【R18】Actually

うはっきゅう

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本編

油断と甘い窒息

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 あれから、数ヶ月が過ぎた。「イグナイト」は、怒涛の日々を駆け抜けていた。
 デビューショーケースは、チカの喉の完全復活と共に、熱狂のうちに幕を閉じた。デビュー曲の売上も、爆発的とはいかないまでも、新人としては上々の滑り出しだ。
 音楽番組、バラエティ、雑誌の取材、ネットコンテンツの撮影……。目が回るようなスケジュールを六人で乗りこなし、初めての活動期を終えた頃には、彼らは有難いことに「期待の新星」という肩書きを、なんとか手に入れていた。
 高揚感と、やりきったという充足感。
 何より、グループの空気が格段に良くなった。
「チカさーん、次の雑誌の対談、俺とトキさんとチカさんの三人なんスけど、何話します?」
 楽屋でソウタが屈託なく話しかけてくる。
 以前なら、事細かに指示していた場面だ。
 チカは、スマホから目を上げず、軽く息を吐いた。
「リーダーに聞けよ」
「えー!  またトキさんに丸投げっスか?」
「当たり前だろ。俺はもう隠居したんだ」
「ちょっとチカ!  丸投げやめてよ、俺だって考えることいっぱいあんだから!」
 隣で台本をチェックしていたトキが、わざとらしく抗議の声を上げる。
「うるさいな。お前が決めろ、『リーダー』なんだろ?」
 チカがそう言って笑うと、トキも「もー!」と言いながら、結局は嬉しそうに笑った。
 コマチやソウタは面白そうにひそひそと、
「あの嫌味な言葉、聞きました? 奥さん」
「きっとリーダーの座を奪われた当てつけよ、怖いわねぇ……」
「……おい、そこの。噂好きのご近所さんムーブやめろ、シメるぞ」
 そう言いつつも、チカには柔らかい空気が宿っている。
 あの大喧嘩……というか、一方的な告白と和解の後、チカはメンバー全員に、これまでの態度を謝罪した。
 年下メンバーたちは、驚くほど大人だった。
「ま、そんなこったろーと、思いましたけどね~」
 コマチは相変わらずの生意気な口ぶりだったが、その目にはからかいの色はない。
 一呼吸置いたあと、「喉、治ってよかったスね」と、それだけ言った。
 ユウトは「言っただろ」とだけ笑い、ロクとソウタは「チカさんが優しくなって嬉しい!」とじゃれついてきて、鬱陶しかったが……悪くは、なかった。

 肩の荷が、すっと降りた。
 最年長だから、最古参だから、完璧でいなければ。リーダーとして引っ張らなければ。
 その強迫観念が、トキという存在のおかげで、良い意味で壊されたのだ。


 一方で、年下メンバーたちはユウトに、こんな話をする。
「チカさんってさぁ、もうずっと俺たちの教育係だったじゃん? でも、正直、そういうのマジで向いてなかったよな」
「ストイックな人だから……」
「なんつーの? 優秀だけど教えるのに向かない人っているじゃん? そんな感じ」
「でも、トキさん来てくれて、まじ良かったッス」
 本人たちがいないと思って、言いたい放題だな。
 ユウトはただ苦笑して、
「ひどいな。チカなりに頑張ってただろ? そんなに嫌だったのか?」
 と応じる。
 三人はブンブンと(録画してファンに流してやりたいほどの可愛さで)首を振った。
「んなワケないじゃないスか」
「本気でグループのこと考えてやってる人、嫌うほど、俺ら性格悪くないっスよ」
「チカさんが、俺たちのために、チカさんらしくいられないのは、よくないってことですよ」
 ロクの言葉に、ユウトはそっと片眉をあげた。
(……うーん。なかなかどうして。ガキだガキだと思って来たけど、子供の成長は早いなぁ……)
 ほんの小さい頃から練習を共にしてきた仲なので、気分はもう親御のそれだ。
 そう歳も離れていないのだが、ユウトはしみじみと、年下メンバーの成長を感じていた。


 すべてが、順調だった。
 あの夜の、あのキスさえなければ。
(……いや、あれはもう、忘れよう)
 チカは、自分にそう言い聞かせていた。
(デビュー前の、極限状態。精神が不安定だったんだ。トキも、自分も)
 そう解釈することにした。
 だから、泊まりがけの地方ロケで、ホテルの部屋割りが「トキ・チカ」の二人部屋だと告げられた時も、チカはまったくのノーガードだった。
「うわー、ベッド二つか。広いな!」
 トキが、いつものワンコスマイルでベッドに飛び込む。
「……はしゃぐなよ、子供か」
 チカは呆れつつ、自分の荷物をクローゼWットに収める。
 潔癖症としては、外の空気に触れた服をベッドに持ち込むなどあり得ない。
「チカは相変わらず綺麗好きだなあ」
「お前が雑なだけだ。……先にシャワー借りるぞ」
「はーい」
 シャワーを浴び、きっちりとパジャマに着替え、スキンケアも完璧にこなす。
 チカがベッドに入ると、トキもすでにシャワーを終え、ラフなTシャツとスウェットで出てきた。
「じゃ、おやすみ。チカ」
「……ああ、おやすみ」
 パチン、とトキがサイドランプを消す。
(……なんだ、普通じゃないか)
 何も起きない。当たり前だ。
 チカは、勝手に身構えていた自分を内心で笑い、すぐに深い眠りに落ちた。
 ……どれくらい、時間が経っただろうか。
 ふと、息苦しさを感じて、チカは意識を浮上させた。
(……なんだ……?)
 暗闇の中、何かが自分の顔を覆っている。
 そして、唇に、柔らかく、生温かい感触。
「…………ん」
 それが、トキの唇だと気づいた瞬間、チカの全身の血が凍りついた。
 寝込みを襲われている。
 再び。
「―――っ!?」
 チカは、カッと目を見開き、目の前の男を突き飛ばそうとした。
 だが、トキはそれを予期していたかように、チカの両手首を掴むと、そのままベッドのシーツに縫い付けた。
「んん―――っ!  離せ……!」
 声にならない抵抗が、唇の隙間から漏れる。
 暗闇に慣れた目が、間近にあるトキの顔を捉えた。
 目は、開いている。
 いつもの爽やかな光など微塵もない、暗く、熱を帯びた瞳が、じっとチカを見つめていた。
(こいつ……正気か!?)
 恐怖と怒りで体が強張る。
 だが、トキはチカの抵抗をものともせず、さらに深く唇を押し付けてきた。
 一度目の荒々しいキスとは違う。
 まるで、味を確かめるように、執拗に。
 上唇を吸われ、下唇を食(は)まれ、角度を変えて、何度も。
「ふ……っ、ん……やめ……っ」
 チカが顔を背けようとすると、顎を強く掴まれて固定される。
 そして、わずかに開いた唇の隙間から、熱い舌が侵入してきた。
(―――!?)
 潔癖症のチカにとって、それは耐え難い侵犯だった。
 必死で舌を押し返そうとするが、トキのそれは、まるでチカの口腔内を隅々まで探るように、執拗に絡みついてくる。
 息が、できない。
 酸素が奪われ、頭が白くなっていく。
 掴まれた手首が痛い。唇が、熱で溶けそうだ。
「は……っ、ぁ……!」
 一瞬、唇が離れた隙に、チカが必死で空気を吸い込む。
 だが、それも束の間。
 今度は、耳元に熱い息がかかった。
「……チカ……」
 名前を呼ばれ、ゾクリと背筋が震える。
 そして、キスは唇だけでなく、耳朶、首筋へと落ちていった。
「ひ……っ!  やめろ、汚い……っ!」
 チカが掠れた声で叫ぶと、トキの動きがピタリと止まった。
 そして、再び、唇が力強く塞がれた。
 今度は、まるで罰を与えるような、荒々しいキスだった。
 抵抗すればするほど、力は強まる。
 チカの抵抗は、酸欠と恐怖で、次第に弱まっていく。
 意識が、遠のく。
(……だめだ、気を……)
 朦朧とするチカの唇を、トキは貪るように吸い続けた。
 気を失いかけ、覚醒し、また息を塞がれて意識が飛びそうになる。
 それが、どれだけ続いたか。
 夜が明けるかと思うほど、長い、長い時間だった。
 ふいに、チカの体を抑えつけていた重みが消えた。
「はぁっ……!  はぁ……っ、げほっ……!」
 チカは、咳き込みながら、必死で酸素を取り込む。
 唇はヒリヒリと痛み、感覚がない。
 暗闇の中、ベッドの脇に立ち尽くすトキのシルエットが見えた。
「……ご、めん……」
 まただ。
 また、その言葉だ。
 チカは、怒りで震える体で、ベッドから起き上がった。
「ふざけるな……っ!  何度やれば気が済むんだ!  お前、頭おかしいのか!?」
「……」
「俺は……っ、俺は、お前のそういう対象じゃない!  わかってるのか!?」
「……」
「謝って済むと思うなよ!  この……っ」
 チカが、ありったけの罵倒を浴びせようとした、その時。
「……うるさいな」
 静かだが、芯のある声が、チカの言葉を遮った。
「……は?」
「あんたが、そんなにキーキー言うからだろ」
 トキは、暗闇の中で、静かにそう言い放った。
「…………は?」
 理解が追いつかない。
「俺は、謝らない。……やっぱり、謝らない」
 それだけを呟くと、トキは部屋のカードキーを抜き取り、乱暴にドアを開けて出ていった。
 バタン、と無情な音が響く。
 チカは、一人、暗い部屋に残された。
 エアコンの音だけが、やけに大きく響く。
 自分の唇に触れる。
 まだ、トキの熱が残っている。
(……は?  なんで……俺が、キレられてるんだ……?)
 怒り、恐怖、混乱、そして……。
 あの執拗なキスを思い出して、顔がカッと熱くなる。
 チカは、真っ赤になった顔で、言葉を失ったまま、夜明け前の暗闇に立ち尽くすしかなかった。
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