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5-21 悪魔の商人
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「――ノスチェス・ラーバス?」
目の前の悪魔人――ノスチェス・ラーバスの口から、その名が紡がれた時、リッカにはどこか聞き覚えがあった。
リッカはノスチェスに警戒しつつも、どこでその名前を聞いたのかと頭を働かせた。
確か、そう遠くない出来事の話だ。クルムと出会う直前か、もしくは出会った直後か。
――けれど、唯一我々が知れたものがあります。ノスチェス・ラーバス。
「――ぁ」
リッカの脳裏に、ふと老練な声が響き渡ると、目の前の悪魔人の名前と記憶の中の名称が一致した。
老練とした声の持ち主は、クルムと初めて出会ったオリエンスにいたクレイ・ストルフだった。リッカはクレイとのやり取りを必死に手繰り寄せる。
――人名か、地名か、それとも別の意味があるのか分かりませんが、カペルの仲間である彼がこの一言を呟くと倒れました。……これが、我々が手にした唯一の情報です。
以上が、クレイから聞いたノスチェス・ラーバスに関する情報だ。つまり、呼称しか情報を得ることが出来ていなかったのだ。
しかし、悪魔人になってしまったカペル・リューグやその仲間達が、ノスチェス・ラーバスという存在に影響を受けて、悪事を行なっていたのは明らかだった。ただし、原因が分かっていても、その正体の足取りさえも掴めなかった世界政府は深追いすることは出来なかった。
クレイの口からその単語を聞いて以来、リッカはその名を耳にすることはなかったから、頭の片隅の方に追いやられてしまっていた。今まで思い出すことさえもなかった。
けれど、今、目の前にその名を持つ人間がいる。
「あなたが、ノスチェス・ラーバス……!」
「おや、私のことを既にご存知でしたか」
リッカの口から洩れ出た言葉に、ノスチェスは大して興味もなさそうに声を上げる。その声音から、ノスチェスが自分の行動の意味をしっかりと把握していることが分かった。
リッカは怒りに歯を食いしばると、
「やっぱりあなたが人々に悪魔を押し付けているのね……っ!」
「ふむ、押し付けるというのは語弊がありますが、概ね正解と申しておきましょう。悪魔人の力を持つ者に更なる力を与える――、それが私の仕事ですから」
「赦せない」
まるで人のことを道具にしか思ってもいないノスチェスに、リッカは憤りを感じたが、その反面で冷静に今やるべきことを弁えていた。
リッカはエインセルを操作し、ノスチェスがどれほど悪魔の影響を受けているのか確かめようとした。悪魔人であるのだから、パルマ特製の機能で数値を確かめられるはずだ。
しかし――、
「……っ、エインセルが反応しない?」
ノスチェスの姿をエインセルで捉えても、画面は変わらないままで、ノスチェスからは悪魔の反応は出て来なかった。
エインセルの画面を切り替えても、自身の位置を示す黒点と悪魔人の証明でもある赤点が一つずつあるというのに、何故だ。
この不可思議な現象に、リッカはパルマに説明を求めるように顔を向けた。悪魔探知機能の全てを、リッカはまだ把握していない。
パルマは顎に手を当てて、
「考えられる理由は、一つ。目の前にいるノスチェス・ラーバスが、ボクの作った基準を超えているということだ」
そうリッカに向けて説明をした。やはりノスチェスは、今まで出会った悪魔人よりも格上の存在なようだ。最初に抱いた嫌な直感が正しかったことを、リッカは悟る。
だが、パルマの説明を横聞きしていたノスチェスは、「ふふっ……」と小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。
当然、ノスチェスの態度はパルマの気に障ることになる。
「何かおかしいところでもあったのかい?」
「いえ。かの有名なパルマ・ティーフォの基準を超えていると言われたことが嬉しくて、つい」
「……ふーん、まぁ今は言葉通りに受け取っておくよ」
パルマはこれ以上追及することを止めた。余計な事を言って、ノスチェスの神経を逆撫でしたくなかったからだ。
ノスチェスは含みのある笑みを浮かべ続けながら、期待外れとでも言いたそうに肩を竦めると、
「ですが、パルマ・ティーフォの賛辞も私には過ぎた言葉ですよ」
「どういう意味?」
ノスチェスの言葉に敏感に反応したのはリッカだった。
「先ほども口にしましたが、私とあなたには天と地ほどの実力の差があります。本来、私は戦うことを性分としていないのです」
ノスチェスは律儀に答えた。
つまり、先ほどの言葉の真意は、ノスチェスよりもリッカの方が実力が上だという意味だったのだ。
ただ、ノスチェスの言葉を単純に受け入れることが出来るかと言えば、否だ。
ノスチェスの言葉とは裏腹に、今まで対峙した悪魔人よりも、ノスチェスの放つ雰囲気は異なっていた。身も心も凍るような視線が、リッカの足を滞らせている。この人物は危険だと、全神経が語っていた。
「私の役目は、悪魔と人を結ぶ、いわば仲介者。戦うなどという野蛮な真似、私は好んでおりません。だから、もう一度無理を承知で言います。どうか、私の目的のため、ここは退けて頂けませんか?」
まるでリッカの警戒を解くように、ノスチェスは何も持っていない手を、体の前で大きく腕ごと広げながら、そう言った。
確かにノスチェスの仕草を見ると、無抵抗そのもので、戦いには向いていないように思えた。実際、ノスチェスがパルマに襲い掛かった時も、リッカは止めることが出来た。言葉通り、ノスチェスは戦うには適していないのだろう。
しかし、だからといって、リッカが退く道理にはならない。いや、だからこそ、退く訳にはいかない。
リッカは臨戦態勢を整えるように、鞭を握り締めると、
「あなたがどういう状況だろうと関係ない。私も、もう一度言うわ。救うべき人がいるのに、悪魔人が相手だからといって逃げるほど、落ちぶれてはいない! あなたの素性を知ったら、尚更ね!」
迷いなくそう言った。
提案に応じなかったリッカに、ノスチェスは肩を落としたが、大して落胆している様子はなかった。むしろ、元よりこうなることを予想しているようだった。
「やはりそうですよね。あなたの意志が変わらないことは、想定内です」
ノスチェスの目が、真っ直ぐにリッカを捉えた。身も凍らせるようなノスチェスの冷たい視線は、まるで実験台でも見つめているかのように感情が伴っていなかった。
「さて、あなたには退く意志はない。そして、私には戦う術はないが、仕事を投げるつもりもない。――だから、こういたしましょう」
勿体ぶるようにノスチェスが言葉を区切ると、不穏な風が漂い、ざわざわと森が騒ぎ始めた。
何か不吉なものが来る――、そうリッカの胸中に予感が過る。
そして、その予感は的中する。
「ベルディ!」
ノスチェスが叫ぶと同時、まるで待ち構えていたかのように、森の一部が爆ぜた。ノスチェスの背後が爆煙に包まれてしまい、いったい何が起こったのかは分からなかった。
「な、なに?」
リッカとシンク、そしてパルマは、突然起こった爆発に驚きを隠すことが出来なかった。
まるで三人の反応を楽しむように、ノスチェスは不敵な笑みを浮かべている。
そして、煙の中から人型の影が浮かび上がり、
「よォォォやく俺様の出番かァッ! 爆破したくてウゥズウズしてたんだよォォ!」
怒号を上げながら、待ってましたと言わんばかりにその姿を見せた。
突如現れた男は、屈強な体を持ち、狂った目を浮かべていた。自分の欲のままに生き、そのためなら周りがどうなろうが構わない性格だとすぐに察することが出来た。ノスチェスよりも理性が欠けている分、話の通じない危険な人間だということが分かる。
「彼の名前は、ベルディ・パイロン。戦えない私に代わって、あなたの相手になる悪魔人ですよ」
獣の如く吼えるベルディに反して、ノスチェスは冷笑を漏らしながら淡々と説明を加えていく。
ベルディが乱入して来たことで、否が応でもノスチェスの思惑通りに事が進む。
狂気に満ちて悪魔の能力も使える人間を、リッカはこれから相手にしなくてはならない。
「なァ! もうやっちまっていいのか、ノスチェス!」
「あなたにしては随分と我慢した方ではありませんか。三日間溜めていた分、思う存分爆発させて構いませんよ」
「うォォォ!」
「……三日間?」
血気にたぎるベルディを前にして、リッカの脳裏に一つのやり取りが不意によぎった。
――最近の話っすが、隣町のハルバックで事件が発生したっす。
デムテン支部に訪れた際に、ジュディ・ガミーヌから聞いた話だ。その話がリッカの第六感を刺激するということは、リッカを一つの推測へと導いた。
「まさか三日前にハルバックで爆破事件を起こした犯人って……」
「そう、この俺様の仕業よ!」
リッカが小さく漏らした言葉を敏感に聞き入れたベルディは、まるで自分の行為を褒められた子供のように喜々と笑った。しかし、楽しそうに笑うその目も口元も、ハッキリと歪んでいる。
「鬱憤が溜まっていたところで、ちょうどその元凶の建物を目にしたからよ、ボンッと爆発させてやったのさ! そこに誰もいなかったのはつまらなかったが、俺様を捨てた職場を破壊することは楽しかったぜェ! 新たな俺様に出会えた気がした!」
ベルディは、一週間ほど前に長年勤めていた仕事を解雇された。自身の不誠実な勤務態度が原因だったのだが、ベルディは納得出来ず、解雇を取り下げるように怒りをぶちまけた。しかし、当然ながら、ベルディの態度は逆効果で、職場からは話をする猶予さえも与えられずに追い出された。
あまりの不当な扱いに、ベルディは三日三晩怒りに苛まれることになった。眠ることすらままならかったベルディは、気分転換にハルバックを歩いた。その時、自身を不幸に陥れた根源を目にしたベルディは、何も考えることなく爆発させた。
目の前で建物が崩壊していく様は、そして職場で働く人々が絶望する顔を想像することは、かつてない快感をベルディに与えた。ベルディは誰にも気付かれないように、廃屋と化した職場を離れ、自宅へと戻ることもなく、闇を彷徨い歩くようになった。
この出来事が、ハルバック支部から隣町であるデムテン支部にも情報共有されている。
「……三日の間何をしていたの?」
自分の悪行を偉業のように語るベルディに、リッカは嫌悪感を隠せなかった。
結局のところ、ベルディがやったことは最悪の形で成された八つ当たりに過ぎない。
自分の行為が認められたと勘違いしたベルディは、喜々とした表情を浮かべ、
「いい質問だ、女ァ! 俺様はその建物を爆破させた後、次はどんな破壊行為を楽しもうか、頭の中で考えまくった。けど、俺様は同じことをしたくない人間でな。残念ながら、丸二日も考えたが、新しい破壊行為の方法が思いつかなかった。仕方なく、またお手製の爆弾でも使って、ハルバックを壊そうかと思った時――、俺様はこいつと出会ったのさ!」
力強くノスチェスのことを指差した。指を差されたノスチェスは、満更でもないような顔を浮かべている。
「こいつによれば、俺様の中には悪魔がいて、未知なる力を使えると言うじゃねェか。最ッ高にぞくぞくしたね! だから、俺様はこの優男に手を貸すことを選んだ! そして、それと引き換えに最大限に悪魔の力を使える方法を教えてもらうことにしたのさ!」
そう言うと、ベルディは全身に力を溜め始めた。ベルディを中心にして嫌な空気が流れ始める。そして、遠く離れた一本の木に向けて手を伸ばすと、
「――カァッ!」
狙い定めた木を掴むように拳を握り締めた。その瞬間、木は圧縮されるように小さくなった。
「まだまだァッ! これが俺様の魔技だァ!」
そして、勢いよく手を開くと、木は誇張し爆ぜた。木っ端微塵とは、まさにこのことを言うのだろう。
木を爆破させたベルディは、禍々しく歯を見せながら、リッカに向き直った。
「どうだ! たった一日、力をコントロールする術を学んだだけでコレだ! たまらねェ! 最高だ!」
「私は、彼から悪の波長を見出したので、少し手を差し伸べただけです。ここまで来たのは、ベルディの素質があってこそですよ」
冷笑を浮かべながら、ノスチェスが助け舟を出す。その裏で何を企んでいるのか分からない。
「……」
魔技を使ったベルディに向けて、リッカは冷静にエインセルをかざした。すると、先ほどのノスチェスをかざした時とは異なり、今度はベルディの中から悪魔の反応が現れる。パルマからの説明もなく初見であったリッカでも、直感的に悪魔の反応の見方が分かった。
今エインセルの画面には、悪魔人ベルディ・パイロンが映っている。ベルディの頭に拳一つ分ほどの円が描かれ、その円は禍々しい雰囲気を放っていた。
この円の大きさと放たれている雰囲気によって、エインセルで捉えた人物がどれほど影響を受けているのか知ることが出来る仕様になっているのだろう。
円が大きいほど、雰囲気が禍々しいほど、相乗的に悪魔の影響を受けている証となる。
エインセルの反応から、ベルディが受ける悪魔の影響がまだ少ないことが窺えた。反応を示さなかったノスチェスよりは、少なくともマシなことは確かだ。
しかし、だからといって、油断は出来ない。初めて悪魔人を可視化したリッカは、エインセルが読み取った情報と悪魔人の実力についての因果関係を知らないでいる。
円が小さくても、相手が戦いに長けている可能性だってあるのだ。
「あなたが悪魔の力を使おうと――」
けれど、分からないことが止まる理由にはならない。
「これ以上好きにはさせないわ! 私がここであなたを止める!」
「俺様の邪魔をするなら、まずはお前から木っ端微塵にしてやるよ!」
対悪魔人の鞭を手にして、リッカはベルディに向かって先手を仕掛けに行った。
こうして、リッカ単独による、初の悪魔人との戦いが幕を開けた。
「――ノスチェス・ラーバス?」
目の前の悪魔人――ノスチェス・ラーバスの口から、その名が紡がれた時、リッカにはどこか聞き覚えがあった。
リッカはノスチェスに警戒しつつも、どこでその名前を聞いたのかと頭を働かせた。
確か、そう遠くない出来事の話だ。クルムと出会う直前か、もしくは出会った直後か。
――けれど、唯一我々が知れたものがあります。ノスチェス・ラーバス。
「――ぁ」
リッカの脳裏に、ふと老練な声が響き渡ると、目の前の悪魔人の名前と記憶の中の名称が一致した。
老練とした声の持ち主は、クルムと初めて出会ったオリエンスにいたクレイ・ストルフだった。リッカはクレイとのやり取りを必死に手繰り寄せる。
――人名か、地名か、それとも別の意味があるのか分かりませんが、カペルの仲間である彼がこの一言を呟くと倒れました。……これが、我々が手にした唯一の情報です。
以上が、クレイから聞いたノスチェス・ラーバスに関する情報だ。つまり、呼称しか情報を得ることが出来ていなかったのだ。
しかし、悪魔人になってしまったカペル・リューグやその仲間達が、ノスチェス・ラーバスという存在に影響を受けて、悪事を行なっていたのは明らかだった。ただし、原因が分かっていても、その正体の足取りさえも掴めなかった世界政府は深追いすることは出来なかった。
クレイの口からその単語を聞いて以来、リッカはその名を耳にすることはなかったから、頭の片隅の方に追いやられてしまっていた。今まで思い出すことさえもなかった。
けれど、今、目の前にその名を持つ人間がいる。
「あなたが、ノスチェス・ラーバス……!」
「おや、私のことを既にご存知でしたか」
リッカの口から洩れ出た言葉に、ノスチェスは大して興味もなさそうに声を上げる。その声音から、ノスチェスが自分の行動の意味をしっかりと把握していることが分かった。
リッカは怒りに歯を食いしばると、
「やっぱりあなたが人々に悪魔を押し付けているのね……っ!」
「ふむ、押し付けるというのは語弊がありますが、概ね正解と申しておきましょう。悪魔人の力を持つ者に更なる力を与える――、それが私の仕事ですから」
「赦せない」
まるで人のことを道具にしか思ってもいないノスチェスに、リッカは憤りを感じたが、その反面で冷静に今やるべきことを弁えていた。
リッカはエインセルを操作し、ノスチェスがどれほど悪魔の影響を受けているのか確かめようとした。悪魔人であるのだから、パルマ特製の機能で数値を確かめられるはずだ。
しかし――、
「……っ、エインセルが反応しない?」
ノスチェスの姿をエインセルで捉えても、画面は変わらないままで、ノスチェスからは悪魔の反応は出て来なかった。
エインセルの画面を切り替えても、自身の位置を示す黒点と悪魔人の証明でもある赤点が一つずつあるというのに、何故だ。
この不可思議な現象に、リッカはパルマに説明を求めるように顔を向けた。悪魔探知機能の全てを、リッカはまだ把握していない。
パルマは顎に手を当てて、
「考えられる理由は、一つ。目の前にいるノスチェス・ラーバスが、ボクの作った基準を超えているということだ」
そうリッカに向けて説明をした。やはりノスチェスは、今まで出会った悪魔人よりも格上の存在なようだ。最初に抱いた嫌な直感が正しかったことを、リッカは悟る。
だが、パルマの説明を横聞きしていたノスチェスは、「ふふっ……」と小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。
当然、ノスチェスの態度はパルマの気に障ることになる。
「何かおかしいところでもあったのかい?」
「いえ。かの有名なパルマ・ティーフォの基準を超えていると言われたことが嬉しくて、つい」
「……ふーん、まぁ今は言葉通りに受け取っておくよ」
パルマはこれ以上追及することを止めた。余計な事を言って、ノスチェスの神経を逆撫でしたくなかったからだ。
ノスチェスは含みのある笑みを浮かべ続けながら、期待外れとでも言いたそうに肩を竦めると、
「ですが、パルマ・ティーフォの賛辞も私には過ぎた言葉ですよ」
「どういう意味?」
ノスチェスの言葉に敏感に反応したのはリッカだった。
「先ほども口にしましたが、私とあなたには天と地ほどの実力の差があります。本来、私は戦うことを性分としていないのです」
ノスチェスは律儀に答えた。
つまり、先ほどの言葉の真意は、ノスチェスよりもリッカの方が実力が上だという意味だったのだ。
ただ、ノスチェスの言葉を単純に受け入れることが出来るかと言えば、否だ。
ノスチェスの言葉とは裏腹に、今まで対峙した悪魔人よりも、ノスチェスの放つ雰囲気は異なっていた。身も心も凍るような視線が、リッカの足を滞らせている。この人物は危険だと、全神経が語っていた。
「私の役目は、悪魔と人を結ぶ、いわば仲介者。戦うなどという野蛮な真似、私は好んでおりません。だから、もう一度無理を承知で言います。どうか、私の目的のため、ここは退けて頂けませんか?」
まるでリッカの警戒を解くように、ノスチェスは何も持っていない手を、体の前で大きく腕ごと広げながら、そう言った。
確かにノスチェスの仕草を見ると、無抵抗そのもので、戦いには向いていないように思えた。実際、ノスチェスがパルマに襲い掛かった時も、リッカは止めることが出来た。言葉通り、ノスチェスは戦うには適していないのだろう。
しかし、だからといって、リッカが退く道理にはならない。いや、だからこそ、退く訳にはいかない。
リッカは臨戦態勢を整えるように、鞭を握り締めると、
「あなたがどういう状況だろうと関係ない。私も、もう一度言うわ。救うべき人がいるのに、悪魔人が相手だからといって逃げるほど、落ちぶれてはいない! あなたの素性を知ったら、尚更ね!」
迷いなくそう言った。
提案に応じなかったリッカに、ノスチェスは肩を落としたが、大して落胆している様子はなかった。むしろ、元よりこうなることを予想しているようだった。
「やはりそうですよね。あなたの意志が変わらないことは、想定内です」
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「さて、あなたには退く意志はない。そして、私には戦う術はないが、仕事を投げるつもりもない。――だから、こういたしましょう」
勿体ぶるようにノスチェスが言葉を区切ると、不穏な風が漂い、ざわざわと森が騒ぎ始めた。
何か不吉なものが来る――、そうリッカの胸中に予感が過る。
そして、その予感は的中する。
「ベルディ!」
ノスチェスが叫ぶと同時、まるで待ち構えていたかのように、森の一部が爆ぜた。ノスチェスの背後が爆煙に包まれてしまい、いったい何が起こったのかは分からなかった。
「な、なに?」
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「彼の名前は、ベルディ・パイロン。戦えない私に代わって、あなたの相手になる悪魔人ですよ」
獣の如く吼えるベルディに反して、ノスチェスは冷笑を漏らしながら淡々と説明を加えていく。
ベルディが乱入して来たことで、否が応でもノスチェスの思惑通りに事が進む。
狂気に満ちて悪魔の能力も使える人間を、リッカはこれから相手にしなくてはならない。
「なァ! もうやっちまっていいのか、ノスチェス!」
「あなたにしては随分と我慢した方ではありませんか。三日間溜めていた分、思う存分爆発させて構いませんよ」
「うォォォ!」
「……三日間?」
血気にたぎるベルディを前にして、リッカの脳裏に一つのやり取りが不意によぎった。
――最近の話っすが、隣町のハルバックで事件が発生したっす。
デムテン支部に訪れた際に、ジュディ・ガミーヌから聞いた話だ。その話がリッカの第六感を刺激するということは、リッカを一つの推測へと導いた。
「まさか三日前にハルバックで爆破事件を起こした犯人って……」
「そう、この俺様の仕業よ!」
リッカが小さく漏らした言葉を敏感に聞き入れたベルディは、まるで自分の行為を褒められた子供のように喜々と笑った。しかし、楽しそうに笑うその目も口元も、ハッキリと歪んでいる。
「鬱憤が溜まっていたところで、ちょうどその元凶の建物を目にしたからよ、ボンッと爆発させてやったのさ! そこに誰もいなかったのはつまらなかったが、俺様を捨てた職場を破壊することは楽しかったぜェ! 新たな俺様に出会えた気がした!」
ベルディは、一週間ほど前に長年勤めていた仕事を解雇された。自身の不誠実な勤務態度が原因だったのだが、ベルディは納得出来ず、解雇を取り下げるように怒りをぶちまけた。しかし、当然ながら、ベルディの態度は逆効果で、職場からは話をする猶予さえも与えられずに追い出された。
あまりの不当な扱いに、ベルディは三日三晩怒りに苛まれることになった。眠ることすらままならかったベルディは、気分転換にハルバックを歩いた。その時、自身を不幸に陥れた根源を目にしたベルディは、何も考えることなく爆発させた。
目の前で建物が崩壊していく様は、そして職場で働く人々が絶望する顔を想像することは、かつてない快感をベルディに与えた。ベルディは誰にも気付かれないように、廃屋と化した職場を離れ、自宅へと戻ることもなく、闇を彷徨い歩くようになった。
この出来事が、ハルバック支部から隣町であるデムテン支部にも情報共有されている。
「……三日の間何をしていたの?」
自分の悪行を偉業のように語るベルディに、リッカは嫌悪感を隠せなかった。
結局のところ、ベルディがやったことは最悪の形で成された八つ当たりに過ぎない。
自分の行為が認められたと勘違いしたベルディは、喜々とした表情を浮かべ、
「いい質問だ、女ァ! 俺様はその建物を爆破させた後、次はどんな破壊行為を楽しもうか、頭の中で考えまくった。けど、俺様は同じことをしたくない人間でな。残念ながら、丸二日も考えたが、新しい破壊行為の方法が思いつかなかった。仕方なく、またお手製の爆弾でも使って、ハルバックを壊そうかと思った時――、俺様はこいつと出会ったのさ!」
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「――カァッ!」
狙い定めた木を掴むように拳を握り締めた。その瞬間、木は圧縮されるように小さくなった。
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そして、勢いよく手を開くと、木は誇張し爆ぜた。木っ端微塵とは、まさにこのことを言うのだろう。
木を爆破させたベルディは、禍々しく歯を見せながら、リッカに向き直った。
「どうだ! たった一日、力をコントロールする術を学んだだけでコレだ! たまらねェ! 最高だ!」
「私は、彼から悪の波長を見出したので、少し手を差し伸べただけです。ここまで来たのは、ベルディの素質があってこそですよ」
冷笑を浮かべながら、ノスチェスが助け舟を出す。その裏で何を企んでいるのか分からない。
「……」
魔技を使ったベルディに向けて、リッカは冷静にエインセルをかざした。すると、先ほどのノスチェスをかざした時とは異なり、今度はベルディの中から悪魔の反応が現れる。パルマからの説明もなく初見であったリッカでも、直感的に悪魔の反応の見方が分かった。
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しかし、だからといって、油断は出来ない。初めて悪魔人を可視化したリッカは、エインセルが読み取った情報と悪魔人の実力についての因果関係を知らないでいる。
円が小さくても、相手が戦いに長けている可能性だってあるのだ。
「あなたが悪魔の力を使おうと――」
けれど、分からないことが止まる理由にはならない。
「これ以上好きにはさせないわ! 私がここであなたを止める!」
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