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本編
楽屋の攻防戦と、無効化されたルール
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その日の仕事は、バラエティ番組の収録だった。
年末に向けて、各局の特番収録が目白押しだ。ブレイク中の新人「イグナイト」も、ひな壇の賑やかしとして呼ばれることが増えていた。
「イグナイトさん、入りまーす!」
「よろしくお願いします!」
元気よく挨拶をして楽屋に入る。
待ち時間は長い。本番までの数時間、メンバーはそれぞれの時間を過ごすことになる。
「よっしゃ! コマチ、リベンジだ!」
「望むところだオラァ!」
ソウタとコマチは、持ち込んだ携帯ゲーム機で対戦を始め、ロクはソファの端で即座に丸まって眠りについた。ユウトは台本を読み込んでいる。
チカは、メイクを崩さないように気をつけながら、パイプ椅子を並べて仮眠を取ることにした。
昨夜は、トキとの一件に加え、その後の興奮(と、トキが送りつけてきた大量のLIMEの通知音)のせいで、ほとんど眠れていない。
「……ふぁ」
小さくあくびをして、目を閉じる。
うつらうつらとし始めた、その時。
ふわり、と温かいものが体に掛けられた。
ブランケットだ。
「……ん」
目を開けると、すぐ目の前に、トキの顔があった。
「……寝てていいよ。起こしちゃった?」
囁くような声。
トキは、しゃがみ込んで、チカの顔を覗き込んでいる。
「……いや、大丈夫だ」
チカが身を起こそうとすると、トキの手が、そっとチカの肩を押して制した。
「寝不足だろ? 目の下、クマできてる」
「……誰のせいだと」
「あはは。ごめんごめん」
トキは、楽しそうに笑うと、周りを気にするふりをして、チカの顔にかかった前髪を指先で払った。
その指が、頬を撫で、耳元をくすぐる。
「……っ、おい」
チカは小声で威嚇する。
「ここ、楽屋だぞ。メンバーもいる」
「ん? 前髪直しただけだよ」
「嘘つけ。撫でただろ」
「気のせいじゃない?」
トキは、しれっとした顔で嘘をつく。
「約束、守る気あるのか?」
「あるよ。だから、ギリギリを攻めてるんじゃん」
「どこがだ! アウトだろ!」
「おい、トキ」
低く、冷たい声が飛んできた。
ユウトだ。
台本から目を離さず、視線だけがこちらを向いている。
「……ここは楽屋だぞ。ほどほどにしろ」
「えー? ただのメンバー愛だよ、ユウト」
「愛が重すぎて胃もたれする」
ユウトは呆れたようにページを捲った。
「ソウタたちが鈍感で助かったな。……バレたらどうするつもりだ」
「バレてもいいよ、俺は」
トキが、さらりと爆弾発言をする。
「はあ!?」
チカが思わず大声を出しそうになり、慌てて口を押さえる。
「おま、ふざけんな! 『匂わせとか絶対するな』って約束しただろ!」
「だって、俺たち付き合ってるし」
「付き合っててもダメだろ! アイドルだぞ!」
チカが小声で必死に説教するが、トキはどこ吹く風だ。
あろうことか、抗議するチカの手首を空中で掴み、その掌にキスを落とした。
「!!???」
チカは、声にならない悲鳴を上げて、全力で手を引っ込めた。
「おま……っ、バカか!!??」
「……約束、ねえ」
トキは、唇を離すと、肉食獣のような目でチカを見据えた。
「あのさ、チカ。……飢えてる犬に『待て』ができると思う?」
「……は?」
「俺、ずっと我慢してたんだよ? やっと手に入れたのに、大人しく『ハウス』してるわけないじゃん」
開き直った。
この男、完全に「約束」を無視する気満々だ。
幸い、ゲームに熱中している二人は奇声を発しており、ロクは熟睡中で気づいていない。
ユウトだけが、天を仰いで「やってられない」という顔をしている。
「……トキ、お前な」
チカが本気で怒ろうとした時、楽屋のドアがノックされた。
「失礼しまーす! メイク直し入りまーす!」
スタッフが数名、入ってきた。
その瞬間、トキの表情が一変した。
さっきまでのデレデレとした空気が消え、完璧な「ビジネスライク」な顔になる。
「あ、お願いしまーす! みんな、メイクさん来たよー!」
その切り替えの早さに、チカは舌を巻く。
(……器用な奴)
スタッフの一人が、チカの元へやってきた。
「チカさん、リップ直しますねー」
「あ、はい。お願いします」
チカが顔を上げると、スタッフがパフを持って近づいてくる。
その時だ。
鏡越しに、トキの視線を感じた。
笑っている。口元は、完璧に笑っている。
だが、目は全く笑っていなかった。
じっと、スタッフの手元を凝視している。チカの唇に、他人の指が触れるのを、まるで獲物を狙う猛禽類のような目で見つめている。
(……こわっ)
チカは、背筋が寒くなるのを感じた。
ただのメイク直しだ。しかも相手はスタッフだ。真面目に仕事をしているに過ぎない。
それでも、この男の「独占欲センサー」は反応するらしい。
スタッフが作業を終えて離れると、トキの視線はようやく和らいだ。
だが、すれ違いざま、トキはチカの耳元で、ボソリと囁いた。
「……あとで、消毒させてね」
「……は?」
「上書き保存、しないと」
ねっとりとした声に、チカの顔が一瞬で沸騰する。
(……こいつ、本気で頭おかしい……!)
以前の「ワンコキャラ」はどこへ行ったのか。
皮を剥いでみれば、そこには嫉妬深く、粘着質で、どうしようもなく重い愛を抱えた猛獣がいた。
そして、そんな男に絆され、ドキドキしてしまっている自分もまた、大概だということに、チカは気づき始めていた。
年末に向けて、各局の特番収録が目白押しだ。ブレイク中の新人「イグナイト」も、ひな壇の賑やかしとして呼ばれることが増えていた。
「イグナイトさん、入りまーす!」
「よろしくお願いします!」
元気よく挨拶をして楽屋に入る。
待ち時間は長い。本番までの数時間、メンバーはそれぞれの時間を過ごすことになる。
「よっしゃ! コマチ、リベンジだ!」
「望むところだオラァ!」
ソウタとコマチは、持ち込んだ携帯ゲーム機で対戦を始め、ロクはソファの端で即座に丸まって眠りについた。ユウトは台本を読み込んでいる。
チカは、メイクを崩さないように気をつけながら、パイプ椅子を並べて仮眠を取ることにした。
昨夜は、トキとの一件に加え、その後の興奮(と、トキが送りつけてきた大量のLIMEの通知音)のせいで、ほとんど眠れていない。
「……ふぁ」
小さくあくびをして、目を閉じる。
うつらうつらとし始めた、その時。
ふわり、と温かいものが体に掛けられた。
ブランケットだ。
「……ん」
目を開けると、すぐ目の前に、トキの顔があった。
「……寝てていいよ。起こしちゃった?」
囁くような声。
トキは、しゃがみ込んで、チカの顔を覗き込んでいる。
「……いや、大丈夫だ」
チカが身を起こそうとすると、トキの手が、そっとチカの肩を押して制した。
「寝不足だろ? 目の下、クマできてる」
「……誰のせいだと」
「あはは。ごめんごめん」
トキは、楽しそうに笑うと、周りを気にするふりをして、チカの顔にかかった前髪を指先で払った。
その指が、頬を撫で、耳元をくすぐる。
「……っ、おい」
チカは小声で威嚇する。
「ここ、楽屋だぞ。メンバーもいる」
「ん? 前髪直しただけだよ」
「嘘つけ。撫でただろ」
「気のせいじゃない?」
トキは、しれっとした顔で嘘をつく。
「約束、守る気あるのか?」
「あるよ。だから、ギリギリを攻めてるんじゃん」
「どこがだ! アウトだろ!」
「おい、トキ」
低く、冷たい声が飛んできた。
ユウトだ。
台本から目を離さず、視線だけがこちらを向いている。
「……ここは楽屋だぞ。ほどほどにしろ」
「えー? ただのメンバー愛だよ、ユウト」
「愛が重すぎて胃もたれする」
ユウトは呆れたようにページを捲った。
「ソウタたちが鈍感で助かったな。……バレたらどうするつもりだ」
「バレてもいいよ、俺は」
トキが、さらりと爆弾発言をする。
「はあ!?」
チカが思わず大声を出しそうになり、慌てて口を押さえる。
「おま、ふざけんな! 『匂わせとか絶対するな』って約束しただろ!」
「だって、俺たち付き合ってるし」
「付き合っててもダメだろ! アイドルだぞ!」
チカが小声で必死に説教するが、トキはどこ吹く風だ。
あろうことか、抗議するチカの手首を空中で掴み、その掌にキスを落とした。
「!!???」
チカは、声にならない悲鳴を上げて、全力で手を引っ込めた。
「おま……っ、バカか!!??」
「……約束、ねえ」
トキは、唇を離すと、肉食獣のような目でチカを見据えた。
「あのさ、チカ。……飢えてる犬に『待て』ができると思う?」
「……は?」
「俺、ずっと我慢してたんだよ? やっと手に入れたのに、大人しく『ハウス』してるわけないじゃん」
開き直った。
この男、完全に「約束」を無視する気満々だ。
幸い、ゲームに熱中している二人は奇声を発しており、ロクは熟睡中で気づいていない。
ユウトだけが、天を仰いで「やってられない」という顔をしている。
「……トキ、お前な」
チカが本気で怒ろうとした時、楽屋のドアがノックされた。
「失礼しまーす! メイク直し入りまーす!」
スタッフが数名、入ってきた。
その瞬間、トキの表情が一変した。
さっきまでのデレデレとした空気が消え、完璧な「ビジネスライク」な顔になる。
「あ、お願いしまーす! みんな、メイクさん来たよー!」
その切り替えの早さに、チカは舌を巻く。
(……器用な奴)
スタッフの一人が、チカの元へやってきた。
「チカさん、リップ直しますねー」
「あ、はい。お願いします」
チカが顔を上げると、スタッフがパフを持って近づいてくる。
その時だ。
鏡越しに、トキの視線を感じた。
笑っている。口元は、完璧に笑っている。
だが、目は全く笑っていなかった。
じっと、スタッフの手元を凝視している。チカの唇に、他人の指が触れるのを、まるで獲物を狙う猛禽類のような目で見つめている。
(……こわっ)
チカは、背筋が寒くなるのを感じた。
ただのメイク直しだ。しかも相手はスタッフだ。真面目に仕事をしているに過ぎない。
それでも、この男の「独占欲センサー」は反応するらしい。
スタッフが作業を終えて離れると、トキの視線はようやく和らいだ。
だが、すれ違いざま、トキはチカの耳元で、ボソリと囁いた。
「……あとで、消毒させてね」
「……は?」
「上書き保存、しないと」
ねっとりとした声に、チカの顔が一瞬で沸騰する。
(……こいつ、本気で頭おかしい……!)
以前の「ワンコキャラ」はどこへ行ったのか。
皮を剥いでみれば、そこには嫉妬深く、粘着質で、どうしようもなく重い愛を抱えた猛獣がいた。
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