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Chapter.6 真実

逸らしてきたもの

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 動かなくなった金魚は、水槽にぷっかりと浮かんだまま、餌にも反応を示さないのです。
 名を呼べば起きるのではないかと思ったのですが、こんな時に呼ぶ名がまだありませんでした。

 どう呼びかけたら良いのか分からずに困る私に、坊ちゃまが教えて下さいました。

 その金魚はもう、生きてはいないのだと。
 その金魚を構成する一番大切なものは、もうその器には宿っていないのだと。

 それが、〝死〟というものなのだと。

 生物でない私には理解し難い概念でしたが、とにかくその金魚の泳ぐ姿も、与えた餌を食べる姿も、二度と見られないのだということはわかりました。

 私は後悔しました。いつまでも悩んで決められず、結局ただの一度もその金魚の名を呼んでやる事が出来なかった事を。
 私はいつでもノロマなのです。

 坊ちゃまが、私の名を呼ぶ声が好きでした。
 優しくて。……温かいというのでしょうか。温度センサーには反応しない部分が、何処か〝1℃〟だけ上がったような気がするのです。

 呼ばれる度私は、何だか自分がその場に居てもいいのだと、改めて許可を頂いているような気分になったのです。

 だから、あの金魚にも。あの金魚がそう思えるような名前を付けたかったのです。

 何故今あの金魚の事を思い出したのでしょう。……ああ、未亜が話したからですね。
 何故未亜はあの金魚の事を話したのでしたっけ。

 先程からどうにも、何かが落ち着きません。
 何か得体の知れないものが、ざわざわと思考回路をくすぐるのです。

 そうだ。坊ちゃま。坊ちゃまの声を聞けば、終はきっと、安定致します。

 思い立つと、私は坊ちゃまに呼び掛けました。

「坊ちゃま」

 名を呼べば……ほら、坊ちゃまはすぐに私の名を呼び返して下さいます。

いつものように。優しくて、温度センサーが〝1℃〟上がるような、暖かい声で……。


 『 終 』


 ――声は、確かに聞こえたのです。

 けれど私は、気が付いてしまいました。
 今、聞こえた声は……私の記録野の中で再生されたものだったのです。

 実際に、今現在聴覚センサーが拾った振動では、無かったのだと。
 ――それに気が付いた時、見えている世界にも異変が生じました。

 私に向けて笑い掛けて下さっている坊ちゃまのお顔が、薄れて消えていきます。

 そして、残されたのは。

 車椅子に座り、机に伏した――肉の無い、骨組みでした。

 右腕の部分だけがやけに大きく、幾つもの角のような突起を有しています。

 水槽にぷっかりと浮かぶいつかの金魚の姿が、再び重ね映しのように一瞬だけ見えて、また消えていきました。

「……坊ちゃま……?」

 その骨組みへと、今一度呼び掛けます。
 しかし、今度は何も聞こえてきませんでした。

 ――ああ、そうなのですね……坊ちゃま。

 唐突に、それを理解しました。


「もう、終の名を、呼んでは下さらないのですね」
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