わたしの時空航海日誌 ~異世界への漂流記~

三田川慶人

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21. 煉瓦の街

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 僕がこの店を訪れる以前に、カナメによって発掘され蓄積された古代のガラクタたちの数は尋常ではないものがあった。店の中に並べられた比較的状態の良い遺物たちは氷山の一角にすぎず、店の奥にはまだまだ未解析の遺物が残されていた。比較的状態の良いものの解析が終わったところで、既に一週間以上もの時間が経過していた。そして店の中のガラクタがみんな定義付けされるまで、カナメは新たに街の外に赴いて新しい遺物を探してくる気はないらしいので、これで僕は少なくとも数週間もの間、リーベリの街に束縛されて動けないことが確定したのだった。
 この束縛状態というのは、僕が依然考えていたよりは希望に満ちている状態のように思われる。というのも、カナメの発掘した遺物というのは彼女にとってはロストテクノロジーの産物であり、そしてこの僕にとっても未知の技術を含んだものであるということが、マキナの解析によって次第に明らかになってきたのだ。これはカナメの好奇心を大いに満たしうるというだけでなく、僕の本願に対しての希望を内包している――すなわち、荒野の真中で沈黙を保っているあの時空渡航船を直すことの出来る機械ないし知識が、古代の遺物という形態をとって土の中に埋まっているかもしれなかったのだ。そのように捉えなおしてみると、マキナの声を丁寧に聞いてメモを取るというまるでカウンセラーのような仕事にたいしても、多少の情熱を持って臨むことが出来た。

 さて、そうこうしているうちに月末になって、カナメと話し合って決めた給料日になった。その日もいつものようにガラクタと人工知能とに向き合ってお話をし、メモを取っているうちに昼が過ぎた。一旦家に帰って昼飯の簡易食糧を食べに行こうと店のガラス戸を開いたところでカナメに呼び止められた。
「はい、初給料」
 そう言ってカナメは茶色の封筒を僕に手渡した。受け取って中をちらりと見ると、数枚のお札が入っているようだった。
「折角だし、おいしいものでも食べてきたら?」
 カナメはそう言って手をヒラヒラとさせると、一つ大きい伸びをしてから店の奥に引っ込んでしまった。僕は店先に突っ立ったまま少し考えた後、カナメの提言に従って何か旨いものでも食べに行こうかと思い立って、自分の家とは反対側、多くのレストランが立ち並ぶ大通りの方に向かって歩きだした。
「おいしいもの、か……」
 煉瓦造りの店が林立しているレストラン街に辿り着き、店先に掲げられた品書きを横目で眺めながらゆったりと散策してみる――その時に初めて気が付いたのだが、メニューは日本語で書かれてはいるものの、カタカナで書かれたメニュー名が一体何を表しているのかさっぱり分からない。恐らくは(西洋風の外装から想像されるように)西洋の食べ物であるのだろうが、それがどんな食材を使ったもので、どんな味がするものか、元々の知識と興味の少なさが仇となってさっぱり想像がつかない。しかもその値段は――封筒の中に収められた金額から類推するに――かなり高額だ。時空渡航という無茶苦茶な冒険に臨んでおいて変なのだが、正体不明のものに大金を支払えるような冒険心は僕の中には無かった。店員に聞けばいいのかもしれないが、説明を聞いて味まで想像できるだろうか? 結局、僕はその通りの外れに位置する小さな喫茶店に入った。選定理由はいたって単純で、店先の品書きに書かれた値段が他よりも安そうに見えたからだ。
 店の中には数人の先客がいた。ある人はカウンターに座って珈琲らしきものを飲んで微睡んでいたり、ある人は窓際の席に陣取って厚さ四センチはあろうかという巨大なパンケーキらしきものを食べていた――バターとシロップのたっぷり掛かったそれが妙に旨そうに見えたので、僕はカウンターの奥に立っている店長らしき人に、あれと同じものを、と注文した。
 僕は店の隅の四人席に座り、料理が届くまでの間ゆっくりと店内を、そして窓の外の風景を眺め見た。店内にはジャズともクラシックともつかない静かな音楽が流れており、カウンターから流れ漏れるサイフォン・コーヒーの芳香も手伝って、とても穏やかで瀟洒な雰囲気を醸している。――ああ、仮に僕がこの世界の住民で、元の世界に戻るなどという荒唐無稽な野心に燃えている人間でなかったならば、こういう雰囲気の良い店に毎日のように通って、美しい午後の時間を満喫するだろうになあ、と僕はそんなことを考えていた。
 そんな感傷に浸りながら寛いでいると、店の玄関が再び開いて、来客を知らせるベルが店内に心地よく響いた。店に入ってきたのは、一人の少女だった。僕は驚いた、思いもよらぬ遭遇に――少し前に出会った、あのぼろ布の少女である。もっとも、その少女の顔にこそ見覚えがあったが、その服装は街中で話した時とは全く異なっていた。言うなればかなりまともな、通りを歩いている街の人々と同様の、普通の洋服を身に纏っていた。
 彼女は店の奥に僕の姿を認めると、目を見開いてじっと見つめてきた。どんな感情が湧いて出たのか彼女の表情から類推することは出来なかったが、少なくとも驚いているのは確からしい。
 レジの近くに立っていた店員の一人が、彼女を窓際の席に座るように手ぶりをしたが、彼女は店員ににこやかに笑いかけると、
「先に連れが来ていますから」
と言って、店の隅の方に――すなわち僕の方に、ずんずん歩み寄ってきた。
「久しぶりじゃない?」
 彼女はそういうと、まるで予め決められていた予定を履行するかのように、なんの躊躇いもなく僕の前の席に座った。それから、両手を組み合わせて顎の下に置き、困惑する僕を不敵な笑みを浮かべてじっと見た。
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