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第3話:奇跡の塩と、関所の門(と、俺の胃)
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「……すぴー……すぴー……」
俺の背中で、平和な寝息が聞こえる。
ソアラだ。聖女のなり損ない。俺の相棒(荷物)。
あの『祝福の砂糖水(聖都崩壊阻止スペシャル)』を飲んで以来、こいつはマジで幸せそうに爆睡し続けている。
その顔は、聖女っつーか、天使だ。
寝てりゃな。
「……さて」
俺、佐藤健太郎(四十二歳・元教師・現おんぶ係)は、荒野に吹きすさぶ風を受けながら、途方に暮れていた。
聖都の門は、俺たちが放り出された瞬間、ギイイイ……と音を立てて固く閉ざされた。
まるで「二度と帰ってくるな」と言わんばかりの、決意に満ちた閉門だった。クソが。
背中にはスヤスヤ眠るソアラ(推定40キロ)。
両手には、パンパンに詰まった麻袋二つ。
中身は、『聖なるじゃがいも』『奇跡の塩』『祝福の砂糖』。
……ほぼ、芋だ。芋9割、調味料1割。
「いや、どうしろと」
魔王討伐?
俺のステータス、たぶん『農家のおっさん』だぞ。
武器は芋。防具は布の服。スキルは『芋をふかす』『塩をふる』『砂糖水を作る』。
どう考えても、魔王どころか、道端のスライムにすら勝てる気がしねえ。
(あの女神……マジで許さん……)
俺がアホ女神に殺意を向けていると、背中のソアラが「ん……」と身じろぎした。
「……あれ……? わたくし……?」
ソアラが、ゆっくりと目を開けた。
寝ぼけ眼(まなこ)で、俺の肩越しに周囲を見渡している。
「……あの、サトウ、さん……?」
「おう。起きたか、歩く厄災」
「や、厄災……!?」
ソアラがバッと俺の背中から飛び降りた。(意外と身軽だな)
そして、自分が今いる場所が、見覚えのない荒野であることに気づき、目を見開いた。
「こ、こここ、ここはどこですの!? 大神殿は!? 教皇様は!?」
「ああ。大神殿なら、お前が寝てる間に『追放(ワッショイ)』されたぞ」
俺は、聖都の方角を親指で差した。
「俺たち、魔王討伐の旅に出されたんだとさ。お前が『聖都の厄災』だから、外で魔王と相殺してこいってよ」
「…………え?」
ソアラの顔から、急速に血の気が引いていく。
俺は、あのワッショイ事件の一部始終を、包み隠さず(ややコメディ色を強めに)説明してやった。
「……そんな……わたくし、追放……された……?」
「まあ、聞こえは悪いが、そういうことだ。俺も道連れだ」
「わたくしが……皆さんに、迷惑を……聖都から、厄介払い……」
ソアラの瞳に、再び涙が浮かぶ。
やばい。このパターンは、知っている。
ストレス! プレッシャー! 自己嫌悪!
魔力暴走のフラグがビンビンに立っている!
「ひっ……うう……わたくしなんて……やはり、『なり損ない』なんですわ……」
「おい、ソアラ! 待て待て、落ち着け!」
俺は慌てて麻袋に手を突っ込む。
『祝福の砂糖』は、どこだ!?
だが、ソアラの暴走は、俺の予想とは違った。
バチバチバチ!
黄金色の魔力が、彼女の足元でスパークする。
しかし、それは周囲に拡散するのではなく、ソアラ自身の体に吸い寄せられるように、圧縮されていく。
「わたくしなんて……! わたくしなんて……!」
彼女が握りしめた拳に、凄まじい魔力が集束していく。
これは、いつもの「どうして《超新星》に!?」パターンじゃない。
明確な『意図』を持った魔力の動きだ!
「わたくしなんて……消えてしまえばいいんですのよ!」
「馬鹿野郎!!」
ソアラが、その魔力を込めた拳を、自分自身の胸に叩き込もうとした!
自害する気だ!
俺は、麻袋(芋入り)を盾にするようにして、ソアラに体当たりをかました!
ドンガラガッシャーン!!(芋が散らばる音)
「ぐふっ!?」
「きゃあっ!?」
俺とソアラは、荒野の土の上を無様に転がった。
散らばった大量のじゃがいもが、俺たちの頭にコツン、コツンと当たる。シュールすぎるだろ。
「……な、何を……なさるんですの……!」
涙目で俺を睨むソアラ。
俺は、土まみれのまま、ソアラの頭を(教師時代のクセで)ゴツン、と軽く小突いた。
「痛っ!?」
「このアホが! 死んでどうする! 死んで!」
「だ、だって! わたくしは厄災で! 皆に迷惑ばかりで!」
「それがどうした!」
俺は、ソアラの肩を掴んで、無理やり目線を合わせた。
「迷惑? 上等じゃねえか! 生きてりゃ迷惑くらいかけるだろ! 俺だってそうだ! 四十二年間、親に、同僚に、生徒に、迷惑かけっぱなしで生きてきたわ!」
「……え?」
「だいたいな、『聖女』だ『兵器』だ『厄災』だ、周りが勝手に期待して、勝手に失望して、勝手にレッテル貼って! お前はそれに振り回されてるだけだろ!」
「わ、わたくしは……」
「いいか、ソアラ。お前は『聖女』でも『厄災』でもねえ。ただのソアラだ。魔力コントロールがド下手くそな、腹ペコの、泣き虫の、ただの女の子だ」
「……ただの、女の子……」
「そうだ。聖都の連中がなんと言おうが、俺はそう思ってる。俺の『生徒(仮)』だ」
俺は立ち上がりながら、手を差し伸べた。
「で、だ。そのド下手くそな『生徒(仮)』がいないと、俺も困るんだよ」
「……え? サトウさんが……困る?」
「当たり前だろ!」
俺は、散らばった芋を指差した。
「俺のスキルは芋(ふかし)と調味料(味付け)だぞ? これでどうやって魔王倒すんだよ。お前がいないと、俺はただの『芋おじさん』だ。魔王軍に捕まって、一生芋をふかさせられるエンドだぞ」
「い、芋おじさん……ぷっ」
ソアラが、少しだけ噴き出した。よし、笑った。
「お前には、そのデカすぎる魔力がある。俺には、それを(たぶん)コントロールできる芋と砂糖がある。……まあ、塩はまだよくわからんが」
「……」
「一人じゃ無理でも、二人なら、なんとかなるかもしれねえだろ? 魔王討伐なんてクソくらえだが、少なくとも、野垂れ死にはマシだ」
俺はもう一度、手を差し出した。
「どうする? ソアラ。俺と一緒に……とりあえず、次の街まで行ってみるか? 芋、食いながら」
ソアラは、俺の手と、散らばった芋を、交互に見た。
そして、まだ涙で濡れた顔のまま、小さく、笑った。
「……はい。サトウ……いいえ、『先生』」
ソアラが、俺の手を、ぎゅっと握り返した。
……なんか、アレだな。
教師時代を思い出すぜ。
問題児を家庭訪問して、説得してる気分だ。
(異世界に来てまで、やってること変わんねえな、俺!)
---
かくして、俺たち(と大量の芋)は、魔王討V……いや、次の街を目指して、荒野を歩き始めた。
「それにしても、先生。さっきは驚きましたわ。わたくしの魔力暴走を、体当たりで……」
「ああ、あれな。俺も必死だったんだよ」
「でも、わたくしの魔力は触れただけで……先生、お怪我は?」
ソアラが心配そうに俺を見る。
そういえば、そうだ。
俺、あいつの魔力(自爆モード)に突っ込んだよな?
でも、痛くも痒くもない。
「……ああ、そうか」
俺は、体当たりの際に盾にした『麻袋(芋入り)』を見た。
芋が、いくつか黒焦げになっている。
「……なるほどな。『聖なるじゃがいも』は、『聖なる』だけあって、魔力耐性がある、と。食料兼、盾か。便利だなオイ」
「芋が盾ですの!?」
「ああ。お前が暴走しそうになったら、今後、俺は芋を投げつけることにする」
「ひどいですわ!」
そんな軽口を叩きながら歩くこと、半日。
俺の胃袋が、限界を告げた。
「ぐうううううううう~~~~」
「……先生。お腹、すきましたの?」
「すいた。すきまくった。聖都に着いてから、芋(ソアラの食い残しのカケラ)しか食ってねえ」
俺たちは休憩がてら、道端の岩に腰掛けた。
俺が麻袋から芋を取り出すと、それはもうホカホカの『ふかし芋』になっていた。
『聖なるじゃがいも』、マジで便利スキル。
「ソアラも食うか?」
「はい! いただきますわ!」
二人で、熱々の芋を頬張る。
「おいひいですわ!」
「……うまい、が。うまいんだが……」
俺は、二個目の芋を手に取って、絶望的な気分になった。
聖都から持たされた芋、推定、数百個。
味付けは、塩か、砂糖。
(……これ、三日で飽きるぞ)
俺の教師生活(第二章)は、『栄養失調(偏り)』との戦いにもなりそうだ。
「先生、どうかなさいました?」
「いや……。ソアラ、お前、『塩』と『砂糖』、どっちがいい?」
「うーん……昨日は塩でしたから、今日は『砂糖』で!」
「却下だ」
「えええ!?」
俺は即答した。
「『祝福の砂糖』は、お前の精神安定剤(睡眠薬)だ。こんな道端で寝られたら、俺が死ぬ。お前を背負って、芋の麻袋二つ持って、スライムに追いかけられるとか、悪夢だろ」
「うう……確かに、あの砂糖水を飲んだら、とっても幸せな気分で眠く……」
「だろ? だから、移動中は『塩』オンリーだ。いいな?」
「は、はい……(しょんぼり)」
俺は『奇跡の塩』の小瓶を取り出した。
(アホ女神は、芋、塩、砂糖をセットで渡した。芋が『肉体(空腹)』、砂糖が『精神(ストレス)』なら、この『塩』にも、何か特別な効果があるはずだ)
俺は、ふかし芋に、サラサラと『奇跡の塩』を振りかけた。
見た目は、ただの高級な岩塩だ。
「よし、食え」
「いただきまーす! ……もぐもぐ……」
ソアラが、塩味の芋を頬張る。
「おいしいですわ! ……ん?」
ソアラが、ピタッと動きを止めた。
そして、自分の両手を見つめている。
「先生……なんだか……」
「どうした?」
「力が……みなぎってきますわ……!」
ビキビキビキ!
ソアラの、細い腕(の筋肉)が、ありえないレベルで隆起した!
いや、筋肉じゃない! 魔力だ!
魔力が、彼女の体表を、鎧のように覆っていく!
「うおおおおおおお!?」
「な、なんですのこれ!? 魔力が、勝手に!? でも、暴走じゃなくて、制御されて……!」
ソアラが立ち上がると、その全身から、黄金色のオーラ(魔力)が立ち上っていた。
まるで、某伝説の超戦士みたいだ。
「先生! わたくし、今なら、魔法を制御できる気がします!」
「お、おう!? やってみろ! ……いや、待て! 聖都を吹き飛ばした《超新星》とかはやめろよ! 頼むから《火球(ファイアボール)》レベルで!」
「はい! いきますわ! 《火球(ファイアボール)》!」
ソアラが、自信満々に右手を突き出す。
彼女の掌に、完璧な球形の、魔力が集束する。
暴走の気配はない。完璧な制御だ。
そして、
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!
放たれた『火球(のつもり)』は、音速を超えた(ように見えた)速度で、前方数キロ先にあった岩山に着弾し、山(・・)を一つ、消し飛ばした。
「「「…………」」」
俺とソアラは、二人同時に、着弾地点(元・岩山、現・クレーター)を見た。
……聖都のクレーターより、深くねえか?
「……ソアラ」
「は、はい」
「今のは、なんだ?」
「《火球(ファイアボール)》、ですわ……」
「……そうか」
俺は、天を仰いだ。
『奇跡の塩』。
その効果は、『活力(ブースト)』。
魔力の制御を助ける? 違う。
魔力の『威力』を、制御不能なレベルまでブースト(増強)する、クソ迷惑な調味料だった!
「……先生」
「なんだ」
「わたくし……また、やっちゃいました……?」
「ああ。盛大にな」
(どうすんだよこれェェェェ!!)
(砂糖を使えば寝る! 塩を使えば山が消える! 芋だけ食わせたらストレスで暴走する!)
(俺の異世界教師(兼調教師)生活、詰んでないか!?)
俺が絶望していると、遠くから地響きが聞こえてきた。
さっきの爆発音で、何かが起きたらしい。
見ると、街道の先。
俺たちが行くはずだった『関所』の方角から、砂埃を上げて、騎士の一団が猛スピードでこっちに向かってくる。
その旗印は、聖都の騎士団とは違う。この土地の領主の旗か。
「おい! さっきの爆発はなんだ!」
「魔王軍か!?」
騎士たちが、俺たち(と、オーラを放ち続けるソアラ)を見て、剣を抜いた。
「な、何者だ! 貴様ら! あの山を消したのは貴様らか!」
「あ、いや、これは、その……」
俺がどう言い訳しようか悩んでいると、ソアラが(ブースト状態で)自信満々に一歩前に出た。
「ごきげんよう! わたくしは聖都の聖女(なりそこない)、ソアラと申しますの! こちらはわたくしの『先生』ですわ!」
「聖女!? あの『厄災』のソアラ様か!?」
騎士たちが露骨に警戒レベルを引き上げた。
聖都からの「お触れ」、絶対回ってるな!
「お、おのれ! 聖都を追放されたと聞けば、今度はこの地を破壊しに来たか!」
「待て! 誤解だ!」
「問答無用! 『厄災』はここで討ち取る! 全員、かかれ!」
「「「おおお!」」」
騎士たちが、馬を駆って突撃してくる!
「ソアラ! どうにかしろ! 《そよ風(ブリーズ)》とか!」
「はい! 《そよ風(ブリーズ)》!」
ソアラが、再び手を突き出す。
ゴオオオオオオオオオ!!(暴風)
「「「ぎゃあああああああああ!!?」」」
《そよ風(ブースト版)》は、轟音と共に『超巨大竜巻(トルネード)』と化し、突撃してきた騎士団(馬ごと)を、空の彼方へと吹き飛ばしてしまった。
キラキラと、星になって消えていく騎士たち。
「「「…………」」」
「……あ」
「……あ」
俺たちは、再び顔を見合わせた。
「……先生。どうしましょう」
「……とりあえず、関所、通れるんじゃねえか?」
俺たちは、騎士たちが消えていった先……がら空きになった関所(の門)を、無言で通り抜けた。
門番は、一人もいなかった。
(みんな、飛んでいったから)
(魔王、待ってろ。お前を倒す前に、俺はこの子の『塩加減』をマスターしなきゃならねえ……!)
(俺の異世界料理人(兼教師)生活、前途多難である!)
俺の背中で、平和な寝息が聞こえる。
ソアラだ。聖女のなり損ない。俺の相棒(荷物)。
あの『祝福の砂糖水(聖都崩壊阻止スペシャル)』を飲んで以来、こいつはマジで幸せそうに爆睡し続けている。
その顔は、聖女っつーか、天使だ。
寝てりゃな。
「……さて」
俺、佐藤健太郎(四十二歳・元教師・現おんぶ係)は、荒野に吹きすさぶ風を受けながら、途方に暮れていた。
聖都の門は、俺たちが放り出された瞬間、ギイイイ……と音を立てて固く閉ざされた。
まるで「二度と帰ってくるな」と言わんばかりの、決意に満ちた閉門だった。クソが。
背中にはスヤスヤ眠るソアラ(推定40キロ)。
両手には、パンパンに詰まった麻袋二つ。
中身は、『聖なるじゃがいも』『奇跡の塩』『祝福の砂糖』。
……ほぼ、芋だ。芋9割、調味料1割。
「いや、どうしろと」
魔王討伐?
俺のステータス、たぶん『農家のおっさん』だぞ。
武器は芋。防具は布の服。スキルは『芋をふかす』『塩をふる』『砂糖水を作る』。
どう考えても、魔王どころか、道端のスライムにすら勝てる気がしねえ。
(あの女神……マジで許さん……)
俺がアホ女神に殺意を向けていると、背中のソアラが「ん……」と身じろぎした。
「……あれ……? わたくし……?」
ソアラが、ゆっくりと目を開けた。
寝ぼけ眼(まなこ)で、俺の肩越しに周囲を見渡している。
「……あの、サトウ、さん……?」
「おう。起きたか、歩く厄災」
「や、厄災……!?」
ソアラがバッと俺の背中から飛び降りた。(意外と身軽だな)
そして、自分が今いる場所が、見覚えのない荒野であることに気づき、目を見開いた。
「こ、こここ、ここはどこですの!? 大神殿は!? 教皇様は!?」
「ああ。大神殿なら、お前が寝てる間に『追放(ワッショイ)』されたぞ」
俺は、聖都の方角を親指で差した。
「俺たち、魔王討伐の旅に出されたんだとさ。お前が『聖都の厄災』だから、外で魔王と相殺してこいってよ」
「…………え?」
ソアラの顔から、急速に血の気が引いていく。
俺は、あのワッショイ事件の一部始終を、包み隠さず(ややコメディ色を強めに)説明してやった。
「……そんな……わたくし、追放……された……?」
「まあ、聞こえは悪いが、そういうことだ。俺も道連れだ」
「わたくしが……皆さんに、迷惑を……聖都から、厄介払い……」
ソアラの瞳に、再び涙が浮かぶ。
やばい。このパターンは、知っている。
ストレス! プレッシャー! 自己嫌悪!
魔力暴走のフラグがビンビンに立っている!
「ひっ……うう……わたくしなんて……やはり、『なり損ない』なんですわ……」
「おい、ソアラ! 待て待て、落ち着け!」
俺は慌てて麻袋に手を突っ込む。
『祝福の砂糖』は、どこだ!?
だが、ソアラの暴走は、俺の予想とは違った。
バチバチバチ!
黄金色の魔力が、彼女の足元でスパークする。
しかし、それは周囲に拡散するのではなく、ソアラ自身の体に吸い寄せられるように、圧縮されていく。
「わたくしなんて……! わたくしなんて……!」
彼女が握りしめた拳に、凄まじい魔力が集束していく。
これは、いつもの「どうして《超新星》に!?」パターンじゃない。
明確な『意図』を持った魔力の動きだ!
「わたくしなんて……消えてしまえばいいんですのよ!」
「馬鹿野郎!!」
ソアラが、その魔力を込めた拳を、自分自身の胸に叩き込もうとした!
自害する気だ!
俺は、麻袋(芋入り)を盾にするようにして、ソアラに体当たりをかました!
ドンガラガッシャーン!!(芋が散らばる音)
「ぐふっ!?」
「きゃあっ!?」
俺とソアラは、荒野の土の上を無様に転がった。
散らばった大量のじゃがいもが、俺たちの頭にコツン、コツンと当たる。シュールすぎるだろ。
「……な、何を……なさるんですの……!」
涙目で俺を睨むソアラ。
俺は、土まみれのまま、ソアラの頭を(教師時代のクセで)ゴツン、と軽く小突いた。
「痛っ!?」
「このアホが! 死んでどうする! 死んで!」
「だ、だって! わたくしは厄災で! 皆に迷惑ばかりで!」
「それがどうした!」
俺は、ソアラの肩を掴んで、無理やり目線を合わせた。
「迷惑? 上等じゃねえか! 生きてりゃ迷惑くらいかけるだろ! 俺だってそうだ! 四十二年間、親に、同僚に、生徒に、迷惑かけっぱなしで生きてきたわ!」
「……え?」
「だいたいな、『聖女』だ『兵器』だ『厄災』だ、周りが勝手に期待して、勝手に失望して、勝手にレッテル貼って! お前はそれに振り回されてるだけだろ!」
「わ、わたくしは……」
「いいか、ソアラ。お前は『聖女』でも『厄災』でもねえ。ただのソアラだ。魔力コントロールがド下手くそな、腹ペコの、泣き虫の、ただの女の子だ」
「……ただの、女の子……」
「そうだ。聖都の連中がなんと言おうが、俺はそう思ってる。俺の『生徒(仮)』だ」
俺は立ち上がりながら、手を差し伸べた。
「で、だ。そのド下手くそな『生徒(仮)』がいないと、俺も困るんだよ」
「……え? サトウさんが……困る?」
「当たり前だろ!」
俺は、散らばった芋を指差した。
「俺のスキルは芋(ふかし)と調味料(味付け)だぞ? これでどうやって魔王倒すんだよ。お前がいないと、俺はただの『芋おじさん』だ。魔王軍に捕まって、一生芋をふかさせられるエンドだぞ」
「い、芋おじさん……ぷっ」
ソアラが、少しだけ噴き出した。よし、笑った。
「お前には、そのデカすぎる魔力がある。俺には、それを(たぶん)コントロールできる芋と砂糖がある。……まあ、塩はまだよくわからんが」
「……」
「一人じゃ無理でも、二人なら、なんとかなるかもしれねえだろ? 魔王討伐なんてクソくらえだが、少なくとも、野垂れ死にはマシだ」
俺はもう一度、手を差し出した。
「どうする? ソアラ。俺と一緒に……とりあえず、次の街まで行ってみるか? 芋、食いながら」
ソアラは、俺の手と、散らばった芋を、交互に見た。
そして、まだ涙で濡れた顔のまま、小さく、笑った。
「……はい。サトウ……いいえ、『先生』」
ソアラが、俺の手を、ぎゅっと握り返した。
……なんか、アレだな。
教師時代を思い出すぜ。
問題児を家庭訪問して、説得してる気分だ。
(異世界に来てまで、やってること変わんねえな、俺!)
---
かくして、俺たち(と大量の芋)は、魔王討V……いや、次の街を目指して、荒野を歩き始めた。
「それにしても、先生。さっきは驚きましたわ。わたくしの魔力暴走を、体当たりで……」
「ああ、あれな。俺も必死だったんだよ」
「でも、わたくしの魔力は触れただけで……先生、お怪我は?」
ソアラが心配そうに俺を見る。
そういえば、そうだ。
俺、あいつの魔力(自爆モード)に突っ込んだよな?
でも、痛くも痒くもない。
「……ああ、そうか」
俺は、体当たりの際に盾にした『麻袋(芋入り)』を見た。
芋が、いくつか黒焦げになっている。
「……なるほどな。『聖なるじゃがいも』は、『聖なる』だけあって、魔力耐性がある、と。食料兼、盾か。便利だなオイ」
「芋が盾ですの!?」
「ああ。お前が暴走しそうになったら、今後、俺は芋を投げつけることにする」
「ひどいですわ!」
そんな軽口を叩きながら歩くこと、半日。
俺の胃袋が、限界を告げた。
「ぐうううううううう~~~~」
「……先生。お腹、すきましたの?」
「すいた。すきまくった。聖都に着いてから、芋(ソアラの食い残しのカケラ)しか食ってねえ」
俺たちは休憩がてら、道端の岩に腰掛けた。
俺が麻袋から芋を取り出すと、それはもうホカホカの『ふかし芋』になっていた。
『聖なるじゃがいも』、マジで便利スキル。
「ソアラも食うか?」
「はい! いただきますわ!」
二人で、熱々の芋を頬張る。
「おいひいですわ!」
「……うまい、が。うまいんだが……」
俺は、二個目の芋を手に取って、絶望的な気分になった。
聖都から持たされた芋、推定、数百個。
味付けは、塩か、砂糖。
(……これ、三日で飽きるぞ)
俺の教師生活(第二章)は、『栄養失調(偏り)』との戦いにもなりそうだ。
「先生、どうかなさいました?」
「いや……。ソアラ、お前、『塩』と『砂糖』、どっちがいい?」
「うーん……昨日は塩でしたから、今日は『砂糖』で!」
「却下だ」
「えええ!?」
俺は即答した。
「『祝福の砂糖』は、お前の精神安定剤(睡眠薬)だ。こんな道端で寝られたら、俺が死ぬ。お前を背負って、芋の麻袋二つ持って、スライムに追いかけられるとか、悪夢だろ」
「うう……確かに、あの砂糖水を飲んだら、とっても幸せな気分で眠く……」
「だろ? だから、移動中は『塩』オンリーだ。いいな?」
「は、はい……(しょんぼり)」
俺は『奇跡の塩』の小瓶を取り出した。
(アホ女神は、芋、塩、砂糖をセットで渡した。芋が『肉体(空腹)』、砂糖が『精神(ストレス)』なら、この『塩』にも、何か特別な効果があるはずだ)
俺は、ふかし芋に、サラサラと『奇跡の塩』を振りかけた。
見た目は、ただの高級な岩塩だ。
「よし、食え」
「いただきまーす! ……もぐもぐ……」
ソアラが、塩味の芋を頬張る。
「おいしいですわ! ……ん?」
ソアラが、ピタッと動きを止めた。
そして、自分の両手を見つめている。
「先生……なんだか……」
「どうした?」
「力が……みなぎってきますわ……!」
ビキビキビキ!
ソアラの、細い腕(の筋肉)が、ありえないレベルで隆起した!
いや、筋肉じゃない! 魔力だ!
魔力が、彼女の体表を、鎧のように覆っていく!
「うおおおおおおお!?」
「な、なんですのこれ!? 魔力が、勝手に!? でも、暴走じゃなくて、制御されて……!」
ソアラが立ち上がると、その全身から、黄金色のオーラ(魔力)が立ち上っていた。
まるで、某伝説の超戦士みたいだ。
「先生! わたくし、今なら、魔法を制御できる気がします!」
「お、おう!? やってみろ! ……いや、待て! 聖都を吹き飛ばした《超新星》とかはやめろよ! 頼むから《火球(ファイアボール)》レベルで!」
「はい! いきますわ! 《火球(ファイアボール)》!」
ソアラが、自信満々に右手を突き出す。
彼女の掌に、完璧な球形の、魔力が集束する。
暴走の気配はない。完璧な制御だ。
そして、
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!
放たれた『火球(のつもり)』は、音速を超えた(ように見えた)速度で、前方数キロ先にあった岩山に着弾し、山(・・)を一つ、消し飛ばした。
「「「…………」」」
俺とソアラは、二人同時に、着弾地点(元・岩山、現・クレーター)を見た。
……聖都のクレーターより、深くねえか?
「……ソアラ」
「は、はい」
「今のは、なんだ?」
「《火球(ファイアボール)》、ですわ……」
「……そうか」
俺は、天を仰いだ。
『奇跡の塩』。
その効果は、『活力(ブースト)』。
魔力の制御を助ける? 違う。
魔力の『威力』を、制御不能なレベルまでブースト(増強)する、クソ迷惑な調味料だった!
「……先生」
「なんだ」
「わたくし……また、やっちゃいました……?」
「ああ。盛大にな」
(どうすんだよこれェェェェ!!)
(砂糖を使えば寝る! 塩を使えば山が消える! 芋だけ食わせたらストレスで暴走する!)
(俺の異世界教師(兼調教師)生活、詰んでないか!?)
俺が絶望していると、遠くから地響きが聞こえてきた。
さっきの爆発音で、何かが起きたらしい。
見ると、街道の先。
俺たちが行くはずだった『関所』の方角から、砂埃を上げて、騎士の一団が猛スピードでこっちに向かってくる。
その旗印は、聖都の騎士団とは違う。この土地の領主の旗か。
「おい! さっきの爆発はなんだ!」
「魔王軍か!?」
騎士たちが、俺たち(と、オーラを放ち続けるソアラ)を見て、剣を抜いた。
「な、何者だ! 貴様ら! あの山を消したのは貴様らか!」
「あ、いや、これは、その……」
俺がどう言い訳しようか悩んでいると、ソアラが(ブースト状態で)自信満々に一歩前に出た。
「ごきげんよう! わたくしは聖都の聖女(なりそこない)、ソアラと申しますの! こちらはわたくしの『先生』ですわ!」
「聖女!? あの『厄災』のソアラ様か!?」
騎士たちが露骨に警戒レベルを引き上げた。
聖都からの「お触れ」、絶対回ってるな!
「お、おのれ! 聖都を追放されたと聞けば、今度はこの地を破壊しに来たか!」
「待て! 誤解だ!」
「問答無用! 『厄災』はここで討ち取る! 全員、かかれ!」
「「「おおお!」」」
騎士たちが、馬を駆って突撃してくる!
「ソアラ! どうにかしろ! 《そよ風(ブリーズ)》とか!」
「はい! 《そよ風(ブリーズ)》!」
ソアラが、再び手を突き出す。
ゴオオオオオオオオオ!!(暴風)
「「「ぎゃあああああああああ!!?」」」
《そよ風(ブースト版)》は、轟音と共に『超巨大竜巻(トルネード)』と化し、突撃してきた騎士団(馬ごと)を、空の彼方へと吹き飛ばしてしまった。
キラキラと、星になって消えていく騎士たち。
「「「…………」」」
「……あ」
「……あ」
俺たちは、再び顔を見合わせた。
「……先生。どうしましょう」
「……とりあえず、関所、通れるんじゃねえか?」
俺たちは、騎士たちが消えていった先……がら空きになった関所(の門)を、無言で通り抜けた。
門番は、一人もいなかった。
(みんな、飛んでいったから)
(魔王、待ってろ。お前を倒す前に、俺はこの子の『塩加減』をマスターしなきゃならねえ……!)
(俺の異世界料理人(兼教師)生活、前途多難である!)
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