【R18】Actually

うはっきゅう

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本編

戦いの終わり、新生

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 世間が「あけましておめでとう」と浮かれ騒いでいた頃、イグナイトの面々は、文字通り「殺人的」なスケジュールの中にいた。

「はい、イグナイトさん移動です! 次の収録まであと三十分!」
「うわマジか! 衣装このままでいいッスか!?」
「車で弁当食べてください! 急いで!」

 大晦日の特番生放送から始まり、元旦の早朝バラエティ、深夜の音楽番組の収録……。
 テレビをつければ自分たちが映っているが、それを観る暇さえない。
 煌びやかなスタジオと、薄暗いロケバスを往復するだけの三が日。
 けれど、それは彼らが「売れっ子」になった証でもあった。

 そして、松の内も明け、世の中が日常に戻り始めた一月中旬。
 ようやく、イグナイトに「正月」がやってきた。

「……というわけで。今日と明日の二日間、完全オフとする!」
 マネージャーの宣言に、寮のリビングで歓声が上がった。
 たった二日。されど二日。
 泥のように眠るもよし、遊び倒すもよし。

「やったー! 母ちゃんのご飯食えるー!」
 ソウタが、すでにパンパンに詰め込んだボストンバッグを抱えて叫ぶ。
「お前、実家帰んの?」
「もちろん! 妹にも会いたいし。コマチさんも?」
「まあな。久しぶりに地元のツレと会う約束あるし」
 コマチも、どこかウキウキとした様子でジャケットを羽織る。

 彼らはこの二日間、それぞれの実家に帰省することになっていた。

「……でもさぁ、やっぱ悔しいよなー」
 コマチが、剥いたみかんを放り投げ、口でキャッチしながら呟いた。
「新人賞の数。ウチらが二つで、向こうが三つだろ? 最後の最後で、数負けしたのがなんかムカつく」

 年末の賞レース。
 結果は、両者痛み分けに近い形となった。
 だが、数の上では確かに、Bleach Heartに軍配が上がったのだ。

「仕方ないさ」
 洗濯物を回収していたユウトが、顔も上げずに淡々と言った。
「向こうのファンの熱量は、ちょっと特殊だからな」
「特殊って?」
「……『限定品』には、誰だって弱いのさ」

 Bleach Heartは活動期間が定められた「期間限定グループ」だ。
 あと一年、あるいは二年足らずで、あの強烈な光は消滅し、彼らはバラバラになる。
 ファンもそれを知っているからこそ、「今」この瞬間に全てを賭け、金も時間も惜しまずに注ぎ込むのだ。刹那の灯火を、少しでも大きく燃え上がらせるために。

「あいつらの輝きは、花火みたいなもんだ。……一瞬で、強烈で、誰もが目を奪われる」
 それは、否定しようのない事実だ。
 その爆発力はすさまじいものだった。「イグナイト」を凌ぐだけの力が、彼らには確かにあった。
「ま、俺らは俺らで、息長く愛されるグループ目指せばいいじゃん?」
 ロクが、ソファで膝を抱えながら、ぽつりと言った。
「俺たちの歌は、消費されるんじゃなくて……心に残る歌だから」
「……おっ、ロクにしては良いこと言う~!」
「たまにはね」

 荷物をまとめて玄関に向かおうとするユウト。
 しかし、その背後には、なぜか金魚のフンのようにロクがくっついていた。

「……あれ? ロクは?」
 チカが尋ねると、ユウトは肩をすくめた。
「こいつの実家、飛行機乗らないと帰れない距離だろ。二日じゃ移動だけで終わっちまう」
「だから、ユウトくんのお家にお邪魔するの」
 ロクが、ふわりと笑う。
「ユウトのお母さんの卵焼き、好きなんだ」
「……だ、そうです。まあ、ウチの両親もロクが来るのを楽しみにしてるから」
 ユウトは、「手のかかる弟だ」と言いたげながらも、その表情は満更でもなさそうだ。
「お前らも、あんまり羽目、外しすぎるなよな」
 その含みのある言葉に、チカの顔がカッと熱を持つ。
「な、なんだよそれ」
「文字通りの意味だけれども。休みの日は休め、仕事用の体力、残しとけ」
 わかる人間にはわかる、いやらしい牽制に、チカは動揺して目をバシャバシャと泳がせた。
「お、お前…っ! セクハラ親父みたいな言動、やめろ! そんなキャラだったか!?」
 ユウトは、チカの抗議を相手にもせず、にやっと意味深に笑った。

「あ、そっかー。チカさんも、トキさんも、居残り組だ」
「そうそう、せっかくのお休みなんだから! 自主練もそこそこにして、身体休めてくださいよ?」
「チカさんはもう、練習室禁止! 寮でまったりしてて。トキさん、見張っててよ」

 ソウタとコマチが口々に釘を刺す。
 ユウトの『真意』などにはまるで気づかず……この二人には、チカとトキの関係など微塵も見えていないのだ。
 男同士で恋愛なんて、という以前に、彼らの世界には「親友」という太いカテゴリーしか存在しない。
 だが、その鈍感さが、今のチカには救いだった。
 腫れ物扱いされるわけでもなく、過剰に気を遣われるわけでもない。ただの「仲間」として接してくれる彼らの無邪気さがありがたかった。

 ふと背後に気配を感じた瞬間、ふわりと温かい体温に包まれた。

「……あれ、みんな、もう行くのー」
 耳元で、甘い声が降ってくる。トキだ。
 寝癖のついた髪のまま、起きてきて早々、チカの背中にのしかかるように抱きついてきた。
「……おい、重い」 
「んー……まだ眠い……」
 トキは、チカの首筋に顔を埋め、すりすりと頬擦りをする。
 メンバーはもう慣れたもので、このある種、異様な風景も、『日常』のものとして受け入れている。

「トキさん、遅いっすよ! 俺らもう行っちゃいますよ!?」
「おー、ソウタ……気をつけて行きなー……」
「オフになると、マジでずっと寝てるよな、トキさん……」
 コマチが呆れた声で、「もう付き合ってらんない」とばかり、玄関に出た。
 最近買ったばかりのお気に入りのスニーカーに足を突っ込み、紐を結び直す。

「ソウタ、一緒に出るんだろ」
「あ、行きます、行きます。……ユウトさん、ご家族によろしく!今度は俺も一緒に帰省しますんで!」
「ソウタが来たら食費で家計が破産するから無理」
「お土産よろしくお願いしまーす!」

 嵐のような騒がしさを残し、四人は次々と寮を出て行った。
 バタン、と玄関のドアが閉まる。
 その瞬間、寮の中に、ツンとした静寂が舞い降りた。

「……行っちゃったね」
 トキが、静かになったリビングを見渡して呟く。
「ああ」
「……ふふ」
「なんだよ、気持ち悪い」
「いや……なんか、新婚さんみたいだなーって」

 トキは、悪びれもせずにチカの腰に腕を回した。
 メンバーがいなくなった途端、スイッチが切り替わったように甘い空気を纏う。
 誰もいない。
 誰の目もない。
 それは、二人にとって久しぶりの、完全な「自由」だった。

「……コーヒー、淹れる」
 チカは照れ隠しにトキの腕を解き、キッチンへと向かった。
 コーヒーメーカーがコポコポと音を立て、香ばしい香りが広がる。
 窓の外は、冬晴れの青空。
 雪はあらかた溶けていたが、日陰にはまだ白い残滓が残っていた。

「……チカ」
「なんだ」
「大好き」
「……知ってる」

 トキが、カウンターを乗り越えんばかりの勢いで身を乗り出し、チカの唇を塞いだ。
 コーヒーの苦味と、ミルクの甘さが混ざり合う。
 長い、長いキス。
 誰も邪魔する者はいない。

「……ねえ、チカ」
 唇を離し、熱っぽい瞳でトキが囁く。
「誰も帰ってこないよ。……明日の夜まで、ずっと」
「……そうだな」
「リビングでも、風呂場でも……チカの部屋でも、俺の部屋でも。……どこでも、好きなだけできる」

 その言葉の意味を理解し、チカの耳が赤く染まる。
 だが、拒絶はしなかった。
 あの悪夢のような夜、傷ついた自分を癒やすために、優しく優しく触れてくれたトキ。
 けれど今日は違う。
 傷を癒やすためじゃない。
 愛を確かめ合い、未来を誓うための、幸せな行為だ。

「お風呂、一緒に入ろうか?……洗いっこ、しようね」

 トキが、チカを軽々と抱き上げる。
「ちょ、おろせ! 歩ける!」
「やだ。このまま連れてく」
 静まり返った寮に、二人の笑い声と、衣擦れの音が響く。
 
 遅れてきた正月。
 それは、世界から切り離された、二人だけの甘い時間の始まりだった。
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