英雄の弾丸

葉泉 大和

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4-14 露見された本音

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「おおおぉぉぉおお!」

 オッドは自らを鼓舞するように雄叫びを上げながら、無謀にもピンデに突っ込んでいた。

 武器もない、策略もない、意味すらもない、ただ無鉄砲に突っ込むだけの行動だ。オッド自身でさえも、よく分からずに動き出していた。それでも体は止まってくれなかった。

「オッドさん! 止まってください!」

 背後から駆けるオッドに、クルムは制止の声を掛ける。しかし、冷静さを欠いたオッドに、クルムの言葉は届かない。クルムと、そして何よりピンデとの距離を、オッドは確実に詰めていく。

「ハッ、バカが! そんな死に急ぎてェならテメェから射抜いてやらァ! まァ、テメェにはもったいなすぎる魔技だがなァ! ウェルテクスランサー!」

 ピンデは生成し終えたばかりの魔技の槍をオッドを貫かんと勢いよく飛ばした。当然ながら、その攻撃には弱者に対する配慮は一切ない。

 予期していた事態だ。こうなることは分かっていた。

「――」

 死を悟った瞬間、風を切って向かって来る魔技が、オッドの目にはやけに遅く迫っているように見えた。けれど、身体は順応することは出来ない。

 これは、死の間際に直面している証拠なのだろう。

 この死んだ町で、死んだように生きて来たオッドは、ここであっけなく命が尽きてしまう。
 オッドの脳裏に、走馬灯が過る。けれど、その全てに何の意味もない。何故なら、オッドは自分の意志で何かをしたことなどなく、ただ自分の想いを押し殺しながら時間が流れることだけを願っていただけだからだ。

 ――嫌だ。

 死の間際に直面して、オッドは自らの内なる想いに気付いた。

 本当はこの死んだ町を復興させてみたかったし、外の世界も見てみたかった。何より、全てに諦観して死んだように生きていたくなかった。周りの人に合わせて、周りの状況に悲観して、何も行動をしなかった自分を今更ながら恥じる。
 その想いが、生まれ故郷であるダイバースを破壊されていく様を目の当たりにしたことで露わになってしまい、こうしてオッドを無謀な行動に駆り立てていたのだろう。

 しかし、もう遅い。今頃気付いたところで、ピンデの攻撃によってオッドは心臓を貫かれてしまうのだ。

 全ての時間が緩やかに進む中、オッドはきゅっと目を瞑った。

「危ないッ!」

 自分の命を諦めた瞬間、クルムの声が耳に届くと共に、守られるようにオッドは体を抱かれた。それと同時に、オッドの感覚に現実が戻って来る。クルムの体の隙間から、ピンデが放った槍が目にもとまらぬ速さで迫っているのが見えた。

「――くっ」

 クルムはそのまま羽織っていたマントで、ピンデの攻撃を打ち消した。直撃は避けることが出来たが、衝撃の余波がクルムとオッドを襲う。オッドはクルムに抱かれながら、雨でぬかるんだ地面をゴロゴロと回った。

「……っ、大丈夫でしたか?」

 そして、衝撃を逃がした後、クルムはゆっくりと起き上がり、オッドに声を掛けた。クルムの表情は、怪我をしているにも関わらず穏やかな笑みを湛えている。

「な、なんで……」

 オッドはクルムの行動を理解することが出来なかった。

 下手をしたらクルムまで命を失っていたかもしれないのだ。なのに、罪人のはずのクルムが、どうして無謀に突っ込んだオッドを助けるのか。仮にオッドが魔技を受けて命をなくしたとしても、それはオッドの自業自得に過ぎない。

 相当に戸惑った顔をしていたのだろう、クルムはオッドに手を伸ばすと、

「困っている人がいたら助けるのが、僕の性分なんです」

 こんな危険な状況であるにも関わらず、まるで子供のような純粋無垢な声音で言った。雨が降りしきるこの世界はこんなにも暗いのに、クルムがいる場所だけ明るく照らされているようだ。

 オッドは無意識に引き寄せられるようにクルムの手を掴む。温厚そうなクルムの見た目に反して、傷だらけで分厚い手が、オッドの手と重なる。クルムはぐいっとオッドを起こすと、にこりと微笑み、ピンデの方に向いた。

 クルムの背中は、任せてくださいと言っているようだった。いや、それだけではない。オッドが自分の意志で戦場から身を引くことを、クルムは確信しているのだ。だから、クルムはオッドのことを振り返りはしなかった。再び魔技を発動させようとするピンデに、ただ集中している。

「……っ」

 オッドは自分が足手まといにならないように、先ほどいた軒下まで走り出した。

「何やってるの! 危ないじゃない!」

 軒下に戻った直後のリッカからの第一声は、お叱りの言葉だった。その真剣な表情に、オッドはたじろいでしまい、すぐに返すべき言葉が思いつかなかった。リッカの隣にいるシンクは慣れているのか、耳を塞いでいる。

「もしクルムが助けてくれなかったら、死んでいたかもしれないんだよ!?」
「……お、仰る通りです」

 リッカの言葉の一つ一つが正論過ぎて、オッドは頷くことしか出来ない。いつの間にか、シンクは慰めるようにオッドの肩をポンポンと叩いていた。しかし、背が届かないためにつま先立ちとなり、若干シンクの手はプルプルと震えていた。

 リッカは小さく息を吐くと、

「――さっき、あなたはダイバースも自分もどうなろうと関係ないって言ったけど、やっぱり違うじゃない」
「……」
「心の底では、この状況をどうにかしたいとずっと思ってたのよ。だから、明らかに危険だと分かっている状況でも、あなたの足は動き出した」

 リッカ達とオッドが初めて出会った時からそうだった。

 誰も町中を歩いていなかったのに、唯一人オッドだけは違っていた。オッドは大雨が降りしきる中でも、町を歩き回っていた。それは、ダイバースに異変がないか調べるためだったのだ。
 同じ何も出来ないにしても、町の状況を知っているか知らないかだけでも、心持ちはいくらか変わる。

 オッドはずっとダイバースが変わることを願っていた。

「……私は」

 オッドには言いたいことが胸の内にたくさんあった。しかし、その先の言葉は続かない。この短時間で自分の本心を初めて認め、その気持ちを言語化するまでの整理が付いていなかった。

 上手く言葉を紡げずに、まごまごとしているオッドに、リッカはふっと安堵したような笑みを浮かべると、

「でも、本当に生きてて良かった……。生きてれば、変えることが出来るから」
「……ですが、やはりこんな状況では……、変えたくても、変えられないですよ」

 オッドの言葉から出たのは、皮肉を交えた諦観の言葉だった。このダイバースで生まれてからずっと、オッドは暗い暗い闇の底にいるような負の感情の中にいたのだ。自分の本心に気付いたからと言って、すぐに心の中が百八十度変わるわけではない。

 いや、何も元来の性格だけで言った訳ではない。

「……だって、見たでしょう? あの人の異常さを……。それに……、クルムさんの弾丸は一度も彼に効いていない……。クルムさんが頑張っているのは分かりますが、状況は絶望的です……」

 命を救ってくれた恩人に対して言うべきかどうか迷ったが、オッドは口にした。

 実際にそうだった。クルムの放った弾丸は、ピンデの周りにある黒い渦によって全て阻まれている。
 それに加え、オッドは無鉄砲に突っ込んだからこそ分かることが一つある。ピンデが発した魔技――、あれは人間がどうこう出来る代物ではない。たまたまクルムに助けてもらえたが、ピンデに立ち向かうとなると話はまた別物だろう。
 今だって、ピンデは強力な魔技を放つための力を練り上げているところだ。

 そんな状況で、クルムはどうやってピンデに勝てると言うのか。クルムがピンデに勝つという未来がオッドには想像出来なかった。傷だらけのクルムよりも、先ほどのペイリスの方が、ピンデに打ち勝つ場面を描きやすい。

「クルムは負けねーよ」
「……え?」

 シンクの表情は、断言した言葉と同じく確信に満ち満ちていた。オッドの歯切りの悪い言葉とはまるで裏腹だ。

「クルムは今までボロボロになったことはあったけど、それでも諦めたことなんて一度もなかった。そして、結局は救うんだ」

 子供ながらのキラキラとした瞳に、オッドは二の句が継げなかった。

 当然、今までクルムがどれだけの死線を掻い潜って来たのかを知らないオッドには、シンクの言葉はただの願望にしか聞こえない。前回上手くいったからと言って、今回も上手くいくという保証はどこにも存在しない。

「そうね。クルムなら何とかしてくれるわ、きっと」

 口から出たリッカの言葉は、穏やかで柔らかかった。しかし、それは無責任のようで丸投げしているようにも、どこか感じられた。

「何とかって……」

 シンク同様に夢物語を口にするリッカに、思わずオッドは目を向けた。

 そこで、オッドは自分の思い違いに気付いた。リッカは丸投げをしている訳ではない。

 リッカの瞳は、この状況でも真っ直ぐに光っていて、希望を失っていない。リッカはただ信じているのだ、クルムのことを。

 リッカはまるで視線を誘導するように、オッドからふっと視線を外すと、

「まぁ、見てなさい。人が絶望にだって打ち勝てるという証拠を――、ね」

 戦いに赴くクルムの背中を見つめながら、力強くそう言った。
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