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87  (※)とある花の名をもつ令嬢:モブ

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これまた雰囲気のある老紳士のオーナーがお二人と会話をされている。
ぶっちゃけ、すごく羨ましい。
できることなら私も声が聞こえるところまで近づきたい……いや、眼が潰れるし、耳が溶けて発狂するかもしれないからこの距離感が丁度いいのかもしれない。

親友と二人、必死に声を飲み込んだ。
かっぴらいた瞳のまま、顔を見合わす。

衝撃を無理矢理のみくだし、ぎこちのない動きで再び首を動かす。


あーん。


あまりにも直視し難いその光景に、太陽を見たかのように反射で視線を逸らしてしまった私たちだが……見逃すわけにはいかない。

見るのよ、たとえ眩しさだとか尊さに目が潰れようと、この奇跡を見逃してはいけないわ、私!!

想いは同じなのか、テーブルの上で固く手を握りしめあったまま、親友と二人視線を固定して固唾をのむ。

身を乗り出した貴公子様が黒髪の方の唇へと赤いショコラを押し込んだ。

ゆっくりと、スローモーションのように離れる指先。
だけどその指先が唇から離れ、椅子に身を戻してもサファイアのような美しい瞳は熱を持って目の前の方から離れない。

焦げ付くような視線のまま、祈るように、懇願するようになにかを紡ぐ貴公子様。

耳には届かぬ、愛の言葉。

聞こえないけど、その表情から、瞳からそのことは一目でわかる。

そして……__________。

どこか呆然とした表情で貴公子様を見ていた黒髪の君の喉が小さく動き、瞬きの後の紫の瞳は滴る程の色気を孕んで……。

僅かに乗り出そうとした体を、伸ばされようとした手を、確かに見た。


ボォォーン。

重く響いた音色にビクリと肩が跳ねた。

音の出所を見ると、古い壁時計が六時を告げていた。
慌ててお二人に視線を戻すも、つい先程までの雰囲気は霧散していた。

黒髪の君の手は貴公子様へと伸ばされておらず、ぶわりとここまで余波が届いた程の妖しい色気は微かな残滓だけを残しつつ、落ち着いた表情で椅子に腰かけて微笑む姿があるばかり。

こんっのっっ、クソ時計!!

言葉が悪いのは承知で思いっきり時計を睨む。
あの時計すら鳴らなければ!そう思わずにはいられない。

にっこりと黒髪の君は優雅で優しい笑みを浮かべた。
ついで睫毛を伏せつぅっと自らの唇を長い指でなぞるその仕草の色気に、顔がブワッと熱を持つのが見なくてもわかる。

真正面から直撃を受けた正面の貴公子様のお顔も真っ赤だ。

お気持ち、よくわかります!

アワアワしながら見る先では、当の黒髪の君はすました様子でカップを傾け、菓子を口へと運ぶと……もう一つの菓子を貴公子様のお口へ。

そっとなにかを囁き、僅かに首を傾げた動きに合わせて揺れる黒髪。

些細な動作なのに、色気がハンパないです!
黒髪の君!!

年齢はたぶん私たちとそう変わらないと思うのに、大人っぽいし色気が凄い。
特に時計が鳴る前の一瞬のアレといい、あの方ぜったいに只者ただものじゃありません。

そして貴公子様、最初は近づきがたい美貌だと思ったのにクッソ可愛い!
黒髪の君、限定の表情ですね。わかります。

心の中でうんうん頷いている間にも、コートを手にした黒髪の君が貴公子様に手を伸ばし……脇を通りすぎるお二人を直視することはできず俯く私たち。

カラン、とドアベルの音を鳴らして扉が閉まり、全身の息を吐き出すようにプルプル震えながらテーブルへと倒れ込む。

「尊い……」

「はい」

「私、間違っていたわ」

「私もです」

会話は短いけど、以心伝心しているから大丈夫。

店に入ってすぐ、恋愛小説の話題で盛り上がっていた。
健気系ヒロイン、逆ハー系、成り上がりもの……いま熱いジャンルについて盛り上がっていたけれど、大事なジャンルを失念していた。

BL

いま私たちは天啓を授けられた。

その後、お二人を彷彿させる小説を親友と片っ端から探し回り、再びお姿を目の当たりに出来る日を願いつつ私たちがカフェの常連と化したのはいうまでもない。



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