【R18】Actually

うはっきゅう

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本編

決別

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 会場の照明が、すべて落ちた。
 重苦しい、パイプオルガンの音が響き渡る。
 メインステージの中央に、一本のスポットライトが落ちる。
 そこに立っていたのは、ソラだった。
 毛皮をあしらった、王であり野獣であるような衣装。
 彼は、玉座のような椅子に深く腰掛け、傲慢な視線で虚空を見つめている。

 そして、花道。
 もう一つのスポットライトが、純白の衣装を着たチカを照らし出した。
 悲鳴のような歓声が上がる。
 その美しさは、この世のものとは思えないほどだった。
 だが、その表情は凍りついている。

 曲が始まる。
 『Captive Princess & Beast』。
 重厚で、官能的なビート。

 チカが、ゆっくりとメインステージへ向かって歩き出す。
 その足取りは、振付としての「怯え」なのか、それとも本能的な「恐怖」なのか。
 玉座のソラが、ニヤリと笑い、立ち上がった。

 二人が、ステージ中央で対峙する。
 ここからは、リハーサルなしのぶっつけ本番。
 いや、ソラによる公開処刑の始まりだ。

 ソラが、チカの手首を掴み、強引に引き寄せた。
「……ッ!」
 マイクが拾わないほどの小さな息遣い。
 ソラの指が、チカの腰を這い、背中へと回る。
 あの夜の感触。
 チカの体が、ビクリと跳ねた。

(……怖い)
 本能が叫ぶ。逃げろ、と。
 ソラの瞳は、演技ではない。完全に獲物を狙う捕食者の目をしている。
 彼は、振付を無視して、チカの首元――レースで隠された痕の上を、指でなぞった。
「……いい顔だ」
 ソラが、耳元で囁く。
「お前はすぐに思い出す。あの夜、俺に支配されたことを」

 チカの足がすくむ。
 歌い出しのタイミングが来る。
 だが、声が出ない。
 喉が張り付いて、息ができない。

 ソラが、嘲笑うようにチカを抱きすくめる。
 観客には、それが「情熱的な抱擁」に見えているだろう。
 だが、チカにとっては、地獄の拘束だった。
 このまま、ステージの上で壊される。
 声も出せず、ただ震えるだけの惨めな人形で終わる。

 その時。

(チカは、汚くなんてない)

 脳裏に、トキの声が響いた。
 昨夜の、あの温かい腕。
 必死な顔で、怒ってくれたトキ。
 何百回もキスをして、「上書き」してくれた、あの愛しい熱。

『お前は、世界で一番綺麗だ』

(……そうだ)
 チカの瞳の奥に、小さな光が灯った。
 俺は、汚くない。
 トキが、そう言ってくれた。
 トキが愛してくれたこの体を、心を、これ以上、この男の思い通りになんてさせてたまるか。

 チカは、ソラの腕の中で、顔を上げた。
 怯えに震えていた瞳が、強い意志の光を帯びる。
 それは、囚われの姫の目ではない。
 野獣を従える、女王の目だ。

「お前は俺を、捕まえられない」

 チカは、マイクを通さずに言い放った。
 そして、ソラの胸を、ドン、と突き放した。

「……あ?」
 不意を突かれたソラが、たたらを踏む。
 その一瞬の隙を、チカは見逃さなかった。

 チカは、ステージの前方へと躍り出た。
 そして、マイクを握りしめ、その喉から、魂の叫びを放った。

「――――!!!!」

 突き抜けるような、圧倒的なハイトーン。
 それは予定されていたメロディラインを遥かに超えた、即興のフェイクだった。
 会場の空気が、ビリビリと震える。
 悲鳴も、歓声も、すべてを飲み込むような、神々しいまでの歌声。

 チカは、振り返り、呆然とするソラを見下ろした。
 その目は、語っていた。
 『跪け』と。

 ソラが、初めて動揺を見せた。
 自分の支配下にあったはずの人形が、糸を引きちぎり、牙を剥いたのだ。
 その予想外の反逆。
 そして何より、その姿の……震えるほどに美しいこと。

「……ハッ」
 ソラは、思わず笑った。
 チカがその歌声で震わせたのは、王の嗜虐心でも、征服欲でもない。
 ましてや、旧友に対する怒りや嫉妬でもない。
 初心。

 出会った日のことを、ソラは思い出していた。「チカの隣に、並び立つ」。そう誓ったあの日、あの瞬間。
 チッ、と心の中で舌打ちが生じた。
 なんだ、と拍子抜けするような気持ちもある。

(俺、今——「夢」、叶ってんのか)

 まるで暗幕で閉ざされた世界が、左右に開かれるように。
 ソラの視界が。世界が……明転した。
 
 曲がクライマックスへ向かう。
 チカは、もう逃げなかった。
 自らソラに歩み寄り、その肩に手を置いた。
 そして、誘うように、挑発するように、至近距離で歌い上げた。

 ラストシーン。
 本来なら、野獣が姫を抱きしめて終わるはずだった。
 だが、チカは違った。
 座り込んだソラの顎を、指先でくい、と持ち上げたのだ。
 そして、冷ややかな、しかし最高に艶やかな微笑みを浮かべて、歌い終えた。

 照明が落ちる。
 静寂。
 そして――爆発。
 アリーナが揺れるほどの大歓声と拍手が、二人を包み込んだ。




 ステージの明かりが消え、チカとソラは暗闇の中に取り残された。
 肩で息をするチカ。
 その全身は、冷や汗でびっしょりと濡れていた。
 だが、もう震えはない。

「……やってくれるじゃねえか」
 ソラが、立ち上がりながら呟いた。
 その声には、憎しみよりも、どこか呆れたような響きがあった。
「リハ無しで、よくあそこまでブチかませたな」
「……お前のおかげだよ」
 チカは、冷たく言い放った。
「お前が俺を追い詰めてくれたおかげで……迷いが消えた」
「……」
「俺は、誰のものでもない。……もし誰かのものでもあるなら、トキだけのものだ」

 ソラは、しばらくチカを見ていたが、やがて「フン」と鼻を鳴らした。
「……つまんねえの」
 彼は、背を向けた。
「勝手にしろよ。……俺はもう、『アンタ』自身には興味ねえ」
 負け惜しみのような捨て台詞を残し、野獣は闇の中へと消えていった。

 チカは、その場に崩れ落ちそうになった。
 緊張の糸が切れ、足に力が入らない。
 倒れる。
 そう思った瞬間。

 ガシッ。
 温かい腕が、チカの体を支えた。

「……チカ!」
 トキだった。
 袖から飛び出してきたのだろう。息を切らし、その目は涙で潤んでいた。
「……トキ……」
「すごかった……! 本当にかっこよかった……!」
 トキは、チカを強く抱きしめた。
「見てたよ、ずっと。……お前が、あいつに勝つところ」
「……勝った、かな」
「圧勝だよ。……世界中の誰よりも、輝いてた」

 チカは、トキの胸に顔を埋めた。
 安心する匂い。
 あの忌まわしい記憶は、もう遠い過去のようだった。
 ステージの上で、歌声と共に吐き出した。
 もう、怖くない。

「……帰ろう、トキ」
「うん。……みんなが待ってる」

 トキに支えられ、チカはゆっくりと歩き出した。
 光の溢れるステージ袖。
 そこには、心配そうに、けれど誇らしげに二人を待つ、四人の姿があった。

 長い、長い夜が明ける。
 イグナイトの、そしてチカとトキの新しい物語が、ここから始まろうとしていた。
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