英雄の弾丸

葉泉 大和

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4-02 暗雲の行く先

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 ***

「リッカ、シンク。少し寄り道をしてもいいですか?」

 スーデル街道を進む途中、先を進んでいたクルム・アーレントが急に立ち止まり、リッカ・ヴェントとシンク・エルピスに提案を投げかけた。

 リッカとシンクは互いに顔を見合わせると、

「いいけど、どこに行くんだ?」

 シンクがまず口を開いて、クルムに問いかけた。

 今、クルム達がいる場所はスーデル街道という場所で、グリーネ大国の中心地であるシンギルに向かうところだった。この道を辿って行けば、迷わず目的地に辿り着けるのに、クルムは一体どこへ行こうというのだろうか。
 それに、周りを見渡しても道が続いているだけで、寄り道をするような場所は特に見当たらない。先ほどオーヴを出立してから、まだ半日も経っておらず、次の町までの道のりは遠かった。

「……そうですね。ちょっと、あちらの方へ――」

 クルムが指さした方向は西の方角で、一見すると何があるか分からなかった。シンギルは南の方角にあるのに対し、クルムが寄ろうとしている道は全くの別方向だった。
 世界政府の一員でもあるリッカは、政府から付与されているエインセルを起動させ、クルムが寄りたいと言った方角に何があるのかを調べようとする。

「……? クルム、あっちの方には何もないよ?」

 しかし、エインセルには情報が登録されていなかったのか、地図を開いても何も出て来なかった。つまり、それは世界政府が管理していないということで、無法地帯が広がっていることを意味している。

「それに、何かあるとしても、さっき行ったオーヴを苦しめていたようなメルコス組のような奴らが集まって悪さをしているだけだと思う」

 リッカは言いながら、半日前までの出来事を回想する。

 ティルダ・メルコスという人物が、オーヴの子供達を攫って、スーデル街道から離れた自分の拠点で売り捌こうと企んでいた。オーヴの子供達を助けようと、クルム達はティルダの元へと向かったが、その道中に、悪魔の力を利用して強者と戦うことを楽しみとしていたオレオル・ズィーガーに絡まれてしまった。クルムがオレオルと相手をしている最中、メルコス組の手にシンクが渡ってしまい、オレオルとの戦いを置いて、クルムとリッカはシンクと子供達を助けようと奮闘した。しかし、ティルダ達の力は、手負いのクルムとリッカには手強く、苦闘を強いられていた。そこに、先ほどまで敵だったはずのオレオルが一時仲間として加わり、何とかシンクとオーヴの子供達を助けることが出来た。

 つまり、スーデル街道の離れとは、そういった悪事を企む者が隠れ蓑として利用するような場所なのだ。世界政府はそのことを分かっていながらも、この広いダオレイスの中で、全部が全部管理出来る訳ではなかった。

 正直、リッカの身体は疲労が抜けきっておらず、クルムを見ても痛々しい傷がまだ残っている。

「あちらの方で、助けを求める人が待っているような気がしたのです」
「……つまり、勘ね」

 根拠もないクルムの言い方に、リッカは頭を抑えながら唖然とした。

 今までクルムと旅をしてきて、訪れる町で問題が起こって、成り行きで人助けをしてきたことは多い。それは、もちろん良いことだ。クルムが行動を起こさなければ、オリエンスもオーヴも未だ収拾がついていなかったかもしれない。

 けれど、今この手負いの状況で、わざわざ問題が待ち構えている場所に向かうのは違うのではないか。

「でも、今この状態で」
「それに――」

 リッカが反論しようと言葉を発しようした時、クルムもすかさず言葉を重ねて来た。
 リッカは口を閉ざしながら、クルムの表情を盗み見る。その眼差しは真剣そのもので、まるでこの先に起こることを予期して危惧しているかのようだった。

 クルムはふっと息を漏らすと、指を上に向けた。リッカもシンクも、クルムの指につられて、上を見る。

 すると、先ほどから暗雲が立ち籠っていた空から、一滴の雫が落ちて来た。

「つめてっ」

 雨だった。

 シンクは自身の顔に直撃した雨に、思わず声を上げていた。

「雨宿りする場所も確保しないといけないですし」

 まるでこれから降り出す雨が強くなることを予期しているような物言いだった。
 今はまだポタポタと降っているだけの雨だったが、空模様を見れば、確かにこれから更に雨足が強くなりそうだ。
 今いる場所から次の町までは時間が掛かるし、雨を凌ぐのに適した小屋も見当たらない。
 ならば、クルムの言うことに従った方がいいだろう。

 何だか上手くクルムに乗せられた気がするが、リッカは肩を落とすと、

「分かったわ。なら、雨が強くなる前に早く行きましょう」
「ありがとうございます、リッカ」

 クルムは微笑を浮かべ、真っ直ぐに舗装されたスーデル街道を離れ、西の方角へとやや駆け足で向かい始めた。クルムの後に、リッカもシンクもついていく。

 どんどんとスーデル街道を離れていくクルムの背中を見て、リッカは胸中にもやもやとした感覚を抱いていた。
 いったいクルムが何を感じ取って、どこへ向かおうとしているのかは分からない。
 けれど、この先の道を進むことによって、何かクルムの旅の方向性が決定的に変わってしまうような予感があった。

 リッカの心配を助長するように、雷鳴が轟いた。その激しさと眩しさに、リッカもシンクも、足を止めて思わず目を細めてしまう。

「か、雷にびびび、ビビってるのか?」
「……ビビってるのはシンクでしょ」
「な、お、俺は、ビビってなんかねーよ!」

 声を震わせるシンクに、あくまでもリッカは冷静に言う。シンクに隙を見せたら、すぐその弱みに付け込んで話を膨らませる傾向があるのだ。まだ子供だから仕方のない部分なのかもしれないけれど、たまにしつこい時がある。

「なぁなぁ、リッカ元気なくないか?」
「え?」

 いきなりの話題の転換、そして今のリッカの核心を突く質問に、リッカは素直に驚きの声を上げた。

「なんかいつもと違う気がするというか……」
「……べ、別に私はいつも通りよ」

 リッカの答えに、駆け足で前に進みながら「そうかなぁ」と、シンクは納得のいかないように首を捻らせている。
 おそらく幼く純粋な心で、シンクは人が放つ空気を敏感に感じ取るのだろう。
 けれど、リッカとしては、まだ子供であるシンクに不必要な心配を掛けさせたくなかった。

「……シンクはクルムがどこに行こうとしているのか不安にならないの?」
「俺は正直、世界のことについて何も知らないからな。行く場所一つ一つが新鮮で、ワクワクするだけだ!」

 リッカの問いに、シンクは迷うことなく答える。

 オリエンスという町で出会ったシンクは、元々名前さえもない記憶喪失の子供だった。何も寄る術のないことをいいことに、カペル・リューグという悪人に、まるで下僕のように扱われていた。

 そして、そのシンクを助け、名前を付けたのが――、

「それに、俺はクルムが行く場所だったらどこへでもついていくつもりだから」

 前を行くクルムだった。

 シンクは先を行くクルムの背中を真っ直ぐな目で捉えると、足を速め、クルムの隣にまで追い付いた。そして、クルムと数言交わすと、雨が降っている状況だというのに、シンクは太陽のように輝く笑みを浮かべた。それに続いて、クルムも似たような笑みを見せる。

 シンクはクルムのことを純粋に慕い、頼っている。

 クルム・アーレントには、人を引き寄せる不思議な魅力がある。その魅力は、相手が純粋であればあるほど、増していくように思えた。
 なのに、クルムは世界政府の犯罪者リストに載っている。
 リッカは実際関わったクルムと、政府の情報に載っているクルムとの印象が異なりすぎていて、独自に調査している。けれど、関われば関わるほど、クルムは度が過ぎるほど人助けが好きな何でも屋という認識が強まっていく。

 だから、リッカは自分の眼で見極めるために、クルムの旅についていくことにしたのだ。

 お人好しなクルムは、たとえ自分の身体がボロボロでも、きっと困っている人がいるところへとふらふらと歩み寄せては手を伸ばすだろう。

 クルムの突拍子もない行動一つ一つに、心を荒立てていたら、リッカの身も心も持たないだろう。

 結局、クルムの行動原理はたった一つ――。人を助ける、ということだけなのだから。

 リッカは溜め息を吐くと、クルムとシンクに追い付くよう、足を前へと踏み出した。

「クルム、シンク! 早く行かないと、雨で風邪引いちゃうわよ」
「……ハッ! 俺は風邪なんて引くほど――くしゅっ」
「ほら、言わんこっちゃない。クルム、目的地までどれくらいで着きそうなの?」

 くしゃみをするシンクに布を渡しながら、リッカは目の前を見据える。

 雨のせいで風景が全体的に霞んでしまい、目的地がどこか明確に分からない。ただでさえエインセルに反応しない場所に行こうとしているのだから、頼りになるのはクルムの感覚だけだ。

「そこまで時間は掛からないかと――」

 クルムがそう言いかけた時、再び雷鳴が轟いた。世界が光に包まれる中、一瞬だけ遠方に町のような影が浮かび上がる。しかし、すぐにその影も、雷の光が消えると共に再び雨の中に溶け込んで見えなくなってしまった。

「あそこですね。雨も強くなって来そうなので、急ぎましょうか」

 クルムは今一瞬だけ浮かび上がった影を指した。

 今クルム達がいる場所からなら、確かにそれほどの時間は掛からないだろう。
 目的地となる場所を明確に分かった今、クルムの言葉に反論する理由もないリッカとシンクは、こくりと首を縦に振る。

 それから、クルムとリッカとシンクは、雨に打たれながら、スーデル街道を離れた町――ダイバースと呼ばれる町に向かって走り出した。
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