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拾肆:私の知らない心象風景
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***
私――更科茉莉は隣の席にいる諏訪悠陽のことを何も知らない。
彼に対する私の第一印象は、いつも寝てばかりいて、周りに関心を示さない奴だった。周りに馴染もうとしない彼の想いの裏に、何が隠されているのか分かったものではなかった。今思い返せば、最初に会った時から初対面である私を無視して寝に入っていた。なんて失礼な奴だろう。こいつとは仲良くなれそうにない。
そう思っていたはずなのに、何故こんなにも私は憤っているのだろうか。
傷付けられた彼の姿を見て、どうして私自身が傷つくよりも、心を乱しているのだろうか。
分からない。
溢れて溢れて弾き出す想いを外に体現するように、私は全力で未だに慣れない町を走っている。
悠陽と私の接点なんて、隣の席というだけでそれ以外はなかったはずだ。いや違う、と私は即座に自分の考えに反発する。
悠陽に私の秘密がバレて以来、私は悠陽のことを気にするようになっていた。
綺麗な夕陽の光が淡く差し込む屋上で過去を吐露した時、悠陽は私のことを怖がらずに受け入れてくれた。真っ直ぐな瞳で、今の私を知っていると言ってくれた。
それがどうしようもなく嬉しくて、それと同時に不思議で――、自然と私は悠陽に取っ付くようになっていた。純粋に諏訪悠陽という人間に興味が湧いたのだ。
でも、それが間違っていた。
私は立ち止まり、周りを見渡す。見慣れない町並み。ここが松城町なのか、それとも秦野町なのか、見当もつかない。私は唇を噛み締めると、またがむしゃらに走り出した。
犯してしまった過去は、完全に拭い去ることは出来ない。たくさんの人を傷つけてしまった私が傍にいることで、いつか悠陽を傷つけてしまうかもしれない。悠陽の隣に座る度、そんな考えが過ぎった。けれど、教室で悠陽と話すのは楽しくて、離れることは出来なかった。
今はもうあの時と違う。私を血祭まつりと接する人はいない。だから、何も問題は起こらない。
そう高を括って、自分の行動を合理化してしまった。
だから、今朝久しぶりに悠陽の顔を見た時、直感した。
――悠陽が傷ついたのは、私のせいだ。
過去を清算できなかった愚かな私が原因だ。理由があったにしろ、私が後先考えずに不良達に手を出してしまったから、あの時あの場にいた無関係の悠陽を傷つけてしまったのだ。
私は自分の不甲斐なさに苛立ちを覚え、拳を握り締めた。許せない。悠陽を傷つけた人間を懲らしめなければ……っ。
それなのに、悠陽は私を攻めるような言葉を言わなかった。
取り繕うように滔々と話す悠陽の言葉は、すぐに嘘だと分かった。きっと私に気を遣って、嘘を吐いたのだろう。
でも、私は気を遣われて嬉しかった――ということはなく、むしろ逆だった。心の底から何かが沸々と湧き出して来る。
悠陽が口を開き「あの――」と言葉を紡ごうとした。けれど、悠陽の声を聞きたくなくて、私は拗ねた子供のように悠陽の傍を離れた。後ろから足音は聞こえない。悠陽は私を追いかけてくれなかった。
廊下を走っている内に、沸騰した心から何かが溢れるのが分かった。熱を交えて決壊したそれは、止めたくても止められない。
今の顔を誰にも見られたくなかった私は、ひとまず誰もいない校舎裏に逃げ込んだ。そして、一人静かに涙を流した。訳もなく流れ落ちる涙を留める術を知らない私は、声を上げることなく、ただただ流れるままに従う他なかった。胸が熱く、心が痛い。
そして、暫くするうちに、涙を流している理由がすとんと腑に落ちていく。
ああ、そうか。私は頼られていないことに対して、苛立ちを感じていただけだったのだ。
悠陽の考えは分かる。私が血祭まつりを抜け出そうとしていることを知っているから、問題を告げたくなかったのだろう。悠陽の思惑通り、事の顛末を耳にしたならば、私はすぐにでも秦野高校に乗り込んでいた。
頭では、悠陽の判断は正しいと分かっている。しかし、それでも、素直に認めたくなかった。
気を遣われるよりも、何ともないように振る舞われるよりも、頼られないという事実の方が、私の心を大きく乱していった。
GWが始まる前の数日間、私は悠陽と楽しい日々を送っていた。悠陽のことを何も知らないが、私の話を黙って聞いてくれるだけで嬉しかった。これが普通の高校生活なんだと思うと、胸が弾んでいた。
ずっとこのまま平穏な日々が続けばいいのに、と何度心の中で願っただろうか。
けれど、その平穏な日々は壊れた。あの時捨てたはずの血祭まつりのせいで、また壊してしまった。
きっと、平穏が好きな悠陽は今回の一件で私に対して完全に愛想を尽かして、関わりたくなくなっただろう。
隣にいつも感じていた柔らかな温もりも、もう感じることは出来ない。
心に描き続け、現実となりかけた景色も、手の届かない場所に消えてしまった。
だったら、私は――……。
そう覚悟して、涙も止まった私はこの学校に来て以来、初めて学校をさぼることにした。誰にも見つからないよう校舎裏から抜け出し、学校から離れたところで、学校に欠席の連絡を入れた。
そして、私は全力で走り出した。私が向かう目的地はただ一つ――。
走り続けた私は、気付けば見覚えのある場所に来ていた。ここまで来れば、もう分かる。ここは隣町の商店街――すなわち、私が秦野高校の不良に絡まれた場所だ。
覚悟を決めた表情で、私は例の商店街の道を行き、裏道に入っていく。華やかな商店街とは違い、相変わらず裏通りは廃れていた。
そして、ようやく秦野高校の連中がいる確率が高いとされる建物がある通りまで来た。なるほど、確かにこの道は鬱屈としていて、不良達が溜まるには格好の場所だ。
走って乱れた息を整えると、私は目的地に向かって、迷いもなく歩いて行く。まるで他所の組に堂々と殴り込みに行く映画のワンシーンのように、隠れることなく歩いて行く。
この心を治めるには、悠陽が傷つけられた問題を解決するためには、これしかない。私には、これ一つしか知らなかった。決意を込めるように、ぎゅっと拳を握り締める。
そして、目的の場所である古びたゲーセン「YOMI――黄泉――」に辿り着いた私の目に、信じられないものが映り込んだ。
「――よう、更科」
「……悠陽」
そこには様々な感情を隠して象られた顔を見せる諏訪悠陽が立っていた。
私――更科茉莉は隣の席にいる諏訪悠陽のことを何も知らない。
彼に対する私の第一印象は、いつも寝てばかりいて、周りに関心を示さない奴だった。周りに馴染もうとしない彼の想いの裏に、何が隠されているのか分かったものではなかった。今思い返せば、最初に会った時から初対面である私を無視して寝に入っていた。なんて失礼な奴だろう。こいつとは仲良くなれそうにない。
そう思っていたはずなのに、何故こんなにも私は憤っているのだろうか。
傷付けられた彼の姿を見て、どうして私自身が傷つくよりも、心を乱しているのだろうか。
分からない。
溢れて溢れて弾き出す想いを外に体現するように、私は全力で未だに慣れない町を走っている。
悠陽と私の接点なんて、隣の席というだけでそれ以外はなかったはずだ。いや違う、と私は即座に自分の考えに反発する。
悠陽に私の秘密がバレて以来、私は悠陽のことを気にするようになっていた。
綺麗な夕陽の光が淡く差し込む屋上で過去を吐露した時、悠陽は私のことを怖がらずに受け入れてくれた。真っ直ぐな瞳で、今の私を知っていると言ってくれた。
それがどうしようもなく嬉しくて、それと同時に不思議で――、自然と私は悠陽に取っ付くようになっていた。純粋に諏訪悠陽という人間に興味が湧いたのだ。
でも、それが間違っていた。
私は立ち止まり、周りを見渡す。見慣れない町並み。ここが松城町なのか、それとも秦野町なのか、見当もつかない。私は唇を噛み締めると、またがむしゃらに走り出した。
犯してしまった過去は、完全に拭い去ることは出来ない。たくさんの人を傷つけてしまった私が傍にいることで、いつか悠陽を傷つけてしまうかもしれない。悠陽の隣に座る度、そんな考えが過ぎった。けれど、教室で悠陽と話すのは楽しくて、離れることは出来なかった。
今はもうあの時と違う。私を血祭まつりと接する人はいない。だから、何も問題は起こらない。
そう高を括って、自分の行動を合理化してしまった。
だから、今朝久しぶりに悠陽の顔を見た時、直感した。
――悠陽が傷ついたのは、私のせいだ。
過去を清算できなかった愚かな私が原因だ。理由があったにしろ、私が後先考えずに不良達に手を出してしまったから、あの時あの場にいた無関係の悠陽を傷つけてしまったのだ。
私は自分の不甲斐なさに苛立ちを覚え、拳を握り締めた。許せない。悠陽を傷つけた人間を懲らしめなければ……っ。
それなのに、悠陽は私を攻めるような言葉を言わなかった。
取り繕うように滔々と話す悠陽の言葉は、すぐに嘘だと分かった。きっと私に気を遣って、嘘を吐いたのだろう。
でも、私は気を遣われて嬉しかった――ということはなく、むしろ逆だった。心の底から何かが沸々と湧き出して来る。
悠陽が口を開き「あの――」と言葉を紡ごうとした。けれど、悠陽の声を聞きたくなくて、私は拗ねた子供のように悠陽の傍を離れた。後ろから足音は聞こえない。悠陽は私を追いかけてくれなかった。
廊下を走っている内に、沸騰した心から何かが溢れるのが分かった。熱を交えて決壊したそれは、止めたくても止められない。
今の顔を誰にも見られたくなかった私は、ひとまず誰もいない校舎裏に逃げ込んだ。そして、一人静かに涙を流した。訳もなく流れ落ちる涙を留める術を知らない私は、声を上げることなく、ただただ流れるままに従う他なかった。胸が熱く、心が痛い。
そして、暫くするうちに、涙を流している理由がすとんと腑に落ちていく。
ああ、そうか。私は頼られていないことに対して、苛立ちを感じていただけだったのだ。
悠陽の考えは分かる。私が血祭まつりを抜け出そうとしていることを知っているから、問題を告げたくなかったのだろう。悠陽の思惑通り、事の顛末を耳にしたならば、私はすぐにでも秦野高校に乗り込んでいた。
頭では、悠陽の判断は正しいと分かっている。しかし、それでも、素直に認めたくなかった。
気を遣われるよりも、何ともないように振る舞われるよりも、頼られないという事実の方が、私の心を大きく乱していった。
GWが始まる前の数日間、私は悠陽と楽しい日々を送っていた。悠陽のことを何も知らないが、私の話を黙って聞いてくれるだけで嬉しかった。これが普通の高校生活なんだと思うと、胸が弾んでいた。
ずっとこのまま平穏な日々が続けばいいのに、と何度心の中で願っただろうか。
けれど、その平穏な日々は壊れた。あの時捨てたはずの血祭まつりのせいで、また壊してしまった。
きっと、平穏が好きな悠陽は今回の一件で私に対して完全に愛想を尽かして、関わりたくなくなっただろう。
隣にいつも感じていた柔らかな温もりも、もう感じることは出来ない。
心に描き続け、現実となりかけた景色も、手の届かない場所に消えてしまった。
だったら、私は――……。
そう覚悟して、涙も止まった私はこの学校に来て以来、初めて学校をさぼることにした。誰にも見つからないよう校舎裏から抜け出し、学校から離れたところで、学校に欠席の連絡を入れた。
そして、私は全力で走り出した。私が向かう目的地はただ一つ――。
走り続けた私は、気付けば見覚えのある場所に来ていた。ここまで来れば、もう分かる。ここは隣町の商店街――すなわち、私が秦野高校の不良に絡まれた場所だ。
覚悟を決めた表情で、私は例の商店街の道を行き、裏道に入っていく。華やかな商店街とは違い、相変わらず裏通りは廃れていた。
そして、ようやく秦野高校の連中がいる確率が高いとされる建物がある通りまで来た。なるほど、確かにこの道は鬱屈としていて、不良達が溜まるには格好の場所だ。
走って乱れた息を整えると、私は目的地に向かって、迷いもなく歩いて行く。まるで他所の組に堂々と殴り込みに行く映画のワンシーンのように、隠れることなく歩いて行く。
この心を治めるには、悠陽が傷つけられた問題を解決するためには、これしかない。私には、これ一つしか知らなかった。決意を込めるように、ぎゅっと拳を握り締める。
そして、目的の場所である古びたゲーセン「YOMI――黄泉――」に辿り着いた私の目に、信じられないものが映り込んだ。
「――よう、更科」
「……悠陽」
そこには様々な感情を隠して象られた顔を見せる諏訪悠陽が立っていた。
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