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Chapter.6 真実
死という概念
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〝死〟……それは、以前坊ちゃまから教わった事のある概念です。
生き物の体からその者自身を構成する何かが抜け落ちてしまう事なのだそうです。そうして空になった器は、もうその者ではないというのです。
空の器は、動きません。話しません。……二度と、笑い掛けては下さらないのです。
それにしても、可笑しな事を言う未亜です。
「……何を仰るのですか? 未亜。坊ちゃまは、この通り生きてらっしゃるではありませんか」
ほら、坊ちゃまも苦笑しておいでです。
それなのに、未亜はやはり悲しい表情をして言うのです。
「逃げるな。お前も本当はもう、わかっている筈だ」
断固とした口調です。
「お前が見ているものは、幻だ。聞こえている声は……お前が頭の中で作り上げた、妄想だ」
……何と言われたのか、わかりませんでした。
けれど、私の中の、何かがざわついたのです。
未亜が私の手から坊ちゃまの日記帳を取り上げて、ページを繰ります。
「……日記、全部見ただろ? 最後のページに書かれていたコレも、見た筈だ」
そうして、あるページを開いて私に示しました。
そこには、いつもの丁寧で綺麗な坊ちゃまのそれとは様相の異なる、叩き付けるようにひどく荒れた拙い文字でこう記されていました。
『 すがらを たすけて 』
「……坊ちゃまは、予想してたんだろうな」
未亜が、その文字に目を落としながら続けます。
「お前が、金魚の時みたいに、死を受け入れられないんじゃないかって……」
真っ白になった思考回路に、彼女の言葉が染み込んで来ます。
「お前は、主人の持ち物に手を出さないから……。それに、例えこの日記帳を見たとしても、きっと今さっきみたいに都合の悪い部分は無意識に見なかった事にするだろうから……坊ちゃまは、他者に助けを求めたんだ」
『 すがらを たすけて 』
「……来るかどうかもわからない、他者に賭けた。だからあたしは、それに応えてやりたい」
決然と、彼女は言い放ちました。強い瞳――。
見つめられて、私の中のざわつきがいよいよ大きくなっていきました。
体の底から何かが昇ってくるような……何かが突き上げてくるような衝動を覚えます。
唐突に、ひらひらと水中を泳ぐ緋色の魚が見えました。どうやら私の記録映像が、人工知能内部で勝手に再生されたようです。
……そうでした。私は坊ちゃまに訊いたのです。赤い色をしているのに、何故この生物は金魚と言うのかと。
それを聞くと、坊ちゃまは困ったような顔で笑い、それはそういうものなのだ、と教えて下さいました。そうして、赤くないものも居るのだと。
きっと、赤くないものが金色をしていたのでしょうね。と言うと、坊ちゃまはますます困ったようなお顔をなさいました。
「金魚と言うのは、お前をアンドロイドと言うのと同じ種族名であるから、何ならお前がその金魚に名前をつけてやれ」と坊ちゃまが仰られたので、私もそれは素敵なアイディアだと思いました。
けれど、どれだけ考えても、坊ちゃまが私に名付けてくださったような素敵な名前が思い浮かばず、いつまでもその金魚は金魚のままでした。
そうしている内に、その金魚はある日突然、動かなくなってしまったのです。
生き物の体からその者自身を構成する何かが抜け落ちてしまう事なのだそうです。そうして空になった器は、もうその者ではないというのです。
空の器は、動きません。話しません。……二度と、笑い掛けては下さらないのです。
それにしても、可笑しな事を言う未亜です。
「……何を仰るのですか? 未亜。坊ちゃまは、この通り生きてらっしゃるではありませんか」
ほら、坊ちゃまも苦笑しておいでです。
それなのに、未亜はやはり悲しい表情をして言うのです。
「逃げるな。お前も本当はもう、わかっている筈だ」
断固とした口調です。
「お前が見ているものは、幻だ。聞こえている声は……お前が頭の中で作り上げた、妄想だ」
……何と言われたのか、わかりませんでした。
けれど、私の中の、何かがざわついたのです。
未亜が私の手から坊ちゃまの日記帳を取り上げて、ページを繰ります。
「……日記、全部見ただろ? 最後のページに書かれていたコレも、見た筈だ」
そうして、あるページを開いて私に示しました。
そこには、いつもの丁寧で綺麗な坊ちゃまのそれとは様相の異なる、叩き付けるようにひどく荒れた拙い文字でこう記されていました。
『 すがらを たすけて 』
「……坊ちゃまは、予想してたんだろうな」
未亜が、その文字に目を落としながら続けます。
「お前が、金魚の時みたいに、死を受け入れられないんじゃないかって……」
真っ白になった思考回路に、彼女の言葉が染み込んで来ます。
「お前は、主人の持ち物に手を出さないから……。それに、例えこの日記帳を見たとしても、きっと今さっきみたいに都合の悪い部分は無意識に見なかった事にするだろうから……坊ちゃまは、他者に助けを求めたんだ」
『 すがらを たすけて 』
「……来るかどうかもわからない、他者に賭けた。だからあたしは、それに応えてやりたい」
決然と、彼女は言い放ちました。強い瞳――。
見つめられて、私の中のざわつきがいよいよ大きくなっていきました。
体の底から何かが昇ってくるような……何かが突き上げてくるような衝動を覚えます。
唐突に、ひらひらと水中を泳ぐ緋色の魚が見えました。どうやら私の記録映像が、人工知能内部で勝手に再生されたようです。
……そうでした。私は坊ちゃまに訊いたのです。赤い色をしているのに、何故この生物は金魚と言うのかと。
それを聞くと、坊ちゃまは困ったような顔で笑い、それはそういうものなのだ、と教えて下さいました。そうして、赤くないものも居るのだと。
きっと、赤くないものが金色をしていたのでしょうね。と言うと、坊ちゃまはますます困ったようなお顔をなさいました。
「金魚と言うのは、お前をアンドロイドと言うのと同じ種族名であるから、何ならお前がその金魚に名前をつけてやれ」と坊ちゃまが仰られたので、私もそれは素敵なアイディアだと思いました。
けれど、どれだけ考えても、坊ちゃまが私に名付けてくださったような素敵な名前が思い浮かばず、いつまでもその金魚は金魚のままでした。
そうしている内に、その金魚はある日突然、動かなくなってしまったのです。
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