わたしの時空航海日誌 ~異世界への漂流記~

三田川慶人

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20. 技術の跡

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 マキナが自ら喧伝した知識の豊富さは、決して誇張ではなかった。僕がマキナを手に持って、カナメの店に置いてある古いガラクタたちに近づけてみると、数秒もたたないうちに解析を終え、それについて淡々と解説してくれる。

「……これは、旧式の掃除機の一部でしょう。掃除機というのは主に部屋の清掃の時に使われる家電であり、内部モーターの力を使って周辺のごみを回収するように設計されています……」

「……これは、三次元ビジュアライザーです。完全に壊れていますが。放送局から発信された三次元データを受信して立体的なホログラフィックを表示するための……」

「……これは、家庭用核シェルターの一部です。外殻に鉛の薄膜と特殊なプラスチックを通してあり、爆発の衝撃に加えてアルファ線やベータ線、中性子線の吸収も理論的には可能です。ただ、家庭用の安物なので全世界規模の核戦争に耐えられるかは検証されていません。事実……」

 と、こんな調子で小さな箱はペラペラと喋る。カナメはといえば、目をキラキラさせながら箱の解説に聞き入り、時折何かを手持ちの手帳の中に書き込んでいる。「工作店」などという奇妙な店を営んでいる人間なのだから別段不思議なことではないのだろうが、彼女の未知への関心、未踏への興味は並々ならぬものがあるらしい。

 僕はマキナの声を聞きていたが、僕の関心はガラクタたちの正体とは全く別のところにあった。それは、このリーベリという場所、もっと言えばこの世界の文化についてのことだった。

 僕が借りている部屋にはきれいな水が通っているし、電気も通っているし、キッチン用にガスも通っている。リーベリの大通りを夜間に歩いてみれば、道に面した家の窓からは橙色の照明が漏れ出ている。街灯も明るい。一端の街の風景だ。けれどもこの街には自動車の姿はない。走っているのを見かけないのではなく、ただの一台もその姿を視認できなかった。また、どうやら携帯電話の類や、インターネットのような設備は存在していないようだった。人々の生活環境は整備が行き届いている代わりに、何か機械とか電子機器とか、何と呼べばいいのか……高等な文化が欠如しているように思われた。別に電気で動く機械が恋しいというわけではない。ないのだが、生活環境の快適さ――僕が生きていた時代との違和感のない連続性を鑑みると、なんとなくこの機械類の欠乏は心に引っかかるものがあるのだった。

 そしてこの引っ掛かりは、マキナのガラクタに関する解説とそれを聞くカナメの態度を聞いているうちにいよいよ深刻になった。マキナの解説は、僕にとっても馴染みのあるものと、聞いたこともないものとが混在していた――僕は「掃除機」は当然知っていたし、「炊飯器の窯」を知っているし、「軽自動車のエンジンの一部」と聞いてピンと来たし、「核シェルター」という言葉を聞いたことがあった。しかしながら、「三次元ビジュアライザー」という単語は初めて聞いたし、「簡易脳波計」や「軽質量転送機の一部」と聞いても何のことやらわからない。ついでに言えば、喋る箱・人工会話器MKN16型なんて完全に理解の範疇から外れている――要するに、カナメや依頼者が掘り出してきた過去の遺物には、僕にとって既知のものと未知のものがごっちゃになっているのだ。

 未知のものが存在することは、驚くべきことではない。何と言っても、この世界は僕にとっての未来の世界であるはずなのだから。しかしながら、僕がマキナの解説を聞いただけでなんとなく想像がつく幾つかの遺物も、カナメにとっては全くの新しい発見であるらしかった。彼女は掃除機という概念を知らなかったし、炊飯器がどういうものか知らなかったし、軽自動車なんて見たこともないらしかった。僕は本当に知らないのかと念を押して聞いたが、彼女はただ首を横に振るばかりだった。それから僕は、カナメの店がある路地には様々な店が隣接しており、その中には電子機器の類を鬻いでいる店もあったはずだが、と追加で尋ねた。カナメのいうことには、彼らはカナメや彼女と同じような仕事をしている人間から仕入れて店で販売しているだけで、その詳細については殆ど理解していない、彼らが看板に掲げている商品名も、発見者が適当に付けた名前を採用しているに過ぎないのだという。

 さて、マキナとカナメの会話、発掘された遺物の正体、街の風景などを総括して考えてみると、リーベリという場所についての奇妙さが鮮明に浮かび上がってくる――この世界には、僕の暮らしていた時代に栄えていたような機械文明が未来の生活の中から消滅している。しかし土の中には、僕の見知った機械たち、あるいは僕の知るよりもずっと先を行くような技術も、遺物として残されている。これはどういうことだろう? 最も単純な解釈を加えるのであれば、僕の知っている科学文明はある瞬間をもって一度リセットされたのだろう。(奇妙なことに)先の科学文明は人々の記憶から完全に抹消され、一部の生活基盤にかかわる技術を除いて、人々の生活は一昔前の古風なものへと逆行していったということだろうか。

 そのように考えてみると、今僕らを照らしている照明の電気や、冷たい水が出る水道やなどは、一体だれが管理しているのだろうという疑問が湧いてきた。僕の疑問に対し、カナメは何処となく躊躇いがちにに答えた。

「この街のインフラは、中央の人々が管理していると聞いているわ。もっとも、その詳細については知らないのだけれども……」

 また「中央」か! 中央、中央、中央……。なんとなく、僕の全ての疑問を解消させる真実が、そして僕の現状を好転させる全ての鍵が、その中央という場所に集約されているような気がした。僕の心の奥底で、その中央という場所への疑念と憧憬がいよいよ風船のように膨らんでいくのだった。
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