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4-19 更なる弱点
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「調子に乗るなよォ、人間がッ!」
銃を構えながら走るクルムに、ピンデは悠然と立ち構えている。
ピンデの鎧に雨粒が触れる度、そのまま雨は呑み込まれて消えていく。魔技・ウェルテクスデューマの役割を、防御一つに絞り始めた所以だ。クルムの弾丸も、この鎧の前では呑み込まれて消えていく。
クルムに動かしながら弾丸を撃たせ続けることで体力を消耗させていくことが、ピンデの狙いだ。そして、クルムが動けなくなったところで、鎧の力でクルムを呑み込んでいく。
時間の掛かる作戦だが、ピンデにとってはこれが一番の安全牌だ。
「お前が言う通り、確かにウェルテクスデューマにも唯一の弱点があったことは認めてやる! だが、鎧の力を一つに絞れば、お前の攻撃が通ることは決してない!」
「――いつ僕が弱点は一つしかないと言いましたか?」
「な……ッ!?」
クルムの攻撃を待ち構えるだけだったピンデに、再び動揺が走る。ピンデの中の悪魔の精神が揺れることで、鎧の形が僅かにぶれた。
ピンデの中で、悪魔は必死に考えた。もしクルムの言うことが本当ならば、悪魔の作戦は無に帰してしまう。せっかく手に入れた人間の体から離れ、そのまま悪魔自身が滅ぼされることは避けたい展開だった。
しかし、冷静に考えてみれば、魔技の鎧にこれ以上の弱点は見つからない。魔技・ウェルテクスデューマは、触れるもの全てを呑み込む力を持っているのだ。
――この鎧に、そう何個も弱点があってたまるか。
クルムの言葉をハッタリだと確信したピンデは、
「ハッ、脅して動揺させようとしても無駄だ! 全てを呑み込む鎧の前に敵はない!」
鎧の形を更に禍々しく作り、クルムの攻撃を受け止めようとどっしりと身構えた。
「そうですね……。確かにその鎧に触れるものは、みな呑み込まれてしまうでしょう」
クルムは走りながら、事実を語る。痛む体に鞭を打って無理やり走っているような状態のため、クルムの表情はよく見えない。
「しかし、呑み込むためには、微量ながら時間が掛かる……違いますか?」
クルムは自身の推理を確信しているように語る。
無論、ウェルテクスデューマの能力は、普通の人間なら目につかない速さだ。人が瞬きをするよりも速く処理が終わり、気付かれることはないはずだった。
図星を突かれた悪魔は、一瞬心臓が跳ね上がるも、
「……ッ! 仮にお前の言葉が本当だとして――、鎧の処理能力よりもお前の連射速度は劣っている!」
「もし銃が一つしかなかったら、の話です」
クルムは懐に手を入れ、白い銃を左手に構えた。クルムは黄色と白色の銃口をそれぞれ向けると、ピンデに向けて弾丸を放った。
当然、同時に撃てば、両方とも魔技の鎧に弾丸が呑み込まれてしまう。
しかし、クルムは緻密に計算し、引き金を引いていた。
一発目が右脚の鎧に波紋を広げ、吸収されていく。そして、鎧の波紋が静まり、吸収する過程が終わろうとする刹那のタイミングで、二発目の弾丸がピンデの鎧をこじ開け、ピンデの右脚を貫いた。
「ぐぁぁッ!」
再びピンデの鈍い声が聞こえた。右脚を撃たれたピンデは、折れるようにその場で両膝を着いた。受け入れがたい現実を必死に受け止めようとしているのか、ピンデの両手は右脚を触れていた。
「――あれが、もう一つの弱点。まァ当然のことだが、吸収するのも時間が掛かるってこと」
クルムとピンデの攻防を見ていたガルフは、つまらなそうにペイリスに種明かしをした。
一般人が瞬きをする間にクルムの弾丸は吸収されてしまったが、逆に言えば瞬きするまでの一瞬ほどの隙が生じている。
吸収が終わる直前の隙を狙えば、後処理が終わっていないため、弾丸は吸収されずにピンデを穿つことが出来るのだ。
「へぇ、いつ気が付いたんだろぉ、クルム」
「一度、アーレントが連射で攻めた時があっただろ」
「あぁ、うん。あったねぇ」
「あいつ、意外と策士だからな。悪魔人にギリギリ気付かれない絶妙な連射で、吸収する時間を読んでいやがったんだ。そして、その時間を読み終わると、あえて気付かないフリをして万策尽きたと言わんばかりに銃を撃つ手を止めて、悪魔人を油断させた。だからといって、普通はあんな大見得切って攻撃はしねェだろうけどな」
ガルフは呆れるように小さく溜め息を吐くと一転、
「ぶっつけ本番で挑む度胸――、多少腕は訛っているようだが、まァ及第点ってところか」
僅かに声音に棘がなくなっていた。
「ふーん、つまり処理が追い付かない速さで攻撃をすればいいんだぁ」
「ほんッと、ペイリス様は簡単に言ってくれるなァ」
飄々と語るペイリスを、ガルフはジーっと見つめる。
こんな性格をしているが、ペイリスは終の夜の中でもトップクラスの実力者だ。終の夜が作られてから、今まで数多くの悪魔人を処理して来た。
ペイリスは何も考えないからこそ、直感的に動き、独特な攻撃をする。無論、考えなしのせいで、ただの攻撃を仕掛けることも多々ある。
「要するに、だ。アーレントは、奴の弱点に気付いた。そして、悪魔人も己の鎧に弱点があることに気が付いた。その上で、アーレントのやり方で悪魔人を救えるかどうか――、見物ってもんだ」
ガルフはクルムとピンデを見ながらそう呟いた。
「……ぐッ。こんな人間に、俺の魔技が敗れるだと……?」
弾丸に撃たれた右脚を触れながら、ピンデは震える声で言った。魔技・ウェルテクスデューマは、無敵だったはずだ。それが今、クルムの言う通りに弱点を突かれ、地に膝を着かされている状態に陥っている。
ピンデは恐る恐るクルムに向けて顔を上げた。
当然、クルムは二つの銃口を向けたまま、無言を貫いている。その黄色い双眸が、まるでいつでもピンデの中の悪魔を滅ぼすことが出来ると語っているような気がした。
悪魔は憤りを覚え、ピンデの体で思い切り歯を食いしばると、
「そんなことはありえねェ!」
弾丸に撃たれた右脚など気にも留めず、勢いよく立ち上がった。
そして、そのまま怨嗟の籠った瞳でクルムを射通し、
「だったら、俺も奥の手を見せてやる!」
ピンデは叫びながら、足元で渦を逆流させて、クルムへと近付いた。当然、ピンデの動きは速いが、クルムはすでに見切っている。
クルムは身を反らし、ピンデの攻撃を躱す。しかし、その躱された途端、ピンデは地に足を着け、勢いを殺すと、
「魔技・ウェルテクスランサー!」
鎧の一部を渦へと変え、そこから黒い槍を作った。
「あの槍、鎧を纏いながら使えたのか!?」
戦場の様子を見ながら、シンクは思わず叫んでいた。
しかも、問題はそれだけではない。鎧の一部を渦に変えて魔技の槍を形成したというのに、ピンデの鎧は形を崩していなかった。
だが、余程体力を消耗するのか、ピンデは全身で息をしていた。魔技の槍を出している時、魔技の鎧の能力である放出する力と吸収する力は失われる。つまり、普通の鎧が持つ、耐久力に応じた攻撃から身を守る鎧と化している。それと同時、鎧を維持するために力を分散させなければならないため、魔技の槍の威力も建物を破壊した最初の時と比べれば衰えてしまう。
しかし、手負いのクルムを撹乱させるには十分だと言えるだろう。
弱点を見破られてしまった今、ピンデにはなりふり構っている余裕はないのだ。
「……クルム」
リッカは無事を祈るようにクルムの名前を小さく呟いた。
「貫けェ!」
至近距離から、漆黒の槍がクルムに襲い掛かる。
「ッ」
攻撃を回避したばかりで隙を見せていたクルムは、銃身を使って何とか槍の軌道を逸らす。
「まだまだ止まらねェぞ!」
見れば、幾重もの槍がクルムに向かって襲い掛かっていた。ピンデはクルムが回避することを想定して、事前の策を練っていたのだ。
クルムはしっかりと槍の軌道を見据えると、雨のように降りかかる黒い槍の隙間を掻い潜って器用に躱していく。
そして、丁度クルムとピンデが一直線に並んだ位置を見出すと、その瞬間を逃さずに発砲した。しかし、その瞬間、クルムを襲っていた槍は霧散し、ピンデは全身に力を籠めていた。魔技の鎧の吸収する力に、集中した証拠だ。クルムの発した弾丸は、ピンデの鎧に触れると、そのまま吸収されてしまう。
ピンデは狂笑を浮かべると、
「もうお前は俺の弱点を突くことは出来まいッ!」
足元に渦を逆流させて、クルムとの距離を詰めた。クルムはピンデの攻撃を躱す。躱した瞬間、暇もなく漆黒に染まった槍がクルムを何度も襲う。その猛攻を避けたクルムが弾丸を撃とうとすれば、ピンデは魔技の鎧で弾丸を吸収する。そして、クルムが引き金を引いたタイミングを見計らって、再び渦を逆流させてクルムとの距離を詰める。
――この繰り返しだ。
怒りに身も心も委ねたピンデは、魔技の力を乱用していく。その上、ピンデは同じ轍は踏まないと言わんばかりに、冷静に魔技を切り分けていた。
傷だらけのクルムがここまで攻撃を躱し続けることが出来ているのは、並外れた集中力による業だろう。
しかし、いくらクルムと言えども、ずっと躱し続けることは不可能だ。
とうとうクルムは足をもつらせてしまい、体のバランスを失った。その隙を狙って、黒い渦の槍がクルムの右足を貫いた。
「――ッ!」
クルムの苦痛に満ちた声が響き渡る。魔技の乱用に体力を消耗していたピンデは、ようやくクルムの足を潰せたことに、肩を荒げながらも歯を見せる。
「ハァ、ハァ、どうだ! これでお前は動けまいッ! あとは思う存分いたぶらせてもらうぜェ!」
そして、渦を放出させて移動することはせず、これから無防備なクルムに残虐な行為をすることを楽しみとしながら、ピンデはじりじりと近付き始めた。
「――ふふっ」
誰かの笑い声が響き、ピンデは思わず足を止める。誰の声かと顔を左右に見渡すが、この場において一人しか思い当たる人物はいない。ピンデは正面に顔を向けた。
蹲るクルムは、ゆっくりと体を起こし始めた。右足を貫いても尚、その顔から微笑みが絶えることはない。先ほどの笑い声は、右足に攻撃を喰らったクルムから間違いなく発せられたものだった。
――まただ。
「何がおかしい……?」
優位に立っているはずのピンデは、クルムの意味深な行動に再び踊らさられてしまっている。ピンデの中に潜む悪魔は、何度目の前にいる人間に苛立たされて来ただろうか。最早、視界に入れることすらも遺憾だった。
「自身に起こった変化に気が付きませんか?」
クルムの言葉に、ピンデは自分の身体に目を向けた。そこで、ピンデは目を開く。
「――それが、三つ目の弱点です」
銃を構えながら走るクルムに、ピンデは悠然と立ち構えている。
ピンデの鎧に雨粒が触れる度、そのまま雨は呑み込まれて消えていく。魔技・ウェルテクスデューマの役割を、防御一つに絞り始めた所以だ。クルムの弾丸も、この鎧の前では呑み込まれて消えていく。
クルムに動かしながら弾丸を撃たせ続けることで体力を消耗させていくことが、ピンデの狙いだ。そして、クルムが動けなくなったところで、鎧の力でクルムを呑み込んでいく。
時間の掛かる作戦だが、ピンデにとってはこれが一番の安全牌だ。
「お前が言う通り、確かにウェルテクスデューマにも唯一の弱点があったことは認めてやる! だが、鎧の力を一つに絞れば、お前の攻撃が通ることは決してない!」
「――いつ僕が弱点は一つしかないと言いましたか?」
「な……ッ!?」
クルムの攻撃を待ち構えるだけだったピンデに、再び動揺が走る。ピンデの中の悪魔の精神が揺れることで、鎧の形が僅かにぶれた。
ピンデの中で、悪魔は必死に考えた。もしクルムの言うことが本当ならば、悪魔の作戦は無に帰してしまう。せっかく手に入れた人間の体から離れ、そのまま悪魔自身が滅ぼされることは避けたい展開だった。
しかし、冷静に考えてみれば、魔技の鎧にこれ以上の弱点は見つからない。魔技・ウェルテクスデューマは、触れるもの全てを呑み込む力を持っているのだ。
――この鎧に、そう何個も弱点があってたまるか。
クルムの言葉をハッタリだと確信したピンデは、
「ハッ、脅して動揺させようとしても無駄だ! 全てを呑み込む鎧の前に敵はない!」
鎧の形を更に禍々しく作り、クルムの攻撃を受け止めようとどっしりと身構えた。
「そうですね……。確かにその鎧に触れるものは、みな呑み込まれてしまうでしょう」
クルムは走りながら、事実を語る。痛む体に鞭を打って無理やり走っているような状態のため、クルムの表情はよく見えない。
「しかし、呑み込むためには、微量ながら時間が掛かる……違いますか?」
クルムは自身の推理を確信しているように語る。
無論、ウェルテクスデューマの能力は、普通の人間なら目につかない速さだ。人が瞬きをするよりも速く処理が終わり、気付かれることはないはずだった。
図星を突かれた悪魔は、一瞬心臓が跳ね上がるも、
「……ッ! 仮にお前の言葉が本当だとして――、鎧の処理能力よりもお前の連射速度は劣っている!」
「もし銃が一つしかなかったら、の話です」
クルムは懐に手を入れ、白い銃を左手に構えた。クルムは黄色と白色の銃口をそれぞれ向けると、ピンデに向けて弾丸を放った。
当然、同時に撃てば、両方とも魔技の鎧に弾丸が呑み込まれてしまう。
しかし、クルムは緻密に計算し、引き金を引いていた。
一発目が右脚の鎧に波紋を広げ、吸収されていく。そして、鎧の波紋が静まり、吸収する過程が終わろうとする刹那のタイミングで、二発目の弾丸がピンデの鎧をこじ開け、ピンデの右脚を貫いた。
「ぐぁぁッ!」
再びピンデの鈍い声が聞こえた。右脚を撃たれたピンデは、折れるようにその場で両膝を着いた。受け入れがたい現実を必死に受け止めようとしているのか、ピンデの両手は右脚を触れていた。
「――あれが、もう一つの弱点。まァ当然のことだが、吸収するのも時間が掛かるってこと」
クルムとピンデの攻防を見ていたガルフは、つまらなそうにペイリスに種明かしをした。
一般人が瞬きをする間にクルムの弾丸は吸収されてしまったが、逆に言えば瞬きするまでの一瞬ほどの隙が生じている。
吸収が終わる直前の隙を狙えば、後処理が終わっていないため、弾丸は吸収されずにピンデを穿つことが出来るのだ。
「へぇ、いつ気が付いたんだろぉ、クルム」
「一度、アーレントが連射で攻めた時があっただろ」
「あぁ、うん。あったねぇ」
「あいつ、意外と策士だからな。悪魔人にギリギリ気付かれない絶妙な連射で、吸収する時間を読んでいやがったんだ。そして、その時間を読み終わると、あえて気付かないフリをして万策尽きたと言わんばかりに銃を撃つ手を止めて、悪魔人を油断させた。だからといって、普通はあんな大見得切って攻撃はしねェだろうけどな」
ガルフは呆れるように小さく溜め息を吐くと一転、
「ぶっつけ本番で挑む度胸――、多少腕は訛っているようだが、まァ及第点ってところか」
僅かに声音に棘がなくなっていた。
「ふーん、つまり処理が追い付かない速さで攻撃をすればいいんだぁ」
「ほんッと、ペイリス様は簡単に言ってくれるなァ」
飄々と語るペイリスを、ガルフはジーっと見つめる。
こんな性格をしているが、ペイリスは終の夜の中でもトップクラスの実力者だ。終の夜が作られてから、今まで数多くの悪魔人を処理して来た。
ペイリスは何も考えないからこそ、直感的に動き、独特な攻撃をする。無論、考えなしのせいで、ただの攻撃を仕掛けることも多々ある。
「要するに、だ。アーレントは、奴の弱点に気付いた。そして、悪魔人も己の鎧に弱点があることに気が付いた。その上で、アーレントのやり方で悪魔人を救えるかどうか――、見物ってもんだ」
ガルフはクルムとピンデを見ながらそう呟いた。
「……ぐッ。こんな人間に、俺の魔技が敗れるだと……?」
弾丸に撃たれた右脚を触れながら、ピンデは震える声で言った。魔技・ウェルテクスデューマは、無敵だったはずだ。それが今、クルムの言う通りに弱点を突かれ、地に膝を着かされている状態に陥っている。
ピンデは恐る恐るクルムに向けて顔を上げた。
当然、クルムは二つの銃口を向けたまま、無言を貫いている。その黄色い双眸が、まるでいつでもピンデの中の悪魔を滅ぼすことが出来ると語っているような気がした。
悪魔は憤りを覚え、ピンデの体で思い切り歯を食いしばると、
「そんなことはありえねェ!」
弾丸に撃たれた右脚など気にも留めず、勢いよく立ち上がった。
そして、そのまま怨嗟の籠った瞳でクルムを射通し、
「だったら、俺も奥の手を見せてやる!」
ピンデは叫びながら、足元で渦を逆流させて、クルムへと近付いた。当然、ピンデの動きは速いが、クルムはすでに見切っている。
クルムは身を反らし、ピンデの攻撃を躱す。しかし、その躱された途端、ピンデは地に足を着け、勢いを殺すと、
「魔技・ウェルテクスランサー!」
鎧の一部を渦へと変え、そこから黒い槍を作った。
「あの槍、鎧を纏いながら使えたのか!?」
戦場の様子を見ながら、シンクは思わず叫んでいた。
しかも、問題はそれだけではない。鎧の一部を渦に変えて魔技の槍を形成したというのに、ピンデの鎧は形を崩していなかった。
だが、余程体力を消耗するのか、ピンデは全身で息をしていた。魔技の槍を出している時、魔技の鎧の能力である放出する力と吸収する力は失われる。つまり、普通の鎧が持つ、耐久力に応じた攻撃から身を守る鎧と化している。それと同時、鎧を維持するために力を分散させなければならないため、魔技の槍の威力も建物を破壊した最初の時と比べれば衰えてしまう。
しかし、手負いのクルムを撹乱させるには十分だと言えるだろう。
弱点を見破られてしまった今、ピンデにはなりふり構っている余裕はないのだ。
「……クルム」
リッカは無事を祈るようにクルムの名前を小さく呟いた。
「貫けェ!」
至近距離から、漆黒の槍がクルムに襲い掛かる。
「ッ」
攻撃を回避したばかりで隙を見せていたクルムは、銃身を使って何とか槍の軌道を逸らす。
「まだまだ止まらねェぞ!」
見れば、幾重もの槍がクルムに向かって襲い掛かっていた。ピンデはクルムが回避することを想定して、事前の策を練っていたのだ。
クルムはしっかりと槍の軌道を見据えると、雨のように降りかかる黒い槍の隙間を掻い潜って器用に躱していく。
そして、丁度クルムとピンデが一直線に並んだ位置を見出すと、その瞬間を逃さずに発砲した。しかし、その瞬間、クルムを襲っていた槍は霧散し、ピンデは全身に力を籠めていた。魔技の鎧の吸収する力に、集中した証拠だ。クルムの発した弾丸は、ピンデの鎧に触れると、そのまま吸収されてしまう。
ピンデは狂笑を浮かべると、
「もうお前は俺の弱点を突くことは出来まいッ!」
足元に渦を逆流させて、クルムとの距離を詰めた。クルムはピンデの攻撃を躱す。躱した瞬間、暇もなく漆黒に染まった槍がクルムを何度も襲う。その猛攻を避けたクルムが弾丸を撃とうとすれば、ピンデは魔技の鎧で弾丸を吸収する。そして、クルムが引き金を引いたタイミングを見計らって、再び渦を逆流させてクルムとの距離を詰める。
――この繰り返しだ。
怒りに身も心も委ねたピンデは、魔技の力を乱用していく。その上、ピンデは同じ轍は踏まないと言わんばかりに、冷静に魔技を切り分けていた。
傷だらけのクルムがここまで攻撃を躱し続けることが出来ているのは、並外れた集中力による業だろう。
しかし、いくらクルムと言えども、ずっと躱し続けることは不可能だ。
とうとうクルムは足をもつらせてしまい、体のバランスを失った。その隙を狙って、黒い渦の槍がクルムの右足を貫いた。
「――ッ!」
クルムの苦痛に満ちた声が響き渡る。魔技の乱用に体力を消耗していたピンデは、ようやくクルムの足を潰せたことに、肩を荒げながらも歯を見せる。
「ハァ、ハァ、どうだ! これでお前は動けまいッ! あとは思う存分いたぶらせてもらうぜェ!」
そして、渦を放出させて移動することはせず、これから無防備なクルムに残虐な行為をすることを楽しみとしながら、ピンデはじりじりと近付き始めた。
「――ふふっ」
誰かの笑い声が響き、ピンデは思わず足を止める。誰の声かと顔を左右に見渡すが、この場において一人しか思い当たる人物はいない。ピンデは正面に顔を向けた。
蹲るクルムは、ゆっくりと体を起こし始めた。右足を貫いても尚、その顔から微笑みが絶えることはない。先ほどの笑い声は、右足に攻撃を喰らったクルムから間違いなく発せられたものだった。
――まただ。
「何がおかしい……?」
優位に立っているはずのピンデは、クルムの意味深な行動に再び踊らさられてしまっている。ピンデの中に潜む悪魔は、何度目の前にいる人間に苛立たされて来ただろうか。最早、視界に入れることすらも遺憾だった。
「自身に起こった変化に気が付きませんか?」
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