【R18】Actually

うはっきゅう

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本編

月夜の告白、共犯者

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 深夜のダンススタジオは、ひどく静かだった。
 昼間の熱気も、汗の匂いも、空調の低い唸り声の中に溶けて消えている。
 重い防音扉を開けると、部屋の中央、鏡の前にぽつんと座り込んでいる男の背中が見えた。
 トキだ。
 鏡の中の自分と睨めっこをするように、膝を抱えてうつむいている。
 その背中は、ステージの上で見せる頼もしいリーダーのそれとは違い、雨に濡れた大型犬のように縮こまっていた。

「……待たせたな」

 チカが声をかけると、トキの肩がびくりと跳ねる。
 ゆっくりと振り返ったその顔は、やはりいつもの「営業用スマイル」を貼り付けていたけれど、その瞳の奥にある怯えまでは隠しきれていない。

「……ごめん、呼び出して。疲れてるのに」
「どうせ眠れなかったんだ。……で、話ってなんだ」

 チカは、努めてぶっきらぼうに言いながら、トキの隣にどさりと腰を下ろした。
 フローリングの床が冷たい。
 二人の間に、微妙な距離が空いている。
 トキは、自分の指先を弄りながら、迷うように視線を彷徨わせていたが、やがて意を決したように、ぽつり、と口を開いた。

「ソラのこと……、そして、俺の過去のこと」
「ああ」
「……俺、前の事務所を辞めたあと、しばらく荒れてた時期があったんだ。その頃、夜な夜な街をふらついてたんだけど……その時の『連れ』が、ソラだった」

 チカは黙って頷いた。あの夜、自販機の前で感じた二人の奇妙な空気感。あれは、かつて同じ時間を共有していた者同士特有の、腐れ縁のような匂いだったのだ。

「ソラは、当時からああいう奴でさ。ギラギラしてて、何にも満足してなくて……俺たちよく、二人で夜の街を徘徊して、鬱憤を晴らしてた」

 トキが、遠い目をする。

「ある夜、いつもみたいに人で歩いてたら……通りかかったんだ。ガラス張りの、ダンススタジオの前を」

 チカの心臓が、ドクン、と跳ねた。
 それは、かつてトキが語った、「チカを見つけた日」の話だ。
 だが、トキは以前、一人でいたように話していた。

「……あいつも、いたのか」
「うん。……そこで、見たんだ。汗まみれで、髪を振り乱して、鬼気迫る形相で踊り続ける……チカを」

 トキは、膝の上で拳をぎゅっと握りしめた。

「衝撃だった。……俺は、夢破れて腐ってたのに、ガラスの向こうには、命を燃やすみたいに踊ってる奴がいる。……綺麗だと、思った」

 そこまでは、以前聞いた話と同じだ。
 だが、トキの声は震えていた。

「でもね、衝撃を受けたのは、俺だけじゃなかった」
「え……」
「隣にいたソラが……釘付けになってたんだ。お前のダンスに」

 トキが、苦しげに顔を歪める。

「あいつ、ずっと黙って見てたけど……急に言ったんだ。『すげえ』って。あの斜に構えたソラが、目を輝かせて。『俺、あっちに行くわ』って」
「あっちに……?」
「『あいつがいる場所に行って、俺もテッペン獲る』……そう言ったんだ。ソラは、お前を見て、本気でアイドルを目指すことを決めたんだよ」

 チカは言葉を失った。
 あの傲慢なソラが。
 チカを「姫」と揶揄い、執拗に絡んでくるあの男の原点が、自分への衝撃だったとは。

「……あいつは、純粋だったよ。お前の輝きに惹かれて、自分も光の中に行きたいって、迷わず走り出した」

 トキが、自嘲気味に笑う。

「でも……俺は、違った」
「……?」
「俺は……ソラみたいに、『ライバルになりたい』なんて、カッコいいことは思えなかった」

 トキが、ゆっくりとチカの方を向く。
 その瞳には、暗く、湿った熱が宿っていた。

「俺は……焦ったんだ。ソラが、お前を見て目を輝かせているのを見て。……怖かった」
「怖い?」
「あいつが、お前の世界に行ってしまうのが。……あいつが、お前の隣に並んで、お前に認められる存在になるのが……たまらなく、嫌だった」

 トキの声が、わずかに掠れる。

「俺は……お前を見て、『アイドルになりたい』と思ったんじゃない。『お前が欲しい』と、思ってしまったんだ」

 チカは、息を呑んだ。

「ソラに奪われる前に。誰かがお前の隣を埋めてしまう前に。……俺が、って。……不純だよな」

 トキは、顔を覆った。

「チカも、ユウトも、他のメンバーも……みんな、アイドルになる夢を追いかけて、それだけ考えて、必死に努力して、ここにいる。……ソラだってそうだ。動機はともかく、あいつは純粋に実力で這い上がってきた」
「……」
「なのに、俺だけ。……『チカのそばに行きたい』なんて。そんな……ストーカーみたいな動機で、オーディションを受けて。……お前の隣の『リーダー』の座に、収まった」

 俺たちを応援してくれている、ファンの皆にも……合わせる顔がないよ。
 そういった声は消え入りそうなほど、小さく。
 トキの肩が震えている。
 元々、彼も真剣にデビューを目指していた人間だ。ストイックに芸事に打ち込む厳しさを知っているからこそ、自分の動機に混ざった「不純物」が、許せないのだろう。
 みんなの神聖な夢の場所に、自分だけが「恋」という私欲を持ち込んでしまったという罪悪感。

「……知られるのが、怖かった。俺が、そんな不純な奴だってバレたら……ストイックなお前は、俺を軽蔑するだろうって」

 だから、隠した。
 完璧なリーダーを演じて。
「みんなのために」という顔をして。
 本当は、ただチカへの執着と、独占欲に突き動かされているだけなのに。

「……ソラは、気づいてるよ。俺のこの汚い動機に。あいつは、俺を『裏切り者』って呼ぶよな。当たり前だよ。俺、あいつに何も言わなかった。黙って消えたんだ。ソラを出し抜いて、お前を独り占めするために」

 トキは、深くうなだれた。

「ごめん、チカ。……俺は、お前が思ってるような、立派なリーダーじゃない。……ただの、欲深い……」

「……はぁ」

 スタジオに、大きすぎるため息が響いた。
 トキが、びくりとして顔を上げる。
 チカは、呆れたように天井を仰いでいた。

「……バカか、お前は」
「え……」
「そんなこと言うために、こんな夜中に呼び出したのか? この暇人が」
「ひ、暇人って……! 俺は真剣に……!」
「真剣にバカだって言ってんだよ」

 チカは、トキに向き直ると、その胸をドン、と拳で小突いた。

「動機が不純? だからなんだって言うんだ」
「……え?」
「お前がここに来た理由が『俺』だったとして。……で? 今の『イグナイト』があるのは、誰のおかげだ?」

 チカは、真っ直ぐにトキの目を見据えた。

「お前が入ってこなけりゃ、俺たちはバラバラのままだった。デビューだって出来たか怪しい。……『Actually』で一位獲れたのも、お前が俺たちのケツ叩いて、まとめてくれたからだろ」
「そ、それは……結果論で……」
「結果が全てだろ、プロなんだから」

 チカは、ふん、と鼻を鳴らした。

「それに……元々アイドル目指してたんだろ? 一度諦めた夢を、もう一回追いかけるのに、理由なんて何だっていいじゃないか。『あの子にモテたいからギター始めた』ってのと、何が違うんだ」
「……そ、それは、そうかもしれないけど……でも、俺のは……もっと、こう……粘着質っていうか……」
「知ってる」

 チカは、にやりと笑った。
 あの、夜のホテルでの強引なキス。撮影中の執拗な視線。
 この男の粘着質さは、とっくに身に沁みて知っている。

「お前が俺に対して、ただならぬ執着持ってることくらい、とっくに気づいてる。……今更だろ」
「……う」
「むしろ、清々した。……なんで俺ばっかりこんなに振り回されてるのかと思ってたけど。……お前、最初から俺のこと狙ってたんじゃねえか」

 チカは、トキの襟首を掴んで、ぐい、と顔を近づけた。

「ソラに奪われるのが怖くて、必死こいて俺の隣まで這い上がってきたんだろ? ……上等だよ」
「チ、チカ……?」
「俺のために、人生賭けてアイドルやり直したんだろ。……だったら、最後まで責任取れよ」

 チカの瞳が、潤んだ光を帯びる。
 それは、呆れ半分、そして、隠しきれない愛しさ半分。

「俺は、『イグナイト』のメインボーカルだ。……不純な動機上等だ。お前みたいな重たい男の執着くらい、受け止めてやるよ」

 その言葉は、トキの予想を遥かに超えていた。
 軽蔑されると思っていた。
 気持ち悪いと、突き放されると思っていた。
 なのに、チカは。
 その不純さごと、トキの全てを肯定してみせたのだ。

「……チカ」
「なんだよ」
「……好きだ」

 トキの瞳から、理性の色が消えていく。
 代わりに宿るのは、あの夜と同じ、飢えた獣の色。
 だが、そこにはもう、迷いも罪悪感もない。

「……どうなっても、知らないよ」

 警告のような囁きと共に、トキの腕がチカの腰に回る。
 今度は、チカも逃げなかった。
 むしろ、挑発するように、トキの首に腕を絡ませる。

「……望むところだ、バカ犬」

 重なる唇。
 それは、これまでのどんなキスよりも深く、熱く、そして甘かった。
 過去の因縁も、罪悪感も、ライバルへの焦りも。
 すべてを溶かして、二人は「共犯者」になった。

 ソラがくれたきっかけも、トキが抱いた不純な恋心も。
 すべてが、この瞬間のためにあったのだとしたら。
 それはそれで、悪くない。

 スタジオの床に沈み込むように抱き合いながら、チカは、自分を抱きすくめる男の背中に、強く爪を立てた。
 ソラになんて、渡さない。
 この重たくて、不純で、愛おしい狼は、もう完全に、俺のものだ。

 月明かりだけが見守るスタジオで、二つの影は、ようやく一つの形になった。
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