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【NL】ハイビターチョコレート

side 桃井 花織

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 泉先輩なんて、大嫌い。

「ハッピーバレンタイーン! 涼、これあげる~!」
「あたしも~! 本命だよ~!」

 昼休み、廊下で見掛けた泉先輩は、沢山の女の子達に囲まれていた。

「マジで? ありがと~」

 へらへらと掴み所の無い笑顔で、次々に渡されたチョコレートを受け取っていく先輩。
 うわ……見なきゃよかった。
 遠野先輩を探していたあたしは、その光景に気分を害して回れ右をした。右手に提げた紙バックを、身体で隠すように持ち直す。このチョコを渡すのは、放課後にしよう。

 遠野先輩と泉先輩は、同じ学年の同じクラス。しかも幼馴染の親友同士。だから、遠野先輩に会いに行こうとすると、必ずと言っていい程、泉先輩に遭遇した。
 正直、邪魔だと思ってた。顔が良くて、モテて。それを自分でもよく分かっててチャラチャラ遊んでる、最低のクズ野郎。真面目で一本気な遠野先輩とは大違い。

 ……なのに、何で好きになっちゃったんだろう。

「またフラれちゃったねー、花織ちゃん。可哀想に。俺が慰めてあげようか?」
「要りません」

 放課後、遠野先輩に敢え無く玉砕したあたしを、泉先輩がいつものように揶揄ってくる。

「にしても、〝義理〟ねぇ……。ちゃんとした告白はしないの? アイツ、鈍いからストレートにいかないと全く伝わらないよ?」

 鈍いのは、どっちですか。

「そんなこと……分かってますよ」

 分かってる。本当は、とっくに。あの二人の間に、入り込む余地なんてないこと。気付いてて、負けを認めてた。
 それでも、遠野先輩にアタックし続けるのは……泉先輩の気が引きたいから。
 泉先輩は、あたしがフラれて落ち込む度に話を聞いてくれた。茶化したり揶揄ったりするけど、いつも何だかんだで励ましてくれた。

 その内に、分かった。泉先輩はチャラそうに見えて、誰も寄せ付けないってこと。
 笑顔で壁を作って、誰にも深くは踏み込ませない。――潔癖な人。
 その仮面の下が気になって仕方なくて、気が付いたら目で追うようになっていた。

 好きになったのは、いつからだろう。

 風が吹く。二月の風は、春が近いとは考えられない程に寒くて、人恋しさが募る。

「あーあ、チョコレート、徹夜で作ったのになぁ」

 あたしがぼやくと、泉先輩は意外な発言をした。

「手作りなんだ? それじゃあ、俺が貰ってあげよっか? 折角だし」

 うそ! 貰ってくれるの? 嬉しくなったけれど、あたしは素直じゃない。

「嫌ですよ。何で泉先輩なんかに」
「あはは、だよねぇ」
「大体、先輩めちゃくちゃ貰ってるじゃないですか。何ですか、その紙袋の束」

 彼の片手を占領している憎らしい物体を、指差す。訊くまでもない。あの女の子達から貰った、大量のバレンタインチョコだ。先輩は芝居がかった調子で肩を竦めてみせる。

「あー、これ? 困るよねぇ、毎年。どうせ捨てちゃうのに」
「捨てちゃうんですか!?」
「そりゃねー。何が入ってるかも分からないのに、食べられる訳じゃないじゃん?」
「うわ、最低……」

 そう言うあたしも最低だ。先輩が他の人のチョコは食べないと聞いて、喜んでしまってる。
 いや、泉先輩の気を引く為に遠野先輩を利用している時点で、あたしの方がもっと最低だ。
 泉先輩は、笑う。いつもの薄っぺらい仮面の笑顔。その下に、ほんの少しの自嘲を覗かせて。

「そうだよ。俺みたいなドクズに好意を寄せてくる女の子達って、どうかしてるよね。見る目ないと思う。正直、気持ち悪い」

 心臓が抉られる想いがした。――痛い。胸が、心が。

「泉先輩って……」

 〝自分のこと、嫌いですよね?〟

「うん?」

 思わず、呑み込んだ。そんなこと、訊ける訳がない。代わりにあたしは、至極ありふれた言葉を紡いで誤魔化した。

「ひねくれてますよね」
「今更?」
「そんなんじゃ、一生恋人出来ませんよ? 何か可哀想になってきたんで、あたしのチョコあげましょうか?」
「わ~い、じゃあ貰お」
「あたしのも惚れ薬とか入ってるかもしれませんよ?」
「そんなの入ってたら、花織ちゃんが俺にくれる訳ないもん」

 あたしは再び声を詰まらせた。一拍遅れて、無難に返す。

「……それもそうですね」

 先輩は、早速あたしのチョコレートを開封し始めた。

「うわ、なにコレ炭?」

 真っ黒に焼け焦げた歪なハート。何度やっても失敗ばかりで、仕方なく妥協した一品だった。あたしは頬を膨らませてチョコレートに手を伸ばす。

「そんなこと言うなら、食べなくていいです!」
「うそうそ、いただきま~す」

 先輩はその手を避けて、チョコを一口齧った。ゴリッと岩を砕いたような音がした。

「ど、どうですか?」
「苦い」
「じゃあ、食べなくていいです!」
「いや、これはこれで美味しいよ? ハイビターな焼きチョコだと思えば」
「何ですか、それ。揶揄ってますよね!? もう!」

 本当に、惚れ薬が入ってたら良かったのに。
 そんな風に考えてしまう自分に苦笑した。

 泉先輩は、自分が嫌い。だから、そんな自分のことを好きだと言う相手のことが理解出来ない。
 だからきっと、山本先輩なんだろう。絶対に、自分に振り向いたりしないから。

『ちゃんとした告白はしないの?』

 もし、あたしが先輩のことを好きだと言ったら、先輩はきっと、あたしの前から居なくなる。
 好きだと言ったら、この恋は終わる。

 だから――。

「泉先輩なんて、大嫌い」


      (了)
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