俺の知らない大和撫子

葉泉 大和

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拾参:誰も知らない優しい少女

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 俺――諏訪悠陽は隣にいた更科茉莉のことを何も知らない。

 あいつの好きな食べ物だって、趣味が何なのか、休みの日に何をしているのかだって知らない。あいつが今のようになるまで、どのような苦労があったのか、氷山の一角を聞いただけの俺が、全てを知った気になってはいけない。

 だけど、一つだけ知っていることがある。

 勝手に血祭まつりやら大和撫子やらと評されているが、あいつも、俺らと何の変わりもない普通の高校生だ。
 普通に笑い、普通に勉強し、普通に悩み、見栄を張り、普通に失敗もする――そんなありきたりの高校生だ。

 そして、そのことを俺以外は誰も知らない。

 あいつが自ら隠しているから、ということもある。もう二度と過ちを犯さないように、学校の中では完全に猫を被り切っている。誰の目から見ても完璧な美少女、大和撫子を演じようとしているのだ。

 実際、更科の演技に騙された全生徒は、更科のことを学校の有名人にした。いまや更科茉莉という大和撫子を知らない人は、学校の中で誰一人としていない。
 そのせいで、有名人である更科の傍にいると俺が望む平穏は自然と壊れていった。そのことを分かっていながら、俺は更科が声を掛けて来ることを跳ねのける勇気はなかった。更科を邪見にすることで、学校中からどんな扱いを受けるのか、分かったものではなかった。
 仲良くなっても、撥ね退けてのも、どっちの選択を取ったとしても結果は同じだった。

 だから、俺は流されるまま、更科と仲良くなることを選んでしまった。

 でも、今回の一件で、更科は俺と違う世界にいることを完全に悟った。

 更科茉莉と――血祭まつりと関わる限り、俺は厄介事から免れることは出来ない。

 ならば、取るべき選択は一つだ。
 もう更科と関わらないこと――、それこそが俺が望む平穏な世界に繋がる。

 ついさっきまでの俺は、そう信じてやまなかった。あるいは、そう思い込むことで、全ての責任から逃れたかっただけなのかもしれない。

 しかし、今ではどうだ。俺は平穏な世界を飛び出して、自ら厄介事に足を突っ込もうとしている。普段運動とは無縁な俺は、少し走るだけでも息が上がった。

 今考えると、あほらしい。なんて身勝手で、己を過信した思考だろう。あの時、すぐにでも追いかけて、嫌われてでも殴られてでも、更科を一人にするべきではなかった。

 確かに、更科は強い奴だ。その強さを目の当たりにしたし、実際腰を引いてしまった。俺がいなくても、全て一人で解決出来る力を、あいつは持っている。

 でも、違う。更科は一人で問題を抱えられるほど強くはない。全てを一人で背負うために心を鬼にし切れない優しい心を、あいつは持っている。

 前の高校で、更科が不良の道を抜け出したくても抜け出せなかったのは、優しいからだ。一度仲良くなった奴には、自分の身を犠牲にしてでも尽くそうとする。

 だから、更科はその優しい性格を、利用された。
 更科の周りにいた人々は、血祭まつりという絶対的な力を逃さないために、事あるごとに更科を呼び、その道から逃げ出せないように囲い込んだ。
 仲間のため。友達のため。
 そう理由づけて、本当は望まないにも関わらず、更科はその手を赤く染め続けた。

 しかし、本当に友達が更科茉莉のことを大切に思っていたとしたら、本人の意向を無視することはなかっただろう。更科の周りにいた連中はどこまでも自己本位で、更科自身は他人のことばかりを慮っていた。
 そして、もう人を傷つけないようにと、優しいあいつがついに選んだのは、転校すること――環境を変えることだった。きっと、その選択だって、悩みに悩んで出したに違いない。

 そんな更科が出した結論を、俺なんかのせいで台無しにさせたくなかった。

 今も更科は、俺の仇を討とうと、まだ住み慣れてない町を走り回っているだろう。そして、秦野高校の連中を見つけたら、その拳を振るう。振るって、今まで積み上げてきたものを壊してしまう。

 そしたら、強くて、優しくて、そして繊細なあいつは――……。

 最悪な未来を払拭するように、歯をぎゅっと食いしばると、俺は更に足を速めた。
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