【R18】Actually

うはっきゅう

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本編

砂糖漬けの猛獣と、破られた協定

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 翌朝。
 イグナイトの寮のリビングは、いつものように慌ただしさと、香ばしいトーストの匂いに包まれていた。
「あー! ソウタ! お前、俺のヨーグルト食っただろ!」
「食ってないっスよ! 名前書いてなかったし!」
「書いてなくても場所でわかるだろ! 右端は俺の聖域だって言ったじゃんか!」
 朝から元気なコマチとソウタの怒号をBGMに、ユウトは無表情でコーヒーを啜り、ロクは食パンを咥えたまま、ダイニングテーブルの一点を見つめてフリーズしている。
 ここまでは、いつもの光景だ。
 だが、この日の朝は、明らかに「異物」が混入していた。

「……おい」
 キッチンカウンターの影。チカは、自身のマグカップを死守するように抱え込み、目の前の男を睨みつけた。
「近い。離れろ」
「えー? コーヒー淹れてあげてるだけだよ?」
 トキが、爽やかな笑顔で、スティックシュガーをさらさらとチカのカップに注いでいる。
 一本、二本、三本……。
「入れすぎだ! 糖尿病にする気か!」
「だって、チカは甘い方が好きだろ? 昨日の夜も、甘かったし」
「ッ……!!」
 ド、とチカの顔が沸騰する。
 トキは、カウンター越しではなく、わざわざチカの真横に回り込み、腰に手を回さんばかりの密着度で、マドラーをくるくると回している。
 吐息がかかる距離。朝の気怠げな、少しハスキーな声が、耳元で甘く響く。
「はい、どうぞ。……熱いから、気をつけてね」
 そう言って差し出されたカップを受け取ろうとすると、トキの指が、わざとらしくチカの指に絡んだ。
「……っ!」
 ビクリと手を引こうとするが、逃さないとばかりに握り込まれる。
「……トキ」
 チカが、殺気を含んだ低い声で警告する。
「約束、忘れたのか」
「ん? なんのこと?」
「とぼけるな! 『人前でベタベタするな』って言っただろ! ルール違反だぞ!」
 かつてチカが提示した条件。
『公衆の面前で迫ったり、匂わせて反応を見るみたいな、そういうことは絶対するな!』
 それを盾に抗議するが、トキは悪びれもせず、にこりと笑った。
「えー? ここは『公衆の面前』じゃなくて、寮のリビングだし」
「屁理屈こねるな!」
「それに、誰も見てないよ。ほら」
 トキが顎でしゃくった先では、ヨーグルト戦争を繰り広げる二人と、無我の境地にいるロクが騒いでいる。
「見てないからいい、って問題じゃ……!」
「俺はイヤだね」
 トキの声が、すっと低くなった。
「……え?」
「昨日の今日で、チカに触れないでいろなんて。……無理に決まってる」
 一瞬、その瞳にギラリとした光が宿る。
「……っ」
 チカが言葉に詰まった隙に、トキは満足そうに手を離した。
「あはは、顔真っ赤。可愛いなぁ、ちかは」
「……殺す」
「はいはい。コーヒー冷めるよ」
 チカは、甘ったるい匂いのするコーヒーをひったくるように持って、逃げるようにダイニングテーブルへと移動した。
(……あの野郎、確信犯だ……!)
 あの「約束」は、トキのタガが外れるのを防ぐための防波堤だったはずだ。
 だが、今のトキには、その堤防を乗り越えることすら「遊び」の一環になっている節がある。

 席に着くなり、対面に座っていたユウトと目が合った。
「……」
 ユウトは、何も言わずにコーヒーを飲み干し、静かに視線を逸らした。
 その「見てはいけないものを見た」というような態度が、チカの羞恥心を煽る。
「うわっ、甘っ! なにその匂い!」
 鼻の利くコマチが、チカのコーヒーを見て顔をしかめた。
「チカさん、そんな甘党でしたっけ? シロップ飲んでんのかと思った」
「……うるさい。糖分補給だ」
 チカは仏頂面でコーヒーを啜る。甘すぎて頭が痛くなりそうだ。
「へえー。……なんか、今日のトキさん、機嫌よくない?」
 コマチの鋭い視線が、トキに向く。
「そう? いつも通りだよ」
 トキは、焼きたてのトーストにバターを塗りながら、鼻歌交じりに答える。
「いや、絶対なんかあった。……なんか、毛艶がいいっていうか」
「犬扱いすんなよ」
「あ、わかった! 昨日の夜、どこ行ってたんですか? 俺がトイレ起きた時、いなかったでしょ」
 ソウタが、無邪気に爆弾を投下した。
 ブッ、とチカがコーヒーを吹き出しそうになる。
「えっ!? チカさん、汚ねっ!」
「……ゲホッ、ゲホッ……!」
 むせ返るチカの背中を、トキが「大丈夫?」と優しく(そして必要以上に長く)さする。
「昨日はちょっとね。……大事な探し物が見つかったから、嬉しくて散歩してたんだ」
 トキは、チカの背中を撫でながら、意味深に微笑んだ。
「へえ、探し物って?」
「んー……『宝物』かな」
「うわ、キモッ! 朝からポエムっすか!?」
 コマチとソウタが揃って「うへぇ」と顔をしかめる中、トキの手は、テーブルの下で、そっとチカの太ももに置かれていた。
(……こいつっ……!)
 チカは、硬直したまま動けない。
 みんなが見ているテーブルの上では「良きリーダー」の顔をして、死角では、ねっとりと熱い掌でチカの体温を確かめている。
 約束はどうした、と目で訴えるが、トキは涼しい顔でトーストを齧っている。
 その指先が、あろうことか、内腿を這い上がろうとした瞬間。
 ガンッ!!
 チカは、テーブルの脚だと思って、思い切りトキの脛を蹴り上げた。
「いっ……!?」
 トキが小さな悲鳴を上げて動きを止める。
「……ごちそうさま。俺、先に行って準備する」
 チカは、真っ赤になった耳を隠すように立ち上がると、逃げるようにリビングを出て行った。
「えー? まだ時間あるのに」
「今日カルシウム足りてないんじゃない?」
 背後で弟たちの声がする。
 そして、ユウトの深いため息と、トキの「痛ったぁ……容赦ないなぁ」という、どこか嬉しそうな呟きが聞こえた。
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