暗闇の記憶~90年代実録恐怖短編集~

MITT

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第六話「東海道の闇」②

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 なんと言うかとてつもなく巨大な杉の木がズラッと並んでるのが解る。

 と言うか、マジで半端なくデカい!

「……この辺の杉って、江戸時代の頃からそのままらしいんだ。となると樹齢3-400年ってところかな? なかなか迫力あるね……」

 例によって、博識な姉さんが補足してくれる。

 ……当然ながら、照明なんてものはないのだけど。
 
 ほんの数mのヤブの向こうは国道一号線。
 杉並木の切れ目から、道路が見えてるし、車の音もよく聞こえてくる。

 今は無料開放されてるのだけど、当時の箱根新道は有料道路だった事で、箱根経由で三島方面へ抜ける車は大抵、この国道一号線を通っていた。

 その関係で、深夜と言えど車は割と頻繁に通るし、街灯の明かりが届くので、地面が砂利って事以外はさしたる問題もなさそうだった。

 ……けど、砂利道に一歩踏み込むと……なんとなく、空気が変わった気がした。

「……灰峰姉さん、ちょ、ちょっといい?」

 うん、解る。

 この空気はヤバい。

「皆まで言わなくていいよ。一応、注意事項としては道の端には近づかないこと。ここってしれっと道端に無縁仏とかあるみたいだから、知らずに踏んだり、蹴ったりするのはあまりよろしくない。実際、そこの石積み……多分、それ無縁仏だと思う」

 そう言って、姉さんが指差す先には、苔むした石が意味ありげに積み重ねられていた。
 とりあえず、黙って頷きながら、すすすっと道の真ん中へ移動する。

「それとここからは、私が先導する。私の通った後を外れずについてくる事。そして、ペースを上げたら、問答無用で合わせること。それと出来るだけ、口も聞かないように……いいね? ここはもう人外の領域だ……ゆめゆめ忘れることなかれ……だよ」

 姉さんの大真面目な様子に思わず圧倒される。
 
 須磨さんも無言でコクコクと頷きながら、俺の両肩に手をかけて、牽引モードに……。

 俺が正面を照らしつつ、少し前を灰峰姉さんが歩く。
 何の変哲もない夜の森の中……みたいな雰囲気ではあるんだが、妙な圧迫感を感じる。

 ……何度かあった本当にヤバい所特有の空気。
 灰峰姉さんも、極力足音を立てないように緊張した様子で進んでる。

 せわしなく目線を動かしてる様子から、なんとなく、何か見えてるって事は解る。

 歩くコースもなんだか、頻繁に変えている……右へ左へ……まっすぐ進めばいいのに、何かを避けるように動いているのが解る。

 ……何かがいるんだ。
 それも1つや2つじゃない……。
 
 けど、うかつに気配を探るとかそう言ったリアクションは危険だとも言われてる。
 
 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ……。
 
 こう言うヤバい所では、基本的に何も解らない、何も気付いていない……無関心を装うってのがキモなんだとか。

 慌てて、引き返すのも良くない。
 ……その時点であちら側に勘付かれるから。
 
 向こう側の住人は、見えないヤツや解らないヤツには、基本的に関心を持たないのだけど。

 こっちが解ると見ると、俄然興味を持って寄ってくる。
 そうなったら、より厄介な事になる。

「ね、ねぇ……灰峰ちゃん、ど、どこまで行くの? そろそろ、引き返さない?」

 須磨さんが恐る恐ると言った様子で、問いかける。

 確かに、100mくらいは進んだと思う……一号線がすぐそこに見えてはいるんだけど、藪こぎ必至って感じで出来ればちゃんとした所から出たいところ。

 案内板では、箱根役場の出張所辺りに出れるっぽかったけど……。

 雑な案内図だったから、正確かどうかは解らない……覚えてる感じだと、このまま歩けば、箱根湾の駐車場の近くに出ると思うんだが……。

「いや、ここで、引き返すのは良くない……。このまま、黙って突き進むのが正解だよ……。それとしばらく黙ってて……」

 案の定の回答だった。

 なんとなくだけど、目に見えない流れみたいなのがここにあって、その流れに俺らは逆らってるような気がしてた。

 死者の通り道……霊道ってのは一方通行だって、灰峰姉さんから聞いた事があった。

 もしも、霊道に迷い込んだ時は、決して、死者と並んで歩いてはいけない。
 死者の列に逆らって歩く……そうすれば、向こう側からは認識されないのだと言う。
 
 ……あの時、相模外科の時だって俺は迷わず、アレと反対向きへと走ったんだが。

 結果的に、あれが正解だったらしい。
 
 とにかく、この場は平常心を保ちながら、慌てず騒がず強行突破する。

 恐らくそれが正しかった。
 
 ……不意に訪れる静寂。

 道路の照明の狭間に入ったようで、マグライトの明かりがなかったら足元すら怪しいほどの暗闇が訪れる。
 
 お互いの衣擦れと息遣い、砂利を踏む音しか聞こえない。

 冬場だから、生き物の気配もまるでしない。

 風が梢を鳴らす音。
 マグライトの明かりがひどく頼りなく感じる。

 須磨さんがゴクリと喉を鳴らす。
 肩に置かれた手に震えが伝わってくるので、なんとなくその手を握ってみる。

 須磨さんとは、別にそう言う関係じゃないんだけど。
 向こうも心細かったみたいで、握り返される。

 ……ああ、誰か一緒に居てくれてよかった。
 コレで一人だったら、多分絶叫くらいしてた。

 ……少し開けた所に来ると、灰峰姉さんが不意に立ち止まった。
 その視線を追うと、道端に丸い苔むした石が転がってる。

 思わず懐中電灯で照らそうとすると、険しい顔で手で遮られて、首を横に振られる。

 続いて、もっと道の端によれと言うジェスチャー。
 大人しく従っておく。
 
 灰峰姉さんは、その石を大きく迂回するように道路側に寄って、早足で進んでいく。

 灰峰姉さんに、何が見えているのか解らないけど。
 しきりに、その石のある辺りを振り返っては、徐々にゆっくりと足を早めていく。

 と言うか、こっちは完全に置いてけぼり……何が起きてるのか解らないけど、姉さんから見ても、何か異常な事態が起きているようだった。

 しきりに背後を気にするような素振り……けれど、振り返ろうとだけはしない。
 思わず、立ち止まって後ろを照らそうとする。

「……いいから、先を急いで! 次の切れ目で、ここから出るよ……理由は聞くな。返事も無用。それとここからは、絶対に後ろを振り返っちゃ駄目だ……」

 小声でそう言うと、自分用の懐中電灯を取り出して、ズンズンと歩みを早める灰峰姉さん。

 俺も須磨さんも、頷く他なく懸命に後を追う。
 ところどころ、地面が凍ってたり、雪が残ってたりもするので、慎重にそれでいて急いで歩く。
 
 ……振り返る気は微塵もない。

 気のせいだと思いたいんだけど。
 真後ろにいる須磨さんの足音以外に、ザリッザリッと言う砂利を踏む音が聞こえたような気がした。

 須磨さんが引きつった顔をしつつ、急に隣に来ると同様に歩くペースを早めていく。

 須磨さんも後ろを気にしてる様子。
 もしかして、この砂を踏む音……聞こえたのだろうか。
 
 ……300mほども歩いただろうか。
 やがて、左手側に道の切れ目が見えてくる。

 旧東海道自体はもう少し先まで続いてるんだけど、姉さんも一度立ち止まるとようやっと振り返ってくれる。

 いつのまにか、10mは離されてる……足元に注意している以上、どうしてもペースが上がらなくて、そんな事になっていた。

「……ちょっ! まだそんな所にっ! ふたりとも何グズグズしてるんだよ! 急いで……早くっ! いいからもう走って!」

 姉さんが慌てたように、手招きしてる。

「すまん……けど、こんな真っ暗の道で走るなんて論外だろ……なぁ、何が……」

「とにかくっ! 理由は後で説明するから……いいから、急いでっ! すぐにここを出る……ちょっとヤバいんだって! もうっ!」

 ……かなり焦ってるのが伝わってくる。
 
 でも、その視線は、俺らじゃなくて、その背後に向けられている。

 ザリっと砂を踏む音がすぐ近くで聞こえたような気がした。
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