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第七章 それでも、幸せを願う。
7-3 捨てられない想い
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発熱が発覚すると、九重の手によって直ちに布団に寝かしつけられた。そうして、アイツのお抱えドクターっぽい人が呼ばれて風邪と診断され、薬を処方された。
……昨日、汗掻いたままろくに布団も掛けずに寝起きを繰り返してたもんな。
「この所お前色々あったからな。バカなりに知恵熱が出たんだろう。今日は学校休め。外出禁止」
九重はそう言いおいてから、自分は制服に着替えて身支度を整え、時間になると学校へ向かった。熱の件でバタバタしたもんだから、行きと服が違う件や唐突にピアスを開けた件なんかは有耶無耶に流れ、あまり追求されずに済んだ。
オレは下手に抵抗はしなかった。駄々を捏ねたところで無駄だろうし、かえって事を荒立てる。だから、大人しく従う様を見せといて、密かに行動を開始した。
まず、学校への連絡と共にタカにも電話を掛けた。このタイミングで休むなんて、まるでタカの告白から逃げているように思われそうだったから。そうじゃない、本当に体調不良なんだって、伝えておく為に。
皮肉にもオレの声の枯れっぷりが風邪の信憑性を高めたらしく、タカはすぐに納得してくれた。めちゃくちゃ心配されたけど、とりあえずタカが変に誤解して自分を責めたりせずに済んだので、良しとする。
『……トキ。電話、ありがとうな』
話の最後に、タカはそう言った。
『俺が気にすると思って、掛けてきてくれたんだろう?』
苦笑が漏れる。タカは何でもお見通しだ。
「ごめん、タカ。熱が下がったら、また学校で」
『ああ。気にせず今はしっかり休め。無茶だけはするなよ』
「……ん」
タカのその文言も、ここ数日で何回も聞いた。でもごめん、タカ……オレ、これからまた無茶をする。
タカとの通話を終えると、オレは一旦眠った。流石に時間が早過ぎるだろうと踏んだのと、昨夜はほぼ徹夜みたいなものだったから(ちょこちょこ気絶はしてたけど)仮眠の為だ。無茶はしても、せめて必要最小限に留める。
それから、昼頃に起きた。少しふらつくけど、熱は三十八度も無い。まだ大丈夫だ。
食事を摂って、準備を整えたら部屋を出た。携帯は置いていく。九重がGPSでオレの居場所を確認するかもしれないから。逆に言えば、信号がここから発信されていれば、オレが在宅したままだと思って貰えるだろう。
そのままタワマンを後にすると、タクシーを呼んだ。行き先は、四ノ宮のアパート。朝、戻る前に住所を確認しておいた。
我ながら自分には呆れている。だけど、じっともしていられない。――オレはやっぱり、四ノ宮のことが放っておけない。
邪魔をするなと言われたし、オレに何が出来るかも分からない。いっそ九重に対処を相談するか迷ったけど、それは駄目だという結論に至った。あのストーカー男が余計なことを喋るか、九重自身が調査等の過程で四ノ宮の過去を知ってしまう可能性があるからだ。四ノ宮はきっと……あまり知られたくないだろうし。
だからやっぱり、オレが何とかするんだ。熱を出したのはむしろ僥倖だ。こうして早い時間帯から一人行動が出来る。
アパートには程なくして着いた。地上から四ノ宮の部屋、二階の一番奥に目を向ける。少なくとも今は見える範囲には誰も居ない。四ノ宮も休んでいなければ、今頃学校に居る筈だ。
さて、とりあえず来たものの、どうするか。昨日のストーカー男が姿を現したら、四ノ宮と接触を図る前に彼に知られないようにひっそりと追い払いたい。
昨日アイツが訪ねてきたのも夕方近くだったし、四ノ宮が学生なのも当然分かっているだろうから、もう既に訪れているなんてことはない筈だ。
あの男が来るのを待ち伏せるにしても、何処に待機しているのがベストか。改めて、周囲の状況を確認する。
まず感じたのは、昨日と同じく静寂。通りにあまり人気がない。閑静な住宅街……といえば聞こえはいいが、何処か廃れた雰囲気がある。
まず、目の前はだだっ広い駐車場。表記は『WEEK END JOY 第三駐車場』とある。少し離れた先の通りに建つホームセンターのやつっぽい。昔は客が多かったのかもしれないけど、今はここまでは使われていない様子だ。
いや、車はある……けど、昨日からあった気がする。同じ車が幾つも、ずっと同じ位置に停まってる。明らかに客じゃなくて違法駐車だろ。近隣住人のかな。
隣は何かの倉庫。小さな工場っぽいのが近くにある。たぶん、そこの。こんなに静かってことは、廃業でもしているのか、単に休みなのか。あれに侵入する……勇気はねーな。
裏手は似たようなアパート。いくつか並んでる。団地ってやつなのかな? どれも何だか辛気臭い。
お、斜向かいに喫茶店らしきものがあるじゃん。少し離れてるけど、あそこからならもしかしたらアパートが見えるかも。よし、あそこで張り込みをするとして、一応四ノ宮の部屋の前をちゃんと確認しておこう。
そう思ってアパートの外階段を登った時、唐突に静寂を切り裂く大音声が轟いた。
「――最低ッ!! 出てって!! 二度と顔を見せないでよ!!」
直後、目の前の扉が開かれる。四ノ宮の部屋の隣。そのドアから、怒った女の人と派手な見た目の青年が顔を出した。女性――たぶん大学生くらい――が、青年の背を押し遣り、外に追い出したようだった。
バタン、彼女の激情に比例して勢いよく閉ざされる扉。女性はその内側に引っ込み、廊下には青年だけが取り残された。
うわぁ……お隣さん、何か修羅場ってんじゃん。
ていうか、お隣さん!? 居たのか!! いや、そうだよな、普通居るよな。うわ、昨夜……声抑える余裕とか全く無くって嬌声垂れ流してたけど、き、聞こえ……聞こえてたよな? 絶対……。こんな壁薄そうなアパートじゃ……。
ぎゃああああ!!
オレが内心羞恥を爆発させて悶えていると、青年が不意にこちらに振り向いた。目が合う。思わず竦んだ。
水色がかったアッシュ系の髪。正面サラサラの、耳から下が黒の刈り上げの入ったツーブロックスタイル。垂れ目気味の甘いマスク。モデルと言われても違和感のない美男子だ。
目元と口元にほくろみたいな装飾がぽつぽつと。ピアス? いや、シールか? スワロフスキーみたいにキラキラしてる。
耳の方は間違いなくピアスだ。耳朶を貫通する大きな楔みたいなやつと、小さな宝石っぽいの。あとカフスも付いてる。めっちゃ穴空いてんな。すげぇ。痛くねーのかな。
ついジロジロ観察していると、青年が口を開いた。
「何見てんの? 見世物じゃないんだけど」
低い声音に、ゾクリと背筋が凍った。
「す、すみません! 見、見てません! いや、見てました!」
途端、ぷっ、と青年が笑み崩れる。――あれ?
「なーんてね。キミ、正直だね~。ごめんごめん、別に怒ってないよ? ちょっと揶揄いたくなっただけ」
「から……え?」
「恥ずかしい所を見せちゃったね~。気にしないで?」
「えっと、あの……大丈夫ですか?」
何か急に雰囲気が変わったな。よく見ると、青年の頬は少し赤くなっている。さっきの女性に張られたんだろう。一体、何があったんだ?
疑問の答えは、青年自らがサラリと明かしてくれた。
「んー、ちょっとね。ただのセフレなのに最近恋人面が鬱陶しいって言ったら、怒らせちゃった」
うわ……そりゃ怒るだろ。相手は本気だったんじゃねえか?
青年は全く悪びれた風もなく、へらへら笑う。
「当面、住む家無くなっちゃったなーっと。で? キミはいっくんに逢いに来たのかな?」
「いっくん?」
「四ノ宮 郁くんで、〝いっくん〟。そして、キミは花鏡 鴇真くんだよね。〝トッキー〟って呼んでい?」
「! オレのこと、知ってるのか?」
百歩譲って四ノ宮はお隣さん(?)だったから認知していてもおかしくはないけど、何でオレのことまで?
「あ、雑誌か?」
「も、あるけど。キミ学校でも目立ってるじゃん」
「学校?」
「そ。おれ、同高だよ。キミの先輩。五十鈴 響也、宵櫻高校三年、生徒会副会長でーっす」
「よろしくね、新広報くん?」――目を丸くするオレにそう告げると、〝サボりがちでチャラい〟と噂の副会長は艶っぽく笑った。
……昨日、汗掻いたままろくに布団も掛けずに寝起きを繰り返してたもんな。
「この所お前色々あったからな。バカなりに知恵熱が出たんだろう。今日は学校休め。外出禁止」
九重はそう言いおいてから、自分は制服に着替えて身支度を整え、時間になると学校へ向かった。熱の件でバタバタしたもんだから、行きと服が違う件や唐突にピアスを開けた件なんかは有耶無耶に流れ、あまり追求されずに済んだ。
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まず、学校への連絡と共にタカにも電話を掛けた。このタイミングで休むなんて、まるでタカの告白から逃げているように思われそうだったから。そうじゃない、本当に体調不良なんだって、伝えておく為に。
皮肉にもオレの声の枯れっぷりが風邪の信憑性を高めたらしく、タカはすぐに納得してくれた。めちゃくちゃ心配されたけど、とりあえずタカが変に誤解して自分を責めたりせずに済んだので、良しとする。
『……トキ。電話、ありがとうな』
話の最後に、タカはそう言った。
『俺が気にすると思って、掛けてきてくれたんだろう?』
苦笑が漏れる。タカは何でもお見通しだ。
「ごめん、タカ。熱が下がったら、また学校で」
『ああ。気にせず今はしっかり休め。無茶だけはするなよ』
「……ん」
タカのその文言も、ここ数日で何回も聞いた。でもごめん、タカ……オレ、これからまた無茶をする。
タカとの通話を終えると、オレは一旦眠った。流石に時間が早過ぎるだろうと踏んだのと、昨夜はほぼ徹夜みたいなものだったから(ちょこちょこ気絶はしてたけど)仮眠の為だ。無茶はしても、せめて必要最小限に留める。
それから、昼頃に起きた。少しふらつくけど、熱は三十八度も無い。まだ大丈夫だ。
食事を摂って、準備を整えたら部屋を出た。携帯は置いていく。九重がGPSでオレの居場所を確認するかもしれないから。逆に言えば、信号がここから発信されていれば、オレが在宅したままだと思って貰えるだろう。
そのままタワマンを後にすると、タクシーを呼んだ。行き先は、四ノ宮のアパート。朝、戻る前に住所を確認しておいた。
我ながら自分には呆れている。だけど、じっともしていられない。――オレはやっぱり、四ノ宮のことが放っておけない。
邪魔をするなと言われたし、オレに何が出来るかも分からない。いっそ九重に対処を相談するか迷ったけど、それは駄目だという結論に至った。あのストーカー男が余計なことを喋るか、九重自身が調査等の過程で四ノ宮の過去を知ってしまう可能性があるからだ。四ノ宮はきっと……あまり知られたくないだろうし。
だからやっぱり、オレが何とかするんだ。熱を出したのはむしろ僥倖だ。こうして早い時間帯から一人行動が出来る。
アパートには程なくして着いた。地上から四ノ宮の部屋、二階の一番奥に目を向ける。少なくとも今は見える範囲には誰も居ない。四ノ宮も休んでいなければ、今頃学校に居る筈だ。
さて、とりあえず来たものの、どうするか。昨日のストーカー男が姿を現したら、四ノ宮と接触を図る前に彼に知られないようにひっそりと追い払いたい。
昨日アイツが訪ねてきたのも夕方近くだったし、四ノ宮が学生なのも当然分かっているだろうから、もう既に訪れているなんてことはない筈だ。
あの男が来るのを待ち伏せるにしても、何処に待機しているのがベストか。改めて、周囲の状況を確認する。
まず感じたのは、昨日と同じく静寂。通りにあまり人気がない。閑静な住宅街……といえば聞こえはいいが、何処か廃れた雰囲気がある。
まず、目の前はだだっ広い駐車場。表記は『WEEK END JOY 第三駐車場』とある。少し離れた先の通りに建つホームセンターのやつっぽい。昔は客が多かったのかもしれないけど、今はここまでは使われていない様子だ。
いや、車はある……けど、昨日からあった気がする。同じ車が幾つも、ずっと同じ位置に停まってる。明らかに客じゃなくて違法駐車だろ。近隣住人のかな。
隣は何かの倉庫。小さな工場っぽいのが近くにある。たぶん、そこの。こんなに静かってことは、廃業でもしているのか、単に休みなのか。あれに侵入する……勇気はねーな。
裏手は似たようなアパート。いくつか並んでる。団地ってやつなのかな? どれも何だか辛気臭い。
お、斜向かいに喫茶店らしきものがあるじゃん。少し離れてるけど、あそこからならもしかしたらアパートが見えるかも。よし、あそこで張り込みをするとして、一応四ノ宮の部屋の前をちゃんと確認しておこう。
そう思ってアパートの外階段を登った時、唐突に静寂を切り裂く大音声が轟いた。
「――最低ッ!! 出てって!! 二度と顔を見せないでよ!!」
直後、目の前の扉が開かれる。四ノ宮の部屋の隣。そのドアから、怒った女の人と派手な見た目の青年が顔を出した。女性――たぶん大学生くらい――が、青年の背を押し遣り、外に追い出したようだった。
バタン、彼女の激情に比例して勢いよく閉ざされる扉。女性はその内側に引っ込み、廊下には青年だけが取り残された。
うわぁ……お隣さん、何か修羅場ってんじゃん。
ていうか、お隣さん!? 居たのか!! いや、そうだよな、普通居るよな。うわ、昨夜……声抑える余裕とか全く無くって嬌声垂れ流してたけど、き、聞こえ……聞こえてたよな? 絶対……。こんな壁薄そうなアパートじゃ……。
ぎゃああああ!!
オレが内心羞恥を爆発させて悶えていると、青年が不意にこちらに振り向いた。目が合う。思わず竦んだ。
水色がかったアッシュ系の髪。正面サラサラの、耳から下が黒の刈り上げの入ったツーブロックスタイル。垂れ目気味の甘いマスク。モデルと言われても違和感のない美男子だ。
目元と口元にほくろみたいな装飾がぽつぽつと。ピアス? いや、シールか? スワロフスキーみたいにキラキラしてる。
耳の方は間違いなくピアスだ。耳朶を貫通する大きな楔みたいなやつと、小さな宝石っぽいの。あとカフスも付いてる。めっちゃ穴空いてんな。すげぇ。痛くねーのかな。
ついジロジロ観察していると、青年が口を開いた。
「何見てんの? 見世物じゃないんだけど」
低い声音に、ゾクリと背筋が凍った。
「す、すみません! 見、見てません! いや、見てました!」
途端、ぷっ、と青年が笑み崩れる。――あれ?
「なーんてね。キミ、正直だね~。ごめんごめん、別に怒ってないよ? ちょっと揶揄いたくなっただけ」
「から……え?」
「恥ずかしい所を見せちゃったね~。気にしないで?」
「えっと、あの……大丈夫ですか?」
何か急に雰囲気が変わったな。よく見ると、青年の頬は少し赤くなっている。さっきの女性に張られたんだろう。一体、何があったんだ?
疑問の答えは、青年自らがサラリと明かしてくれた。
「んー、ちょっとね。ただのセフレなのに最近恋人面が鬱陶しいって言ったら、怒らせちゃった」
うわ……そりゃ怒るだろ。相手は本気だったんじゃねえか?
青年は全く悪びれた風もなく、へらへら笑う。
「当面、住む家無くなっちゃったなーっと。で? キミはいっくんに逢いに来たのかな?」
「いっくん?」
「四ノ宮 郁くんで、〝いっくん〟。そして、キミは花鏡 鴇真くんだよね。〝トッキー〟って呼んでい?」
「! オレのこと、知ってるのか?」
百歩譲って四ノ宮はお隣さん(?)だったから認知していてもおかしくはないけど、何でオレのことまで?
「あ、雑誌か?」
「も、あるけど。キミ学校でも目立ってるじゃん」
「学校?」
「そ。おれ、同高だよ。キミの先輩。五十鈴 響也、宵櫻高校三年、生徒会副会長でーっす」
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