英雄の弾丸

葉泉 大和

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3-26 拮抗する実力

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 ***

 軽い。

 オレオルは槍を突き上げる。その槍は、フランの体を微かに傷付けていく。

 体が軽い。

 フランが大剣を振り下ろす。その大剣に、オレオルは体を掠らせもしない。

 全てが軽い。

 オレオルはフランと対峙する中で、自分の体の変調を感じ取っていた。

 左目を潰していて、不利にしか働かないはずなのに、オレオルの体は普段よりも相当軽かった。これならば、空をも飛べる――そんな錯覚さえ起こしてしまうほど、今なら何でも出来る気がする。
 どうやら、今まで悪魔を左目に宿していたが、それはデメリットにしかなっていなかったようだ。

 クレディを失ってから、オレオルは悪魔の力を使うようになった。
 最初は両目とも、否、オレオルという存在全てを悪魔に奪われ、オレオルの意志は深淵へと放り込まれた。オレオルには光がなく、ただただ闇が広がっていた。
 そんな状況から、クレディの幻のおかげで、悪魔の力を左目だけに留めることが出来るようになり、オレオルは悪魔の力を利用するようになった。
 悪魔の力を使うことで、オレオルは強敵と戦うことが出来た。己の実力を高め、名を広めていった。

 しかし、それだけだ。

 力を失うまでは、悪魔の力がなければ強敵と戦えないと思っていたが、そんなことはなかった。
 いざこの身から悪魔を追い払ったなら、己の身体も精神も驚くほどの安寧を得ていたのだ。

 今まで、自分はどれほど脆く、脆弱なものに縋っていたのだろうか。
 自分の力ではないのに、自分の力のように振る舞い、己自身が破滅へと向かっているのに、他者を破滅へと導いている気になっていた。

「――ふっ」

 戦いの最中だというのに、自分の傲慢さと愚かさに、オレオルは思わず笑いを零した。

「随分と余裕があるな!」

 その瞬間に生まれた隙を、フランは見逃さなかった。

 力強く振り下ろされるフランの大剣が、オレオルを襲う。オレオルは顔を引き締めると、フランの攻撃を槍で対処する。鋼と鋼がぶつかり、火花が散る。そして、あまりの勢いに、両者ともに武器が弾かれ、体のバランスも失う。

 フランは大剣を弾かれたのにも関わらず、一度の攻撃で終わらせず、もう一度大剣で攻撃を仕掛けに来た。オレオルも態勢を立て直し、槍で迎え撃つ。槍と大剣が轟音を奏でる度、熱く熱く火花が飛び散っていく。

 今までの相手ならば、攻撃を薙ぎ払ったと同時に槍で反撃を加えることも出来たのに、フランには攻撃を仕掛けに行く隙が見当たらない。

 オレオルの体は調子がいいはずだ。しかし、それにも関わらず、フランに決定打を入れることが出来ないということは、目の前に立つフランもオレオルに拮抗する実力を持つ男だということだ。

 いや、それだけではない。
 どうやら単純な腕――つまり腕力で言うのならば、フランの方が上だった。武器と武器がぶつかり合う度、僅かにオレオルの方が弾かれてしまっていた。その足りない腕を補っているのは、オレオルのスピードだった。
 しかし、そのスピードも、フランの猛攻に効果を十分に発揮出来なくなっている。

「ちィ!」

 自分の思い通りに行かない展開に、オレオルは自然と舌を打つ。

 そして、何度目かになるか分からない武器と武器との衝突が起こった。フランがもう一度大剣を振り、オレオルも槍でもう一度対応する――ように見せかけて、オレオルは槍を振る手を止め、横に回避を図った。フランの大剣が空を切る。

 何度槍で対抗しても状況を打破出来ないと判断したオレオルは、フランから離れた。

 オレオルのスピードを活かして、フランを撹乱させる作戦に出たのだ。

「ウラララァ!」

 オレオルは目にも留まらぬ速さで、フランに攻撃を仕掛ける。

 しかし、フランはオレオルの槍の動き、攻撃のタイミングを的確に見極め、弾き返す。オレオルは立ち止まらず、すぐにフランの周りを縦横無尽に動き、何度も槍を突いていく。全ての攻撃は、フランに届かず、大剣によって阻まれる。

「は……、ハハ……」

 今まで声を失くして完全に傍観者となっていたティルダが、ふと小さく笑い声を漏らした。

 先ほどまでオレオルの圧倒的な力を前にして、ティルダは正直怯えていた。

 初っ端からフランの大剣を弾く力、ティルダの手下を三人同時に倒す力、人外の速度を出す力――、オレオルには多くの力が備わっていた。

 しかし、それもティルダの用心棒であるフランには通じなかった。

 あれほど真っ直ぐに攻撃を仕掛けて来たオレオルも、単調な攻撃がフランに通じないと判断するや否や、足と手数でフランを攻撃する戦法に変えて来た。
 フランの隙を突こうとするその戦い方は、つまり、真っ向からはフランに勝てないと認めているようなものだ。

 しかし、そんな小手先の攻撃は、フランには通じない。

 目の前の現実――オレオルの猛攻にも的確に対応するフランを見て、

「ハハハ! いいぞ、フラン! お前がいれば、俺の立場は揺らがねェ!」

 ティルダは自信を取り戻したように、声を荒げ、フランに言葉を掛ける。

 主君であるティルダの声を受け、フランの大剣を振る力が僅かに上がった。オレオルはフランの攻撃が重くなったことに、顔を顰める。

 それでも、オレオルは足を止めず、四方八方縦横無尽に移動しながら、攻撃の手を緩めなかった。しかし、無情にもその攻撃の全ては、フランに届くことはなく、大剣によって阻まれた。

「いいか、フラン! 俺に歯向かった奴らは全員ぶっ殺せ!」
「外野がうるせぇんだよ!」

 オレオルは苛立ちをぶつけるように槍の横っ腹でフランを斬りにかかるも、やはりその渾身の攻撃もフランには通じない。フランの大剣は真っ向からオレオルの槍を受け止めた。
 そして、今度は武器と武器が弾き合うことはなく、互いに体を持ち堪え、鍔迫り合いの拮抗した状態になった。

 オレオルは槍を押し付けるが、フランは動かない。

「――」
「……ッ、……ッ」

 フランの表情からは、どこかしら余裕が感じられた。疲労に息を荒げるオレオルに対して、フランの呼吸は乱れていない。

「……ッ、……分からねェ」

 呼吸を整え、オレオルはポツリと声を漏らす。

「――なに?」
「なんでお前みたいな強い男が、あんな人間の下に付いているのか分からねェよ」

 ティルダは狂笑を浮かべながら、オレオルとフランの攻防を見ていた。それはまるで二人の命懸けの戦いを、自分とは縁のないショーを眺めるかのようだ。そして、その瞳には、自分の片腕でもあるフランを労わるような感情は一切感じない。

 そんな男に、どうしてフランのような強者が従うというのか。

「一種の娯楽だよ」

 フランがオレオルにしか聞こえない声でつぶやく。

「あいつは屑のような人間だが、羽振りだけはよくてな。あいつの隣で剣を振るってれば、当分金には困らねェ。それに獲物も勝手に寄越してくれる。こんな都合のいい話はそうそうないだろう……? 楽しくて楽しくて手放せないねェ!」

 フランの力が増し加わる。拮抗していた力関係が、崩れ始める。

「――くッ」

 オレオルは耐えるものの、思わず唸り声を上げた。オレオルの身体も限界に近付いているようだ。

 それもそのはずだ。
 オレオルはフランとの戦いの前に、クルムと死闘を繰り広げている。それに、悪魔の力が宿った左目を刳り抜いてもいる。それは、肉体的にも精神的にも、限界以上のことをオレオルは仕出かしているということだ。

 むしろ、ここまでフランと対等に渡り合えたことの方が不思議なほどだ。

「……ねぇな」
「あァ?」

 か細く響くオレオルの声に、フランは反応を示す。

 声を出したオレオルは、フランの大剣に耐えようと、その顔を下に向けていた。オレオルの表情は読めなかった。しかし、フランには手に取るように分かる。

 命がなくなる直前の人間がやることは、命の手綱を握っている人間に救いを求めることだ。敵だった人間に、みっともなく赦しを請う。

 フランは幾度もその浅ましさを、目の当たりにして来た。

「ハッ、命乞いか! それとも遺言か! どうせ最後なんだ、言いたいことがあるなら聞いてやろう! 俺の興が乗れば、助かるかもしれんぞ!」

 フランは笑い声を上げながら、オレオルに甘い言葉を放り込む。だが、その言葉とは裏腹に、大剣の力は全く緩むことはない。

 オレオルは下を向きながら、ゆっくりと息を吸うと、

「実力があるくせに、目先の小金に溺れて、プライドまで売りながらあんな奴に媚びへつらうなんて勿体ねぇって言ったんだよ」

 一語一語を伝えるように唇を動かした。オレオルの口は、フランの大剣に圧される中でも、一切減ることはなかった。

 オレオルの言葉に、瞬間フランは呆気を取られた。しかし、どれだけオレオルが粋がろうとも状況は何も変わらない。このままフランが大剣を振り切れば、オレオルの命はそこまでだ。

 フランは余裕そうに嘲笑を浮かべると、

「お前みたいな若造には到底分からない話だ。さて、そろそろ無駄口の時間も終わりにしようか――、オレオル・ズィーガー!」

 思い切り大剣を押し付けた。オレオルの体が、押し加わる力に耐えきれず、沈む。このままでは大剣で体を二分割にされるのも時間の問題だ。ギリギリになりつつも、それでも持ち堪えるオレオルをさすがと褒めるべきだろう。
 フランは勝利を確信したように、笑みを浮かべた。そして、止めを刺そうと、大剣を振る腕に力を籠めた。

「――っ?」

 しかし、そこから先、フランの大剣は微動だにしなかった。まるで頑丈な岩に阻まれているように、動かすことが出来ない。

 フランはオレオルを見つめる。
 オレオルは未だ下を向いており、肩で息をするほど、疲弊しているのが見て分かる。それなのに。

 ――こいつのどこにまだ耐える力がある……?

「……ああ、そうだなァ」

 フランの大剣に持ち堪えるオレオルが口を開いた。そして、今まで下を向いていたオレオルが顔を上げた。フランの両の目とオレオルの片目が合う。琥珀色の右目は、死んでいない。やばい、とフランは直感的に思った。

 ここで仕留めなければ――ッ!

 フランは全力で大剣を振り切ろうとするが、

「んなもんッ! 分かりたくもねェよ!」

 オレオルは不利な態勢から、槍で大剣ごとフランのことを押し上げた。
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