英雄の弾丸

葉泉 大和

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4-13 悪魔人の実力

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 ***

 ガルフ・セロノスはその小さい体躯が故に、よく人に舐められることが多かった。

 幼少期の頃からそんな小さい体で何が出来るのかと馬鹿にされ、大人になった今でも平均より背が伸びることはなかった。
 けれど、いつの日もガルフは自分の背の小ささを弱さの理由にしたことはなかった。むしろ、背が小さく体の軽い自分にしか出来ないことがあると信じて、自身の鍛錬に励んで来た。

 ガルフの執念は並大抵のものではなかった。
 何がそこまで自分を突き動かしているのか、ガルフ自身も分かっていなかったが、とにかく鍛えた。体が軽いことを利点に出来るよう速さを身に付け、体が小さいことを舐められないように力を身に付けた。

 気付けば、ガルフの生まれ育った町で、ガルフに勝てる者はいなくなり、馬鹿にする者はいなくなった。

 しかし、誰にも馬鹿にされないために励んだはずだったのに、実際にその地位を得ても、ガルフは満たされることはなかった。

 これから何を目的にして生きればいいのだろう。これからどこを目指せばいいのだろう。

 そう思い悩んでいた時、ガルフの前に後の終の夜の創設者となる人物――エスタ・ノトリアスが訪れた。

 そして、彼は言った。

「――君の力を、悪魔を滅ぼすために貸して欲しい」、と。


 冷たい雨に打たれながら、ガルフは自身が終の夜に誘われた時のことを追憶していた。

 クルムが悪魔人の元へ向かってどれくらい経っただろうか。覚束ない足取りで向かっていたが、流石にそろそろ着いていてもいい頃だろう。

 ガルフはわざとらしく溜め息を吐く。

 そして、首元に垂らしていたゴーグルを掛けた。すると、ダイバースの住人達が暮らしている方角から大きな反応が示された。その反応はガルフがわざと逃がした時よりも大きくなっている。つまり、ガルフがクルムと対峙している間に、ペシャルの残党は心に憎しみを宿し、悪魔との共鳴をより強くさせたということだ。

 ゴーグルの反応を見て、ガルフはもう一度溜め息を吐いた。
 別にペイリスが先回りをしているから、ガルフは何一つ心配しているわけではない。それにクルムも向かったことだし、恐らく悪魔人は一瞬で滅ぼされる。
 なのに、ガルフが溜め息を吐いたのは、まさかこの短時間でここまで悪魔人の反応が強くなるとは思っていなかったからだ。

 ――この瞬間にだって彼は苦しんでいます!

 先ほどクルムに言われた一言が、ガルフの頭の中に響き渡る。

 それはまるで自分の詰めの甘さを責められているように感じて――、

「……ちっ」

 雨に消え入るほど小さくガルフは舌打ちを奏でると、剣を軽々しく鞘に納め、反応がする方角へと向かって動き始めた。

 ***

「俺を救う、だと……?」

 ピンデの言葉に、クルムは銃を向けたまま首肯する。

「……ハッ」

 暫し沈黙していたピンデだったが、吐き捨てるような嘲笑を浮かべると、

「そんなの望んじゃいない! この体はもう俺のものだァ!」

 ピンデの呼応と共に、ピンデの周囲に黒い渦が巻き起こった。黒い渦はピンデを中心に螺旋を描いていて、傍にいるものを引き寄せるほどの力がある。風がざわざわと騒ぎ始め、空気が震えていた。

「くっ」

 クルムは一旦ピンデとの距離を空けることにした。理由は二つある。一つは、同じ場所に留まり続けていたら、その渦に呑まれてしまうから。そして、もう一つの理由は――、

「クルム!」

 まだ雨空に晒されているリッカの元へ行くためだ。クルムはリッカの隣で足を止めると、

「リッカ、シンクとオッドさんのところへ行って、二人を見ていてください。正直、彼の姿が見える場所はどこも危険ですが、少なくともここよりはマシですから」
「分かった」

 クルムの必要最低限の言葉にリッカは頷き、すぐさまシンクとオッドがいる場所へと向かった。

 クルムはリッカが戦いの場から去ったことを確認すると、ピンデに向き直る。
 今も尚、ピンデを中心にして黒い渦が発生していた。雨風に揺られていた木屑は、ピンデから発せられる渦に触れると、まるで存在そのものが丸呑みされたようにパッと消えた。

 クルムは銃口をピンデに向け、そのまま一発放つ。しかし、その弾丸も、先ほどの木屑同様に黒い渦に呑まれるとそのまま消えてしまった。ピンデの集中を削ぐことさえ出来なかった。攻撃と防御は表裏一体と言うが、まさにピンデの周りに発生している渦がそれだ。

 こうなってしまっては、クルムに出来ることは限られている。ピンデの渦の影響を受けない離れた場所から、ピンデが力を溜め魔技を放つその時までに、狙い目となる隙を見つけるしかない。

 クルムは集中して、ピンデの動きを見極めようとする。ピンデの周りの渦は、規則正しく動いて、満遍なくピンデのことを覆っている。

「……あれは」

 その中で、クルムは僅かな違和感を見つけた。その違和感に確証はない。疑問符が頭の中でを一瞬掠めただけだ。

 その一瞬の疑惑を明確な確信へと問い詰めようとした瞬間、大方のエネルギーを集めることが出来たのか、黒い渦の動きが緩やかになっていく。ダイバースを漂う空気が凪ぎ始めた。

 黒い渦に囲まれてやや見えにくくなっていたが、それでも空に向けて両手を上げているピンデの姿が確認できた。雰囲気から、臨戦態勢はバッチリと整ったようだ。

 クルムは疑問符を問い詰めることを止め、敵意を丸出しにしたピンデに合わせるようにふっと息を吐くと、更に集中力を高めて銃を構えた。

 ピンデは血眼になった目を開いて、

「魔技・ウェルテクスランサー!」

 そう叫んだと同時、ピンデの上部で黒い渦の一部が集い、見るも禍々しい槍に姿を変貌させた。

 あの槍の姿が、今のピンデの感情――憎悪を表している。

 当然、普通の人間が負の感情を抱えたことで、このような現象は起こらない。しかし、悪魔に憑かれるようになると、その想いが外に具現化されるようになる。目に見えない感情という名の電気が、悪魔という電化製品によって視認出来るようになるようなものだ。
 そして、もちろん悪魔によって誘発された感情は、無作為に周りを傷つける刃と化す。

 ピンデは黒い渦を槍の形に留めることに疲弊しているのか、肩を大きく上下させたが、ぐっと息を呑むと、

「ゥガァァアアァァァアアアァァアアア!」

 ピンデの怒号に応えるように、鋭く尖った槍がクルムに襲い掛かった。

 風を切って迫る魔技に、クルムは銃を盾のように構えることで対応しようとした。

「……っ!?」

 しかし、ピンデから放たれた槍はクルムの横を軽やかに通り過ぎ、何の躊躇いもなくダイバースの住民の家にぶつかる。当然、魔技をまともに喰らった建物は、轟音を立てて崩れていく。不幸中の幸いなのは、今ダイバースの住民が一か所に集まっていて、誰もその建物にいなかったことだ。

 クルムは壊された町の一部を視認すると、どういうことかと言いたげな表情でピンデを見る。

 ピンデはクルムの視線に気付くと、にィと口を歪め、

「ハーハハッ! 誰がテメェみたいな軟弱な奴を相手にするかよォ! どうしても相手して欲しかったら、この町が壊れるまで待ってるんだなァ! ヒャハハッ!」

 そう言うと、再び両手を上げ、魔技の生成に取り掛かり始めた。同じ手は喰わないと言わんばかりに、クルムは銃を構えながら、ピンデの血走った瞳をじっと見つめた。ピンデの瞳孔を見逃さなければ、ある程度の攻撃の方向を予測することが出来る。そこを弾丸で射抜くのが、クルムの戦略だ。

「――」

 再び空気が緊張に包まれる中、町を破壊する黒い槍を具現化するピンデを見ながら、リッカとシンク、そしてオッドは言葉を発することが出来なかった。ピンデのあまりの豹変ぶりに体が動かない。

 数度だけ悪魔人に接したことがあるリッカもシンクも、いつまで経っても受け入れる現象ではない。
 ましてや、初めて悪魔人を目の当たりにするオッドはどうだろうか。リッカは横目に、オッドのことを見る。

 しかし、オッドは声も出さずに虚ろな目で、人外と化したピンデと破壊された町を見つめていた。そこには何も感情はない。

 やはりオッドは先ほど言っていた通り、この町にも、自分自身にも興味がないのだろう。これも運命だと諦めている。だから、自分が暮らす町が壊されていても何も口を挟まないのだ。

 リッカは小さく肩を落とし、再びピンデに集中する。クルムが相手をしているからと言って、いつこちらに二次被害が及ぶかは分からないのだ。万が一、こちら側に何かあった時に守ることが出来るのはリッカしかいない。

 そう思った矢先――、

「や、やめろぉぉ!」
「お、おい!?」
「ま、待って!」

 オッドが突拍子もなくピンデに突撃を仕掛けていた。いきなりのことで、リッカもシンクも反応が遅れ、オッドを止めることが出来なかった。
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