87 / 164
87 (※)とある花の名をもつ令嬢:モブ
しおりを挟むこれまた雰囲気のある老紳士のオーナーがお二人と会話をされている。
ぶっちゃけ、すごく羨ましい。
できることなら私も声が聞こえるところまで近づきたい……いや、眼が潰れるし、耳が溶けて発狂するかもしれないからこの距離感が丁度いいのかもしれない。
親友と二人、必死に声を飲み込んだ。
かっぴらいた瞳のまま、顔を見合わす。
衝撃を無理矢理のみくだし、ぎこちのない動きで再び首を動かす。
あーん。
あまりにも直視し難いその光景に、太陽を見たかのように反射で視線を逸らしてしまった私たちだが……見逃すわけにはいかない。
見るのよ、たとえ眩しさだとか尊さに目が潰れようと、この奇跡を見逃してはいけないわ、私!!
想いは同じなのか、テーブルの上で固く手を握りしめあったまま、親友と二人視線を固定して固唾をのむ。
身を乗り出した貴公子様が黒髪の方の唇へと赤いショコラを押し込んだ。
ゆっくりと、スローモーションのように離れる指先。
だけどその指先が唇から離れ、椅子に身を戻してもサファイアのような美しい瞳は熱を持って目の前の方から離れない。
焦げ付くような視線のまま、祈るように、懇願するようになにかを紡ぐ貴公子様。
耳には届かぬ、愛の言葉。
聞こえないけど、その表情から、瞳からそのことは一目でわかる。
そして……__________。
どこか呆然とした表情で貴公子様を見ていた黒髪の君の喉が小さく動き、瞬きの後の紫の瞳は滴る程の色気を孕んで……。
僅かに乗り出そうとした体を、伸ばされようとした手を、確かに見た。
ボォォーン。
重く響いた音色にビクリと肩が跳ねた。
音の出所を見ると、古い壁時計が六時を告げていた。
慌ててお二人に視線を戻すも、つい先程までの雰囲気は霧散していた。
黒髪の君の手は貴公子様へと伸ばされておらず、ぶわりとここまで余波が届いた程の妖しい色気は微かな残滓だけを残しつつ、落ち着いた表情で椅子に腰かけて微笑む姿があるばかり。
こんっのっっ、クソ時計!!
言葉が悪いのは承知で思いっきり時計を睨む。
あの時計すら鳴らなければ!そう思わずにはいられない。
にっこりと黒髪の君は優雅で優しい笑みを浮かべた。
ついで睫毛を伏せつぅっと自らの唇を長い指でなぞるその仕草の色気に、顔がブワッと熱を持つのが見なくてもわかる。
真正面から直撃を受けた正面の貴公子様のお顔も真っ赤だ。
お気持ち、よくわかります!
アワアワしながら見る先では、当の黒髪の君はすました様子でカップを傾け、菓子を口へと運ぶと……もう一つの菓子を貴公子様のお口へ。
そっとなにかを囁き、僅かに首を傾げた動きに合わせて揺れる黒髪。
些細な動作なのに、色気がハンパないです!
黒髪の君!!
年齢はたぶん私たちとそう変わらないと思うのに、大人っぽいし色気が凄い。
特に時計が鳴る前の一瞬のアレといい、あの方ぜったいに只者ただものじゃありません。
そして貴公子様、最初は近づきがたい美貌だと思ったのにクッソ可愛い!
黒髪の君、限定の表情ですね。わかります。
心の中でうんうん頷いている間にも、コートを手にした黒髪の君が貴公子様に手を伸ばし……脇を通りすぎるお二人を直視することはできず俯く私たち。
カラン、とドアベルの音を鳴らして扉が閉まり、全身の息を吐き出すようにプルプル震えながらテーブルへと倒れ込む。
「尊い……」
「はい」
「私、間違っていたわ」
「私もです」
会話は短いけど、以心伝心しているから大丈夫。
店に入ってすぐ、恋愛小説の話題で盛り上がっていた。
健気系ヒロイン、逆ハー系、成り上がりもの……いま熱いジャンルについて盛り上がっていたけれど、大事なジャンルを失念していた。
BL
いま私たちは天啓を授けられた。
その後、お二人を彷彿させる小説を親友と片っ端から探し回り、再びお姿を目の当たりに出来る日を願いつつ私たちがカフェの常連と化したのはいうまでもない。
731
あなたにおすすめの小説
世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました
芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」
魔王討伐の祝宴の夜。
英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。
酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。
その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。
一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。
これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。
モブらしいので目立たないよう逃げ続けます
餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。
まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。
モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。
「アルウィン、君が好きだ」
「え、お断りします」
「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」
目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。
ざまぁ要素あるかも………しれませんね
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
炎の精霊王の愛に満ちて
陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。
悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。
ミヤは答えた。「俺を、愛して」
小説家になろうにも掲載中です。
【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件
表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。
病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。
この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。
しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。
ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。
強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。
これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。
甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。
本編完結しました。
続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください
植物チートを持つ俺は王子に捨てられたけど、実は食いしん坊な氷の公爵様に拾われ、胃袋を掴んでとことん溺愛されています
水凪しおん
BL
日本の社畜だった俺、ミナトは過労死した末に異世界の貧乏男爵家の三男に転生した。しかも、なぜか傲慢な第二王子エリアスの婚約者にされてしまう。
「地味で男のくせに可愛らしいだけの役立たず」
王子からそう蔑まれ、冷遇される日々にうんざりした俺は、前世の知識とチート能力【植物育成】を使い、実家の領地を豊かにすることだけを生きがいにしていた。
そんなある日、王宮の夜会で王子から公衆の面前で婚約破棄を叩きつけられる。
絶望する俺の前に現れたのは、この国で最も恐れられる『氷の公爵』アレクシス・フォン・ヴァインベルク。
「王子がご不要というのなら、その方を私が貰い受けよう」
冷たく、しかし力強い声。気づけば俺は、彼の腕の中にいた。
連れてこられた公爵邸での生活は、噂とは大違いの甘すぎる日々の始まりだった。
俺の作る料理を「世界一美味い」と幸せそうに食べ、俺の能力を「素晴らしい」と褒めてくれ、「可愛い、愛らしい」と頭を撫でてくれる公爵様。
彼の不器用だけど真っ直ぐな愛情に、俺の心は次第に絆されていく。
これは、婚約破棄から始まった、不遇な俺が世界一の幸せを手に入れるまでの物語。
秘匿された第十王子は悪態をつく
なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。
第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。
第十王子の姿を知る者はほとんどいない。
後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。
秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。
ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。
少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。
ノアが秘匿される理由。
十人の妃。
ユリウスを知る渡り人のマホ。
二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる