英雄の弾丸

葉泉 大和

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4-18 ピンデの弱点

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 降りしきる雨の中、クルムとピンデは互いに睨み合ったまま動かなかった。

 クルムは意志の強い瞳で銃を向け、ピンデは動揺に呑まれ立ち尽くしている。ピンデの中の悪魔は相当動じているのか、魔技の鎧も若干形を崩していた。

「……お前、どうしてあの攻撃を喰らって立ち上がっていられるんだ……?」

 ピンデは自身を落ち着けるように小さく息を吐くと、クルムに問いかける。

「このマントには悪魔の攻撃を半減させる力があります」

 クルムはマントを見せびらかして律儀にも問いに応じた。

 クルムが羽織っているマントには、負の影響を抑えることが出来る力が備わっている。いわば、対悪魔においての防具の役割を担っている。しかし、悪魔の攻撃を半減させたからといって、そんなすぐに立ち上がれるほどの攻撃を、ピンデは仕掛けたつもりはなかった。

 クルムはふっと笑うと、見せびらかしていたマントを定位置に戻した。

「けど、このマントも使うことはないでしょうね。もう、あなたの弱点は分かりましたから」
「――っ、弱点だと……?」

 動揺のあまり受け流していたが、先ほども言っていた台詞だ。

 まさに今にも弱点を使って悪魔を射抜かんばかりに、クルムは銃口を向けている。

 脳内に浮かぶ言葉を否定するように、ピンデは頭を横に振った。

 クルムの言葉は虚言だ。ピンデの中の悪魔を動揺させるための強がりに過ぎない。
 実際、魔技の鎧の前で、一度もクルムの攻撃はピンデに通じていないのだから。

 けれど、その事実を無視するような強い意志が、クルムの立ち振る舞いから感じられる。まるで本当に弱点を――否、ピンデという人間の本質を見抜かれているような気がして腹が立つ。

 ピンデはその怒りを抱えたまま、ぐっと拳を握り締めると、

「俺に弱点などない!」

 ピンデの周りに黒い渦が発生、更に魔技の鎧の禍々しさも増した。

「俺は無敵だ! そこまで言うなら、証明してみろォォ!」

 ピンデは足元に渦を逆流させ、その勢いに乗って攻撃を仕掛ける。怒りの感情が上乗せされて、その速さは先ほどの比ではなかった。

 クルムは銃を構えて、引き金に指を掛けた。そのまま弾丸を放つ。誰もがそう思った次の瞬間、

「――」

 クルムは銃を下ろして、体を右に向けて走り始めた。

 当然、クルムの動きを見た者は茫然とした。あれだけ弱点があると言っておきながら、いざとなったら真っ向から立ち向かうのではなく、逃げ出してしまったのだ。

 クルムに向かって突撃をしていたピンデは、やはりクルムの台詞は妄言だったと確信する。

「ハッ、弱点があるとか言っていながら、逃げるのかァ?」

 悪魔の言い方は、人を煽るような言い方だ。だが、クルムは一度ピンデに目を向けただけで、立ち止まることも攻防に備えるようなこともしない。ひたすらに走るだけだ。

「逃げても無駄なんだよォォ!」

 そう言うと、ピンデは再び足元から渦を噴出させて、方向転換を図る。ピンデは華麗に体を捻り、無防備なクルムの背中に攻撃を仕掛けた。

「――ッ!?」

 しかし、ピンデがクルムに突撃した時、ピンデにとって予想外のことが起こっていた。

 先ほどまで確かに背を向けていたクルムが、ピンデに向けて足を切り返していたのだ。
 つまり、クルムとピンデは、互いに正面から向き合っている形になっている。

「――」

 クルムが何を狙っているのかは分からない。
 しかし、どちらに優位があるのかと言えば、ピンデの方にある。

 全ての攻撃を無に帰すことが可能な魔技の鎧を身に纏ったピンデに、クルムの弾丸は当たらない。そもそも、この状況ならば、クルムに引き金を引く隙を与えることなく、ピンデは攻撃をすることが出来る。クルムの狙いは、この場において何の意味もない。

 己の計算に満足し、ピンデは嘲笑を浮かべると、

「ハッ、わざわざ突っ込みに来るなんて頭でも狂ったか? それならお望み通りにしてやらァァアアァ!」

 更に足の渦の噴射を増し加え、速さが一段階上がった。

 その速さは、瞬きした次の瞬間には、二人の距離がなくなるほどだ。ピンデは今度こそクルムが起き上がらないことを頭に思い描き、拳を握り締める。

「――残念ながら、そうはいきません」

 この時の瞬間を待ちかねていたかのように、クルムはそう口にした。

「……何!?」

 特攻を仕掛けるピンデの体の僅かな隙間を掻い潜ってクルムは攻撃を回避――、そして狙いすましたように引き金を引いた。傍から見る者を魅了する、流れるような動きだ。

「グァッ!」

 クルムの弾丸を喰らったピンデの口から痛みの伴った鈍い声が漏れる。推進力となっていた渦は、弾丸を受けたことにより空に溶けるように消えていった。ピンデは上手く受け身を取ることが出来ず、地面を引きずるように転がっていく。

「当たった!」

 ピンデが地に着く姿を見て、シンクは歓喜の声を上げた。
 今まで防戦一方だったクルムが、ようやく攻撃を決めることが出来たのだ。これを喜ばないことがあろうか。

「……しかし、どうして?」
「クルムには冷静に状況を分析する力があるの。きっと注意深くピンデを見続けた結果、クルムはピンデの弱点に気付いたのよ。私達には分からない弱点に……っ!」

 オッドの問いに、リッカが答える。

 ピンデの弱点がどこにあるのか、リッカも詳しくは分からないままだ。けれど、クルムだけは弱点を分かっていて、そこを付く実力を持っている。これでピンデを救える可能性に一歩近づいたというものだ。

 やはりクルムは只者ではない。圧倒的に不利な状況でも、希望を見出してくる。リッカの頬は自然と緩んでいた。

「て、テメェ……」

 立ち上がったピンデは顔に血管を浮き上がらせていた。自慢の鎧を纏っているにも関わらず、傷を付けられたことが屈辱なのだろう。

 実際、鎧の左横腹部分に弾丸の痕が付いていた。しかし、その痕も、すぐに鎧の持つ特性によって弾丸の痕跡さえも無くなっていく。だからといって、ピンデの受けたダメージまでもがなくなるかと言えば、否だ。普通の人間とは比較的短い時間で癒えるが、瞬間的になくなるものではない。

 ピンデは左横腹を抑えながら、怒りに満ち満ちた瞳でクルムを見据える。
 ピンデにダメージを与えたクルムは、毅然とした振る舞いを崩さない。

「わぁ、本当にクルムの攻撃が通るようになったねぇ」

 クルムのカウンターを見ていたペイリスは、子供のようにはしゃぎながらガルフに声を掛ける。ガルフはペイリスの言葉に反応することなく、「――ハッ」と短く息を切った。

「ねぇねぇ、ガルフぅ。結局、あの悪魔人の弱点ってなんなのぉ?」
「お前な……」

 ピンデの弱点を突いたクルムの攻撃を見ても気が付かなかったペイリスに、ガルフは思い切り右手で頭を抱えた。困惑するような態度を取るガルフに対して何でそうしているのか分からないと、ペイリスは暗に首を傾げる。

 ガルフは更に頭を抱えた。

 そうだ、ペイリスは無邪気で純粋だから、人の思考や行動を深読みすることはしないのだ。
 そんな奴に察しろという方が難しい。ペイリスはガルフが答えるまで、どうせ「ねぇねぇ」としつこく迫るだけだ。ペイリスと長年付き合っているガルフには、先の展開が容易に想像出来てしまった。

「――お前だったら、あいつをどう処理する?」

 だから、ガルフはピンデの弱点について説明することを渋々選んだ。

「うーん……、鎧が砕けるまでぶん殴るぅ?」
「……おい、途中で考えるの放棄すんな」

 と無邪気な笑みを浮かべるペイリスに突っ込んだものの、ペイリスなら本気でやってしまいそうなところが恐ろしい。しかも、その回答もあながち間違いではないのだ。

 ガルフはあからさまに溜め息を吐くと、

「確かに、魔技で出来た鎧は厄介な部分はあるが、あの鎧にはパッと見だけで欠点が二つある」

 ペイリスにも伝わりやすいように、ガルフは二本の指を立てた。「えぇ、二つもぉ?」とペイリスは感嘆していたが、ガルフは取り合わない。

「まず一つは、渦のように吸収する力と、回転させて放出する力――その二つは同時に発動出来ないということだ」

 最初、足から渦を放出させて移動して来た時、ピンデは吸収する力を纏った右の手刀を繰り広げ、地面の一部に穴を空けた。その時は推進力を利用しただけだったから、吸収する力を攻撃として使うことが出来たのだ。

 しかし、その次に続いた二度の攻撃――、鎧の右肘部から渦を放出させてクルムを殴打した時、クルムは吸収されることはなかった。
 もし放出の威力を伴った拳と共に吸収する力を使っていたならば、クルムの部は悪くなっていた。下手したら、クルムの存在そのものが渦に呑み込まれていた可能性だってある。

 それにも関わらず、ピンデが自身の手で攻撃をすることだけに拘ったのは、二つの力を同時に使うことが出来なかったからだ。

 たった一度だけの出来事であったならば、ピンデの中に潜む悪魔の残虐性によるものと推測したかもしれない。しかし、二度も同じ方法を取れば、流石にどちらか一つしか選べないと予測することは簡単だ。

 二つの特性が共存出来ないことを悟らせないために、ピンデは上手く振舞おうとしていた。

「だから、アーレントはわざと悪魔人を油断させて、鎧の力を放出させる攻撃手段に集中させた。そうすれば、あとは上手く攻撃を躱したと同時に、その隙をついてやればいい」

 クルムの弾丸がピンデの鎧を貫いた時、ピンデは魔技の鎧の力を足元で放出させることに利用していた。だから、ピンデは弾丸を吸収することが出来ず、ダメージを受けてしまったのだ。

 ――と、ガルフは淡々と説明したものの、実際はそう簡単にいくものではない。並外れた反射神経と度胸がなければ、やろうとは思わない。

 それにも関わらず、ピンデに反撃を喰らわせることが出来たということは、どうやら終の夜を抜けてからもクルムの実力はそこまで落ちぶれてはいないという証明になる。

 ガルフは一度だけ歯を光らせると、二本目の指を立て、

「もう一つは――」
「――俺の鎧は破れんッ!」

 ガルフの声は、ピンデの叫びによって遮られた。

 見れば、ピンデはその場に踏ん張っており、鎧の力を吸収する力――つまり防御に徹する算段に変えたようだ。

「ちっ、往生際の悪い奴だな」

 せっかく人が面倒くさい気持ちを抑えてペイリスに説明をしていたのに、興が冷めてしまうではないか。ガルフはそう思いながら、舌打ちを奏でた。

「ねぇねぇ、もう一つの弱点って何なのぉ?」

 それに、中途半端に言葉を区切ってしまったから、まるでお菓子をお預けにされた子供のようにペイリスが執拗に問いかけて来る。こうならないために一度に説明しておきたかったというのに、とガルフはもう一度小さく舌を鳴らした。

 説明する気を失くしたガルフはどうしたものかとぼんやりと戦場を眺めていたが、クルムとピンデの間に動きが起こった。

 クルムが黄色の銃を構えてピンデに接近を図っていた。

 ――あぁ、アーレントはもう全て分かってる。

 ガルフはこれ幸いとばかりに口角を上げると、

「もう一つの弱点は――、これからアーレントが証明してくれるだろうぜ」

 そう言って、ペイリスの注意を戦場に向けるように促した。
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