辺境伯の愛する傾国

椿猫

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白の軍服と純白のウェディングドレス

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 カラン、カランと大聖堂の鐘が鳴った。

 それはこの辺境伯家のご当主様の結婚式が始まる合図だった。

 今日は辺境中の聖堂の鐘が各地で高らかに鳴っていることだろう。
 各地で民たちも熱狂的に騒いで、無礼講のお祭りが開催される予定だ。
 辺境の中心都市であり、辺境伯の一家が住んでいるここ領都シュレインでは敬愛するご当主様とその伴侶の為にお祝いのお祭りの真っ最中だった。
 本日のメインイベントはご当主一家による大聖堂から城までのパレード。
 伴侶となられた方を未だ見ていない民たちは、彼の君が選んだ方がどのような人なのかと噂しあっていた。

「ご当主様の伴侶様って、噂によると優男らしいじゃない」
「小さくてご当主様と並んだら負けるって聞いたけど」
「俺は何かすっげー才能持ってるって聞いた」
「うちの自慢の女帝様が選んだ方だ。並の人間じゃねぇよ」

 結婚式前からそんな声が容赦なく聞こえてきていたエデルは、ここ最近出入りしている酒場の一角で、なんかマジですいません。俺みたいなのが伴侶になっちゃって本当にすいません。でも、逃げられないんです。物理的にも精神的にも。などと心の中で謝り倒していた。
 辺境伯家のご当主様の伴侶なのに職業:吟遊詩人のエデルには「ご当主様の伴侶は俺です」なんて名乗り出る勇気なんて欠片も持ち合わせていないので、ただ毎日心の中で謝る日々だった。
 一応、吟遊詩人なので酒場で色々と噂話や英雄譚などを聞いては物語を想像して歌と歌詞を作り上げてきたので、こうして酒場に行かないと仕事が出来ないんです、と彼女に訴えると、「それはいけないな。お前の音楽を作る為に必要ならば行ってくるがいい」と言われて許可を出してくれた。ただし、一応、護衛は付けると言われたので毎日、男2人で酒場に繰り出していた。
 
 そして本日、無事に彼の方との結婚式の日を迎えた。
 結婚式が終われば辺境中の人に一応お披露目をされた形になるので、晴れて堂々と「夫婦です」と名乗りを上げられるが、上げられるのと実際に上げるのは別問題だ。
 控え室から窓の外を見る。
 雲一つない美しい青空。穏やかな日差しが降り注ぎ、今日、この良き日を祝福している。
 こんな日に結婚式を上げられる夫婦は幸せ者だろう。
 そんな幸せ夫婦の片割れが……俺ですけど……。
 隣で同じように青空を見ている息子を見た。
 息子は口元に笑みを浮かべている。
 ぎこちない笑顔と死んだ魚のような目だけど。

「……大丈夫か……?」
「ええ、お父さん。もうこうなったら全てを受け入れる方向で生きたい……じゃなくて、いきたいと思います」

 当初は母を「お母様」と呼ばされることになったのでそれに合わせて「お父様」と呼んでいたのだが、エデルの方が違和感だらけの呼びかけに慣れず、せめて「お父さん」と呼んで欲しいと懇願して変えてもらった。
 そして家庭教師が付いてからの4ヶ月ほどで息子はすっかりこういう口調になった。先生方曰く、勉強などの覚えも大変良く、ご当主様は良き長男に恵まれた、と評価は高い。でもここに来る前は近所の子供たちと普通に外で楽しく遊んでいたのを知っているのでちょっぴり不憫だ。
 何せここで少しでも「遊ぼう」というとごっついおっさんたち主催の鬼ごっこが開催されて、城内のあちらこちらに若手の細め(当城内比)の屍が倒れている。
 息子がそれに巻き込まれている姿を何度か見たことがあったのだが、ご当主様の後継者を今のうちから鍛えておこうという有難くもない配慮が働いた結果、本気のおっさんたちから逃げるために息子は素早くちょろちょろと動くことが出来るようになった。
 それだけではなく、いかに相手を出し抜くかという高等技術まで身につけ始めた。いかついおっさんたちによる英才教育はもう始まっている。
 ここに来た当初は栄養不足で痩せ気味だった息子もしっかり食べてたっぷり運動をしたせいかすっかり逞しくなってきて、結婚式の為に仕立てられた子供サイズの黒い軍服が良く似合っていて格好良い。
 こうして見ると息子は彼女に良く似ている。
 確実にこの辺境伯家の血を引く者だということが分かる。
 黒い髪に青紫の瞳がそっくりだ。

「ところでお父さんの用意はもうそれで終了ですか?」
「うん。どうかな?似合う?」

 恥じらいながら父は、衣装をふわりと翻した。息子の死んだ目の要因の一つなのは分かっているが、エデル的には気に入っている。

「……はい、とっても良くお似合いです」

 本当に信じられないぐらいとっても良く似合っている。
 
 純白のウェディングドレスが。

「だよねー。いやー、自分で言うのもなんだけど、俺、女性っぽい顔立ちしてるからこういう衣装が良く似合うって昔から褒められてたんだよね。それに加えてエステ隊のお姉さんたちにめっちゃエステしてもらったし。化粧も本格的な技術をお持ちの侍女さんたちにやってもらったから、鏡見て別人だと思ったもん」

 照れながらも嬉しそうにしている父に息子は複雑な心境に陥った。
 ちなみに後ろでベールを持つのが今日の自分の役目だ。
 母からは「お前の顔見せも兼ねているからウェディングドレスのベールを持て」と言われただけだったのだが、まさか父がウェディングドレスを着るとは思ってもいなかった。

「アリアさんにも俺、絶対似合うって言い切ったから期待裏切らなくて良かったよ」

 にこにこと笑っているが、そもそもどうしてこうなったかと言うと、出会ったその日に結婚したはいいが結婚式をどうしようかという話になった時のことだった。

「ふむ。結婚式か」
「はい、アリア様。急なご結婚でしたので、エデル様の顔見せも兼ねて、少なくともご親族は招待して行った方が宜しいかと存じます」
「なるほど。確かにエデルの顔見せは行った方が良いな」

 この城に来て辺境伯家の女性当主である、アリアレーテ・ロードナイトと結婚してから2ヶ月ほど経った時に執事長のセバスから「結婚式についてお話し合いはなされましたでしょうか?」と聞かれて「そういえばどうするんだろう?」と思い2人でアリアの執務室を訪ねてきたのだ。
 執務室では数人の文官や護衛の騎士たちが常に常駐しており、そこに各方面から書類を持ってくる者が出入りしたり、侍女たちがアリアの為に紅茶を入れたりと、忙しそうに皆が働いていた。

「ならば3ヶ月後に行おう」

 今から招待状を送って返事を貰い、各家の準備が済んで、一族の者たちがシュレインに着くまでそれくらいの時間があれば良いだろう、という計算からだったのだが、その場にいた全員から反対をくらった。

「何言ってるんですか、アリア様!それではアリア様のお衣装が間に合いません!!ウェディングドレスは時間がかかるものなのですよ!」

 アリアのウェディングドレス姿を想像したらしい侍女の叫びに、周りの女性陣もそうだそうだと頷いていた。

「ウェディングドレス?あぁ、あれか。必要か?」
「女性の皆様の憧れだとは思いますが」
「そうか。だがあの衣装だといざという時に動きづらい。そうだな、以前おばあ様にいただいた白の正装があっただろう。あれでいい」

 白の正装は以前、王都での式典用にアリアの祖母があつらえてくれた物だが、ちょうど魔物の群れが出現してその討伐に赴いた為、王都での式典には出席が出来なかった。祖母がその服を着たアリアを見るのを楽しみにしていたのにそれが果たせなかったので、せっかくだからそれを着れば良いだろう。
 だが、白の正装と言えば…。

「アリア様、あちらは白の軍服となっておりますが」
「別に絶対にウェディングドレスでなければならない、ということはないのだろう?私はあれを着たいし、似合うと思うぞ」
「確かにそうですが」

 アリアに白の軍服が似合うのは間違いない。間違いないのだが、そうなると、男性正装×軍服女性、という見栄えになってしまう。
 いや、それはそれで有りなんだろうけど、どうしよう……。
 室内にいてこの話を聞いていた全員が「アリア様の白の軍服姿……!格好良い!!いける!」と思いながらも戸惑いを隠せなかった。
 だがさすがに大勢を招待して行う結婚式でウェディングドレスを着ないのはどうだろう、というのとせっかくの結婚式だから思いっきり着飾らせたいという侍女たちの思いも絡み合って「アリア様、ぜひウェディングドレス!!」「断る」という心温まる会話が何度かなされた後に、エデルが手を上げた。

「あ、じゃあ、俺がウェディングドレス、着ましょうか?」

 真っ直ぐに手を上げてそう提案した。
 その手があったか!じゃなくてそれで良いのか!?
 全員の心の声を代表してセバスがエデルに聞いた。

「エデル様はそれでよろしいのですか?大勢の方の前でその……女装をすることになりますが」
「え、だってアリアさんの白の軍服姿はすっげー格好良いと思うし、ウェディングドレスを俺が着れば済む話なので。俺、旅の劇団の一座とかで女性役をやっていたので別に女装に抵抗はないですよ。むしろ劇団のおねーさんたちに自分たちより似合うって怒られたからウェディングドレスもいけると思います」

 あははは、と軽くエデルは笑って言った。確かにエデルは背はアリアとそれほど変わらないし、顔立ちは女性っぽい優男なのでしっかり化粧をすればウェディングドレスもいけるとは思うのだが。

「それにアリアさんの為におばあ様がせっかく作ってくれた衣装なんだから、絶対着た方がいいですよ。俺、根無し草だったし身内ももういないから、そうやって誰かの想いが詰まった衣装を着れるのって少し羨ましいです」

 エデルの血の繋がった身内はもういない。父なんて一回も見たことがないし、母もとっくの昔に亡くなっているので文字通り一人ぼっちだ。だからアリアに家族から心を込めた贈り物があるというのがちょっとだけ羨ましい。憧れる。

「し、しかし」
「だいじょーぶですって。結婚式の主役はアリアさんなんだから、アリアさんの好きな服を着ればいいんです。それに俺は添え物だから、そんなに俺のことを気にする人なんていないと思いますよ。白の軍服姿のアリアさんの隣にウェディングドレス着た人間がいれば、もうそれだけで格好良くないですか?」

 妙に説得力のあるエデルの言葉に、全員がうっかり頷きそうになった。

「エデル、お前は添え物ではない。私の夫だ。お前のことをバカにする人間がいたら私が許さん。だが、お前の心を嬉しく思う。白の軍服を着たいという私の身勝手な願いを叶えようとしてくれるお前に感謝を」

 エデルとその息子がこの城に来てから2ヶ月ほど経つが、その間、2人はしっかりと馴染んでいた。
 最初は「またあの女がらみの厄介なのが来た」と思って城中の全員で警戒していたが何故かアリアの夫になり、それで偉そうにするわけでもなく、表裏なんて全くない感じで戸惑いつつも一生懸命慣れようとしている姿にいつしか城の者たちも警戒心をなくしていた。
 特にエデルはいつの間にか相手の懐にするりと入り込んでくるので、今では城の中の人間でエデルとしゃべったことのない者なんていない。
 気難しい庭師のじーさんとは珍しい花の話で盛り上がっていたし、料理人には異国の地で食べた料理の再現を頼んでいた。侍女たちや下働きの者たちとはあまり男性という認識はされておらず、ご当主様の旦那様という生き物だと思われている。文官や武官たちとは唯一の取り柄(本人談)である丈夫な内蔵で勝負を挑み、その悉くを床に沈めて友好を深めた。
 それに、城の者たちは知っている。
 アリアが何となく嬉しそうにしているのを。
 エデルの為に今まで使われていなかった部屋の1つを防音室にしてピアノなどの楽器を揃えたり、息子の為に家庭教師の手配をしたりと、2人の為に色々と気を配っている。
 さらに今までは忙しいからと何かと食事を抜いたり、時間を忘れて仕事に没頭していたのだが、今では時間になるとエデルが迎えに来て一緒に食事をし、何ならお茶の時間も確保出来ているので、城の者たちはエデルに感謝をしていた。

「気にしないで、アリアさん。俺が着るんだからオーダーメイドとかいらないので、そこら辺の既製品をちょっと手直しすれば時間的にも間に合うでしょう。アリアさんの軍服に合わせて似たような飾りを付ければ問題ないよね?胸は……何か入れるか」

 自前の胸はぺったんこなので、膨らみは適当に詰め物すればいっか。女装も、その姿のまま大勢の人間の前に立つことも慣れている。舞台の一種だと思えば全然平気だし。何より主役はアリアなのでそこまで自分に注目する人間はいないだろう。
 エデルはそんな軽い気持ちで引き受けた。

「大舞台だと思えば全然平気ですよ。しょせん劇ですから」

 エデルの言葉に、アリアがなぜか急に機嫌を悪くした。

「ほう、劇、か……エデル」

 アリアは自分のイスから立ち上がると、中央のソファーに座るエデルの方へと向かって歩き出した。
 肉食獣がしなやかに動き出したことで周りの人間は全く動けなくなったのだが、ご本人はそんな雰囲気を醸し出しているなんて思ってもいないのだろう。
 お気に入りのおもちゃ(=エデル)はあちらです、と周囲の人間は生贄を差し出した。

「……本当に分かっているのか?」

 アリアは座るエデルの顎をクイッと上げて、自らの顔を近づけた。
 そして、唇と唇が触れ合う寸前、後ほんの指一本分くらいのところでピタリと止まった。

「結婚式では、大勢の前でこのまま口づけることになるのだぞ?」

 ごくり、と誰かの喉が鳴った。侍女たちは口元を両手で覆って固まっている。

「え……あ……」

 アリアの行動に全く対処しきれなかったエデルだが、改めてそう言われて徐々に顔が赤くなった。

「か……覚悟を決めてきます!!」

 わたわたとアリアから逃れてエデルは部屋から走って出て行った。

「ふふ」

 結婚したとはいえ、そういった意味での触れ合いが一切ない夫婦であることは全員が承知している。

「アリア様……」

 セバスが軽く頭を振った。全くそういったことを意識していなかったであろうエデルに現実を見せる良い手段だったのかもしれないが、怜悧な美貌を誇る軍服の女帝と優しい顔立ちと雰囲気を持つ青年のそんなシーンは、周囲の人間の心臓に色々な意味で刺さる。

「デザイナーを呼んで私の服と対になるようなウェディングドレスを用意させろ」
「ギリギリですな。かしこまりました」
「頼むぞ。私は少し部屋に戻る」

 執務室の隣には、休憩用にアリアの部屋が用意してある。
 執務室から直接、誰もいないその部屋に入るとアリアは扉に背を預けてずるずると座り込んだ。

「……ち……近かった……」

 自分でやったこととはいえ、思った以上にエデルの顔に近づいてしまった。
 侍女たちが彼の伸ばしっぱなしになっていた灰色の髪を整えてしっかりと櫛でといて艶出しをしたおかげで、本来の青灰色に戻った背の半ばまであるさらさらの髪の毛。
 自分だけを映してくれた優しい水色の瞳。
 あそこでエデルが逃げ出してくれなかったらどうなっていたのだろう。
 アリアは、ほんの少しだけ赤くなった顔を両手で覆ったのだった。
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