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86 (※)とある花の名をもつ令嬢:モブ
しおりを挟む悲鳴を押し殺すように口元に手を当てる。
そうしなければいますぐに叫び出してしまいそうだった。
もはや口といわず、鏡を見なくても真っ赤に染まっているだろうことがわかる顔面を半ば覆いつつ息も絶え絶えにテーブルに突っ伏した。
今日この場に居合わせたことを神に感謝します!!
それとこの店を紹介してくれたお姉さまにも!!
心の底から祈りを捧げた。
ひっそりとした隠れ家のようなカフェ。
本好きのお姉さまが教えてくれたカフェに友人と二人で訪れていた。
最近仲良くなったお友だちは大人しい子で大の本好き、お転婆と評される私とは真逆だけどある共通の趣味から仲良くなった。
それは私が唯一読む本、恋愛小説。
似合わないと言われそうで家族の前以外では隠していた趣味だったけど、ふとした切っ掛けで露見し意気投合した結果、大親友とも呼べる仲になった。
お互いの名前が花に関するという共通点も仲良くなった原因の一つ。
彼女が喜ぶだろうと連れて来たカフェは素敵で、文学には明るくない私もすっかりお店の虜になった。
新作の恋愛小説のシーンの話で盛り上がっていると、カランと入口のベルが鳴った。
ふと目を向けた先にいたのは______。
まるで物語の世界から抜け出てきたような美貌の貴公子様。
あまりの眩さにリアルに思考も言語力も停止した。
その間にも貴公子様たちは店内の奥の席へと向かい、ようやく金縛りのような緊張状態が解けたあとは親友と二人で目をかっぴらいたまま見つめあった。
見た?
見ました。
声に出さずともそう会話が出来た。
そしてそこから私たちは密かに奥の方々の観察をはじめた。
最初はプラチナブロンドの眩いばかりの美貌の君に視線が集中していたけど、お連れの男性もすごく素敵だった。
もう一人のようないかにも “物語の主人公です” みたいな主張や派手さはないんだけど、品がよくてなんというか、雰囲気がある。優しそうだし、黒髪と紫の瞳がミステリアスで落ち着いた色気があって目を惹く。
お二人がよく見えるように私たちは不自然でない程度に体の位置をずらした。
よしっ、バッチリ!
見惚れるほど絵になるお二人は店内と相まってまさに物語のワンシーンのよう。
どんな物語が合うかしら?と読み漁った恋愛小説の王子様や騎士様、登場人物たちを頭に思い浮かべつつ視線は釘付けだった。
ミステリアスな黒髪の男性が畏まった表情で胸元に手をあげた。
それに美貌の貴公子様がクスクスと楽し気に笑みを漏らす。
なに、なにを話しているの?!
会話が聞こえないのがものすっごくもどかしい。
それでも黒髪の男性の甘やかで優し気な視線だとか、鋭利な雰囲気の美貌を蕩けさせて薄く頬を染める貴公子様の表情だとかがいやでも妄想を逞しくさせる。
っていうか、最初は素敵なお二人組だとしか思ってなかったけど……。
もしかして……
もしかしてご友人でなく恋人同士ですか?
チラリ、友人へと視線を向ければコクコクと何度も頷かれた。
通じ合ってる。
もはや今の私と彼女は一心同体。
言葉なんて壁を超えた私たちは無言で固く手を握り合うと、すぐさま視線をお二人へと戻した。
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