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しおりを挟む「近衛を辞めた時のことでも思い出したか?」
耳に届いた声に足を止めた。
昨夜とは打って変わり、夏らしい暑さと寝苦しさに早めに目が覚めた。
薄っすらと汗ばむ肌の不快さにざっとシャワーを浴び、身支度を整え終えたいま、時刻は7時少し前。
てっきりまだ客室で休んでいるものとばかり思っていたのに、足を踏み入れた部屋には先客がいた。
ソファに腰かけるのは、きっちりと身なりを整えた王子、マルクさん、ゼリファンの三人。
聞こえた声はマルクさんのものだった。
扉に手を掛けた中途半端な体勢のまま止まり、こちらに気付いた三人に気まずい想いでとりあえず「おはようございます」と挨拶を。
なにやら込み入った話に場を座そうとするも、「構わない」と却下されてしまった。
いえ……俺が居心地悪く気まずいんで……。
せめてもの抵抗にコーヒーを淹れるべくその場を離れる。
少し遠くなった声をぼんやりと聞きながら、先程のマルクさんの問いを思い出す。
“近衛を辞めた”
ゼリファンは元々近衛騎士だったのか。
そーいえば、ゼリファンのストーリーでそんな会話がチラッと出てきた気もする。
確か……魔獣に襲われた村で、喰いちぎられた幼い子供たちの死体を目の当たりにしたことが切っ掛けだったか。
昨日の少女の死は、過去を思い出させる惨劇だったのかもしれない。
そんなことを思っているとコポコポという音が止んだ。
真っ黒で苦い液体をカップへと移し、トレーに乗せて彼らの元へと運んだ。
「いい天気ですね」
窓の向こう、晴れ渡る青空に思わず呟きが漏れた。
全てを洗い流しでもしたかのような空には雲一つなく、今日は暑くなりそうだ。
「何も聞かないんだな」
隣へと視線をやれば、観察するようにこちらを見るゼリファンの表情。
「私が立ち入るようなことでもないでしょう」
……事情、少しだけ知っちゃってるけど。
コーヒーを一口啜る。
子どもの時は苦くてとても飲めるモノじゃなかった筈なのに、いつから平気になったのだろう?味わえるようになったんだろう?
真っ黒な水面へと視線を落とす。
いつかそんな風に変わるのだろうか。
慣れることはないとしても、人生の折々で向き合わなければならない痛みや悲しみ、後悔を受け入れるようになるのだろうか。
「エバンスは相変わらずだな」
王子の言葉に首を傾げた。
「普通は気になるし食いつくぞ?なんたって天下の英雄の知られざる過去だからな。現にゼリファンがかつて近衛だったと知った貴族どもに俺らは何度も質問攻めにあった」
ああ~、とその光景が目に浮かんだ。
まぁ、気持ちはわからんでもない。
「別に全く気にならないわけではないですけどね」
苦笑いを含んだ笑みが浮かぶ。
「でも……誰にだって触れられたくないことはあるでしょう?」
さっきのマルクさんの声は重さを孕んでいたし、好奇心で気軽に口を突っ込むことでもないだろう。
本人が自分から話してくれるならともかく。
俺だって転生のこととか人に触れられたくないことは沢山あるし。
「お前は本当に大人だな」
カップを抱えた王子が僅かに瞳を細めた。
羨むように、もどかしそうに焔の赤い瞳が俺を見る。
「割り切れない俺とは大違いだ」
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