英雄の弾丸

葉泉 大和

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3-25 オレオルvsフラン

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「――お、お前……、片目が見えないはずじゃ……?」

 ティルダはオレオル・ズィーガーという人間の実力に動揺を隠せず、思わず心からの疑問を口にした。

 確かにティルダの手下達は、実力が足りていない。そこは認めるべきところだ。しかし、それでも三人まとめて一振りでやられるほどの腕ではない。しかも、相手は戦闘の直後に加え、左目を失ったという悪条件しかない。

 だから、もう少し時間を稼げると――、余興として楽しめるとティルダは思っていた。

 だが、その結果はオレオルの実力を明らかなものとするだけだった。

 オレオルは嘆息を吐くと、

「本当、お前は見る目がねェな。俺が片目が見えないのは元からだ」

 左目を指さしながら言った。

 そう。悪魔の能力を左目に宿していたオレオルは、戦闘以外に関しては光を失っていた。琥珀色の右目が映し出す世界を、同じように魔眼は映し出しはしない。せいぜい悪魔の左目で見えていた物は、相手の力とその居場所くらいだ。
 そして、基本的にオレオルは戦う相手を探す時だけに左目の能力を使っていたから、片目を失くして戦うことは朝飯前――むしろ、今までと何も変わらないのだ。

「こ、こいつ化け物か……っ」
「――ふっ、化け物……か。なら、昔俺は両目で満足に視界を捉えない中で戦っていたって言ったら、お前は俺のことをなんて言うのかなァ」
「……っ」

 あまりにも人外染みたオレオルの台詞に、ティルダは恐怖からか、初めて後ずさりをした。

 オレオルはクレディ・ズィーガーに会うまでは、長い前髪で両目を隠した状態で戦場を潜り抜けていた。

 だから、オレオルにとって視界が狭まれていることは日常的なことだった。

 オレオルは前髪を上げているカチューシャに手を触れる。何度も何度も光を失いそうになったところを救ってくれたのは、他でもないクレディだ。

 クレディがしたように弱い者にも手を差し伸べられる人間になる――、それがオレオル・ズィーガーが強さを求めた理由だ。

 しかし、途中で道を失い、遠回りばかりして来た。どれほどの人を、何度この手で傷付けて来たのだろう。守りたいと願った手で、壊してばかりだった。
 けれど、もう一度道を見つめ直す機会を与えられた。オレオル・ズィーガーが目指すべき道を歩いている人間が、目の前にいる。

 ――だから、ここからやり直そう。先を歩くこいつに、追い付くように、追い越すように。

 オレオルはカチューシャから手を離し、両手で槍を握ると、

「さっきの台詞、そのまま返してやる。俺に盾突いて、ただで済むと思ってるのか? 神聖な決闘に水を差しやがった上に、俺の気に喰わない行動ばかりしやがって! どうなっても知らねェぞ!」

 ティルダに向かって思い切り吼えた。

 そのあからさまな宣戦布告に、ティルダはもう一度後退る。隣に立つフランは、全く動じることはない。

「……オレオルさん」

 クルムがオレオルの名前を呟くと、オレオルはクルムの方に向いた。琥珀色の右目は、真っ直ぐ輝いて見えた。その輝きは、まるでクルムの双眸のように希望が宿っているのと同じようだった。

「おい、アーレント。あの女の名前はなんて言うんだ?」
「え、あ、リッカ・ヴェントさん……です」

 突然の質問に、クルムは戸惑いながら答える。すると、オレオルはすぐにリッカの方へと向き直り、大きく息を吸い、

「ヴェント! 早くアーレントのところへ来い!」
「……へ?」

 いきなり大声で名前を呼ばれたリッカは、オレオルの言わんとすることを理解することが出来なかった。突然過ぎることに加えて、用件だけ叫ばれても、意図していることは全く伝わらない。

「さもないと、巻き添い喰らっても文句は言えねェぞ!」

 しかし、オレオルは言うべきことは全て言ったと言わんばかりに、スピードを上げて突撃して来る。目標は、ティルダとその用心棒フランだ。

 遠慮のない速度で迫るオレオルを見て、リッカはようやくオレオルの言わんとすることを理解した。
 つまり、戦場のど真ん中に居座るリッカは、オレオルにとって邪魔でしかないのだ。

「わ、ちょ、待っ――!」

 突然のことに、リッカは動くことが出来なかった。仮に動いたとしても、逆にオレオルの邪魔になることは間違いない。

 だから、迫り来るオレオルを、リッカは頭を抱え込むことで回避を試みた。

「いい判断だァ! そのまま頭上げるなよ!」

 オレオルは地面を蹴ると、リッカの頭上を飛び越えた。オレオルがリッカの頭を通り過ぎた瞬間、リッカの髪が風によって大きく揺れた。そして、そのまま跳躍を活かし、一気にティルダとフランの傍まで跳んでいく。

「これでお開きだァ!」

 更に距離を狭めるだけではなく、空中で身動きが取りにくいはずの状況で、オレオルはティルダに攻撃を仕掛け始めた。

 大きく体を捻ったオレオルは、思い切りティルダに向かって槍を突き出す。狙うは、ティルダの心臓だ。

「――ッ!」

 槍の切っ先がティルダの心臓に届く直前――、

「ティルダ様には指一本触れさせない」

 鋼と鋼がぶつかり合う鈍い音が、建物中に響き渡った。

 いつの間にか、ティルダの前にはフランが大剣を構えて立っていたのだ。
 フランはオレオルの攻撃を受けても、ビクリともしなかった。むしろ、大剣の陰から覗くフランの双眸は、百戦錬磨の鬼そのもののようで。

「……ちィ!」

 危険を察知したオレオルは、槍を引き、態勢を整えようとする。

「遅い!」

 しかし、オレオルの行動よりも速く、フランは大剣を押し上げた。
 それにより、槍ごとオレオルの体は飛ばされてしまった。見事なのは、空中で衝撃を逃がし、上手く地面に降り立ったことだろう。しかし、よほどフランの威力が強かったのか、その場で留まることは出来ず、結局リッカの近くまで近寄ることになってしまった。

 オレオルとフランの間は、一瞬で詰めるのは難しいほどの距離が開かれる。

「……オレオル」
「――今度こそ、アーレントのところへ行け。巻き込まれても知らねェぞ」

 先ほどとは違う声音で、オレオルは言う。

 つまり、目の前にいるフランという男は、それほどの実力を持つ男だということだ。

「……う、うん」

 リッカは頷くと、なんとか立ち上がり、クルムのところへ逃げた。クルムは安堵の表情を浮かべたが、すぐに引き締め直し、オレオルへと真剣な眼差しを向ける。
 オレオルとフランの戦場から少し足を離れたところで、巻き込まれない保障はないのだ。
 リッカも二人の戦いから目を反らさないように、気を引き締め直す。

 落ち着くのは、皆でこの場を切り抜けてから――だ。

 オレオルが態勢を整え直すと同時、主人を背にしてフランが戦場へと一歩一歩と赴いた。その歩き方からは、主君を命を懸けて守るという意志が滲み出している。

「……さっきから感じてたけど、お前、只者じゃねぇな。何者だ?」

 オレオルは唇を舐めると、フランに向けて問いかけた。もちろん、槍を握る手を緩めることはない。

 フランは思案するように、ゆっくりと目を瞑った。

 暫くの間、静寂した時間が流れ行く。二人の異常なまでの実力を分かっているから、クルムもリッカも、そしてティルダも余計な口を挟まず、オレオルとフランの動向を静かに見守ることしか出来なかった。

 やがて、フランはゆっくりと目を開けると、

「用心棒フラン。俺はこの腕のおかげでティルダ様に仕えることが出来ている。お前みたいな若造には、俺に傷一つ付ることは出来やしない」

 淡々と言葉を紡いだ。まるでその言い方には、自らの方が上だという自信が籠っているようだ。

 その言い振りに、

「へェ、そうかよ。だったら、その腕前確かめさせてもらおうじゃねェか!」

 言うと同時、オレオルの姿は忽然と消えた。戦場には、ただフランが残るだけだ。

 しかし、フランの様子は落ち着きそのもので、無駄な動きは全く見せず、大剣を構えている。

 リッカはオレオルの姿を探そうと辺りを見回すが、その姿はどこにも見えない。音も何も聞こえはしない。オレオルの動きは、先ほどクルムと戦っていた時よりも、更に磨きが掛かっているようだ。

「……オレオルは」
「来ます」
「え?」

 クルムの言葉に、リッカが疑問符を上げた時だった。

「――がら空きだぜ!」

 オレオルが消えて数秒、大きく開いていた二人の距離はゼロとなっていた。

 リッカの目に留まることの出来ない速さで、オレオルは動いていたのだ。そして、そのスピードを活かしたまま、オレオルは真っ直ぐに思い切り槍を突く。
 これでは、さすがのフランも無傷とはいかないだろう。

「――えッ」

 だから、驚きの声を漏らしたのはリッカだった。

 リッカの目には見ることの叶わなかった超スピードのオレオルの攻撃を、フランは難なく躱してみせたのだ。オレオルの渾身の突きは、空を切る音だけを虚しく奏でる。

 オレオルの攻撃が当たると確信していただけに、リッカの驚きも一際大きかった。
 リッカはフランに目を配った。
 フランは大剣をオレオルに向けていた。いつでもお前の首を取れるという意思表示の余裕さえ感じられる。

「どうだ、十分俺の腕を確かめることは出来ただろう」

 実際、その通りだった。

 フランの声音は、平坦そのもので、息一つ乱れていなかった。
 つまり、オレオルの速度に余裕で対処できるほど、フランの戦闘能力が高いということだ。しかも、これはまだほんの序の口、実力の片鱗さえ出していないだろう。

 そんな相手を前にしてまだ命が残っていることに、リッカは幸運を感じざるを得なかった。

「これがお前と俺の実力の差だ」

 オレオルは槍を突き切った状態で、動くことはなかった。渾身の一撃を躱されて、きっと動揺を隠せないのだろう。

「お前の攻撃は、太刀筋が見え透いている。先ほどは予想外の投擲に女への攻撃が阻まれたが、二度もこの俺に単調な攻撃が通じると――」
「ハッ!」

 フランの言葉を遮るように、オレオルの吐き捨てる笑い声が響いた。
 渾身の攻撃を避けられたはずのオレオルは、全く落ち込むことなく、むしろ嬉々としている。

「……何がおかしい?」

 フランの問いに、オレオルは笑い声を止めた。

 そして、体を翻し、フランの方に向けると――、

「布切れ一枚でギリギリに避けた割に、よく吠えるじゃねェか」
「!」

 見れば、フランの服の一部が破れていた。

 完全に躱したはずなのに、体の一部とも言える衣服に傷を付けられた。しかも、その事実に、オレオルの指摘が入るまでフランは全く気が付かなかった。

 それは、フランにとって、ただただ屈辱でしかなかった。怒りのあまり、大剣を持つ手に震えが走る。

「確かに、お前の腕は分かったぜ。口の割に大したことねェってなァ!」

 そう叫ぶオレオルは、槍を構えた。その構え方は、勝利する気に満ち溢れた堂々としたものだった。

 フランは一度息を吐くと、すっと目を閉じた。先ほどのような余裕さは感じられない。きっと己の気持ちを切り替えるつもりなのだ。

「……ふっ、相手に不足はない、ということか。ならば――」

 目を開けると、その双眸は鋭く研ぎ澄まされており、殺気が籠っていた。

 怒りに震える手を抑えるように、大剣を握り締め直すと、

「俺も遠慮なく全力を出させてもらおう!」

 今度はフランから攻撃を仕掛け始めた。

 身の丈ほどある重々しい大剣を物ともせずに、オレオル同様のスピードで戦場を駆け抜ける。

 フランが突撃して来る姿を見たオレオルは、挑発するように指を立てると、

「あァ、そうしとけ! 俺に出し抜かれても泣きっ面搔くなよォ!」

 迫り来るフランに、自ら突っ込んでいった。

 そして、腹の底まで響くような金属と金属のぶつかり合う鈍い音が、再び戦場に響き渡った。
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