【R18】Actually

うはっきゅう

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本編

檻を破る狼

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「――離れろ!!」

 咆哮。
 飛び込んできたのは、汗まみれのトキだった。
 自分のレッスンを放り出してきたのか、あるいは終わってすぐ駆けつけたのか。
 肩で息をし、その瞳は、かつて見たことがないほど冷たく、昏い怒りに燃えていた。

「……チッ。嗅ぎつけるのが早え犬だ」
 ソラは、舌打ちをしてゆっくりとチカから離れた。
 トキは、一瞬で二人の間に割って入ると、チカを背に庇い、ソラを睨みつけた。

「……味見くらいはする、って言ったろ?」
 ソラは悪びれもせず、ニヤニヤと笑う。
「安心しろよ。まだ『皮』を剥いたくらいだ。……中身を食うのは、本番の楽しみにとっておいてやる」

「……殺すぞ」
 トキの口から、低く、物騒な言葉が漏れた。
 アイドルとしての仮面も、リーダーとしての理性も、すべてかなぐり捨てた、剥き出しの殺意。
 トキが拳を握りしめ、一歩踏み出そうとした。

「トキ!」
 チカが、背後からその腰に抱きついた。
「ダメだ! 挑発に乗るな!」
「でも……ッ! こいつ、チカに……ッ!」
「俺は大丈夫だ! なんともない!」
 チカは必死でトキを止めた。
 ここで手を出せば、ソラの思う壺だ。

 ソラは、その様子を見て、ふん、と鼻を鳴らした。
「……つまんねえの。飼い犬はリードで繋がれっぱなしかよ」
 彼は、タオルを掴んで肩にかけると、出口へと向かった。
 すれ違いざま、トキの耳元で囁く。

「……本番、楽しみにしてな。ステージの上なら、誰も止められねえからな」

 ソラが出て行った後、スタジオには重苦しい静寂が残った。

「……チカ」
 トキが、震える声で振り返る。
 その顔は、怒りよりも、安堵と恐怖で歪んでいた。
「ごめん……もっと早く来ればよかった……!」
 トキの手が、チカの頬や腕をまさぐるように確かめる。傷はないか、汚されていないか。その必死な姿が、痛々しかった。

「……大丈夫だって言ってるだろ」
 チカは、トキの手を両手で包み込んだ。
「口で脅されただけだ。……俺だって、やられっぱなしじゃない」
「……」
「言っただろ。俺の飼い主はお前だけだって」

 チカは、まだ震えが止まらないトキを引き寄せ、その唇に、自分から口づけた。
 ソラの強引な接近を塗り替えるような、深くて、優しいキス。
 トキの強張った肩から、少しずつ力が抜けていく。

「……消毒、完了だ」
 唇を離し、チカは悪戯っぽく笑ってみせた。
「これで文句ないだろ?」

「……あるよ」
 トキは、潤んだ瞳でチカを見つめ返した。
「全然、足りない。……今日は寮に帰ったら、一晩中離さないから」

「……望むところだ」

 嵐の前の、つかの間の静寂。
 だが、ソラの残した言葉が、呪いのように二人の頭上に重くのしかかっていた。



+++

 その日の帰り道。
 みぞれ混じりの冷たい雨が降っていた。
 傘も差さずにスタジオの前で待っていたトキをタクシーに乗せ、寮まで送り届けたチカは、キッチンで一人、スマホの着信画面を見つめていた。
 非通知設定。
 嫌な予感がして、チカは通話ボタンを押した。
「もしもし」
『よお。ご機嫌ななめだな』
 ソラの声だった。
「なんの用だ」
『大事な話がある。……今から、俺のホテルの部屋に来い』
「断る。明日も早い」
『トキのためだ』
 その一言で、チカの指が止まった。
『あいつの過去。……お前らが知らない、本当の顔。あいつが俺とつるんでた頃、何をしてたか。聞きたくないか?』
「……どういう意味だ」
『来ないなら、明日のリハで、全部ばら撒く。マスコミも呼んでな』
 プツン、と通話が切れた。
 ​チカは、スマホを握りしめたまま、立ち尽くした。
 トキが、まだ何かを隠している?
 あの夜、「不純な動機」は聞いた。だが、それ以前の……「街で荒れていた頃」のことは、詳しくは聞いていない。
(……信じる)
 そう決めたはずだ。
 だが、もしソラが本当にマスコミを使って、トキを破滅させようとしているなら。
 それを止められるのは、今、自分しかいない。

 ​チカは、少し逡巡して、方向転換した。
 深夜の街へ。
 これが、ソラの仕掛けた罠だと知りながら。
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