ近くにあると示されていた。
 確かに、一号線の向こう側に見える杉並木を見ると、解りやすい入り口が見えていた。

「……おう、これはまた。けど、明かりが……ないよね? っていうかなんで、いきなり、こんな林道みたいなのがあるの? え、やばくないココ? どこに繋がってるの?」

 須磨さんが引きつった顔で、道路の向う側にある鬱蒼とした森の暗がりへ続く苔むした古道の入り口を見つめてる。

「いつも持ってるマグライトーっ! 予備電池もあるし、問題ないぜ。灰峰姉さんはどうよ? ヤバいとこだってのなら、止めとくけど」

 昔と違って、すっかり夜行性人間になってる俺は、車にいくつもの懐中電灯を積んでいるし、カーメンテ用の野外照明すら愛車のS13のトランクには搭載されている。

 長年、夜行性やってると、人間順応するらしく、夜目もめちゃくちゃ利くようになる。

 どのくらい、夜目が利くかと言うと、月明かりだけで河原や山道を平然と歩けるくらい。

 気持ち、肌が生っ白くなってきてる気もするが。
 夏になれば、釣りで派手に日焼けするのが常なので、そこまで不健康じゃない。

 ただ、目の色がすごく茶色だとはよく言われる。
 
「うーん? 旧東海道か……確かに、この道って一号線と並行してるから、戻ろうと思えばすく戻れるし、冬だから見通しも悪くないし、獣の心配もないか。まぁ、見た所……危険そうなものは居ないみたいだし、軽く散歩するくらいなら問題ないかな」

 ……姉さんのお墨付きが出た。
 
 となれば、問題はないだろう。
 
 ちなみに、現在地は「恩寵箱根公園」の駐車場。
 その昔、箱根離宮と呼ばれる皇族の別荘があったところだ。

 今はゲート付きの有料駐車場になってるんだが、当時は二四時間開放してる無料駐車場だった。

 トイレや自販機もあるので、深夜ドライブで芦ノ湖に来ると、大抵ここや箱根湾あたりで、一休みと言うのが定番だった。

 この恩寵箱根公園駐車場から、箱根の役所の出張所の辺りまで、昔ながらの旧東海道が史跡として残されているのだ。

 まぁ、当然ながら旧道なので、明かりもないし、深夜ともなれば、誰も通らない。
 軽い肝試しとしては、悪くない。
 
 相模外科の一件で、こっちの世界に触れた俺は、こんな風に機会があれば、暗闇の世界を覗き込むような真似をやっていた。
 
 だからまぁ、こう言う出先での思いつきみたいな感じで、軽い肝試しってのも別に初めてでもなかった。

「あうあう、灰峰ちゃんも付き合いいいんだから……。けど、ここで行かないって言ったら、車の中でお留守番……なんだよね?」

「すまないけど、そうなるね……。なんか、今日はここ一台も車居ないし、そっちの方がかえって怖いかも?」

「だよねっ! だよねっ! で、でもそう言う事なら、見延くん一人で行ってくれば?」

 須磨さん、容赦ねぇっ!
 ちらっと灰峰姉さんと見ると、首を横に振る。

「……それは駄目だよ。運転手になにかあったら、私らが帰れなくなる。どのみち、こうなったら見延くんは止まらないからね。諦めて付き合うしか無いよ……。ああ、見延くん、こう言うところでのお約束……ちゃんと覚えてるよね?」

「……撤収の判断には黙って従え……だよな。まぁ、そこら辺はお任せするよ」

「覚えてるならいいんだ。とりあえず君が満足するまで付き合ってあげるよ。それにこのまま缶コーヒー飲んで帰るのもなんだしね……。まぁ、澄んだ星空を湖畔でのんびり眺めるってのも悪くないけどね」

 見上げると、たしかに星が綺麗だった。
 やけに星が多く見えるのは、冬だからなのと、月が出てないからだろう。

「星空とか、いつも見てるしなぁ……。んじゃま、軽く行ってみますかー!」

 そう言って、歩き出す。
 
 駐車場の裏口みたいな所から出ると、道路を渡ってすぐの所に杉並木が途切れて、真っ暗な旧道へ続く入口があった。
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