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第4話:その渇きは、恋か食欲か
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世にも奇妙なお茶会は、表面上は驚くほど和やかに幕を閉じた。
「それじゃ、美咲、またね! 九条さんも、今日はどうも!」
瑠璃は、玄関先で私にだけしか見えない角度で、九条さんに向かって鋭い視線を一閃させた。九条さんも、完璧な微笑みを浮かべたまま、その視線を真正面から受け止めている。
(やっぱり、気のせいじゃなかった……)
二人の間に流れる空気は、友情とは程遠い、ピリピリとした緊張感に満ちている。
「瑠璃、待って!」
私は慌てて瑠璃の腕を掴み、アパートの階段を半分降りた踊り場で引き留めた。
「どうしたの、美咲?」
振り返った瑠璃の顔は、いつもの太陽みたいな笑顔じゃなく、真剣そのものだった。
「……九条さんと、何かあったの? さっきリビングで、変なこと言ってなかった…? 『獲物』とか……」
瑠璃は一瞬、息を呑んだ。
「……聞こえてたんだ」
「う、うん。私、怖くて……」
瑠璃は私の手を強く握り返した。
「美咲。よく聞いて。あの男……九条刹那は、ヤバい。アンタが思ってる百万倍、危険な存在よ」
「危険って……」
「あいつは『捕食者』。アンタはあいつにとって、極上の『餌』なの。あいつは……アンタを喰うつもりよ」
―――喰う。
瑠璃の口から放たれた決定的な言葉に、血の気が引いていく。
あの日、彼に言われた「食べたい」という言葉が、悪夢のように蘇る。
「だから、絶対に、あいつと二人きりになっちゃダメ。あの部屋にも行っちゃダメ。わかった?」
瑠璃の真剣な瞳に、私はこくこくと頷くことしかできなかった。
部屋に戻り、鍵をかける。
(どうしよう……)
瑠璃の警告が、頭の中で警報のように鳴り響く。
怖い。逃げ出したい。
でも。
あの夕暮れ色の瞳。私を呼んだ、甘い囁き。あの獣めいた、抗いがたい香り。
恐怖と同時に、私の中の何かが、抗いがたく彼に惹かれているのも事実だった。
その時。
コン、コン。
壁じゃない。今度は、私の部屋のドアが、控えめにノックされた。
「っ!?」
心臓が喉から飛び出るかと思った。
ドアスコープを恐る恐る覗き込むと、そこには、案の定―――九条刹那さんが立っていた。
完璧な微笑みを浮かべて。
「美咲さん」
ドア越しに、あの甘い声が響く。
「……はい」
「先程は、ごちそうさまでした。とても美味しいケーキでしたよ」
「あ……どういたしまして……」
ドアチェーンをかけたまま、ほんの少しだけドアを開ける。
「あの、何か、ご用で……」
九条さんは、ふふ、と悪戯っぽく笑った。
「ええ。貴女のお友達が、貴女に『釘』を刺していくのが聞こえたものですから」
―――ゾクリ。
(聞こえてた!? 階段での会話が!?)
「俺と、二人きりになるな、と。……違いますか?」
彼の夕暮れ色の瞳が、細められる。
「それは……」
「彼女は正しい。……俺は、危険ですよ」
そう言った彼の指が、ドアの隙間からスッと差し込まれ、ドアチェーンに触れた。
カシャン。
まるで魔法のように、チェーンが呆気なく外れる。
「え……っ!?」
私の意思とは関係なく、ドアがゆっくりと開け放たれる。
そこに立っていた九条さんは、もう微笑んではいなかった。
飢えた獣のように、ひどく渇いた、焦がれるような瞳で、私を見つめていた。
「瑠璃さんは、俺が貴女を『喰う』と仰ったそうですね」
一歩、彼が部屋に足を踏み入れる。私は後ずさる。
「ひっ……」
「半分当たりで、半分間違いだ」
二歩。背中がリビングの壁にぶつかる。逃げ場はない。
彼が私のすぐ隣に手をつく。いわゆる、壁ドン。
あの甘く熟れた果実とムスクの香りが、私を包み込んで、思考を麻痺させる。
「俺は、貴女の血肉や魂が欲しいんじゃない」
「じゃあ……なにを……」
彼の顔が、ゆっくりと近づいてくる。
夕暮れ色の瞳が、私を射抜いて離さない。
「俺が欲しいのは……貴女の、全部だ」
吐息がかかるほどの距離で、彼が囁く。
「初めて会った時から、ずっと我慢していた。この香りを嗅ぐたび、壁越しに貴女の気配を感じるたび……狂いそうだった」
「あ……」
「『喰べたい』……ああ、その通りだ。だが、それはこういう意味だ」
彼の冷たい指先が、私の顎を捉え、上を向かせる。
そして、その美しい唇が―――私の唇に、触れた。
「ん……っ!?」
それは、キスなんて優しいものじゃなかった。
まるで渇ききった獣が、ようやく見つけた泉の水を貪るような、激しくて、深くて、すべてを奪い尽くすような口づけ。
頭が真っ白になる。
怖い、はずなのに。瑠璃の警告が、頭の片隅でまだ鳴っているのに。
彼の腕が私の腰を抱き寄せ、隙間なく抱きしめられると、身体の力が抜けていく。
「……はぁ、……っ」
長い、長い口づけが終わり、私たちが離れた時、互いの間には銀色の糸が引いていた。
彼の瞳は、先程よりもずっと濃い色を宿し、爛々と輝いている。
そして。
彼の頭上、あの艶やかな金糸の髪の間から―――ぴょこん、と、同じ色の、ふわふわな獣の耳が二つ、現れているのを、私は確かに見た。
「……ああ、なんて甘いんだ」
九条さんは、私の唇を親指でそっと拭い、恍惚とした表情で囁いた。
「美咲さん。……やっと、一口、食べられた」
「それじゃ、美咲、またね! 九条さんも、今日はどうも!」
瑠璃は、玄関先で私にだけしか見えない角度で、九条さんに向かって鋭い視線を一閃させた。九条さんも、完璧な微笑みを浮かべたまま、その視線を真正面から受け止めている。
(やっぱり、気のせいじゃなかった……)
二人の間に流れる空気は、友情とは程遠い、ピリピリとした緊張感に満ちている。
「瑠璃、待って!」
私は慌てて瑠璃の腕を掴み、アパートの階段を半分降りた踊り場で引き留めた。
「どうしたの、美咲?」
振り返った瑠璃の顔は、いつもの太陽みたいな笑顔じゃなく、真剣そのものだった。
「……九条さんと、何かあったの? さっきリビングで、変なこと言ってなかった…? 『獲物』とか……」
瑠璃は一瞬、息を呑んだ。
「……聞こえてたんだ」
「う、うん。私、怖くて……」
瑠璃は私の手を強く握り返した。
「美咲。よく聞いて。あの男……九条刹那は、ヤバい。アンタが思ってる百万倍、危険な存在よ」
「危険って……」
「あいつは『捕食者』。アンタはあいつにとって、極上の『餌』なの。あいつは……アンタを喰うつもりよ」
―――喰う。
瑠璃の口から放たれた決定的な言葉に、血の気が引いていく。
あの日、彼に言われた「食べたい」という言葉が、悪夢のように蘇る。
「だから、絶対に、あいつと二人きりになっちゃダメ。あの部屋にも行っちゃダメ。わかった?」
瑠璃の真剣な瞳に、私はこくこくと頷くことしかできなかった。
部屋に戻り、鍵をかける。
(どうしよう……)
瑠璃の警告が、頭の中で警報のように鳴り響く。
怖い。逃げ出したい。
でも。
あの夕暮れ色の瞳。私を呼んだ、甘い囁き。あの獣めいた、抗いがたい香り。
恐怖と同時に、私の中の何かが、抗いがたく彼に惹かれているのも事実だった。
その時。
コン、コン。
壁じゃない。今度は、私の部屋のドアが、控えめにノックされた。
「っ!?」
心臓が喉から飛び出るかと思った。
ドアスコープを恐る恐る覗き込むと、そこには、案の定―――九条刹那さんが立っていた。
完璧な微笑みを浮かべて。
「美咲さん」
ドア越しに、あの甘い声が響く。
「……はい」
「先程は、ごちそうさまでした。とても美味しいケーキでしたよ」
「あ……どういたしまして……」
ドアチェーンをかけたまま、ほんの少しだけドアを開ける。
「あの、何か、ご用で……」
九条さんは、ふふ、と悪戯っぽく笑った。
「ええ。貴女のお友達が、貴女に『釘』を刺していくのが聞こえたものですから」
―――ゾクリ。
(聞こえてた!? 階段での会話が!?)
「俺と、二人きりになるな、と。……違いますか?」
彼の夕暮れ色の瞳が、細められる。
「それは……」
「彼女は正しい。……俺は、危険ですよ」
そう言った彼の指が、ドアの隙間からスッと差し込まれ、ドアチェーンに触れた。
カシャン。
まるで魔法のように、チェーンが呆気なく外れる。
「え……っ!?」
私の意思とは関係なく、ドアがゆっくりと開け放たれる。
そこに立っていた九条さんは、もう微笑んではいなかった。
飢えた獣のように、ひどく渇いた、焦がれるような瞳で、私を見つめていた。
「瑠璃さんは、俺が貴女を『喰う』と仰ったそうですね」
一歩、彼が部屋に足を踏み入れる。私は後ずさる。
「ひっ……」
「半分当たりで、半分間違いだ」
二歩。背中がリビングの壁にぶつかる。逃げ場はない。
彼が私のすぐ隣に手をつく。いわゆる、壁ドン。
あの甘く熟れた果実とムスクの香りが、私を包み込んで、思考を麻痺させる。
「俺は、貴女の血肉や魂が欲しいんじゃない」
「じゃあ……なにを……」
彼の顔が、ゆっくりと近づいてくる。
夕暮れ色の瞳が、私を射抜いて離さない。
「俺が欲しいのは……貴女の、全部だ」
吐息がかかるほどの距離で、彼が囁く。
「初めて会った時から、ずっと我慢していた。この香りを嗅ぐたび、壁越しに貴女の気配を感じるたび……狂いそうだった」
「あ……」
「『喰べたい』……ああ、その通りだ。だが、それはこういう意味だ」
彼の冷たい指先が、私の顎を捉え、上を向かせる。
そして、その美しい唇が―――私の唇に、触れた。
「ん……っ!?」
それは、キスなんて優しいものじゃなかった。
まるで渇ききった獣が、ようやく見つけた泉の水を貪るような、激しくて、深くて、すべてを奪い尽くすような口づけ。
頭が真っ白になる。
怖い、はずなのに。瑠璃の警告が、頭の片隅でまだ鳴っているのに。
彼の腕が私の腰を抱き寄せ、隙間なく抱きしめられると、身体の力が抜けていく。
「……はぁ、……っ」
長い、長い口づけが終わり、私たちが離れた時、互いの間には銀色の糸が引いていた。
彼の瞳は、先程よりもずっと濃い色を宿し、爛々と輝いている。
そして。
彼の頭上、あの艶やかな金糸の髪の間から―――ぴょこん、と、同じ色の、ふわふわな獣の耳が二つ、現れているのを、私は確かに見た。
「……ああ、なんて甘いんだ」
九条さんは、私の唇を親指でそっと拭い、恍惚とした表情で囁いた。
「美咲さん。……やっと、一口、食べられた」
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