お隣のイケメンさんは、私を喰べたいほど愛してる(物理)九尾の狐様でした

うはっきゅう

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第3話:食欲と友情の三つ巴!?

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 あの夜、壁越しに刹那さんの声を聞いてから、私の日常はすっかり様変わりしてしまった。恐怖と、しかし抗いがたい好奇心がせめぎ合って、夜もまともに眠れない。
 唯一の心の拠り所は、親友の橘瑠璃(たちばなルリ)だ。高校からの付き合いで、私のすべてを知っている太陽みたいな女の子。

「美咲~、またクマさん飼ってるじゃん! 例のお隣さん、そんなにヤバいの?」
 会社の休憩室で、瑠璃は私の顔を覗き込んで本気で心配してくれた。私が「隣に神様みたいなイケメンが越してきたけど、どうも普通じゃない」と話したのを覚えていたのだ。
「ヤバいとか、そういうのを超えてて……もう、なんか、異次元なの」
 私は意を決して、夜中の囁きや、ドアノブについていた謎の毛の話を打ち明けた。

「はぁ!? 何それ、ただのイケメンじゃなくて、ガチのストーカーってこと!? ちょっと、美咲! 私が成敗しに行ってやる!」
 瑠璃は自分のことのように憤慨し、私の制止も聞かず、その日のうちにアパートに押しかけてきた。そして、私の部屋で待機するなんて選択肢は彼女にはない。躊躇ゼロで、102号室のチャイムを鳴らしたのだ。
「ちょ、瑠璃!?」

 ピンポーン。
 心臓が喉からまろび出るかと思った。
 ガチャリ、と重厚な音を立ててドアが開き、この世の美を凝縮したような九条刹那さんが姿を現す。

「……はい」
 彼の夕暮れ色の瞳が、まず私を捉え、次いで隣の瑠璃へと移る。その瞬間、彼の瞳の奥で何かがスッと細められたのを、私は見逃さなかった。
「あ、どうも! 私、美咲の親友の瑠璃って言います! 美咲がいつもお世話になってまーす!」
 瑠璃は刹那さんの美貌に一瞬怯んだものの、すぐに持ち前のコミュ力を全開にして笑いかける。
「……九条刹那です。美咲さんの、お友達ですか」
 刹那さんは瑠璃を一瞥すると、再び私に視線を戻す。その声には、あからさまな不快感が滲んでいた。まるで、自分の縄張りに知らない獣が入り込んできたとでも言うように。
「あの、よかったら、お茶でもどうですか? 私の部屋で……」
 あまりに険悪な空気に耐えかねた私がそう提案すると、二人はピタリと動きを止め、そして、ゆっくりと顔を見合わせた。

 こうして、私の狭いワンルームで、世にも奇妙なお茶会が始まった。
 私が紅茶を淹れるためにキッチンに立った、ほんの数分のことだった。リビングから聞こえてきた二人の会話は、それまでの和やかな空気を微塵も感じさせない、氷のように冷たいものだった。

「……何の用? 美咲に近づかないでくれるかしら」
 それは、私が知っている瑠璃の声ではなかった。甘ったるさが抜け落ち、地を這うような低い声。
「それはこちらの台詞だ。お前こそ、何の目的でここにいる?」
 刹那さんの声も、私に囁きかける時の甘さはなく、絶対零度の響きを帯びている。
「あら、わからない? 私が先に見つけた獲物よ、あの子は」
 ―――獲物。
 瑠璃の口から放たれた言葉に、背筋が凍りついた。
 刹那さんが、フン、と鼻で笑う気配がする。
「面白い冗談を言う。……なるほど、同類か。だが、匂いが違うな。狐じゃない、お前は……」
「美咲の血肉は、極上の味がするでしょうね。あの子の魂は、どんな霊薬よりも力を与えてくれる。……でも、やめたの。あの子の笑顔を見ていたら、どうでもよくなった。あの子を傷つけるものは、たとえ誰であろうと私が許さない」
「……守る、と?」
「そうよ。だから、アンタみたいな腹の底が知れない奴からは、私が美咲をきっちり守ってあげる」
 刹那さんが、くつくつと喉の奥で笑った。それは嘲笑だった。
「笑止千万。この僕……九尾の狐に、お前ごときが敵うとでも?」
 その瞬間、部屋の空気がビリビリと震えた。肌を刺すような、濃密な妖気。キッチンとリビングを隔てるカーテンの隙間から見えた二人の姿は、まさしく「対峙」という言葉が相応しかった。金色の髪を逆立てんばかりの刹那さんと、普段の笑顔が嘘のように冷たい表情で彼を睨みつける瑠璃。一触即発。今にも、この部屋ごと消し飛ばすような、凄まじい何かが始まろうとしていた。

「お待たせー! ケーキもあるよ!」

 私がトレーを持ってリビングに戻った瞬間、二人の間に迸っていた殺気立ったオーラが、嘘のように霧散した。
「わぁ、ありがとう美咲! 九条さんも、どうぞどうぞ!」
「……どうも」
 瑠璃はいつもの天真爛漫な笑顔で、刹那さんは穏やかでミステリアスな微笑みで、私を迎える。
(き、気のせい……だったのかな)
 さっきまでの緊張感は、まるで幻だったかのようだ。私は首を傾げながら、三人がけの小さなローテーブルに紅茶とケーキを並べた。

 しかし。
 和やかに見えるお茶会の、その水面下。テーブルの下では、人知れぬ攻防が繰り広げられていた。

 コツン。
 瑠璃のつま先が、刹那さんの脛を鋭く蹴り上げる。常人なら悲鳴を上げる一撃。だが、刹那さんは涼しい顔でケーキを口に運びながら、瑠璃の足首を的確に踏み潰していた。
「瑠璃、顔色悪いよ? 大丈夫?」
「だ、大丈夫だって! ちょっと貧血かなー?」
 瑠璃は顔を引きつらせながらも、笑顔を崩さない。
 刹那さんの指先から放たれた見えない妖力が瑠璃のカップを揺らせば、瑠璃の視線が刹那さんの紅茶に僅かな氷の粒を浮かび上がらせる。
 バチバチと、目に見えない火花が散っている。テーブルの上では「このケーキ美味しいね!」「ええ、本当に」なんて和やかな会話が交わされているのに、その下では、互いの存在を消し去らんとするほどの敵意が渦巻いていた。

 私は、そんなこととは露知らず。
(よかった、二人とも、仲良くなれたみたい!)
 私の大切な親友と、危険な香りのするミステリアスな隣人。
 まさか、その二人が、私という「獲物」を巡って、熾烈な争いを始めているなんて。
 私の日常が、甘く危険な非日常に塗り替えられていくのを、まだ、呑気に喜んでいるだけだった。
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