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本編
新たな「不穏」
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眩いスポットライトが、ステージ上の二人だけを照らし出す。
恋歌の、最後のアウトロ。
チカとトキは、息もできないほどの至近距離で、見つめ合っていた。
(……終わる)
チカが、安堵と達成感で息を吐こうとした、その瞬間。
「……っ!?」
トキが、ふいにチカの腕を引き寄せた。
コツン、と。
汗ばんだおでこ同士が、優しくぶつかる。
驚きに見開かれたチカの目に、悪戯っぽく笑う、あの「狼」の顔が映った。
(おま……っ、ルール……!)
チカが文句を言うより早く、トキの腕が、チカの膝裏と背中に回される。
「きゃあああああ―――っ!!」
地鳴りのような歓声。
チカの体は、ふわりと宙に浮いていた。
完璧な、「お姫様抱っこ」。
トキは、チカを抱き上げたまま、その場でくるりと回転し、ライトに向かって完璧な笑顔でフィナーレを決めた。
チカは、真っ赤な顔で、トキの胸を叩くことしかできない。
この瞬間、会場のボルテージは最高潮に達した。
フェス終了直後から、SNSではその「お姫様抱っこ」のショート動画が爆発的に拡散され、「イグナイトの姫とリーダー、尊すぎる」「公式が最大手」と、ファンの大歓喜を呼び起こした。
「イグナイト」の知名度向上に、絶大な効果をもたらしたことは、言うまでもない。
「あー! 疲れたけど、超気持ちよかったー!」
楽屋に戻るなり、ソウタが床に大の字になる。
「俺、もう腹ペコっス! マネージャー! 今夜、焼肉連れてってくださいよ!」
「わかったわかった。お前ら、ほんとうによくやったな! 特に……」
マネージャーが、ニヤニヤしながらチカとトキを見た。
「チカ、トキ。お前ら、最高だったぞ! あのアドリブ! いや、もしかして演出か? 最初から決めてたのか?」
「……決めてなんかないです」
チカが、まだ熱の引かない顔でそっぽを向く。
「サプライズ的にやった方が、チカの可愛さが伝わるかなぁって! あのびっくりした顔、めーちゃくちゃ可愛かったでしょう?」
トキが、あの素直なワンコの顔で、屈託なく笑う。
(……こいつ……っ)
「ルール」のギリギリを攻めてくる、この男の抜け目なさに、チカは頭痛を覚えていた。
苦笑しながら帰路につこうとする一行のもとに、別のスタッフが慌てた様子で声をかけてきた。
「イグナイトさん! あの、最近デビューされた『Bleach Heart』の代表の方が、ご挨拶にと……」
「Bleach Heart!?」
真っ先に反応したのは、ライバル研究の第一人者であるコマチだった。
「知ってる! サバ番から出た、ギラギラ系のグループだよね? うわ、会ってみたかったんだよな!」
ユウトも、珍しく興味深そうに呟く。
「わざわざ新人の俺たちにまで? 意外と礼儀正しいんだな」
ガチャリ、とドアが開く。
「はじめまして! Bleach Heartです! 本日はお疲れ様でした!」
素肌に銀色のラメがあしらわれたジレ。ゴージャス&ワイルド、というコンセプト通りの、強烈な「オス」のオーラを纏った男たちが、深々と頭を下げた。
その、礼儀正しい姿とは裏腹に。
チカは、見逃さなかった。
彼らが顔を上げた瞬間、隣に立つトキの顔が、サッと血の気を失い、こわばったのを。
(……なんだ? 今の顔……)
不穏な空気を感じるチカ。
だが、トキは、すぐにいつもの完璧なリーダーの顔に戻り、「ご丁寧に、ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」と、如才なく挨拶を済ませる。
当たり障りのない挨拶が交わされ、Bleach Heartのメンバーは退室していった。
「あ、俺、ちょっとスタジオに忘れ物したかも! 見てくるね!」
急に、トキがそう言った。
「え? トキさん、俺、荷物チェックしましたけど……」
ソウタの言葉も聞かず、トキは足早に部屋を出ていく。
さっきの、こわばった顔。
そして、Bleach Heartが去ったのと同じタイミングでの、この行動。
(……嫌な、感じがする)
チカは、「俺も、飲み物買ってくる」と適当な嘘をつき、トキの後を追った。
廊下を曲がった、自販機コーナーの陰。
チカは、思わず足を止めた。
いた。
トキと、さっきのBleach Heartのメンバーの一人。
一触即発、というような、張り詰めた空気。
トキは、チカに背中を向けていて、表情はわからない。
目の前に立つ、銀髪の男……ソラ、と呼ばれていた男が、馴れ馴れしくトキの肩に手を置いた。
そして、チカの耳にも届く、冷たい囁き声。
「……久しぶり。ずいぶん、うまくやったよなァ?」
「…………」
「俺を出し抜いて、のうのうとデビューね……。楽しかったか? この、裏切りモンが」
チカは、息を呑んだ。
トキと、あの男の間に、一体、何が―――。
アイフェスの成功という高揚感は、一瞬にして冷たい不安へと塗り替えられていた。
恋歌の、最後のアウトロ。
チカとトキは、息もできないほどの至近距離で、見つめ合っていた。
(……終わる)
チカが、安堵と達成感で息を吐こうとした、その瞬間。
「……っ!?」
トキが、ふいにチカの腕を引き寄せた。
コツン、と。
汗ばんだおでこ同士が、優しくぶつかる。
驚きに見開かれたチカの目に、悪戯っぽく笑う、あの「狼」の顔が映った。
(おま……っ、ルール……!)
チカが文句を言うより早く、トキの腕が、チカの膝裏と背中に回される。
「きゃあああああ―――っ!!」
地鳴りのような歓声。
チカの体は、ふわりと宙に浮いていた。
完璧な、「お姫様抱っこ」。
トキは、チカを抱き上げたまま、その場でくるりと回転し、ライトに向かって完璧な笑顔でフィナーレを決めた。
チカは、真っ赤な顔で、トキの胸を叩くことしかできない。
この瞬間、会場のボルテージは最高潮に達した。
フェス終了直後から、SNSではその「お姫様抱っこ」のショート動画が爆発的に拡散され、「イグナイトの姫とリーダー、尊すぎる」「公式が最大手」と、ファンの大歓喜を呼び起こした。
「イグナイト」の知名度向上に、絶大な効果をもたらしたことは、言うまでもない。
「あー! 疲れたけど、超気持ちよかったー!」
楽屋に戻るなり、ソウタが床に大の字になる。
「俺、もう腹ペコっス! マネージャー! 今夜、焼肉連れてってくださいよ!」
「わかったわかった。お前ら、ほんとうによくやったな! 特に……」
マネージャーが、ニヤニヤしながらチカとトキを見た。
「チカ、トキ。お前ら、最高だったぞ! あのアドリブ! いや、もしかして演出か? 最初から決めてたのか?」
「……決めてなんかないです」
チカが、まだ熱の引かない顔でそっぽを向く。
「サプライズ的にやった方が、チカの可愛さが伝わるかなぁって! あのびっくりした顔、めーちゃくちゃ可愛かったでしょう?」
トキが、あの素直なワンコの顔で、屈託なく笑う。
(……こいつ……っ)
「ルール」のギリギリを攻めてくる、この男の抜け目なさに、チカは頭痛を覚えていた。
苦笑しながら帰路につこうとする一行のもとに、別のスタッフが慌てた様子で声をかけてきた。
「イグナイトさん! あの、最近デビューされた『Bleach Heart』の代表の方が、ご挨拶にと……」
「Bleach Heart!?」
真っ先に反応したのは、ライバル研究の第一人者であるコマチだった。
「知ってる! サバ番から出た、ギラギラ系のグループだよね? うわ、会ってみたかったんだよな!」
ユウトも、珍しく興味深そうに呟く。
「わざわざ新人の俺たちにまで? 意外と礼儀正しいんだな」
ガチャリ、とドアが開く。
「はじめまして! Bleach Heartです! 本日はお疲れ様でした!」
素肌に銀色のラメがあしらわれたジレ。ゴージャス&ワイルド、というコンセプト通りの、強烈な「オス」のオーラを纏った男たちが、深々と頭を下げた。
その、礼儀正しい姿とは裏腹に。
チカは、見逃さなかった。
彼らが顔を上げた瞬間、隣に立つトキの顔が、サッと血の気を失い、こわばったのを。
(……なんだ? 今の顔……)
不穏な空気を感じるチカ。
だが、トキは、すぐにいつもの完璧なリーダーの顔に戻り、「ご丁寧に、ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」と、如才なく挨拶を済ませる。
当たり障りのない挨拶が交わされ、Bleach Heartのメンバーは退室していった。
「あ、俺、ちょっとスタジオに忘れ物したかも! 見てくるね!」
急に、トキがそう言った。
「え? トキさん、俺、荷物チェックしましたけど……」
ソウタの言葉も聞かず、トキは足早に部屋を出ていく。
さっきの、こわばった顔。
そして、Bleach Heartが去ったのと同じタイミングでの、この行動。
(……嫌な、感じがする)
チカは、「俺も、飲み物買ってくる」と適当な嘘をつき、トキの後を追った。
廊下を曲がった、自販機コーナーの陰。
チカは、思わず足を止めた。
いた。
トキと、さっきのBleach Heartのメンバーの一人。
一触即発、というような、張り詰めた空気。
トキは、チカに背中を向けていて、表情はわからない。
目の前に立つ、銀髪の男……ソラ、と呼ばれていた男が、馴れ馴れしくトキの肩に手を置いた。
そして、チカの耳にも届く、冷たい囁き声。
「……久しぶり。ずいぶん、うまくやったよなァ?」
「…………」
「俺を出し抜いて、のうのうとデビューね……。楽しかったか? この、裏切りモンが」
チカは、息を呑んだ。
トキと、あの男の間に、一体、何が―――。
アイフェスの成功という高揚感は、一瞬にして冷たい不安へと塗り替えられていた。
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