英雄の弾丸

葉泉 大和

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4-01 新たな刺客

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 ***

 グリーネ大国の中心地であるシンギルに向かって真っ直ぐに伸びているスーデル街道は、平坦な道で所々に休める町も点在しているため、歩きやすい道だ。
 しかし、スーデル街道を離れてしまうと一転、町の治安は悪くなる傾向がある。それは、安全圏であるスーデル街道に人が集まり、それ以外の地は忘れ去られたかのように放置され、終いには正式な町として外されてしまうからだ。
 そして、その放置された町や土地は、悪事を企む者に利用されることが多い。世界政府も、数多ある町――しかも廃れている町全部に関心を向けることが出来ないことも、スーデル街道の離れが無法地帯と化してしまう原因の内の一つだった。

 だから、スーデル街道から離れた場所にある町ダイバースも、荒れてしまうのも当然のことだった。

 ダイバースの住人の目には生気はなく、その日その日を何とか暮らしていくのがやっとの状況だ。
 その荒れたダイバースの更に離れに、一つの建物があった。恐らくダイバースの中で一番大きな建物であるそこは、どしゃぶりの雨も相まってより活気を失っているダイバースとは打って変わって、たくさんの声で賑わっていた。

「ボス! 今日も町の奴らから金と食料を巻き上げて来ましたァ!」
「あいつらの顔、見物でしたよ! これがなきゃ、私らは生きていけないんですって泣き顔を浮かべられまして」
「俺達には関係ねぇ話ですよ!」

 ボスと呼ばれる人物に報告する傍ら、住民の姿を思い浮かべたのか、下品な笑い声が建物中に響き渡り、雨の音を打ち消して建物の外にまで響いていた。

 この建物を占めているのは、ペシャルという五十数名で成り立つ集団だ。彼らこそが、衰退しつつあるダイバースに致命的な影響を与えている集団である。

 そして、そのペシャルを纏めている頭が――、

「ハハハ! でかしたぞ、お前ら!」

 ミハエルという屈強な体を持った男だった。

 ミハエルは腕力もあることながら、頭も切れる人物だ。ミハエルは町々を渡り歩きながら、私利私欲を満たすために数多の罪を犯し、また自身の力を目に見える形で世に知らしめるため、多くの仲間を集めて来た。最初はミハエル一人から始めたペシャルという組織も、気付けば五十を超える団体となり、その頃からミハエルは自分は裏で指示をし、人を使う方法を取るようになった。

 そして、スーデル街道の離れを闊歩していたミハエル率いるペシャルがダイバースを見つけると、半月も経たない内に前のダイバースを牛耳っていた組織を潰して、ダイバースを支配する集団となっていた。町の住民は悪質だった前の組織を退けてくれたペシャルに感謝したものの、それは糠喜びに過ぎなかった。更に悪質なペシャルに、今やより一層、頭を悩ませることとなっている。

 一つの町に腰を据え置き、まるで一国の王、あるいは独裁者のような思いに酔い痴れるミハエルは、

「この町のモンは全部俺らのモンだァ!」

 大口を開けて、高らかな笑い声を上げた。ミハエルの笑いに、ペシャル一同も声を大にして同意する。

 まさにパーティーでも開かれているかのように盛り上がっている中――、

「くっだらねェ」

 一蹴するような冷酷な声が聞こえた。その声により、あれだけ騒々しかったペシャルも、一気に口を閉ざしてしまった。

 今までの馬鹿騒ぎが嘘のようにしんと静まり返る中、

「――ッ、俺たちペシャルに向かって生意気な口を利きやがるのは誰だ……」

 今まで燃やしに燃やし、最高潮になった焚火にいきなり横から水をぶっかけられたような気になったミハエルが、不機嫌さを隠すことなく口を開いた。今にも襲い掛かるような殺意の籠った眼差しを、惜しみなく闖入者に当てる。

 入り口を見ると、二人の人間が立っていた。一人は身長が高く、もう一人は身長が小さい。いまいち関係性の読めない、ちぐはぐな二人組だった。

「今すぐ考えを改めた方がいいぜ。さもないと、裁きの対象から免れることは出来ないからな」

 小さい背の男が、全く物怖じする様子もなく、むしろ高みの物言いをする。隣にいる背の高い男も、小さい男の言動を諫める様子はないようだ。

「はァ? お前こそ状況を分かって言ってんのか? 俺達は軽く五十以上の人間がいるのに対して、お前らはたった二人だぞ?」

 ハハハ、と卑劣な笑い声が、あちらこちらから聞こえる。
 その反応も当然だ。ペシャルは人数が多いだけでなく、一人一人の実力もそれなりに高い。町の住民が束になっても、たった一人の戦力を削ぐことさえ出来ないほどだ。住民に反抗する隙を与えるか弱い実力だったら、ダイバースは語るも無残な状況にはなっていなかっただろう。

「おい、頭ついて泣き詫びろよ。そうしたら、いきなり出て来て非礼を言ったことを許してやってもいいぜ」

 再び下品な笑いが満ち溢れる。笑い声だけでなく、隣同士にいるもので二人組のことを悪く言う野次まで飛び交う始末だ。

 しかし、二人組は全く動じない。むしろ――、

「はぁ……、馬鹿が。これだから自分と相手の力量を見極められない勘違いヤローは救えねぇんだよ。一応、俺は忠告してやったからな。これからどうなっても責任は取れねェぞ」
「――ッ、上等だ。お前らこそ、死んであの世で泣き詫びたって知らねぇからな!」

 ミハエルの一言により、一斉に五十人近くの人間が二人組を襲う。ここまで勢力をぶつける必要もないのだが、こういう生意気な人間には圧倒的な実力をもって制裁をすべきだ。

 そう考え、ミハエルはペシャルのほとんどの勢力を注いだのだが――、

「こんなに人数がいながらも、たったの一人も裁きを免れる人間がいないって……。ここまで来ると、逆にスゲーわ」

 小さい背の男は、いつの間にかゴーグルを付けてペシャルの一員一人ひとりの姿を見つめていた。五十人という勢力が襲い掛かっているというのに、焦りの色は全くない。

「……ッ、舐めやがってェ! お前ら、やれェ!」
「うぉぉおお!」

 ミハエルの声により、ペシャルの一員は更に勢いを増した。一人一人の眼差しは、馬鹿にされた怒りによって満ち溢れている。このまま多勢に無勢で、二人組に制裁を加えるつもりだ。

「ぺイリス」
「分かってるって。これくらいガルフ一人で十分――って言いたいんでしょ?」
「たりめーだ。むしろ、武器を使うまでもないね」

 攻撃が迫ってくるにも関わらず軽々しい言葉を交わし合った後、ガルフと呼ばれた小さい男は、腰にかざしてある剣に手を伸ばすことなく身体を捻ると、

「オラァァッ!」

 迫り来るペシャル一同に向けて正拳を突き出した。

 その正拳のたった一突きにより、五十人あまりの軍団が一気に爆ぜた。まるで空気の弾丸にぶつかったように、ペシャル全員が一斉に壁に打ち付けられる。後ろで指揮を執っていたはずのミハエルでさえ、ガルフの攻撃の余波を受けた。ミハエルは目を開けていられなくなり、体を支えきることが出来ず、宙に浮く感覚を覚えた。

「……うッ、……は?」

 そして、次に目を開けたミハエルは、目の前の事態を理解することが出来なかった。

 なんとペシャルの拠点として利用していたはずの、ダイバースで一番大きい建物が、瓦礫の山と化していたのだ。

 怒りに身を任せ、誰一人として油断していなかったはずだ。それなのに、その五十人近くもいるペシャル一同が、拳一振りで倒された。今、団員たちはみな虫の息で、瓦礫の上に横たわり、雨に打ち付けられている。

 そのあり得ないはずの現実に、ミハエルはぞっと身震いする。

 頭の中を動揺一色に染めるミハエルに対し、ガルフとペイリスは汗一つ流していない。何もしてないペイリスなら分かるが、あれだけ凄まじい攻撃を見せつけたガルフでさえも呼吸が一切乱れていなかった。

 それがより一層、ミハエルの頭に無理解を迫っていた。

「あぁ、だめだよ、ガルフぅ。そんな派手に散らかしたら、後々の処理が面倒でしょ」
「ハハッ、だから丁度いいんだよ。処理しているうちに、あのヤローが来るはず――だろ?」
「あ、そういうことか。あったま良いねぇ、ガルフ」
「お前が腑抜けてるだけだっつーの」
「……」

 ガルフとペイリスの話についていけないミハエルは、身体を硬直させながら、必死に脳神経を働かせていた。一体、目の前にいる二人組は何の話をしているのか? だけど、ミハエルの脳は、答えを掴み取ることが出来なかった。

「おい、死んで詫びる覚悟は出来たか……?」
「……ッ」

 掛けられた声に、ミハエルは全身を撥ねらせた。ガルフの言葉が、冗談で言われたことではないことは、その眼を見れば明らかだった。今まで人に恐怖を与える側にいたミハエルは、初めて本能的な恐怖を感じた。目の前にいる化け物染みた実力を持つ男は、これから容赦なくミハエルの命を絶つ。

 恐怖によりかち合わない歯を意地に近い感情でなんとか抑えつけ、

「……お、おま、お前達、一体、な、何者、だ……? ど、どうして俺達を……」
「はァ? 何でそんなことを、これから死ぬ人間に教えなければいけねーんだっつーの」

 しかし、ガルフは全く取り付く島を与えない。ミハエルの喉から、押し潰された小動物のような声が漏れ出した。

「まぁ、いいじゃん、ガルフ。死ぬ間際だからこそ、僕達のことしっかり教えてあげようよ。自分が命を失う理由も知らないまま終わるなんて可哀想じゃん」
「……ちッ、だったらお前が教えてやれよ。俺はあっちの処理してるからよ」
「うん、分かった」

 そう言うと、ガルフと入れ替わりに、長身のペイリスがミハエルの前にぬっと差し迫った。

 血が逆立つ獣のようなガルフが目の前からいなくなったというのに、ミハエルを支配する恐怖は消えない。むしろ、一見すると穏やかそうなペイリスを前にして、より一層強くなった。

 はっきりと目に見える形で力を示すガルフの方が、まだマシだった。ペイリスの実力はガルフよりも底が知れず、まるで伝説と世々語り継がれる化け物と対峙しているようだ。

「あのね、おじさん、僕達は――」

 ペイリスが口を開いた途端、まるで見計らったかのように雷鳴が轟いた。雷鳴によって顔に陰りを見せたペイリスが、悪魔のようにミハエルの瞳に映り込む。

「――ッ?」

 雷鳴に耳が押しつぶされそうになりながらも、何とか聞き取ったペイリスの口から紡がれた名前に、ミハエルはどこか聞き覚えがあった。しかし、それがどこで聞いたのかは全く思い出せないし、その名前の集団が何をしているのかも思い出せなかった。

「それでね、僕達の使命はね――」

 ミハエルの無理解を察したのだろう、ペイリスは滔々と自分達の身の上話を始める。

 ミハエルに向かって説明を始めるぺイリスの隣を、ガルフは面倒臭そうに雨で濡れた前髪をかきあげながら離れていく。

 これからぺイリスが語り出す話は、もう飽きるほど何度も耳にしたし、ガルフ自身も何度も口にした。
 退屈すぎる説明の冒頭部分を聞くだけで、欠伸が出てしまう。
 そんな眠くなる説明を聞くよりも、面倒くさい処理をしていた方がまだ楽だというものだ。

 それにガルフには今待ち侘びている者がいる。

「早く来いよ、クルム・アーレント。甘っちょろいことぬかしたお前がどれだけ変わってるか……、楽しみにしてるからよォ」

 メインディッシュを待ちきれないかのよう一度唇を舌で舐めると、呻き声を上げるペシャルの団員に向けて、剣を構えた。

 ――クルムがこの異変に気付き、ここを訪れるまで、剣を研ぎ、精神を研ぎ澄まそう。

  そして、ガルフは目の前の人物ではなく頭の中にいる人物に意識を向けながら剣を振るう。鋭い剣撃と同時、断末魔の叫びが幾度も幾度も雨の音に紛れながらダイバース中に響き渡った。

 ――これはくしくも、クルム達がダイバースに足を踏み入れたのと同時刻に起こった出来事である。
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