91 / 154
3-24 一時休戦
しおりを挟む
***
突然の来訪者――オレオル・ズィーガーの参入に、誰も言葉を紡ぐことが出来なかった。
クルムも、命を奪われる直前にあったリッカも、この場の主であるティルダも、獲物を仕留め損ねたフランも、そしてティルダの手下達も、誰もが現状を理解出来ずにいる。
それもそのはずだ。
オレオル・ズィーガーという青年は、純粋な戦闘狂だ。先ほどまでクルムと死闘を交わしており、クルムに相当の傷を負わせるほどの実力の持ち主だ。そんなオレオルが、わざわざこの場所にまで足を運び、リッカを助ける理由はないはずだ。ティルダ側に関して言えば、全く関係のない人間がいきなり首を突っ込んで来たのと同義だ。
オレオルの参戦の意図は、本人以外誰も分からない。
しかし、一つだけ分かることがある――。
「おいおい、随分楽しそうなことしてるじゃねェか……。なァ、俺も混ぜてくれよ」
――それは、オレオルの参戦がこの緊縛とした状況をかき乱すということだ。
建物の中に入ったオレオルは、リッカとアンガスの戦いによって荒れた舞台を一望し、爛々と右目を輝かせている。興奮しているのか、一度唇を舐めたオレオルは、まるで子供が木の棒で遊ぶように槍を軽々しく扱っていた。暴れたくて今にも待ちきれない、といった様子だ。
突然の状況の変化に、ティルダの手下達はオレオルが目の前を通り過ぎるのを、ただただ見過ごすことしか出来なかった。
一方、近付くオレオルの姿を見つめ、クルムは思考を張り巡らせていた。
オレオル・ズィーガーという異分子が、クルム達にとって鬼と出るか蛇と出るかは、まだ分からなかった。
更にクルムの心をかき乱すのはそれだけではない。一瞬の間ではあったがクルムの見間違いでなければ、悪魔が宿っていたオレオルの左目は、先ほどとは確かに違って見えたのだ。
しかし、今それを確認する術はない。余裕なのか、オレオルは左目を瞑って歩いているからだ。瞼が閉ざされて、その中身が魔眼なのか空洞なのかはっきりと分からない。加えて、オレオルがクルムに関心を向ける様子はない。
オレオルがクルムの横を通り過ぎた時も、左目の違和感の正体を掴むことは出来なかった。
そして、オレオルがクルムよりも前に出た途端、
「……ああ、いいぜ」
依然オレオル以外の言葉が発せられなかった状況で、ようやくオレオル以外の声が響いた。その声に、この場にいる全ての人の注目が集まる。オレオルも足を止めた。
「オレオル、と言ったか。俺はティルダ・メルコス、この建物の主だ。強い奴は大歓迎だぜ」
声の主はティルダ・メルコスだった。
冷静さを取り戻したのか、ティルダはこの建物の主人らしい顔で堂々としている。そのティルダの声にフランは剣を鞘に収めると、目の前にいるリッカを置いて主人の傍へと戻った。
ここに来て、ようやくリッカは安堵の息を吐いた。フランの剣がオレオルの槍に阻まれたとは言え、フランの威圧はずっと消えなかった。タイミングを見計らって、リッカとクルム、そしてオレオルを仕留めようという思惑が全身から伝わって来ていたからだ。
しかし、安堵したのも束の間、すぐにリッカは気を引き締め直してオレオルに目を配った。まだ立って動けるほどの気力は、リッカには戻っていなかったのだ。だから、せめてオレオルがどのような動きを見せるのか――、否、戦況がどう変わっていくのか見定めなくてはならなかった。
歓迎するティルダの言葉に、オレオルはニヤリと口角を上げると、
「そいつはありがてェ。なら、早速パーティーの続きを始めようぜ」
一歩足を踏み込んだ。
そして、そのまま野に放たれた獰猛な獣のように戦場を駆け巡る――直前だった。
「……けど、一つだけハッキリさせないといけないことがある」
勿体ぶったようなティルダの真剣な声に、オレオルは再び足を止め、ティルダを睨みつけた。
「――お前はどっちの味方なんだ?」
まるで心の内を見通そうとするように、ティルダはその双眸にオレオルを映していた。
隣に立つフランも、オレオルのことを威圧するように見下ろしている。いつでも戦闘準備が出来ているのか、フランは大剣の柄に手を伸ばしていた。
「部下の報告によると、お前はそいつと敵対しているはずだ。それなのに、なぜ助けるような真似をした? その真意は――」
「――だからだよ」
ティルダの言葉を遮るオレオルの声は、迷いもなく力強かった。
「こいつだけは、俺の手で倒さないと気が済まない。こいつに勝ってこそ、俺は最強の称号を手に入れることが出来る」
オレオルは槍の切っ先をクルムに向けた。しかし、その琥珀色の右目はティルダを捉えたまま離さない。
「だから、お前達のような三下に、こいつとその仲間達の首をやる訳にはいかねェのさ」
「……ッ、誰が三下だと?」
オレオルの言葉に、あからさまにティルダの眉間に皺が寄った。心なしか、ティルダの声も怒りに震えているようだ。
しかし、そんな怒りに燃え上がるティルダを嘲笑うようにオレオルは息を吐くと、
「へェ、違うのか。なら、教えてくれよ。他人が負わせた致命傷を利用しなければ、戦うことさえも選ばない薄汚い人間はなんて呼べばいいんだ?」
「ハッ、口だけは随分達者じゃねぇか……ッ!」
「口だけじゃねェこと――、今からお前自身の体で確かめてみるか?」
まさに売り言葉に買い言葉と言える言葉の押収により、オレオルとティルダ一行の間に、並々ならぬ雰囲気が漂った。
今にも火花が散りそうな、一触即発の雰囲気。
そんな一層緊迫さを増した状況の中、
「――オレオルさん」
クルムはオレオルの名前を弱々しく紡いだ。
その声に、オレオルはようやくクルムに顔を向ける。間近で見るオレオルの左目周りは、痛々しい傷に苛まれていた。オレオルは左目を閉じ続けているためその中がどうなっているかは分からないが、ここまで来れば察することは容易い。
「お前もお前だ、クルム・アーレント。いくら俺様が負わせた傷が深いからって、こんな雑魚どもに仲間を守れないでいるとはな……。あまり俺を失望させないでくれよ」
「――その左目は、一体……」
クルムはようやく今まで抱き続けた疑問を口にした。
クルムの問いを受けて、オレオルは口角を上げる。
「これか? 見れば分かるだろ」
オレオルは軽く飄々とした態度で、悪魔の力が宿った黒眼があったはずの場所を指さした。そして、一瞬だけ左の瞼を開けた。すると、そこには見てるこちらが痛々しくなるようなぽっかりと空いた空洞があるだけだった。その傷は生々しかった。
もう答えは明白だ。
「まさか……っ」
この数時間にも満たない間でのオレオルの変化を見て、クルムは息を呑んだ。純粋に驚きしかなかったのだ。
そんな驚きを隠せないクルムを前にして、オレオルは一度琥珀色の右目と左瞼を閉じると、
「俺はもう悪魔なんかの力を使わない」
誓う様に心臓に手を当てて、はっきりと言った。
オレオルが頭の中で何を思っているのかは分からないが、その表情は真剣そのものだった。オレオルの言葉が嘘ではないと、伝わって来る。
「……オレオルさん」
その決意と覚悟を目の当たりにしたから、余計な言葉は必要なかった。
もうオレオルは自身で悪魔に打ち勝つ力を持っている。
そして、オレオルは琥珀色の右目を開くと、背後にいるクルムのことは見ずに、これから相対するティルダとフランのことを捉えた。
オレオルの右目とティルダとフランの双眸が火花を散らして重なり合い――、
「――ハハハッ!」
ティルダが見下すかのように、声を上げて笑った。ティルダが腹を抱えて笑っている様子を、フランは従者らしく動じないまま見守っている。
「片目が見えないくせに、威勢だけはいいガキだ。そんな状態で、俺たちに盾突いてどうなるかわかってるのか?」
言いながら、ティルダは手で後方に向けて合図を送り始めた。その手の動きに呼応するように、クルムとオレオルの背後で何かが動く音がする。
その音に、クルムは振り返った。
視線の先には、ティルダの手下である三人組がオレオルに向かって襲い掛かる姿があった。
「さぁ、お望み通りパーティーの始まりだ! お前ら、こいつらをもてなしてやれ!」
「うおぉお!」
ティルダがそう言うと、三人の手下達がそれぞれ武器を取り出し始めた。そして、その武器を大きく振り上げ、オレオルに向けて攻撃を仕掛ける。
しかし、それでもオレオルは振り返る気配がない。
「オレオルさんっ! 後ろ!」
「オレオル、もう来てるわよ!」
クルムとリッカは、オレオルに敵が迫っていることを声にして伝えた。
それでも、オレオルはティルダを睨みつけたまま、立ち続けている。心なしか、その立ち姿は、立つことさえやっとのことのように見えた。
けれど、それも仕方のないことかもしれなかった。
オレオルも先ほどまでクルムと死闘を繰り広げており、しかも、見る者を圧倒させるような大技を多く出していた。体力が消耗していないはずがない。加えて、オレオルは自分の過去と向き合い、悪魔が潜む左目を刳り抜いたばかりなのだ。
オレオルがこの場に仲間として参戦したからと言って、決して楽観出来る状況ではない。
「――っ」
ティルダの手下達に向けて、クルムは銃を構えた。狙うは、彼らが今振るっている武器だ。武器を壊し、戦闘に参加させなくさせるだけでいい。むしろ、クルムにはそれ以外の選択肢は絶対にない。
しかし、クルムが手下達の方に銃を構えた途端、
「たかが三人で優位を取ったつもりか……?」
オレオルは歯を見せて笑った。依然、ティルダに体を向けたままで、手下達には目をくれてもいない。
それなのに――。
その瞬間、ティルダの手下達の背に寒気がよだった。手下達は、オレオルの表情を見ていない。オレオルはまだティルダに顔を向けており、背をがら空きにしたままだ。
なのに、それでもオレオルがどんな表情を浮かべているのか、感覚的に伝わって来た。
しかし、体の動きを急に止めることは出来ない。それに、オレオル一人に対して、三人で攻めているのだ。一太刀くらいは入れることが出来るだろう――、
「く、くらえぇぇえええぇぇ!」
そう判断し、三人の攻撃は緩むことなく、むしろ勢いを増した。
だが、その攻撃も無意味に終わる。
「だァから! お前らは三下なんだよォ!」
彼らの攻撃がオレオルに届く直前、ようやくオレオルは半身を翻した。それも、あえて視界の潰れている左側から、だ。そして、そのまま流れるように動き、片手一つで軽々しく槍を振るう。
「――」
轟音だった。オレオルが槍を振ったことにより、雷が地に落ちたような聞く者すべてを震え上がらせる音が響く。もちろん、音だけではなく、その威力は轟音に比例していた。
「――グァッ!」
空を裂くような槍の風圧に、三人は足を踏ん張らせることさえ出来ずに飛ばされ、そのまま壁に打ち付けられた。
鈍い声が三つ聞こえると、ティルダの手下達は力なく倒れ、気を失ってしまった。
「……」
時間にして数秒にも満たない一方的な攻撃を見て、クルムとリッカは言葉を失っていた。その攻撃には、疲労の色が全くと言っていいほど見えなかったのだ。
そして、言葉を失っているのは、二人だけではない。ティルダとフランも信じられない現象を目にしてしまったかのように、法然と立ち尽くしていた。
そんな中、ただ一人オレオルだけは、物足りなさそうに槍の柄で肩を叩いていた。その表情も、どこか不満気だった。
「ったく、何だよ。わざわざ足を運んだ客を思い切り楽しませることが出来ないんじゃ、パーティーとは言えねェな。だから――」
オレオルは槍の切っ先をティルダに向けると、
「もう、こんなくだらない時間は終わらせてやるよ。俺の手でなァ!」
突然の来訪者――オレオル・ズィーガーの参入に、誰も言葉を紡ぐことが出来なかった。
クルムも、命を奪われる直前にあったリッカも、この場の主であるティルダも、獲物を仕留め損ねたフランも、そしてティルダの手下達も、誰もが現状を理解出来ずにいる。
それもそのはずだ。
オレオル・ズィーガーという青年は、純粋な戦闘狂だ。先ほどまでクルムと死闘を交わしており、クルムに相当の傷を負わせるほどの実力の持ち主だ。そんなオレオルが、わざわざこの場所にまで足を運び、リッカを助ける理由はないはずだ。ティルダ側に関して言えば、全く関係のない人間がいきなり首を突っ込んで来たのと同義だ。
オレオルの参戦の意図は、本人以外誰も分からない。
しかし、一つだけ分かることがある――。
「おいおい、随分楽しそうなことしてるじゃねェか……。なァ、俺も混ぜてくれよ」
――それは、オレオルの参戦がこの緊縛とした状況をかき乱すということだ。
建物の中に入ったオレオルは、リッカとアンガスの戦いによって荒れた舞台を一望し、爛々と右目を輝かせている。興奮しているのか、一度唇を舐めたオレオルは、まるで子供が木の棒で遊ぶように槍を軽々しく扱っていた。暴れたくて今にも待ちきれない、といった様子だ。
突然の状況の変化に、ティルダの手下達はオレオルが目の前を通り過ぎるのを、ただただ見過ごすことしか出来なかった。
一方、近付くオレオルの姿を見つめ、クルムは思考を張り巡らせていた。
オレオル・ズィーガーという異分子が、クルム達にとって鬼と出るか蛇と出るかは、まだ分からなかった。
更にクルムの心をかき乱すのはそれだけではない。一瞬の間ではあったがクルムの見間違いでなければ、悪魔が宿っていたオレオルの左目は、先ほどとは確かに違って見えたのだ。
しかし、今それを確認する術はない。余裕なのか、オレオルは左目を瞑って歩いているからだ。瞼が閉ざされて、その中身が魔眼なのか空洞なのかはっきりと分からない。加えて、オレオルがクルムに関心を向ける様子はない。
オレオルがクルムの横を通り過ぎた時も、左目の違和感の正体を掴むことは出来なかった。
そして、オレオルがクルムよりも前に出た途端、
「……ああ、いいぜ」
依然オレオル以外の言葉が発せられなかった状況で、ようやくオレオル以外の声が響いた。その声に、この場にいる全ての人の注目が集まる。オレオルも足を止めた。
「オレオル、と言ったか。俺はティルダ・メルコス、この建物の主だ。強い奴は大歓迎だぜ」
声の主はティルダ・メルコスだった。
冷静さを取り戻したのか、ティルダはこの建物の主人らしい顔で堂々としている。そのティルダの声にフランは剣を鞘に収めると、目の前にいるリッカを置いて主人の傍へと戻った。
ここに来て、ようやくリッカは安堵の息を吐いた。フランの剣がオレオルの槍に阻まれたとは言え、フランの威圧はずっと消えなかった。タイミングを見計らって、リッカとクルム、そしてオレオルを仕留めようという思惑が全身から伝わって来ていたからだ。
しかし、安堵したのも束の間、すぐにリッカは気を引き締め直してオレオルに目を配った。まだ立って動けるほどの気力は、リッカには戻っていなかったのだ。だから、せめてオレオルがどのような動きを見せるのか――、否、戦況がどう変わっていくのか見定めなくてはならなかった。
歓迎するティルダの言葉に、オレオルはニヤリと口角を上げると、
「そいつはありがてェ。なら、早速パーティーの続きを始めようぜ」
一歩足を踏み込んだ。
そして、そのまま野に放たれた獰猛な獣のように戦場を駆け巡る――直前だった。
「……けど、一つだけハッキリさせないといけないことがある」
勿体ぶったようなティルダの真剣な声に、オレオルは再び足を止め、ティルダを睨みつけた。
「――お前はどっちの味方なんだ?」
まるで心の内を見通そうとするように、ティルダはその双眸にオレオルを映していた。
隣に立つフランも、オレオルのことを威圧するように見下ろしている。いつでも戦闘準備が出来ているのか、フランは大剣の柄に手を伸ばしていた。
「部下の報告によると、お前はそいつと敵対しているはずだ。それなのに、なぜ助けるような真似をした? その真意は――」
「――だからだよ」
ティルダの言葉を遮るオレオルの声は、迷いもなく力強かった。
「こいつだけは、俺の手で倒さないと気が済まない。こいつに勝ってこそ、俺は最強の称号を手に入れることが出来る」
オレオルは槍の切っ先をクルムに向けた。しかし、その琥珀色の右目はティルダを捉えたまま離さない。
「だから、お前達のような三下に、こいつとその仲間達の首をやる訳にはいかねェのさ」
「……ッ、誰が三下だと?」
オレオルの言葉に、あからさまにティルダの眉間に皺が寄った。心なしか、ティルダの声も怒りに震えているようだ。
しかし、そんな怒りに燃え上がるティルダを嘲笑うようにオレオルは息を吐くと、
「へェ、違うのか。なら、教えてくれよ。他人が負わせた致命傷を利用しなければ、戦うことさえも選ばない薄汚い人間はなんて呼べばいいんだ?」
「ハッ、口だけは随分達者じゃねぇか……ッ!」
「口だけじゃねェこと――、今からお前自身の体で確かめてみるか?」
まさに売り言葉に買い言葉と言える言葉の押収により、オレオルとティルダ一行の間に、並々ならぬ雰囲気が漂った。
今にも火花が散りそうな、一触即発の雰囲気。
そんな一層緊迫さを増した状況の中、
「――オレオルさん」
クルムはオレオルの名前を弱々しく紡いだ。
その声に、オレオルはようやくクルムに顔を向ける。間近で見るオレオルの左目周りは、痛々しい傷に苛まれていた。オレオルは左目を閉じ続けているためその中がどうなっているかは分からないが、ここまで来れば察することは容易い。
「お前もお前だ、クルム・アーレント。いくら俺様が負わせた傷が深いからって、こんな雑魚どもに仲間を守れないでいるとはな……。あまり俺を失望させないでくれよ」
「――その左目は、一体……」
クルムはようやく今まで抱き続けた疑問を口にした。
クルムの問いを受けて、オレオルは口角を上げる。
「これか? 見れば分かるだろ」
オレオルは軽く飄々とした態度で、悪魔の力が宿った黒眼があったはずの場所を指さした。そして、一瞬だけ左の瞼を開けた。すると、そこには見てるこちらが痛々しくなるようなぽっかりと空いた空洞があるだけだった。その傷は生々しかった。
もう答えは明白だ。
「まさか……っ」
この数時間にも満たない間でのオレオルの変化を見て、クルムは息を呑んだ。純粋に驚きしかなかったのだ。
そんな驚きを隠せないクルムを前にして、オレオルは一度琥珀色の右目と左瞼を閉じると、
「俺はもう悪魔なんかの力を使わない」
誓う様に心臓に手を当てて、はっきりと言った。
オレオルが頭の中で何を思っているのかは分からないが、その表情は真剣そのものだった。オレオルの言葉が嘘ではないと、伝わって来る。
「……オレオルさん」
その決意と覚悟を目の当たりにしたから、余計な言葉は必要なかった。
もうオレオルは自身で悪魔に打ち勝つ力を持っている。
そして、オレオルは琥珀色の右目を開くと、背後にいるクルムのことは見ずに、これから相対するティルダとフランのことを捉えた。
オレオルの右目とティルダとフランの双眸が火花を散らして重なり合い――、
「――ハハハッ!」
ティルダが見下すかのように、声を上げて笑った。ティルダが腹を抱えて笑っている様子を、フランは従者らしく動じないまま見守っている。
「片目が見えないくせに、威勢だけはいいガキだ。そんな状態で、俺たちに盾突いてどうなるかわかってるのか?」
言いながら、ティルダは手で後方に向けて合図を送り始めた。その手の動きに呼応するように、クルムとオレオルの背後で何かが動く音がする。
その音に、クルムは振り返った。
視線の先には、ティルダの手下である三人組がオレオルに向かって襲い掛かる姿があった。
「さぁ、お望み通りパーティーの始まりだ! お前ら、こいつらをもてなしてやれ!」
「うおぉお!」
ティルダがそう言うと、三人の手下達がそれぞれ武器を取り出し始めた。そして、その武器を大きく振り上げ、オレオルに向けて攻撃を仕掛ける。
しかし、それでもオレオルは振り返る気配がない。
「オレオルさんっ! 後ろ!」
「オレオル、もう来てるわよ!」
クルムとリッカは、オレオルに敵が迫っていることを声にして伝えた。
それでも、オレオルはティルダを睨みつけたまま、立ち続けている。心なしか、その立ち姿は、立つことさえやっとのことのように見えた。
けれど、それも仕方のないことかもしれなかった。
オレオルも先ほどまでクルムと死闘を繰り広げており、しかも、見る者を圧倒させるような大技を多く出していた。体力が消耗していないはずがない。加えて、オレオルは自分の過去と向き合い、悪魔が潜む左目を刳り抜いたばかりなのだ。
オレオルがこの場に仲間として参戦したからと言って、決して楽観出来る状況ではない。
「――っ」
ティルダの手下達に向けて、クルムは銃を構えた。狙うは、彼らが今振るっている武器だ。武器を壊し、戦闘に参加させなくさせるだけでいい。むしろ、クルムにはそれ以外の選択肢は絶対にない。
しかし、クルムが手下達の方に銃を構えた途端、
「たかが三人で優位を取ったつもりか……?」
オレオルは歯を見せて笑った。依然、ティルダに体を向けたままで、手下達には目をくれてもいない。
それなのに――。
その瞬間、ティルダの手下達の背に寒気がよだった。手下達は、オレオルの表情を見ていない。オレオルはまだティルダに顔を向けており、背をがら空きにしたままだ。
なのに、それでもオレオルがどんな表情を浮かべているのか、感覚的に伝わって来た。
しかし、体の動きを急に止めることは出来ない。それに、オレオル一人に対して、三人で攻めているのだ。一太刀くらいは入れることが出来るだろう――、
「く、くらえぇぇえええぇぇ!」
そう判断し、三人の攻撃は緩むことなく、むしろ勢いを増した。
だが、その攻撃も無意味に終わる。
「だァから! お前らは三下なんだよォ!」
彼らの攻撃がオレオルに届く直前、ようやくオレオルは半身を翻した。それも、あえて視界の潰れている左側から、だ。そして、そのまま流れるように動き、片手一つで軽々しく槍を振るう。
「――」
轟音だった。オレオルが槍を振ったことにより、雷が地に落ちたような聞く者すべてを震え上がらせる音が響く。もちろん、音だけではなく、その威力は轟音に比例していた。
「――グァッ!」
空を裂くような槍の風圧に、三人は足を踏ん張らせることさえ出来ずに飛ばされ、そのまま壁に打ち付けられた。
鈍い声が三つ聞こえると、ティルダの手下達は力なく倒れ、気を失ってしまった。
「……」
時間にして数秒にも満たない一方的な攻撃を見て、クルムとリッカは言葉を失っていた。その攻撃には、疲労の色が全くと言っていいほど見えなかったのだ。
そして、言葉を失っているのは、二人だけではない。ティルダとフランも信じられない現象を目にしてしまったかのように、法然と立ち尽くしていた。
そんな中、ただ一人オレオルだけは、物足りなさそうに槍の柄で肩を叩いていた。その表情も、どこか不満気だった。
「ったく、何だよ。わざわざ足を運んだ客を思い切り楽しませることが出来ないんじゃ、パーティーとは言えねェな。だから――」
オレオルは槍の切っ先をティルダに向けると、
「もう、こんなくだらない時間は終わらせてやるよ。俺の手でなァ!」
0
あなたにおすすめの小説
『紅茶の香りが消えた午後に』
柴田はつみ
恋愛
穏やかで控えめな公爵令嬢リディアの唯一の楽しみは、幼なじみの公爵アーヴィンと過ごす午後の茶会だった。
けれど、近隣に越してきた伯爵令嬢ミレーユが明るく距離を詰めてくるたび、二人の時間は少しずつ失われていく。
誤解と沈黙、そして抑えた想いの裏で、すれ違う恋の行方は——。
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
差し出された毒杯
しろねこ。
恋愛
深い森の中。
一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。
「あなたのその表情が見たかった」
毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。
王妃は少女の美しさが妬ましかった。
そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。
スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。
お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。
か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。
ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。
同名キャラで複数の作品を書いています。
立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。
ところどころリンクもしています。
※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!
【完結】捨てられた皇子の探し人 ~偽物公女は「大嫌い」と言われても殿下の幸せを願います~
ゆきのひ
恋愛
二度目の人生は、前世で慕われていた皇子から、憎悪される運命でした…。
騎士の家系に生まれたリュシー。実家の没落により、生きるために皇宮のメイドとなる。そんなリュシーが命じられたのは、廃屋同然の離宮でひっそりと暮らすセレスティアン皇子の世話係。
母を亡くして後ろ盾もなく、皇帝に冷遇されている幼い皇子に心を寄せたリュシーは、皇子が少しでも快適に暮らしていけるよう奮闘し、その姿に皇子はしだいに心開いていく。
そんな皇子との穏やかな日々に幸せを感じていたリュシーだが、ある日、毒を盛られて命を落とした……はずが、目を開けると、公爵令嬢として公爵家のベッドに横たわっていた。けれどその令嬢は、リュシーの死に因縁のある公爵の一人娘……。
望まぬ形で二度目の生を享けたリュシーと、その死に復讐を誓った皇子が、本当に望んでいた幸せを手に入れるまでのお話。
※本作は「小説家になろう」さん、「カクヨム」さんにも投稿しています。
※表紙画像はAIで作成したものです
四人の令嬢と公爵と
オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」
ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。
人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが……
「おはよう。よく眠れたかな」
「お前すごく可愛いな!!」
「花がよく似合うね」
「どうか今日も共に過ごしてほしい」
彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。
一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。
※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください
【完結】能力が無くても聖女ですか?
天冨 七緒
恋愛
孤児院で育ったケイトリーン。
十二歳になった時特殊な能力が開花し、体調を崩していた王妃を治療する事に…
無事に王妃を完治させ、聖女と呼ばれるようになっていたが王妃の治癒と引き換えに能力を使い果たしてしまった。能力を失ったにも関わらず国王はケイトリーンを王子の婚約者に決定した。
周囲は国王の命令だと我慢する日々。
だが国王が崩御したことで、王子は周囲の「能力の無くなった聖女との婚約を今すぐにでも解消すべき」と押され婚約を解消に…
行く宛もないが婚約解消されたのでケイトリーンは王宮を去る事に…門を抜け歩いて城を後にすると突然足元に魔方陣が現れ光に包まれる…
「おぉー聖女様ぁ」
眩い光が落ち着くと歓声と共に周囲に沢山の人に迎えられていた。ケイトリーンは見知らぬ国の聖女として召喚されてしまっていた…
タイトル変更しました
召喚されましたが聖女様ではありません…私は聖女様の世話係です
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
異世界でカイゼン
soue kitakaze
ファンタジー
作者:北風 荘右衛(きたかぜ そうえ)
この物語は、よくある「異世界転生」ものです。
ただ
・転生時にチート能力はもらえません
・魔物退治用アイテムももらえません
・そもそも魔物退治はしません
・農業もしません
・でも魔法が当たり前にある世界で、魔物も魔王もいます
そこで主人公はなにをするのか。
改善手法を使った問題解決です。
主人公は現世にて「問題解決のエキスパート」であり、QC手法、IE手法、品質工学、ワークデザイン法、発想法など、問題解決技術に習熟しており、また優れた発想力を持つ人間です。ただそれを正統に評価されていないという鬱屈が溜まっていました。
そんな彼が飛ばされた異世界で、己の才覚ひとつで異世界を渡って行く。そういうお話をギャグを中心に描きます。簡単に言えば。
「人の死なない邪道ファンタジーな、異世界でカイゼンをするギャグ物語」
ということになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる