【R18】Actually

うはっきゅう

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本編

蝕む時間と、新たな、勇気と

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 あのおぞましい夜から、季節は確実に冬の深みへと進んでいた。
 街はクリスマスと年末の華やいだ空気に包まれているが、イグナイトのメンバーたちにとって、それは遠い世界の話のようだった。

 本番まで、あと二週間。
 ソラが、来ない。
 合同リハーサルのスケジュールは組まれているものの、Bleach
Heartのセンター、ソラだけは「体調不良」という名目で欠席を続けていた。
 それが本当の病なのか、それとも意図的なボイコットなのかは誰にもわからない。ただ一つ確かなのは、その「不在」こそが、チカを精神的に追い詰めるための、計算された拷問であるということだ。

 テレビ局の広いリハーサルスタジオ。
 冷たい蛍光灯の下で、他のユニットたちは、衝突と和解を繰り返しながら、確実に形を作り上げていた。

「おいヒカル! そこはもっとタメてから出ろって!」
「うるせー電柱! あんたの歩幅がデカすぎて合わねーんだよ」
「そこはこう…ここで正面じゃなく、半身。そしたら次のステップで前に出やすいよ」
 スタジオの端で、ソウタとヒカルがいつものように罵り合っている。だが、その動きは驚くほどシンクロしており、喧嘩しながらも互いの呼吸を掴んでいるのが見て取れた。

 コマチ、ジウのコンビも、最初の頃の衝突が嘘のように、息のあったハーモニーを見せていた。
「コマチ、違う! 耳腐ってるの? あなたはいつも半音低いんだよ!」
「おま……っ、お前に合わせてキー下げてやってんのにその言い草はなんだァ!?」
「また難しい日本語使うじゃん! なに!? なんでそこで草が出てくる!」
「……それは、俺もわかんないわ。確かに……言い草の『草』ってなに?」
 まだぶつかることも多いようだが、お互いの声を聞き、理解しようという姿勢は出来上がっている。

「……ラン、君の理論は正しいけど、面白みがないよ」
 ロクとランも、互いの領域を侵食し合いながら、新しいハーモニーを生み出しつつあった。
「面白み? あなたのやっていることには再現性がない! 同じクオリティのステージを見せられないのは問題だろう」
「そんなことないよ。ランが思っているより、お客さんは寛大。いつも、その場限りのステージも楽しんでくれる。俺たちは用意されたもの以上の感動を与えなきゃいけない。だからこそ、その瞬間の『熱』を伝えたいんだ」
 ロクの言葉に、ランはずり落ちた眼鏡を直しながら応じる。
 彼の言っていることにも一理ある。
 それは、数々の先輩たちのステージを観てきたランにも、感じられる『正解』のひとつだった。

 ユウトとケースケに至っては、休憩中にさえダンスについて真顔で議論する、奇妙な関係を築いていた。
 あれほど刺々しく、暴れ馬のように尊大だったケースケは、この短期間でユウトを信頼したように見える。
 もともと口数の少ない者同士、交わす言葉はそう多くない。
 ただ、どちらともいえずステップを踏むと、そこに生じるのは技術の対立ではなく、「融合」、化学反応だった。

 トキは——早々に『理解しあう』ことは諦めたようだったが、その表情は決して暗くない。
 もともと、出来上がりかけていた「イグナイト」という器に、すっぽりとおさまってしまった彼だ。
 人に合わせるのは得意。人をたらし込むのも、大得意。
 パートナーのハルが自己陶酔のプレイをかませば、トキはその世界観を何倍にも引き上げる。
 光となり、影となり、ハルの輪郭をくっきりと浮かび上がらせる。
「……俺にも、」
 ハルがぽつりとつぶやいた言葉は、小さすぎて誰にもキャッチ出来なかった。
「俺にも……輝ける可能性が、あったんだな……」
 それはソラという圧倒的なカリスマに抑え込まれ続けていたハルが見つけた、自分という名の可能性。
 屈するのではなく、諦めるのではなく、自分と向き合い、敗北から逃げない。
 ソラを目立たせるために腐心してきた彼が、自分を取り戻しはじめた合図だった。

 誰もが、前へ進んでいる。
 たった一人、チカを除いて。

 スタジオの一番奥。鏡の前に一人取り残されたチカは、流れるデモ音源に合わせて、虚空を相手に踊り続けていた。
 『Captive Princess & Beast』。
 重低音が響くたびに、あのホテルの部屋の匂いが蘇る。
 振付の一つ一つが、ソラに触れられた感触を呼び覚ますトリガーになっていた。

(……ッ)
 ターンをした瞬間、背後に誰もいないはずなのに、ソラの熱い吐息を感じて、チカの足がもつれた。
 ドサッ、と床に膝をつく。
「チカさん!?」
 ソウタが血相を変えて駆け寄ろうとする。
「……来るな!」
 チカは、鋭い声でそれを制した。
 スタジオの空気が凍る。
 チカは、荒い息を整えながら、震える手で床を拭った。
「……大丈夫。汗で滑っただけだ」
「でも……!」
「自分のことに集中しろ。俺のことは気にするな」
 冷たく突き放すような言葉。
 けれど、それがチカなりの精一杯の虚勢であることを、メンバーは痛いほど理解していた。

 誰もチカに触れられない。
 腫れ物に触るような空気が、スタジオを支配している。
 チカ自身が、自分を「汚れたもの」として扱っているからだ。
 あの日以来、チカはメンバーとのスキンシップを極端に避けるようになっていた。肩を叩かれることすら、ビクリと過剰に反応してしまう。
 潔癖症が悪化したのではない。
 刻み込まれた「恐怖」と「自己嫌悪」が、他者の温もりを拒絶させているのだ。

 そんなチカを、スタジオの入り口からじっと見つめる視線があった。
 トキだ。
 彼はハルとの練習を早めに切り上げ、チカの様子を見に来ていた。
 駆け寄って抱きしめたい。
 大丈夫だと、背中をさすってやりたい。
 だが、今のチカには、その優しささえも刃物になることを、トキは知っていた。
(……ソラ)
 トキは拳を握りしめた。
 姿を見せずとも、チカをここまで支配し、怯えさせる悪のカリスマ。
 悪魔のごときその存在感は、不在であるからこそ、より強大な影となってチカの心を覆い尽くしている。

 チカは、再び立ち上がり、鏡に向かった。
 話し合うことも、呼吸を合わせることも許されない。
 ただひたすらに、ソラという幻影と戦い、自分の体を痛めつけるように踊り続ける。

「……ふざけんなよ!」
 休憩に戻ってきたソウタが、怒りを爆発させた。
「あと数日で本番だぞ!? さらにチカさんに迷惑かけるなんて、何様なんだよあいつは!」
「……まあ、落ち着けよソウタ」
 コマチも苦い顔をしているが、こればかりはどうしようもない。
「マネージャーも抗議したらしいけど、向こうの事務所が『体調不良』の一点張りで通してるらしい。……上の判断じゃ、これ以上波風立てるなってさ」
「クソッ……! チカさん、大丈夫なんスか!?」

 弟たちの視線がチカに集まる。
 チカは、汗を拭いながら、静かに首を振った。
「大丈夫だ。……振りは、個人レッスンで嫌ってほど叩き込まれたからな」
「でも、合わせなしで本番なんて……!」
「……むしろ、好都合だ」
 チカは言葉を濁し、また鏡に向かった。
(……合わせる?)
 そんなもの、最初から不可能だ。
 話し合おうが、時間を共有しようが、俺とあいつの心が通うことなんてない。
 あいつは、他者と協調などしない。
 他者を誘惑し、その圧倒的なカリスマで精神を染め上げ、支配する。
 まるで、堕天使ルシファーのように。
 純度が高すぎる「悪」は、時として神々しいほどの魅力を放つ。だからこそ、誰も彼に逆らえない。

(……飲み込まれるな)
 チカは、ひたすら自分の体に、自分の振りを覚え込ませた。
 あいつが来ないなら、それでいい。
 一人で踊るこの時間だけが、ソラの呪縛から逃れ、自分自身を保つための儀式だった。
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