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22. 妙な服
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「今日は、あの箱は一緒じゃないのね」
彼女の声は、妙に甘ったるく耳の中に響いた。
「……そんな顔を強張らせなくたっていいじゃない。たまたま見かけたもんだから、話しかけてみただけ」
「そうか……君は……」
僕は何かを言おうとした。しかし、何を言いたいのかは自分でもよく分かっていなかった。――冷静に考えれば、彼女との遭遇が唐突なものだったとはいえ、そこまで緊張するようなことではないのだ。それに、会いたくもない相手というわけではない。むしろ逆で、僕は彼女に対して様々なことを伝えたかったはずなのだ。マキナの起動についての感謝の言葉、彼女についての様々な疑問、などなど……けれども何故だか、僕は喋りだせなかった。不思議な緊張感が、僕と彼女を隔てるテーブルの上に漂っていた。加えて、彼女の視線――何か力強い、確固とした意志の光に満ちたあの瞳だ。間近で向き合ってみて初めて分かったのだが、彼女の眼には妙な威圧感があって、それが僕の言葉の出を遠回しに妨げていた。
僕がなかなか喋らないので、再び彼女が口を開いた。
「この街には、もう慣れた?」
「……なんだって?」
「この街での生活はどう、って聞いたの。楽しめてる? ちょっと古臭いけど、いい街だと思うわ、私も」
僕はサービスの冷水を一口飲んで、再び彼女の方を見た。
「……なぜ僕がこの街の住民じゃないことを知ってるんだ?」
そういうと彼女はアハハ、と笑いながら、
「だって、あんな服着ている人、郊外で見かけたことなかったもの」
「……中央以外では、か?」
僕はカナメや珈琲屋の老人、あるいは以前に出会った住民たちが口々に言った「先進的なデザインのパイロットスーツ」についての感想を、やや自嘲的な口調で言った。
「そうね。まあ中央になら、あんな服の連中もいるでしょうけど……。でもあなた、中央から出てきた人間ってわけではないんでしょう? 街での噂話を聞いているうちに、あなたの話も耳に入ってきたわ。正気とは思えないような格好で街を闊歩している人間がいるんだが、その本人の主張するところによれば、自分は中央とは特に関係がない、遠くの街から来た旅人だとかって話。あなた、大分恐れられてたわよ? 紛らわしいってね」
彼女はそう言ってから僕の上半身の格好をちらと見て、
「今は普通の格好をしてるようだけれど」
と付け加えた。
「稼ぎ口が出来たんで、服を買う金が手に入ったんでね。……しかし君こそ、以前あった時とはずいぶん格好が違うじゃないか」
彼女は白い布地のインナーに濃い目のベージュ色の上着を羽織り、紺色で腰のあたりに銀色の刺繍が入ったスカート、という洒落た格好をしていた。以前に彼女と会った時の姿――どこかで拾ってきたような茶色のぼろ布で身を包んだ、一見すると身寄りのない流れ者のようにしか見えない恰好――はその片鱗すら存在していなかった。
「私も買ったのよ。あそこの大通りにはいろんな服屋さんがあって、とても楽しいわね。随分迷っちゃった。でも、この街はモノの値段が安いから、いいものでもあんまり値が張らなくて、いいわね」
「……お金に余裕があるのなら、なんでだってあんな恰好を……」
「それは、あれよ。私もここに来るまでは、この街がどんな様子なのか知らなかったから。随分と貧乏な街だって聞いてたから、貧乏風の格好で来てみたのだけど、ちょっとやりすぎだったのね。あの襤褸切れを着て歩いていると……まあ、あなたほどではないにせよ、注目を集めてしまうものだから、服を買いなおしたってわけ」
「つまり……君もこの街の住民ではないんだな?」
自分が発した言葉が自分の脳内で木霊して、形容しがたい不安感を駆り立てた――この街に来てから随分と立つが、僕は「街の外から来た人」と会話をしたことがなかった。カナメがぼんやりと説明してくれたのだが、このリーベリという街は森と荒野という天然の防護壁に囲まれた小さな町で、荷物を運ぶ商人たちを除けばあまり街に人の出入りはないのだという。食料も森や近くの畑からの産物で事足りており、衣料品の類も十分に供給される。要するにこのリーベリという街は、その内部において全てが完結しているために、街の外に人は出ていかないし、また街の外からも入っても来ないのだ。そして例外を上げるとするならば――最も身近な例は、僕自身だった。時空間を漂い、巨大な鉄の船を座礁させ、運命のいたずらに流されてこの街に流れ着いた、この僕自身だ。では、彼女は? 彼女もまた、僕と同等に数奇な運命を経て、この街にやってきたのだろうか……。
僕は彼女の美しい瞳をじっと見ながら、尋ねた。
「君は一体、どこからやってきたんだ?」
仕事の関係でたまたまやってきた、親戚がこの街に住んでいる、あるいは僕が偽ったような物好きの旅人がふらりと街にやってきた――平凡な、ありえそうな回答など、頭の中でいくらでも考えついた。しかしながら、彼女の返答は、僕の心の奥底の期待感と不安感を裏切りはしなかった。
「私、中央から来たの」
彼女はさらりとそういった。僕を驚かせるには、その一言で十分だった。
彼女の声は、妙に甘ったるく耳の中に響いた。
「……そんな顔を強張らせなくたっていいじゃない。たまたま見かけたもんだから、話しかけてみただけ」
「そうか……君は……」
僕は何かを言おうとした。しかし、何を言いたいのかは自分でもよく分かっていなかった。――冷静に考えれば、彼女との遭遇が唐突なものだったとはいえ、そこまで緊張するようなことではないのだ。それに、会いたくもない相手というわけではない。むしろ逆で、僕は彼女に対して様々なことを伝えたかったはずなのだ。マキナの起動についての感謝の言葉、彼女についての様々な疑問、などなど……けれども何故だか、僕は喋りだせなかった。不思議な緊張感が、僕と彼女を隔てるテーブルの上に漂っていた。加えて、彼女の視線――何か力強い、確固とした意志の光に満ちたあの瞳だ。間近で向き合ってみて初めて分かったのだが、彼女の眼には妙な威圧感があって、それが僕の言葉の出を遠回しに妨げていた。
僕がなかなか喋らないので、再び彼女が口を開いた。
「この街には、もう慣れた?」
「……なんだって?」
「この街での生活はどう、って聞いたの。楽しめてる? ちょっと古臭いけど、いい街だと思うわ、私も」
僕はサービスの冷水を一口飲んで、再び彼女の方を見た。
「……なぜ僕がこの街の住民じゃないことを知ってるんだ?」
そういうと彼女はアハハ、と笑いながら、
「だって、あんな服着ている人、郊外で見かけたことなかったもの」
「……中央以外では、か?」
僕はカナメや珈琲屋の老人、あるいは以前に出会った住民たちが口々に言った「先進的なデザインのパイロットスーツ」についての感想を、やや自嘲的な口調で言った。
「そうね。まあ中央になら、あんな服の連中もいるでしょうけど……。でもあなた、中央から出てきた人間ってわけではないんでしょう? 街での噂話を聞いているうちに、あなたの話も耳に入ってきたわ。正気とは思えないような格好で街を闊歩している人間がいるんだが、その本人の主張するところによれば、自分は中央とは特に関係がない、遠くの街から来た旅人だとかって話。あなた、大分恐れられてたわよ? 紛らわしいってね」
彼女はそう言ってから僕の上半身の格好をちらと見て、
「今は普通の格好をしてるようだけれど」
と付け加えた。
「稼ぎ口が出来たんで、服を買う金が手に入ったんでね。……しかし君こそ、以前あった時とはずいぶん格好が違うじゃないか」
彼女は白い布地のインナーに濃い目のベージュ色の上着を羽織り、紺色で腰のあたりに銀色の刺繍が入ったスカート、という洒落た格好をしていた。以前に彼女と会った時の姿――どこかで拾ってきたような茶色のぼろ布で身を包んだ、一見すると身寄りのない流れ者のようにしか見えない恰好――はその片鱗すら存在していなかった。
「私も買ったのよ。あそこの大通りにはいろんな服屋さんがあって、とても楽しいわね。随分迷っちゃった。でも、この街はモノの値段が安いから、いいものでもあんまり値が張らなくて、いいわね」
「……お金に余裕があるのなら、なんでだってあんな恰好を……」
「それは、あれよ。私もここに来るまでは、この街がどんな様子なのか知らなかったから。随分と貧乏な街だって聞いてたから、貧乏風の格好で来てみたのだけど、ちょっとやりすぎだったのね。あの襤褸切れを着て歩いていると……まあ、あなたほどではないにせよ、注目を集めてしまうものだから、服を買いなおしたってわけ」
「つまり……君もこの街の住民ではないんだな?」
自分が発した言葉が自分の脳内で木霊して、形容しがたい不安感を駆り立てた――この街に来てから随分と立つが、僕は「街の外から来た人」と会話をしたことがなかった。カナメがぼんやりと説明してくれたのだが、このリーベリという街は森と荒野という天然の防護壁に囲まれた小さな町で、荷物を運ぶ商人たちを除けばあまり街に人の出入りはないのだという。食料も森や近くの畑からの産物で事足りており、衣料品の類も十分に供給される。要するにこのリーベリという街は、その内部において全てが完結しているために、街の外に人は出ていかないし、また街の外からも入っても来ないのだ。そして例外を上げるとするならば――最も身近な例は、僕自身だった。時空間を漂い、巨大な鉄の船を座礁させ、運命のいたずらに流されてこの街に流れ着いた、この僕自身だ。では、彼女は? 彼女もまた、僕と同等に数奇な運命を経て、この街にやってきたのだろうか……。
僕は彼女の美しい瞳をじっと見ながら、尋ねた。
「君は一体、どこからやってきたんだ?」
仕事の関係でたまたまやってきた、親戚がこの街に住んでいる、あるいは僕が偽ったような物好きの旅人がふらりと街にやってきた――平凡な、ありえそうな回答など、頭の中でいくらでも考えついた。しかしながら、彼女の返答は、僕の心の奥底の期待感と不安感を裏切りはしなかった。
「私、中央から来たの」
彼女はさらりとそういった。僕を驚かせるには、その一言で十分だった。
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